第54話 それぞれの場所
森の中。
悠は、自分の家へ向かって歩いていた。
隣にはノアがいる。
「きゅ」
「……疲れた?」
「きゅ」
返事なのかどうかは分からない。
悠はそのまま歩く。
木々の間から、少しずつ自分の家が見えてきた。
小さな家。
その前には畑がある。
見慣れた景色だった。
「……帰ってきた」
悠は扉を開ける。
「……ただいま」
ノアが先に中へ入っていく。
「きゅー」
悠もその後を追った。
いつもの家。
いつもの生活。
一人で過ごす時間。
それは、何も変わっていない。
◇
同じ頃。
森の奥では、フィオナも自分の家へ戻っていた。
扉を開ける。
静かな部屋。
机。
椅子。
本棚。
薬草。
いつもの場所。
フィオナは籠を置き、採ってきた薬草を整理する。
それから、お茶を淹れる。
一人で飲む。
本を開く。
ページをめくる。
いつも通りの生活だった。
フィオナは一人でいることが好きだった。
悠も、自分の家で一人の時間を過ごす。
それは変わらない。
けれど。
以前とは、少しだけ違っていた。
悠は窓の外を見る。
森が広がっている。
そのずっと奥。
フィオナの家がある。
「……」
会おうと思えば。
会える。
歩いていけば、あの家がある。
そして。
何も話さなくてもいい。
お茶を飲んで。
本を読んで。
ただ同じ場所にいる。
それだけでいい相手がいる。
悠は、そんなことを考えた。
「……」
悪くない。
そう思った。
◇
フィオナも、本を読む手を止めた。
静かな家。
一人の時間。
いつもと同じ。
けれど。
森の中には、もう一人いる。
時々やって来る。
何も話さない。
お茶を飲んで帰っていく。
それでも。
不思議と嫌ではない。
むしろ。
また来てもいい。
そう思える。
フィオナは本を閉じた。
そして。
小さく呟いた。
「……友達」
誰も聞いていない。
それでも。
その言葉を口にすると、少しだけ不思議な気分になった。
一人でいることは変わらない。
一人の時間も大切だ。
それでも。
一人でいたい自分を、そのまま受け入れてくれる相手がいる。
それだけで。
少しだけ、世界が広くなったような気がした。
◇
夜。
悠はベッドに横になった。
ノアはいつものように足元で丸くなっている。
「……」
今日も静かだった。
村にはリアがいる。
森の奥にはフィオナがいる。
そして。
自分には、この小さな家がある。
一人で暮らしている。
けれど。
完全に一人ではない。
「……」
悠は目を閉じる。
明日も、いつも通りの生活が始まる。
畑を見て。
料理をして。
森を歩く。
気が向けば。
フィオナのところへ行く。
たぶん。
フィオナも、いつも通り迎えてくれる。
何も話さなくても。
「……」
それでいい。
悠は、静かに眠りについた。
森の奥。
二つの小さな家に、それぞれ明かりが灯っている。
住んでいる場所も。
暮らし方も。
大切にしているものも。
少しずつ違う。
それでも。
互いの場所へ、いつでも行ける。
何も話さなくても、一緒にいられる。
そんな関係が、いつの間にかできていた。
一人の時間を大切にしながら。
それでも、完全な一人ではない。
それが。
悠とフィオナにとっての、ちょうどいい距離だった。
――第五章・終。




