第52話 森の魔女と小さな家
ある日の午後。
悠の家の前に、フィオナが立っていた。
「……ここ?」
「……うん」
悠が暮らしている、小さな家。
フィオナは家を見上げる。
しばらく黙って眺めたあと。
「……思ったより普通」
「……普通だよ」
悠は扉を開けた。
「……入る?」
「……うん」
フィオナが中へ入る。
まず目に入ったのは、木で作られた家具だった。
机。
椅子。
棚。
ベッド。
必要なものが揃っている。
フィオナは部屋の中をゆっくり見回した。
「……」
悠は少しだけ落ち着かない。
自分の家を誰かに見られることに、慣れていない。
けれど。
フィオナなら、別にいいか。
そんなふうにも思っていた。
フィオナは棚を眺める。
料理道具。
食器。
保存してある食材。
いくつかの瓶。
そして。
窓の外を見る。
「……畑?」
「……うん」
家の前には、小さな畑が広がっている。
野菜や果物が育っている。
水を引くための簡単な水路もある。
フィオナは畑へ出た。
しゃがみ込んで、作物を見る。
「……ちゃんと育ってる」
「……うん」
「自分で?」
「……そう」
フィオナはしばらく畑を眺めていた。
薬草を採って暮らしている自分とは、少し違う。
フィオナは森にあるものを採る。
必要な薬草を集める。
薬を作る。
一人で食べる。
一人で生活する。
悠も一人で暮らしている。
けれど。
悠は自分で食べ物を育てている。
家を作り。
水を引き。
料理をして。
家具まで作っている。
同じ一人暮らしでも。
その形は違っていた。
「……」
フィオナは畑から顔を上げる。
そこへ。
「きゅ」
ノアが近づいてきた。
フィオナがしゃがんで見る。
「……相変わらずね」
「……?」
「この子」
「……ああ」
ノアは悠の家の周りを好き勝手に歩き回っている。
畑の端を通り。
家の中へ入り。
また外へ出る。
「……自由」
「……うん」
「悠が育ててるの?」
「……一応」
ノアが悠を見る。
「きゅ?」
「……なんだよ」
フィオナが少しだけ笑った。
そして、もう一度家を見る。
「……ちゃんと生活してる」
「……してる」
悠は短く答えた。
それから、フィオナを見る。
フィオナの家を思い出す。
必要最低限の家具。
薬草。
本。
魔法薬。
一人で静かに過ごす場所。
それに対して。
悠の家には、生活のために作ったものが多い。
料理をするため。
食べるため。
眠るため。
畑を育てるため。
風呂に入るため。
一人で暮らしている。
けれど。
「一人でいる」ということだけが、同じなのだ。
「……」
フィオナも同じことを考えているようだった。
「……私の家と、少し違う」
「……うん」
「でも」
フィオナが畑を見る。
「……似てる」
悠は頷いた。
「……うん」
二人はしばらく、自分たちの家を眺めていた。
どちらも一人で暮らしている。
人と距離を取っている。
静かな時間を好んでいる。
けれど。
暮らし方は違う。
大切にしているものも、少しずつ違う。
悠は畑を作った。
フィオナは薬草を集める。
悠は料理をする。
フィオナは薬を作る。
悠の家には生活のための道具が増えていった。
フィオナの家には必要なものだけが残っている。
「……」
似ている。
でも。
同じではない。
そんなことを、二人は初めて知った。
フィオナが家を見ながら言う。
「……こういうのも、悪くないね」
悠は少しだけフィオナを見る。
そして。
「……うん」
小さく頷いた。




