第51話 雨の日
森に入ったときは、まだ晴れていた。
悠はいつものように、薬草を探しながら歩いていた。
ノアも少し後ろを歩いている。
「きゅ」
「……もう少し」
目的の薬草を見つけ、悠が手を伸ばした。
そのとき。
ぽつ。
頬に冷たいものが落ちた。
「……?」
もう一つ。
ぽつ。
ぽつ。
空を見上げる。
雲が広がっていた。
「……雨」
そう呟いた直後。
ざあああっ。
雨が一気に降り始めた。
「きゅっ!?」
ノアが慌てて悠の足元へ駆け寄る。
悠は空を見上げる。
木々の葉では、雨を防ぎきれない。
「……帰るの、無理そうだな」
家までは遠い。
このまま歩けば、ずぶ濡れになる。
そこで。
悠は森の奥を見る。
フィオナの家。
ここからなら、そう遠くない。
「……行くか」
「きゅ」
悠とノアは、雨の中を走った。
◇
「……」
フィオナの家の扉が開く。
悠が立っていた。
髪も服も、少し濡れている。
その足元にはノア。
「……」
フィオナは悠を見る。
悠もフィオナを見る。
「……雨」
「……うん」
それだけ言うと、フィオナは扉を大きく開けた。
「……入る?」
「……うん」
悠とノアが中へ入る。
フィオナは何も聞かなかった。
どうして来たのか。
どこから来たのか。
そんなことは聞かない。
ただ。
いつものように、お茶を淹れる。
湯を沸かす。
茶葉を入れる。
そして。
悠の前にカップを置いた。
「……」
「……ありがとう」
フィオナも自分のカップを持って、向かいに座る。
ノアは床に丸くなった。
「すぅ……」
眠るのが早い。
外では雨が降り続いている。
屋根を叩く音。
窓を打つ音。
森の葉を濡らす音。
家の中まで、雨音が静かに響いていた。
「……」
「……」
二人とも何も話さない。
悠はお茶を飲む。
フィオナは窓の外を見る。
しばらくして。
フィオナがぽつりと言った。
「……雨、嫌い?」
悠は窓を見る。
雨が降っている。
嫌いかと言われれば。
「……嫌いじゃない」
「……じゃあ好き?」
悠は少し考えた。
「……普通」
「……」
フィオナは少しだけ考えてから。
「……私も」
「……」
また会話が終わった。
けれど。
それでよかった。
雨音だけが続いている。
ざあああっ。
悠はカップを両手で包む。
温かい。
外は雨。
ここは静か。
ノアは寝ている。
フィオナは隣で本を開いた。
ページをめくる音。
雨の音。
それだけが、ゆっくりと時間を進めていく。
悠は窓の外を見た。
森は雨に包まれている。
いつもの景色なのに、少し違って見えた。
「……」
何も話していない。
何もしていない。
ただ、雨を聞いている。
それなのに。
悠は、妙に落ち着いていた。
しばらくして。
小さく呟く。
「……こういう時間も、悪くない」
フィオナが本から顔を上げる。
「……うん」
それだけ。
悠はまた雨を見る。
そして。
静かな家の中で。
二人は何も話さず、雨が止むのを待っていた。




