第48話 何も話さない
それから。
悠は、ときどきフィオナの家へ行くようになった。
最初は、森の奥まで来たついでだった。
薬草を探した帰り。
森を歩いていて、なんとなく思い出したとき。
理由は、その程度だった。
けれど。
いつの間にか。
フィオナの家へ向かうことが、悠の生活の一部になっていた。
その日も。
悠は森の中を歩いていた。
見慣れた木々。
見慣れた道。
そして。
少し先に見える、小さな家。
悠は扉の前で立ち止まる。
軽く扉を叩いた。
「……こんにちは」
中から少し間を置いて、声が返ってくる。
「……うん」
扉が開く。
フィオナが顔を出した。
悠を見る。
悠もフィオナを見る。
「……」
「……」
それだけだった。
悠は家の中へ入る。
フィオナも特に何も言わない。
それが、いつものことになっていた。
フィオナはお茶を淹れる。
悠の前にカップを置く。
「……」
「……」
二人で飲む。
フィオナは本を開く。
悠は窓の外を見る。
しばらくすると、フィオナは薬草を整理し始める。
乾燥させた葉を種類ごとに分ける。
瓶に入れる。
束ね直す。
悠はその様子を黙って見ている。
手伝うこともしない。
邪魔もしない。
ただ、そこにいる。
「……」
「……」
ノアはというと。
「すぅ……」
いつものように寝ていた。
本当に自由な奴だった。
誰の家でも、眠くなれば寝る。
悠はそんなノアを見て、小さく息を吐いた。
「……お前はいいな」
「きゅ……」
寝言のような声が返ってきた。
それ以上は何もない。
また静かになる。
鳥の声。
風の音。
薬草が擦れる音。
ページをめくる音。
それだけ。
会話は、ほとんどない。
それでも。
何も問題はなかった。
以前なら。
誰かと一緒にいて何も話さない時間は、気まずかった。
何か話さなければと思った。
相手が退屈しているのではないかと考えた。
帰ったほうがいいのではないかとも思った。
けれど。
ここでは、そんなことを考えなくなった。
フィオナも同じだった。
悠が来ても、何か話そうとはしない。
帰ってほしいとも思わない。
お茶を一つ余分に用意する。
それだけ。
悠が来る。
フィオナがお茶を淹れる。
フィオナが本を読む。
悠が座っている。
ノアが寝る。
それでいい。
いつからか。
二人にとって、それが普通になっていた。
◇
帰る時間になった。
悠が立ち上がる。
「……帰る」
「……うん」
扉の前まで歩く。
悠は振り返った。
フィオナがこちらを見ている。
「……また来てもいい?」
フィオナは少しだけ考える。
そして。
「……別に」
いつもの返事だった。
悠は小さく頷く。
「……うん」
家を出る。
森の中を歩きながら、悠は思った。
フィオナの家は。
静かで。
何も話さなくてよくて。
無理に何かをしなくてもいい。
そして。
自分が来ても、追い返されない。
――ここは、来てもいい場所なんだ。
そんなことを、悠は自然に思うようになっていた。
特別な約束をしたわけではない。
友達になったわけでもない。
ただ。
いつでも行っていい場所が、森の奥に一つ増えた。
それだけだった。




