第47話 お茶
フィオナの家を訪れるようになって、何度目か。
その日も悠は、家の前に立っていた。
「……」
扉を叩く。
少しして、フィオナが顔を出した。
「……悠」
「……うん」
それだけ。
フィオナは特に何も言わず、扉を開けた。
悠も中へ入る。
いつものように、必要最低限の家具しかない部屋。
静かな家だった。
悠が椅子に座る。
フィオナは棚から茶葉を取り出した。
小さな鍋に水を入れ、火にかける。
やがて湯が沸く。
茶葉を入れ、しばらく待つ。
それから、二つのカップに注いだ。
一つを悠の前に置く。
「……飲む?」
「……うん」
悠はカップを手に取った。
温かい。
一口飲む。
「……」
「……」
フィオナも自分のカップを手に取る。
二人でお茶を飲む。
会話はない。
それでも。
以前のような気まずさはなかった。
窓の外から、鳥の声が聞こえる。
木々が風に揺れる。
葉が擦れる音。
遠くで小さな枝が折れる音。
森は静かだった。
ノアは部屋の隅で丸くなっている。
「……すぅ」
いつの間にか眠っていた。
悠はちらりとノアを見る。
起きる様子はない。
フィオナは本を開いた。
ページをめくる。
さらり。
また一枚。
悠は何もしていない。
ただ椅子に座って、お茶を飲んでいる。
以前なら。
何か話さなければと思っただろう。
沈黙が続けば、気まずくなった。
何か言わなければ。
帰ったほうがいいのかもしれない。
そんなことを考えていた。
けれど。
今は違った。
「……」
フィオナは本を読んでいる。
悠はお茶を飲んでいる。
ノアは眠っている。
それだけ。
それなのに。
何も困らなかった。
悠はカップを置いた。
窓の外を見る。
木漏れ日が揺れている。
鳥が一羽、枝から枝へ飛んでいった。
「……」
静かだ。
森の中にある小さな家。
その静けさが、妙に心地よかった。
悠は思う。
――何も話さなくていい。
それが、楽だった。
誰かと一緒にいる。
それなのに、疲れない。
そんな相手がいることを、悠は初めて知った。
フィオナがページをめくる。
さらり。
悠はもう一口、お茶を飲む。
「……」
フィオナも何も言わない。
それでも。
二人は同じ部屋にいた。
沈黙が続いている。
けれど、その沈黙はもう気まずくなかった。




