第43話 森の奥
春の祭りが終わって、数日。
悠は森の中を歩いていた。
「……」
いつもの散歩より、少しだけ奥へ進んでいる。
目的は特に大きなものではない。
畑に使えそうな薬草。
食べられそうな木の実。
家の周りに植えられそうな植物。
そんなものを探していた。
いつもの場所なら、だいたい何がどこにあるのか分かっている。
だから今日は、少しだけ奥へ行ってみることにした。
「……この辺、初めてだな」
木々の間を抜ける。
見慣れた森の景色が、少しずつ変わっていく。
木が大きい。
地面に生えている草も、見たことのないものが増えてきた。
悠は足を止める。
「……」
小さな紫色の花を見つけた。
「……薬草かな」
近づいて確認する。
見たことのない種類だった。
採るのはやめておく。
代わりに、その近くに生えていた木の実をいくつか拾った。
そして。
しばらく歩いていると。
ふと、妙なものが目に入った。
「……?」
木々の向こうから、白い煙が上がっている。
火事というほどではない。
細い煙が、ゆっくりと空へ昇っている。
「……煙?」
悠は少し考えた。
森の中で煙が上がる場所。
普通なら近づかない。
けれど。
なんとなく気になった。
悠は煙のほうへ歩いていく。
木々の間を抜ける。
そして。
開けた場所に出た。
「……」
そこに。
小さな家が建っていた。
木で作られた、古い家。
大きくはない。
悠の家よりも少し小さいくらいだった。
家の前には、たくさんの植物が吊るされている。
葉。
花。
根。
見たことのない薬草まで、所狭しと干されていた。
「……家?」
人が住んでいる。
それだけで、少し驚いた。
こんな森の奥に、家があるとは思わなかった。
悠は家の前に立つ。
薬草を眺める。
「……」
なんとなく。
自分の家とは違う。
でも。
森の中で暮らしているという点では、少し似ている気もした。
そのとき。
ギィ。
家の扉が開いた。
悠が振り向く。
中から、一人の女性が出てきた。
長い髪。
簡素な服。
片手には薬草の束。
女性は悠を見る。
悠も女性を見る。
「……」
「……」
沈黙。
女性は何も言わない。
悠も何を言えばいいのか分からない。
数秒。
十秒。
さらに数秒。
森の鳥の声だけが聞こえる。
「……」
「……」
悠は少しだけ困った。
帰ったほうがいいだろうか。
でも、先に何か言うべきなのかもしれない。
そう思って口を開く。
「……」
言葉が出てこない。
女性も、何か言おうとして。
やめた。
また沈黙。
「……」
「……」
悠は思った。
――この人も、話すの苦手なのかな。
女性も、同じようなことを考えていた。
――この人、何をしに来たんだろう。
二人はしばらく、森の中で向かい合っていた。
会話は。
まだ、一言も成立していなかった。




