第四十一章 槌の音の鳴らぬ街
「どけ、ここはオレたちが先に調べてんだぞ!」
「そんなの関係ねー! もんくがあんならかかって来いや!」
「バカ、斬り合ってる暇なんかねえぞ! B級魔導剣一本でも見つかれば大儲けだ。探せ探せー!」
ウオオオオオ!!
霧に沈む武器職人街は、その静謐さを完全に振り払われ、墓荒らし大運動会会場と化していた。
棚をひっくり返す荒っぽい音、軒先の木箱を蹴り割って中を確かめる仕草、結局早々に始まる奪い合いの喧嘩。
様々な人間模様が、霧のベールでは到底隠し切れない露骨さで入り乱れる。
イリアスたちもまた、その一角にいた。
とりあえず飛び込んだ大きな工房には、炉や鍛冶道具に交じってたくさんの物品がおかれていた。
「これは……魔導剣の柄のパーツだぞ!」
「こっちは鞘だ、金ぴかの! すげえ!」
「いい品だ……。C級以上……いやB級剣用かもしれない」
一緒に飛び込んできた後継者パーティが目の色を変えてお宝を漁るのに負けじと、イリアスも目ぼしいものをダリアが構えてくれている袋の中に片っ端から回収していった。
墓荒らしよりも強盗になった気分だ。しかし今さら品格など気にする余裕もない。放っておけばどうせ誰かに取られてしまう。
「これだけの部品が揃ってるなら完成品だってきっとあるわ。あなたたち、しっかり探すのよ!」
とバーサルに指示を飛ばしはしたものの――。
「こっちはボウズじゃ。セージュはどうじゃ?」
「こちらもです。ウォードッグ、おまえは?」
「ない」
分解されたパーツ以上の発見は仲間たちからもなく、当初の興奮はどこへやら、やがて周囲からも不穏な空気が立ち上り始める。
「おい、どういうことだよ! ここなら高価な魔導剣が山ほどあるって聞いて、装備まで新調してきたのに!」
「こっちは仲間がケガまでしてんだよ!? これで何もないなんてって言ったら……」
「うるせえ知るか! ああここはもうダメだ! 別のとこ行くぞ!」
愚痴る者、八つ当たりする者、別の店舗に移動する者、殺気立った空気が次々に人を取り巻いていく。
そう。これだけ大きな工房だというのに、魔導剣は一本もなかった。それどころか、魔導剣をそれたらしめる部分、ジュエルコアを宿した刀身が一つもない。
鞘や柄がいくら見つかっても、これでは石座しかないアクセサリーと同じ。パーツとしてどこかに買い取ってもらうにしても命を張っただけの値はつくまい。
結局それ以上の収穫はなく、イリアスたちもまた不服な結果のまま工房を出ることになった。
霧の充満した表通りは依然として騒がしい。ただその騒音には焦りや苛立ちが増している。
魔導剣の一本でも見つかれば誰かが叫んでいるはずだ。霧から染み出す焦燥は、それらがまったく皆無であることを伝えている。
目ぼしいものは見つからない――ミハルクの予言した通りなのか……? どうして。殿として時間を稼ぎに来た魔物の仲間が持ち去ったとでも? まさか。
(でも、こうまで重要なパーツだけがないとなると……いや)
調べるべき場所はまだある。武器職人の工房など中規模レベルの町なら二、三軒もあれば十分だが、ここは違う。通りが丸ごと武器の製造地帯。乗り込んできた後継者たちを全員呑み込んでもなお余りがある。こんな景色は帝都にすらない。需要と供給を一切考慮しない、誰かが思い描いた空想の景色。
だがそれをもってしても、大物発見の報告がどこからも届かないとなると……。
「もしかしてさっきの魔女たちに全部持ってかれちゃったのかしら……」
「いいえ、それはありません」
徒労の嘆息を吐きかけたところへ、きびきびとした声が横から割り込んできた。
白い軍帽にケープ。外見からして知的な雰囲気を漂わせる〈グレイブナイツ〉のサリファーだ。
彼女は白い手袋をはめた細い指で、片眼鏡の縁を神経質そうにさわりながら、
「あの魔女たちの持っていた袋の中身はスカスカでした。収穫はせいぜい、わたしたちが見た小ガニくらいでしょう」
「……よく見てるわね」
自然と四分の一歩後ずさる足は、苦手意識と警戒心が自然と滲み出たものだった。
サリファーの貴族と騎士の対立を如実に体現したような態度。それでいてわざわざ突っかかってくるのは、強引に距離を詰めてくるカイナよりもさらに厄介だった。こちらは貴族の中でもつま弾きにされている部類で、胸を張って騎士とぶつかるような尊大な精神は持ち合わせていないのに。
「当然です。あなたこそ、貴重な視覚情報を収集していないなんてパーティのリーダーとして失格です」
「むぐ……」
今回もまたそういう嫌味かと、顔をしかめたその矢先に。
「……と、ところでイリアスさん」と、どこか後ろめたさを感じさせる小声が、イリアスの耳を弱々しくかすめた。
ちらと目を向ければ、サリファーがそっぽを向きつつも内緒話の距離にまで体を近づけてきている。
「……?」
どこか様子がおかしい。初対面から自信満々で、魔女の登場に動揺しつつも観察眼は鈍らせなかったというのに、今はなんだかひどく頼りなさげだ。その少女が聞いてくる。
「あの、ミハルク、さんは、あなたのパーティ……バーサルなんでしたよね?」
「え、ええ。今さら何……?」
何かの罠かと勘繰りながら聞き返す。
「では、さっきミハルクさんから“もう尻を叩かなくても技が出せるな”と言われてましたけど……どういう意味です?」
「!!」
それはさっきの戦いの後、武器職人街に向かって走っている時に交わされた些細な会話だ。まさか、そんなものまで拾われていたとは。
「あなたが氷剣奥義『ノーツン・フォグア』を極めたという話と何か関係が?」
瞬間的に、臀部から背中の中ほどまでを奇妙な痺れがせり上がった。奥義のために精神集中していたところを、ミハルクからいきなりお尻を引っぱたかれた感覚。むずがゆいような、甘ったるいような……。
「かっ、かか、関係ないでしょう、そんなの!」
咄嗟にお尻を押さえつつ、イリアスは言い返していた。
「その反応……まさか例えではなく本当にお尻を叩かれていたのですか!?」
「ち、ちがっ……」
思わず顔が熱くなる。ただでさえこちらを見下す気満々の相手に、お尻ペンなんて子供じみたことが知られれば、一体どんなマウントを取られるか――。
「く……!」
だがなぜか。
サリファーの口から漏れたのは、彼女の方こそ敗北したようなうめきだった。
「すでに彼とそんな関係に……!? ふ、不健全なっ……!」
「何が不健全よ! ミハルクがやたら偉そうでデリカシーに欠けるだけでしょ!?」
「! まさかあえて相手に主導権を握らせることで、自陣深くまで誘い込んだ……!? あんな可愛……ゲフンゲフン、小さい子になんてふしだらな策をッ……!」
「聞きなさいよ! それに、言っておくけどミハルクもウォードッグもそっちには引き抜かせないから! どれだけ小さくてもわたしの家臣団よ! そうでしょ、ミハルク!」
言い放った勢いでイリアスはミハルクたちへ振り向く。
彼らはついさっきまで戦利品の簡単な品定めをしていたはずだ。が、今は何やらぼんやりと職人通りを眺め、
「のうイリアスよ。ここは静かじゃな」
「何かの皮肉!? これ以上ないほど騒がしいけど!」
「わしの知る職人街で、槌の音が絶えるのは夜とメシの時間だけじゃった。それが聞こえないと、ここはこうも静かな場所なんじゃなあ」
何を言っているのかわからなかったが、ミハルクの言葉はどこか寂しそうだ。金槌の音に何か思い入れでもあるのだろうか。
そこに、横からセージュが何かを囁いた。
「陛下……。あの男の工房が見当たりません……」
「……なに? ……おまえが作ったのか?」
「はい。人の輪に入れない男でしたので、せめてここではと」
「どこまで不器用なんじゃ。ヤツは……」
遠くに投げた彼の目が何時の景色を映しているのか、イリアスには最後までわからない。
※
やりたい放題や。
カイナとリンナを乗せた麒麟は空を蹴るようにして北部エリアを駆け回り、怪物の群れがあればその中に突入、雷を落として撃滅しては次の戦場を漁りにいくという餓鬼の有様だった。
最初は「止まって!」とか「そっちじゃない!」とか言っていたリンナも、もはや諦めた虚無顔で麒麟の首にしがみついている。彼女の腰に掴まっているカイナには、諦念へと向かう感情が如実に感じ取れたものだった。
どれほどのマジカルシウムの山を築いたか。
それまで縦横無尽、傍若無人だった麒麟が、急に足を止めて首を回した。
「何や?」
カイナもすぐに気づいた。深い霧の中、空気を細かく揺らす微震めいた音が断続的に聞こえてくる。
(鐘、か?)
アヴァンシルはいたるところに教会があり、人形たちが日々精勤している。その鐘が遠くで鳴っているのだろうか。
興味を抱いたのか、麒麟がそちらに走り出した。
近づくにつれだんだん音が鮮明になってくる。
どうやら鐘ではなさそうだ。だとしたら一体何の……。
カイナの好奇心はそこまでだった。
グアアアア……。
地がうめくような重々しく不気味な咆哮が、そんな音もそれまでの空気もすべて飲み込んでしまったからだ。
カイナも、リンナも、そして麒麟でさえもぶるりと身を震わせた。
この声は、この墓で決して聴いてはいけない音だ。
前方の薄霧の中を、修道服に身を包んだ人形たちが逃げていくのが目に入る。
「墓守さんたちや」
彼女らとて大勢いるわけでもない。会えるのは稀だ。何でこんな時に……と思うと同時に、彼女たちが逃げている相手についても自ずと理解してしまい、カイナは世界の都合の悪さに舌打ちしたくなった。
「カイナ……」
麒麟の背の前側にまたがるリンナから、苦渋に満ちた声が這い出てきた。
「わかっとる」
墓守たちが逃げているのは、さっきの咆哮の主からだ。
このアヴァンシルで出会ってはいけない最凶の怪物の一角。立ち向かえば誰も無事では済まない。
それでも。墓守たちの中にあの子の――ダリアのような子がいると知ってしまった以上、見殺しにはできない。
「助けにいくで」
「ええ……!」
彼女も同じ気持ちだった。それが嬉しい。
しかしその暖かな感情も、次の瞬間に後悔に変わるかもしれない。
それほどの相手だ。
口の中で干からびた唾液を無理やり喉に流し込み、カイナはリンナの腰に回した腕に決して小さくはない覚悟を込めた。
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