第三十八章 パーフェクトな策士
岩剣ゴロンバータは手近にある大きな物体から礫を切り出し、それを相手に投げつけるまでが一機能という、石切り場と投石機を併せ持ったような魔導剣だ。
どこからでも飛び道具を調達できるという便利さもさることながら、実際の石切り現場でも石工大歓喜という、土色の外観という見栄えの悪さをのぞけば実社会でA級の称号を受けてもいいほどに優秀だった。
それを数を揃えて投石隊とする。
特に硬い甲羅を持つアヴァンシルの怪物に対しては、弓よりもはるかに有効な武器だった。
ウォードッグは雇い主の近辺に危険がないかを探りつつ、敵に大打撃を与えた少女へと静かに焦点を合わせる。
〈グレイブナイツ〉第七兵士団長、騎士サリファー・ベールマン。
部外者からは騎士団の人間は全員騎士と呼ばれているが、内部では一般団員、準騎士、騎士、騎士団長と階級が別れている。
アッシュグレーのショートヘアに、大きく理知的なツリ目。片眼鏡と軍帽とケープの装いは、他の団員と服装で区別している兵長――騎士クラスのユニフォームの中でも、もう一段階彼女を特別な存在に見せていた。
本人曰く、軍師としての立場に。
「あなたたちが潰走する確率94%、壊乱して身動きが取れなくなる確率5%、無謀にも反撃する確率1%……」
落ち着いた口調でそう彼女が述べる中、大量の投石で手痛い打撃を食らったアヴァンシルの白いモンスターたちは、潮が引くように逃げていこうとした。
「フッ、妥当な判断です。全隊、追撃。刈り取れるだけ刈り取ってください」
ウオオオオオオ!!
サリファー兵長の指示を得た部下たちが鬨の声を上げて白い甲殻生物たちを追いかける。
戦場での戦果は追撃の時に最も多く得られる。その標語通りに。
「ほう……翼への攻撃から全体の動揺を誘う動き、見事じゃな」
仲間たちが突然現れた騎士団に呆然とする中、一人ミハルクが妙な上から目線でそうコメントを乗せた。
サリファーは得意げに片眼鏡に手をやりながら、
「フフッ、当然です。わたしの策は完璧ですから。大帝がご覧になるアヴァンシルでの戦いに、手抜かりがあっては失礼だとは思いませんか? ねえ、イリアス・オーズドルファさん」
負けないレベルで偉そうに返した彼女の目は、次に、そばで棒立ちになっていたイリアスへと向いた。
「な、何よいきなり……。あなたは誰?」
「初めまして。わたしは〈グレイブナイツ〉第七兵士団長、サリファー・ベールマンです。ところで無謀にも敵陣に突っ込み、無様にも包囲されていたあなたから、助けてもらったわたしへの称賛は何かないのですか? こんな小さな子でさえ言えるのに」
「な……!」
まあ、そうなるか。とウォードッグは一人胸中でうなずいた。
サリファーのツリ目が、いたぶる相手を見つけた猫のように細くなる。
「呑剣征伐に魔導剣汚染除去、大聖堂エリアの攻略……立て続けに三つの功績を挙げたイリアスさんに会える日を楽しみにしていました。何を驚いた顔をしているのです? ライバル組織の新星のデータを、わたしが揃えていないはずがないじゃないですか」
フフン、と無い胸を張ってみせるサリファーの背丈は、あれだけ背筋を伸ばした姿勢でもミハルクたちより少し高い程度でしかないのだが、態度のでかさに関しては十分にイリアスを圧倒している。
「まあ、容易に仲間を窮地に陥れた今の不手際を見れば、わたしの敵でないことは明白ですが。あなたが街の見回りを手伝ってくれていたことを加算しても、所詮は貴族。騎士たる我々にとっては目の上のオタンコナスに過ぎません」
「何が生えてるのよ……」
イリアスのひたいには“また変なのが出た……”という形の眉がはっきりと表れていた。実際のところ、ウォードッグのサリファーに対する第一印象も、やたら偉そうなチビの一言だ。
まずはファーストコンタクトでマウントを取って満足したのか、彼女の目が今度はこちらに動く。
「ウォードッグさん。そう言えば次の雇い主はそこの貴族だと言っていましたね」
「ああ」
ウォードッグは久しぶりの相手に対し素直にうなずいた。
「残念ですね。あなたは遊撃兵として非常に気の利く猟犬でしたので。今からでもこちらに戻ってくる気はありませんか?」
意外な申し出に、ウォードッグはかすかに眉をひそめる。
一つ前の雇い主が騎士団だったことはすでに仲間たちも知るところだ。その配属先が第七兵士団、サリファーの部隊だった。
策士を標榜するだけあって、彼女は任務の前に入念に作戦を練る。九割がた死蔵することになる策だとしてもだ。
その用意周到さから、事前予測で成功率七割を超える任務を、彼女が失敗したことは知る限り一度もない。それが部下からの信頼にも繋がり、彼女の立てる作戦をさらに盤石なものにしている。
そんな強固なチームワークの中に飛び入りし、これといった馴れ合いもなかったので、彼女から高評価を得ていたとは意外だった。
「次の職場についてはまだ何も決めていない。考えてもいい」
「なっ、ウォードッグ!? あなた裏切る気!?」
イリアスが慌てた声を発した途端、仲間たちの間に同様の空気が巡るのをウォードッグは感じた。特にダリアの悲しそうな眼は、前髪を一本ずつ抜かれるような小さな痛みさえ与えてきている。
「……今すぐじゃない。おまえとの契約を満了した後の話だ」
「フフ……。見るからに人手不足の見て取れるパーティ……ああ、いえ、貴族たちは家臣団というのでしたっけ。大げさにも。彼に抜けられたくないというのはよくわかります。が、有能な兵は有能な将の元でこそ真価を発揮できるものですよ。イリアスさん」
「何ですってぇ……!」
まんまとペースを握られたイリアスがガルルと犬歯を剥き出しにした、その時だ。
ずうん、と重々しい音が草鞋の裏を抜けていったと思ったら、霧の中から騎士団員たちが大慌てで戻ってきた。
「兵長! 新手、大物です!」
団員たちを追って現れたのは、巨漢二人分の横幅はあろうかという大蟹だった。
殻はアヴァンシルの怪物らしく全身真っ白のマジカルシウム製で、両腕の大バサミは豪邸の柱でも容易く両断し得るサイズ。
並の団員では束になってもかなわないだろう。しかし、
「そうですか。想定の範囲内です。全隊、中央を空けて左右に展開の後、待機」
よく通る声に命じられるまま、後退してきた団員たちが通りの両脇や建物の屋根の上へと避難する。
大蟹と正面から向き合うのは、一般団員にも体格で劣るサリファー一人となった。
小柄な少女は流麗な仕草で腰の一刀を引き抜いた。策士を自称するのであれば、これは自ら負けを認めるに等しい一騎打ちの構図だ。
ギチギチギチ。甲羅の継ぎ目を軋ませる音を立てながら、大蟹がサリファーへと突進する。
繰り出されたハサミが直撃すれば、首どころか胴体でも簡単に二つに切り分けられる。
しかし。
ギイン! と重々しい音を響かせて、サリファーは蟹のハサミを――弾き返した。
!?
世界の間違い探しをやらされたような光景だった。どう見ても。質量、勢い共に華奢なサリファーの片刃剣が蟹の大バサミに勝る道理はない。
けれどもそれは現実に起こった。理由は一つ――。
立て続けに重高音が鳴る。大蟹の連続攻撃をサリファーはことごとく弾いた。自身はゆっくりと下がりながら。しかし、彼女の体幹が揺らぐことは一度もない。まるで気分良くタクトを振る指揮者の腕振り。
「あの魔導剣……衝剣か!」
「ああ」
勝負の行く末を見守っていたミハルクが、真っ先にこの光景の正体を見抜いた。
そう。C級魔導剣、衝剣バシルロッサが彼女の得物。
斬りつけた相手を衝撃波で吹き飛ばす。持ち手に伝わる衝撃はそよ風程度、食らう側は間近で爆薬が弾けたのに等しい。
「作戦通り敵の大物を自軍深くまで引き込んだ……。では全隊、包囲攻撃」
サリファーの涼しい号令一下、道の左右で待機していた第七兵士団の面々が一斉に飛びかかった。手にした武器は、いつの間にか剣からハンマーへと変わっている。下手な魔導剣を使うよりも単なる鈍器の方が効き目があるということか。
そしてあれだけの重量をもんく一つも言わずに副装として用意している忠誠心。すべてはサリファーという指揮官への信頼感から来るものだ。
さすがの巨大蟹の甲羅もこれだけ滅多打ちにされてはひとたまりもない。あっという間に地面に沈み、動かなくなった。
「フッ。これが有能なリーダーの完璧な戦い方というものです。一つの策の元、仲間だけを戦わせるにあらず、自身一人で戦うにあらず、各々の役目を果たして勝利へと至る……ご理解いただけましたか? イリアス・オーズドルファさん」
「ううっ……!」
サリファーのドヤ顔に狼狽えながら、なぜかこちらに視線を寄越してくるイリアス。何だその目は。そんなに心配しなくても、今すぐ主を乗り換えようなんて腹はない。何しろ今が一番仇に近づけているのだから。
だが、これで武器職人街の主導権をサリファーたちに持っていかれたのは確かだろう。いかに無謀な後継者たちでも、勝てない怪物のそばで墓漁りをするほどタガが外れてはいない。最低でも、彼女たちの管理下に入る必要がある――。
「ガハハハ! やっておるな孫よ!」
突然、号砲かと思うような笑い声が後方から鳴り響いた。
はっとなった周囲の面々が振り向けば、霧の中から現れたのは一人の巨人……いや、岩壁のような巨躯を誇る白髪の老人だった。
「お爺さん! 来てくれたんですか?」
涼しげだったサリファーの顔に、ほのかに年相応の少女の貌が現れる。
「おお、おお! 来ないでか! つい先日、ゼニス殿から直接頼まれてな! ちょうど任務が終わって退屈していたところよ!」
黒光りする全身鎧は、軽く頑丈なマジカルシウム製とは異なる、帝国古来の重装騎士の出で立ちだった。兜を脱いだ顔には風雪に削られた巌の精悍さがあり、短く逆立った白髪は、彼の覇気がいまだに十分であることを示すようだった。
「将軍……!?」
「ソルベアラー将軍だ!」
サリファーの部下たちのみならず、街の後継者たちからもどよめきが噴き上がる。
「だ、誰? ウォードッグ、あなた知ってる?」
イリアスたちがこちらを頼りに聞いてくる。
「ああ」
「…………」
「…………」
「そこは教えてくれるところでしょ!?」
「おお」
「何がおおよ!」
ウォードッグは荒ぶるイリアスに知っていることを伝えた。
騎士団には墓荒らしと帝都の任務を頻繁に行き来している変わり者がいる。
彼はサリファーの実の祖父にあたり、今ではすっかり戦場などなくなった帝国において、僻地での小競り合いやアホ貴族の蜂起を何度も鎮圧している本物の現場指揮官だという。
その采配もさることながら、個人戦力もピカ一。B級特大魔導剣、砲剣ガノンボウルを肩に担げば、敵軍は左右に分かれて大将首までの道を示したなんて逸話まで伝わっている。
「そんな人まで投入してくるなんて、本気ね、騎士団は……!」
「うむ……! あやつは確かにやりそうじゃ……!」
同意して目を輝かせたミハルクの袖を、セージュが引っ張るのをウォードッグは見えた。こそこそと何か言っている。
「……どうした? セージュ……」
「……いえ……。陛下の好きそうな漢でしたので……」
「わはは、妬くな友よ……。おまえに勝る心の友はおらん……」
そんなよくわからない二人の対話はさておき、騎士団の士気は上がる一方だ。
「お爺さん、見ていただけましたか。わたしの完璧な策です」
サリファーはいかにも褒めてもらいたそうにソルベアラーに呼びかける。祖父の方も岩が笑ったような顔になって、
「見ていたとも。部下たちとも確固たる信頼で結ばれていた。おまえは良い指揮官になるぞ」
「ッ! はい、ありがとうございます!」
サリファーは祖父を心から尊敬している――そういう話をウォードッグは騎士団勤務中に何度か耳にした。彼女が策士を気取るのは、祖父の副官として戦場に立つためだとも。
そして実際、家族の仲は良好のようだ。それは何よりもいいことだ。
「将軍、いつまでこちらにおられるのですか!」
「我々の訓練も見て頂きたい!」
サリファーや第七兵士団だけでなく、他の隊の団員たちからも盛んに話をせがまれている。英雄。この重騎士は現代のそれと呼ばれるに相応しい。しかし――。
「待て待て貴様ら、まだ戦いは終わってはおらんぞ。見てみよ」
小さな家くらいなら支えられそうな太い指が、霧のむこうを指さした。
すると、白い壁ががわずかに揺らぎ、その裾から無数の怪物を吐き出している。
サイズは子犬ほど。道を埋め尽くすほどの白いシオマネキの大群だ。ご丁寧に大きな腕の方をこちらに向けて大行進してきている。
「ふん、何度現れたところでわたしの神算の前には無意味です。投石部隊、相手のハサミを避けて右側面から攻撃!」
彼女の指示により団員たちが家屋の屋根から、岩剣ゴロンバータによる投石攻撃を開始する。
シオマネキはたちまち大慌てで逃げだした。
「フッ、やはりこの程度。相手に“逃げる”という知恵がある以上、わたしの策をかわすことはできません。全隊、追撃を――」
指示しようとした寸前。彼女は、いや誰もがその奇妙な点に気付いた。
文字通り泡を食って逃げ出したはずのシオマネキたちは、数メートル先で再び道を塞ぐ隊列を為していた。
いや、そこからまた前進してくる素振りさえある。
「……? これは一体……? データによれば、怪物たちは一度逃げ出せば後は散り散りになるだけのはず……」
当惑しつつもサリファーはもう一度投擲攻撃を指示した。モンスターは再び退く。が、やはりそこまでだ。潰走はせず、そのまま横歩きで最前列を戻してくる。
「こんな動き、データにありません。どういうことですか」
「ほう、この動きはもしや……」
そうつぶやいたのはミハルクだった。続いてソルベアラーも、
「坊やも気づいたか」
「うむ」
二人でうなずき合う。
「な、何を言ってるのですかお爺さん。何に気づいたと……」
老騎士は腕組みしながら孫をしばし見つめ、
「ふむ……。ミハルク坊、よければこの子にあれの正体を教えてやってくれぬか」
「心得た。サリファーと言ったな。あの敵の動きはな、殿と考えれば合点がいく」
「しんがり……? 殿!?」
サリファーはこぼれんばかりにツリ目を丸くした。
「うむ。退却する味方を援護するための決死の足止め部隊……。ヤツらが必要以上に前にも後ろにも動かないのもそのためじゃろう」
「まさか、モンスターがそんな戦術的な動きを!? あり得ません!」
「いや、しかし実際にあり得ている」
ソルベアラーが静かに賛同したその時だ。
「何かが霧の中にいるぞ!」
誰かが怒鳴り、一同の視線がそこに集まった。
一秒の静寂。靄の奥で不可思議な橙色の光が左から右へと走った。
それはちょうど、大きな刃の形をして。
「……!?」
宙にぽつんと浮いた特大剣の光が、独特の揺れを見せながらこちらに近づいてくる。
ほどなくして霧の壁を割って正体が露わになった。それは小型シオマネキの親分のような巨大蟹。しかしその右のハサミの間から、燃えるように輝く剣が生えていた。
「何だこれは……」
誰かが驚きかすれる声で言った。
「この蟹、魔導剣を持ってる」
データキャラ、早くもピンチに。




