第三十六章 職人街争奪戦
セージュという名の怪物と共にネルガリアが去った後、恐るべき事実が発覚した。
「陛下……」と、大事な秘密を打ち明けるようにしてこちらのセージュが耳打ちする。
「どうした」
「認めたくはなかったのですが、ネルガリアは若い頃の陛下によく似ていました」
「なんじゃと……?」
“セージュ”が仕える者、それすなわちアヴァンサ帝である。それがミハルクとセージュの強固な共通認識。そこにもう一つ、容姿という要素が加わった。
「白っぽい髪に、浅黒い肌。わたしと会った頃はもう少し歳が上でしたが、それでも特徴はそっくりです」
「しかしあの偉そうな性格は……」
「それこそ瓜二つです……! 陛下とお会いした時の第一印象は、一つ人より偉そうで、二つ振るうは木の棍棒、三つ未来の大人物、でしたから」
「い、いや、わしとてもう少し慎みというものがじゃな……!」
「それはシニア特有の、自身の子供時代はバカだったと言いつつも実際はもっとバカでアホで無分別だったという、一種の美化現象によるかと……」
「な、何じゃとォォォ!」
元々異郷の民であるセージュの名前は、帝国民の一般的な命名からはややずれる。だが、かつて大帝の元で活躍した偉人として現代ではそこまで稀有な名づけでもないという。たまたま一致したという可能性は絶無ではない。
だが。こちらの白いセージュが持つ鎧剣ガルガチュアの材質と、あの巨大な蜂の体表はよく似ていた。
ともすれば、あれもまた鎧の一種という可能性も十分にある。
ミハルクはたずねた。
「おまえはあの蜂に自分の意志を移植した覚えがあるか?」
解答は「わたしが造られた時点ではNO」。古セージュの記憶は、人形を造ったその時点のものが移植される。後から造られた者への記録は存在しない。
古セージュはいつか生まれ変わるミハルクのために、多種多様な形の“セージュ”を用意していた。
それらは今セージュの知る限りもうほぼ残っていない。
魔導剣を四本同時に起動させたあのセージュ。そしてあれが付き従う、アヴァンサ帝によく似た少女。
これは一体どういうことなのか。
彼女は一体何者か?
強い謎が残った。
ちなみに……。
「のうイリアスや、わしってその、ちょっと偉そうかな?」
後でミハルクは彼女にそうっとたずねてみた。
「いいえ。違うわ」
「ほっ……。そうじゃろう、そうじゃろう」
「死ぬほど偉そうよ」
「オウフウウウウ!」
ミハルクはこの恐るべき事実にちょっと反省した……。
※
「よし、みんな聞いて」
〈最終貴族同盟〉本部にしつらえた部室もとい作戦会議室。
イリアスはいつものように、手にした指示棒でボードに張り付けたアヴァンシルの地図をぴしりと叩く。
「今回は南エリアの探索は一時中断よ。調査が行き詰ってた墳都北部エリアで“ホワイトガンド”が突然姿を消して、道が開けたの」
「そのホワイトガンドってのは何じゃ? 前にも一度聞いた気がするが」
ミハルクがちょこんと可愛らしく挙手して聞いてくる。部屋の後ろで控えるマリンの眼鏡がパァァと光り出した。彼女の溺愛ぶりには困ったものだが、ここは一つ家臣の疑問に答えておくことにする。
「でかい白蛇よ。といっても、霧の中から突然現れる蛇腹状の何かとまでしか言えないんだけど。頭も尻尾も誰も見たことはない。ただこれが北部エリアの道を完全に塞いでて、しかも表面に大量のモンスターが張り付いてるものだから誰も手を出せなかったの」
「それが消えた、と?」
隣のセージュからの確認の一言にイリアスはうなずいた。
「ええ。監視していた〈グレイブナイツ〉によると、霧の中に溶け込むように消えていったみたい。騎士団はこれを大帝に前進が認められたなんて嘯いてるらしいけど」
そう言えばつい先日、自分たちがちょうど休養日を満喫していた時に、騎士団本部の一角に空から一条の光が差し込むという椿事があったらしい。あの拠点にはアヴァンサ帝の直系を名乗る皇子がいるという。そこに天啓が降り注ぎ、今回の開通へと繋がった、とか何とか……。
皇子の存在がどれほどのものかはわからないが、そんな仰々しい奇跡があるわけないとイリアスは思う。闘神とまで称えられたアヴァンサ帝本人ならまだしもだ。
「南エリアの探索は他の人たちに任せるとして、今回はこの新エリアを調べることになったわ」
「今さら意味があるのか、それは?」
今度声を挟んできたのはウォードッグだった。普段はこちらの補助輪としてしか働かない男なので、この積極的かつ否定的な質問の仕方はちょっと珍しい。が、その理由をイリアスは知っていた。
魔女。そして魔女狩りの男。ウォードッグにとって今一番出会いたい相手はそれらだ。重要エリアの墳都南部の方が遭遇できる可能性は高いと踏んでいるのだろう。
(…………)
そしてそれは、あの時黒騎士と奇妙に目が合った自分も……。だが。
「武器職人街が見つかったのよ」
イリアスの返答に、室内を巡っていた安穏とした空気にピリッとしたものが走る。
「元々北部は、商店や工房が並んでいる場所だったの。だから、最初に進入した騎士団が精力的に調査していたんだけど……今回ついに本命に辿り着いたというわけ」
武器職人街。つまり魔導剣の生産拠点だ。
アヴァンサ帝の時代において、魔導剣の核たるジュエルコアこそ国立研究機関で極秘に製造され、ブラックボックス化していたが、それを最終的に剣として仕上げるのは民間の職人たちの仕事だった。その工房が現代の魔導剣匠の始祖であり、今では量産型程度であればゼロから組み上げられるほどの技術力を持っている。
墳都アヴァンシルがアヴァンサ帝にまつわる副葬品を多く所持しているとすれば、ウォードッグの口から自然と次の言葉も出た。
「古い魔導剣が大量に保管されている可能性がある、か」
「そう。例によってもう多くの後継者たちが詰めかけてる。まずはホワイトガンドがばら撒いていったモンスターの駆除からだけどね。ただ、副葬品としての魔導剣は貴重なものが多いから、ここでまた魔女絡みの一悶着が起こる可能性は高いわ」
「承知した」
ウォードッグは腕を組み、居眠りでも始めるかのように首を垂れた。後は好きに進めてくれという意思表示。不真面目ではあるが、委細を承諾した彼の戦場における判断はことごとく正しく、早い。小言を言う必要はなかった。
となると、必然的に残ったメンバーと話をすることになるが……。
『…………』
子供しかいない。いや、ダリアは一言一句聞き逃さないように熱心にこちらを見つめてくれているし、ミハルクもセージュもきちんと話は聞いているのだが。しかしこの、小学校の生徒と教師と、ついでに言えば保護者のマリンとヨーゼフという授業参観日みたいな構図は何とかならないものなのか。
まあ、いい。今回の北部探索もレリーフォナから言いつけられた〈ノーブル・オーダー〉の大事な任務。そして妾剣のような発見があれば、また大きく一歩、夢に近づけるのだ。
「元々〈グレイブナイツ〉の縄張りみたいなところだから、騎士たちと多くかち合うことになるわ。カイナとかリンナがいるかもしれないけど、後れは取らないでいくわよ!」
※
数十年に渡り足止めを食らっていた壁が動いたとのことで、騎士たちの意気は砦の空気さえも一変させた。
普段なら、冷たい石壁から自然と伝播する、責務の重さと冷たさ。それが今はまるで祭り前夜の静けさだ。
悪くない。とカイナは思った。
元々賑やかなものが好きで、だから街での月一の祭りの巡回は一度も欠かしたことはない。
故郷の名物タコ焼ケを片手に友と店を巡り、その熱気と匂いに心まで浸す。面倒くさいケンカの仲裁も、その時だけはお楽しみの一部。
小さい頃は、そんなお祭り会場がどこまでも広がっているように感じたものだ。ある時ふっとその端に行き着き、提灯の明かりも笑い声もない夜の暗闇が広がっているのを見た時は、自分が夢幻の世界の住人のように思えたものだった。
そうした夢心地の熱気が騎士団全体に降りかかる今、武器職人街への探索に、同盟からイリアスたちが送り込まれてくると聞いた時はアツアツのタコ焼ケとかき氷を一緒に頬張った気分になった。
「リンナちゃん、大変やリンナちゃん!」
〈グレイブナイツ〉砦の兵舎。リンナと二人で割り当てられた自室に戻るなり、プライベートエリアを隔てる衝立を吹っ飛ばしながら、カイナは相方の空間へと踏み込んだ。
「……何ですか(怒)」
「あっ、ごめ……」
カイナは赤くなって、慌てて後ろを向く。リンナは出撃に向けての着替え中で、ちょうどスカートをはくところだった。部屋の扉は閉まっていたのがせめてもの救い。本日は白。
「なあ、今日の北部探索、同盟からはイリアっちゃんたちのチームが出るらしいで」
「<〇><〇>!!! ……………………そうですか」
なんか長い間があったが、それはいいとして。
「そんで、こっちからは“あの子”が出るってホントなん!?」
「第七兵長のことですか? ええ、そうらしいですね」
「あちゃ~……」
カイナは大きな動作でひたいに手を当てた。
「カイナはあの人が嫌いでしたっけ?」
「嫌いとまではいかんけど……苦手や。何でも型にハメようとするし、融通きかんし……。となると当然、貴族側のイリアっちゃんたちにもキツく当たるやろ?」
背後からリンナの着替えの音が続く中、懸念点について考えを巡らせる。
北部は騎士団が長年目を付けていたエリアだ。第七兵長は粛々と調査権を強弁するだろうし、ライバル意識のある貴族が相手となればなおさらその態度は硬くなる。
「せっかく仲良うなれてきたのに、また微妙な壁作られとうないねん。リンナちゃんも見たやん? あのタコ焼ケ食べて幸せそうだったミハルク君たちの顔……!」
「……!!!!! ……そっ、そうですね。とても可愛……ええと、美味しそうでした。では、もし第七兵長がイリアスさんたちとぶつかるようなら、わたしたちが保護……いえフォローすればいいと思います」
「おお、リンナちゃんもそう思ってくれるのか! あんたもどっちかっていうとあの子寄りのお堅い子やったから、そんなこと言ってくれるようになって友達として嬉しいで!」
「友達ですか?」
どこか冷え冷えとした声が背中にぶつかって、カイナはにんまりと笑った。
「いや、親友やった。悪い悪い」
「ふふ……。では行きましょうか」
満足げなカイナの声に背中を押され、カイナは騎士団における天敵とも呼べる相手が待つ北部エリアへと出発する。
リンナと似たタイプの女騎士。ショタ。何も起きないはずがなく……。




