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第三十一章 大帝の愛人

 大聖堂地下空間。ミハルクたちは魔女の箒星に乗って列柱を越え、ようやく突き当りまでたどり着いた。


 地上の本堂には巨大なレリーフがあった。何やら未完成品だったそうだが。

 ではこちらには何がある?

 その期待は、まるで心の陥穽を表したかのような大きな穴によって砕かれる。


「何だコレ 廿A廿?」


 ゼータの乗る箒が、巣を見失った蜂のように大穴の上を行き来する。


「まだ下があるってことカ?」


「何だと……そんなはずは……」とのセージュのつぶやきを背後に聞きながら、ミハルクもまた穴をのぞき込む。


 サイズは小さなフロアが丸々収まりそうなほどに大きい。そして、単に底が抜けたのとも違うらしい。

 縁から伸びる階段があった。携帯用のカンテラ程度では照らし切れない、深い深い底へと続く階段が。


「ここまで来たんだし降りてみるゾ」

「そうね……」


 魔女の箒はその穴を垂直に下っていく。

 前後左右にかっ飛ばすだけでなく上下の動きもお手の物か。魔導セグウェイを遥かにしのぐ面白マシン。今度借りられないかとミハルクは半ば本気で考えている。


「何なのよ、これ……」


 箒の最後尾に乗るイリアスから、呆然としたつぶやきが聞こえた。

 彼女だけではない。誰もが、きっとそう思っていた。


 なんと穴を下へと誘(いざな)う階段が、途中で壁にめり込んで途切れているではないか。

 そしてまったく別の場所から再び生えて下へと続いている。その無軌道さは降りていくほど乱雑に。まるで煙突の中にできた気まぐれな蜘蛛の巣のような有様だ。


 何か特別な道具がなければ使えない防犯設備……というより、前衛芸術家の作品か、イカれた設計図がそのまま大工の手に渡ったかを勘ぐる方が易(やす)い。


「普通の足では降りられんな。魔女たちがいてくれて助かったわい」

「え、えへへ……。ミハルク君に褒められたぁ……」

「おいまたラリるなよ 廿A廿」


 そうして穴をゆっくりと降下していくと、階段はさらに奇妙な形状になっていく。裏表が逆さまだったり、途中で紐のようにねじれていたり……。誰もがそれを不気味そうに見つめ、言葉少なになっていた。


「……ミハルク様。今、確信しました。この大聖堂は本物ではありません。何者かが勝手に建てた真っ赤なニセモノです」

「なんじゃと?」


 すぐ後ろにいるセージュの強張った囁きに、ミハルクは目を丸くした。


「最初から疑問に思っていたのです。わたしの設計では、大聖堂はもっと墳都の中央に近い位置にありました。そして当然、こんなふざけた穴も作ってはいません」

「一体誰が……何のためにそんなことを?」

「わかりません……」


 そんなやり取りの最中に。


「あっ、お花です」


 ダリアが突然闇に向けて手を伸ばした。

 同方向に目をやると、確かに穴の壁面に花が咲いている。

 それは白いダリアの花だった。大帝の愛した花。ダリアが大事に育てていた花。

 けれどもそれは実物ではなく石の彫刻だった。

 花は穴を下るたびに増えていった。

 そして――。


「見えたぜぇ 廿A廿」


 底についた。


「……すごいわね」とのイリアスのため息。


 そこには一面の石の花が咲き乱れていた。一つ一つが本物と見まごうような精巧な作り。

 そしてその花畑の中央にそれはあった。


「ふ、ふざけるなっ!」


 石の花畑を乱暴に踏みつけ、血相を変えてそこに駆け寄ったのはセージュだ。


「何の真似だこれは!」


 彼女が怒鳴りつける先にあるのは大きな石像。それはもっともポピュラーで、もっともありふれた、そしてもっとも重要なモチーフ。


 大帝アヴァンサが剣を床に建てて玉座に座るという、彼が戦士であり皇帝であることの表徴だった。

 しかしそこにあるのは。


 歪(いびつ)。


 アヴァンサの右半身や首は玉座から生えた石の樹木に巻かれ、左半身は岩のような物体に半ば呑み込まれている。


 そのためか大帝の姿勢はやや斜めに傾いでおり、これが完成品の上から悪戯されたものではなく、最初からそのようにデザインされたことを如実に物語っていた。


「地上のレリーフは百万歩譲るとしても! これを造ったのは誰だぁっ! 報酬払わんぞコラ!」

「まあまあ落ち着けセージュ」


 雪の精がタコの精になるほど真っ赤に燃えるセージュに、ミハルクは好々爺の足取りで近づいていった。

 前世を象った彫像を見やる。


 取りついている異形をのぞけば、このモチーフはそこそこの町ならどこにでも置かれているような一般的なものだ。

 しかしだからと言って価値の低いものではない。これは朋友たちが考案し、さる芸術家に作成を依頼してくれた思い出の品。


 セージュが大聖堂の地下奥という大事な場所にこの像を置こうとした理由がはっきりとわかる。

 彼女の肩を叩き、囁く。


「信仰ではなく――親交の証。変わらぬ友誼の礎をここに、じゃな? ありがとう友よ」

「へ、陛下……TT」

「しかし、そこに植物と石か……ふむ」


 いかなる意味か。設計者を無視して造られたものなら、そこには製作者の意図があるはずだ。


「植物は命の象徴、石は非生物と、それから文明を表すと言われているわ」


 ひどく神妙な声が、彫像を見つめるショールの口から漏れた。

 おとぎ話の知恵者たる魔女の語りは、それだけで一つの説得力を持つ。


「でも、この像は何かが変。何かが……」

「すべて変だろう。これに正しいところなど一つもない!」

「セ、セージュちゃん落ち着いて……」

「――剣じゃないかしら」


 あれこれ話が飛び交う中に端的な一言が差し込まれた。

 皆が声の主を振り返る。誰もが異質な木と石に注目する中、一人だけ元来のアヴァンサ像に違和感を見ていたイリアス。彼女は像が床に突いた剣を指し示し、


「この大帝が持っている剣は直剣のはずよ。でもほら、この剣ちょっと曲がってる」


「確かにそうだ」とシュプリムトがうなずき、「ものの本によると、この剣は特定の魔導剣を表したものではないという。したがってこのデザインの実物は存在しない」との豆知識も一緒に披露する。


「けどこの剣、結構自己主張激しいゼ? 刃の曲がり方なんか特に」

「……もしや」


 ミハルクは前世の自分に近づき、おもむろに疾剣を突き立てた。その曲がった剣に対して。

 白い石材は簡単にぼろぼろと剥がれ落ち、やがて奥から一つのきらめきをまろび出させる。


『!!』


 気づいた仲間たちもそこに参加。ほどなくして剣の全容が明らかになる。

 ミハルクは声を上げた。


「これは――“大帝の愛人”じゃ!」

「あ、愛人?」


 イリアスがどこか恥ずかしそうに聞いてくる。


「うむ」とうなずき、ミハルクは石像から掘り出した魔導剣を手に取った。


 柄の装飾はそれ自体がアクセサリーのようにきらびやか。麗しい刀身は反りのある薄紫。透けて見えそうなほどの薄刃は美しいの一言に尽きる。


「なんと妖美な剣だ。吾輩がいなかったら、危うく極上の名を取られてしまうところだった」

「ああ」


 ため息をもらす男たちにミハルクはうなずき、


「正しい銘は妾剣エルロード。元々は六式魔導剣――つまり第六世代の魔導剣のひな型で、極めて高い魔導伝導を持つものの、出力する特性がなくての。あくまで試験用でしかなく当初は無銘じゃったのじゃ。しかし見よ」


 ミハルクが剣をかざして力を送り込むと、刀身は赤紫の艶(あで)やかな光を周囲に放った。


 その正体は刀身内部から浮かび上がるほど強力な高密度伝導経路だ。それが木の根のように、あるいは家系図のように、輝きを剣の鍔元から切っ先へと送り届けている。


「この美しさ、見栄えの良さから、アヴァンサ帝が催事に出席する際は常にと言っていいほど帯同したのじゃ。この刀身の曲線が、反り返った美女の背中のようだと言われたことから、付いたあだ名が“大帝の愛人”……」


「なんか……いやらしいわね……」

「えっろ 廿A廿」

「あ、あはは……。英雄色を好むっていうから……」


 そんな女性陣たちからの所感を耳にしながらミハルクが剣を一払いすると、光は収まった。


「時を経ても変わらぬな。おまえの美しさは。どうしてこの剣がこんな不可思議な場所にあったかはわからぬが……。他の贋作と違ってまぎれもなく大帝ゆかりの品じゃ。さ、イリアス。受け取るがいい」

「えっ、いいの?」


 鼻白んだイリアスにミハルクはクスクス笑い、


「そのために皆を急かしてここまで来たのじゃろうが。バーサル(パーティ)のリーダーも、ヒントをくれたのもそなた。そもそもこの剣は帝国の所有じゃ。そなたが保管するなり、同盟に提出して帝都に送り返してもらうなり好きにするといい」

「わ、わかったわ……」


 イリアスは畏れ多そうな態度で妾剣を受け取った。


「……廿A廿」

「ゼータ。今はステイだからね」

「おー。けど、マジにいい感度だぜ。六式の制式剣と比べても別格ダ……」


 そうした魔女たちの会話が聞こえたからではあるまいが、イリアスはどこかまわりから剣を隠すようにしながら、先ほどミハルクがそうしたように軽く掲げてみた。しかし。


「あら……ねえミハルク、さっきみたいに全然光らないわ」

「ん? あれは別に技ではないから、魔導を伝えてやれば光るはずじゃが……。ふうむ。……そなたには毎度“コツ”の伝授が必要なのかもしれんのう」

「!! ちょ、ちょっと、何……!」


 ミハルクがニヤリと笑うと、イリアスは顔を真っ赤にし、スカートのお尻側を押さえながら後ずさった。

 その直後だった。


 ビカビカビカビカ!


「きゃあああ! 何これすっごく激しく点滅し始めたわよ!?」

「うおっ、まぶし >A<」


 突然光り始めた妾剣に、近くにいた者たちが慌てて顔を背ける。


「なんじゃ時間差で伝導しただけではないか」

「いやいや、果たしてそうかなミハルク君。吾輩には、その魔導剣が君とイリアス嬢のイチャイチャに嫉妬したようにしか見えんがね」

「だ、誰がイチャイチャよ! 何で嫉妬よ!」

「このご婦人も愛する男を喪って300年だ。突然目の前でイチャコラされたら何とはなしに腹が立つのも道理だろう?」

「ワケがわからないわ! ああもう、どうやったら止まるのこれ!? ミハルクーっ!」


 古い帝国の闇が跋扈した、偽りの大聖堂の底の底。

 友誼を秘めた石像に握られていたのは麗しき魔導剣だった。

 この地下を造った者がどういう意図でそれを配したかは定かではないが……。


 何はともあれ、同盟の任務である一番の副葬品(おたから)はゲットしたッ!

 

みんなもお宝ゲットじゃぞ~。

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― 新着の感想 ―
刀、壊れてない刀、おや?どこかに壊れた刀持った人が……
美術は残すな。技術は残せ。という魔女たちにとって美しき大帝の愛人はどちらなのか。 ヘクサ使いのババーさんにお訊ねしたいところ。 壊せない立場にいるゼータとショールは「あれは技術だからヨシッ!!」と言う…
おましょうま! >携帯用のカンテラ程度では照らし切れない、深い深い底へと続く階段が。 どうでもいい話だが、これ建設時に運び出す土砂の量凄かったろうなぁ。 >今度借りられないかとミハルクは半ば本気で…
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