第二十八章 ヘキサテック
地下神殿の道を辿るそれまでの神妙な足取りは、魔女二人の出現によって大股の追走劇へと変わった。
疾剣の本質は突風を巻き起こし、持ち手の後ろから加速を与えること。だからパーティ全員を後ろから押し進めるというのは、まさにこの剣の本懐とも言える使い方だ。
ミハルクたちが追う魔女の位置は、彼女らが乗った箒星から漏れる光で示されている。
その光の中には、確かに魔導剣から漏れ出る魔導の気配があった。しかし霆剣に巌剣。魔導セグウェイや街の施設を動かしている生活用の魔導剣とは違う。あの機械式の空飛ぶ箒は一体何なのか……。
「右に曲がったわ!」
先頭を暴走馬のように走っているイリアスが叫ぶ。
前方通路からほうき星の光点が消えていた。右手側に階段がある。そちらを上がっていったらしい。
「地上の施設を優先する気なの!?」
「何があるかわからない地下より上の方が実入りが多いと判断したのかもしれない。何しろ上はすべてが貴重品の大聖堂だ!」
イリアスとシュプリムトが交わす言葉を置き去りにしつつ、ミハルクたちもまた魔女に続いて階段を駆け上がる。
一段抜かしどころか、四、五段を平気ですっ飛ばす。足はすでに走るためよりも風に飛ばされた先で体を支えるための杖に等しい。
「あわわわ……わ、わたし、飛んでます……」
「手を離すでないぞダリア! そなたではどこまで飛んでいくかわからぬでな!」
軽いダリアが宙に浮くのを繋ぎ止めてやりながら、ミハルクはシュプリムトに呼びかける。
「これ、極上の! さっきあの娘たちを魔女と呼んでおったな! それは何者じゃ!?」
「歴史の影で独自の技術体系を築いてきた魔導剣の使い手たちだ。あの気持ちよさげな乗り物もそうだが、現在稼働している工業系とはまた異なる方式で魔導の力を引き出している」
「むう、やはりそうか。しかし現代にはそんな者たちもおるのか……!」
大帝時代の魔導剣技術は帝国が所有する主流一本のみ。まだ枝分かれできるほど研究も工房開発も進んでいなかったのだから当然だ。だが時が過ぎ、もう傍流も亜流も存在するものらしい。
魔女。
もちろん、古い時代にもその名は存在した。おとぎ話に出てくるババーたちのこととして。現実においても異名、陰口、尊称……様々な使われ方はしていたが、具体的な集団のカテゴリーとして扱われることはなかった。
「あの独特なトークをする少女は“魔女狩り狩り”のゼータ。君は魔女狩りを知らないようだね?」
「知らぬ。物騒な名前じゃな」
「ああ、実際に物騒で血生臭い歴史の話さ。今から250年くらい前に帝国内で起きた謎の集団ヒステリーでね。魔女と見なされた人々が民衆から一方的に迫害された。殺された者も多くいる」
「何じゃと……」
「魔女たちは魔導剣について特別な知見を持っていたそうだが、詳しくは不明だ。最終的には怪しまれた誰もかれもが見境なしに狙われ、民衆裁判の後に処刑された」
「なぜそんなことを。集団ヒステリーと言っておったが……?」
「時期的に災害や疫病が重なって帝国民が皆ナーバスになっていたらしい。そこに来て従来の魔導剣士とは違う集団だ。当時はまだ魔導剣奥義の脅威が色濃く残っていたから、そのあたりを結び付けたのではないかと言われている」
「む、むむむ……」
勇敢な戦場の兵たちですら震え上がらす技の数々だ。無垢で無知な市民たちは、それを天変地異と誇張して記憶していたのかもしれない。自軍と自国民を奮い立たせるはずの武勇伝が、そんな形で仇を為すとは……。
「“魔女狩り狩り”は、そんな民衆へのカウンターとして現れた戦闘集団だ。魔女を保護し、迫害者に鉄槌を下す。いわば魔女のナイト。現代では戦闘技術を持った魔女のことをそう呼んでいる。さっきの二人組、片方しか攻撃してこなかっただろう?」
「うむ。あのゼータのみじゃな」
「本来の魔女というのは、ああいう攻撃してこない方を指すんだ。彼女たちは民間の知恵者であり、あるいは研究者に過ぎなかった――それが、正気に戻った現代人からの冷静な分析だ」
「民衆とは……愚かな者じゃな」
吐き出した言葉に交じるのは嘲りや諦念ではなく、理解。
一人一人は知恵も理性も優しさもあるが、大衆となると途端に愚かな獣と化す。賢き民衆など歴史上一度たりとも存在しない。そしてそれは悪ではない。国とは、人とは、社会とはそういう風にできていた。
「陛下……」
風の隙間を縫うように耳に届いたセージュの囁きに、ミハルクはうなずきで応えていた。
シュプリムトから話を聞き、一つ魔女たちの正体について心当たりができた。
「魔導剣研究所、第六技術部……」
魔導剣の黎明期を支えた帝国軍の要の一つ。
中でも第六は他の技術部とは違って、魔導剣の魔導剣“外”の用途を模索していた。もしかすると現代の工業用魔導剣の基礎を築いたかもしれない部門だ。だが当時はまだ戦乱の火が燃え盛っており、平和利用は思慮の外。つまり傍から見れば非生産的でリスクの高い研究が数多く行われていたのだ。
無論、彼らが悪かったわけではない。アヴァンサ帝自らそう命じた。次代の可能性を探るために必要な手順だった。
しかし、元々変わり者も多かったあのチーム。そこからの技術が流出し、ウォードッグの仇に関わるかもしれない魔義眼のような“外法”の源流となったという噂もある。
戦乱が終わり、噂に背びれや尾ひれがつき……「ヘキサ」という呼び名がいつしかおとぎ話の悪い魔女に結び付いたのか。そんな歴史の流れが、自分の死後にあったのかもしれない……。
「魔女たちは帝国の、特にアヴァンサ帝の遺物を憎んでいる」
「ニャニ!?」
「歴史の影に埋もれたはずの彼女たちが、アヴァンシルに現れたのはそういうことなのだろう。大帝の副葬品を強奪または破壊して、帝国の輝かしい歴史に復讐をしているのではないかというのが同盟の見解だ」
「ぐ、ぐおお……」
わし、別に何もしとらんのに……!
いや確かにこんな墓、自分でもふざくんなとは思う。やりすぎセージュの中でも生涯最大のやりすぎだ。
だからこそ――彼女らが過去の意趣返しのために墳都を襲っているというのであれば――それは非常にバカバカしい選択だった。
なぜならこの墓はニセモノだから。中に誰もいないのだから。
ここにもまた、大帝の伝説に踊らされた者たちがいる。
こんな見当違いの場所で己の命を費やすべきではない。間違った相手を殴るなど、自らを鬼とした復讐者として一番やってはならない行為だ。止めねば!
「追いつきそうよ!」
イリアスが知らせた。箒星の光はもうかなり大きくなっている。
階段を上がり切った! ここはもう大聖堂内部だ。
建物内は、最上部の小窓からわずかに光が差し込む程度の薄闇。広々とした通路が左右に伸びる。壁を挟んだ一つ隣にはさらに大きな通路が見えた。どうやらこちらは側廊で、奥にあるのがメインの身廊らしい。
魔女たちは階段を出てすぐ左、側廊を建物の奥へとかっ飛んでいた。
不意に、ゼータの箒星が雷を吐いた。ギザギザの雷光は大聖堂の暗闇を照らしつつ、壁のくぼみにはめ込まれた石像を直撃してその一部を宙へと跳ね上げさせる。
それを阿吽の呼吸で拾い上げたのが相棒の魔女。広げた皮袋に物品を綺麗に吸い込ませると、隊列を乱さずに次の獲物へと向かっていく。強奪犯として手慣れた動き。
「それ以上やらせるもんですか! 応えて、バルキヘイム!」
追い風に乗りながらイリアスが抜剣し、氷の刃を撃ち放った。
かつて彼女が奥義だと思い込んでいたまがい物だが、これはこれで剣への負担は少なく、使い勝手はすこぶるいい。
風を切って飛ぶ氷刃は、しかしすんでのところでゼータの尻にかわされる。
「おー、あいつら何かスゲー頑張って追いついてきたゾ」
「そっ、そんなぁ~!」
ゼータの悪態に、もう一人の悲嘆が聞こえてくる。だが次に彼女たちが置いていったのは浮遊する火の玉だった。
風に飛ばされるばかりのこちらには回避の手段がない。
「吾輩に任せたまえ! 極上フィールド!」
しかしそこは護剣が生み出す安心安全尊厳破壊の防御フィールド。接触すると同時に、障壁の表面を火の川が流れ去っていく。それが晴れた時――。
「あっ、二人がいないわ!」
「く、目くらましに使われたか! 手慣れている!」
「正面にいなければ曲がるだけじゃ! 疾剣、おもかぜいっぱーい!」
風向きが右へと変わり、砂埃のように身廊へと皆でなだれ込む。
魔女たちはそこにいた。大聖堂のメイン通路を奥へと飛行していく。道中、内部のオブジェをさらに破壊しながら。
「ああっ! 陛下とわたしの思い出の橋が! あっちは待ち合わせによく使った犬の像!」
「何を飾っとるんじゃセージュ!?」
そんなどうでもいいものを大仰に飾るんじゃない。と思ったら、
「聖橋ミスルウンヌの模型と聖犬パチコ像が破壊されたわ!」
「何と言うことを! 大帝の聖なる歴史を何だと思っているのだ!」
「えぇ……」
ミハルクからすればそりゃ思い出深いものではあったが。間違っても聖なるものなどではなく、むしろ俗世間の象徴だった。ボロ橋は補修の職人の手が空かず散々待たされたし、犬の像は民衆の待ち合わせの定番で逆に探し人が見つからないほど混雑したものだ。
そんなものでも大帝の歴史に紐づけば聖遺物扱いされてしまうのか。
「しつこい連中だナ。奥のお宝もらったら一旦仕舞いにするか」
「それがいいわ、そうしましょう!」
魔女たちは狙いを一つに定めたようだ。
大聖堂の一番奥――後陣と言えば、最も壮大なレリーフや祭壇が飾られるところだった。
恐らくはそれ自体が貴重な歴史的遺物となる。もし副葬品があればそれがここでの最大価値は堅く、なければ破壊して最大打撃という、東部言葉で“大手飛車取り”の構え。
急加速した魔女の箒星との距離を詰めるのはこれが限界だった。
まるで夜空の星のようにピタリと等距離を維持したまま、ミハルクたちは最奥の後陣まで突っ込む。
しかしそこに。
“先客”がいた。
白一色で揃えられた大聖堂の中、まるで虚空に穴が開いたような、黒。
黒い、騎士。
「なんだアイツ。邪魔だ、ぶっ飛べー」
ゼータの箒星から雷光が閃く。
その穂先が漆黒の全身甲冑に到達するまで残り一刹那というところで。
抜剣。
身をくねらす龍のようだった紫電の奔流はたちまち飛沫と消え、虚空に引かれた斬一閃はなぜか消えることなくさらに前へと進んでくる。
「んナッ!?」
「ひゃああ!?」
魔女二人はかろうじて回避。しかしその後も斬撃は衰えず、彼女らの背後にいたこちらへと襲い来る。
跳んでかわすも潜って凌ぐも難しい最悪の位置。
「ご、極上フィールドッ!!」
シュプリムトが慌てて護剣をかざす。いかなる攻撃であろうとこれで防げるはずだった。
飛翔する謎の斬撃と無敵の盾が接触する――。
直後、硝子の割れる音がして護剣の防御膜は打ち砕かれていた。
「きゃああああ!」
「うわああああ!」
疾剣の風すら吹き散らされ、ミハルクたちは床に投げ出された。
すぐさま受け身を取り、前をにらむ。
はるか前方。撃ち放った一撃の態勢から、ゆるりと構えを戻す黒い鎧騎士の姿がある。
そこで気づく、完全な全身漆黒ではない。胸甲の部分に下へと曲がる細い弦のような、あるいは藪睨みの一つ目のような模様が象嵌されている。あれは一体何の徽章だ?
「バ、バカな……」
驚愕に声を震わせたのはシュプリムト。だがそれは彼の家格を示す剣の守りが破られたからではなく。
「あの徽章……あれは“魔女狩りの刻印”。遠い昔に絶滅したはずの、魔女狩り隊の証だ。なぜこんなところに!」
乱入してくるとはとんでもないヤツだ。




