第二十七章 ヘキサーズ、ストライク!
地下の断崖という奇怪な地形を通り過ぎると、一つの扉に行き着いた。
アヴァンシルの建造物はすべて同じ素材で造られているため、もし不注意が過ぎれば保護色になって見逃していたかもしれない。が、さすがにここまでたどり着いた者たちがそんな迂闊であるはずもなく、要するにこれは罠の類ではなかった。
「うわ……!」
探索隊を代表してその扉を開けたイリアスは、そこに広がった景色に息を呑むことになった。
壁にかけられた明かりが勝手に闇から浮き上がらせたのは、大石柱の列だ。
窮屈だったこれまでとは空気の流れも違い、壁や天井がはるか遠くにあることを肌で感じられる。
足元を見れば、タイルにはきめ細やかな幾何学模様が刻まれており、ここが単なる通路の一部でないことがその一彫り一彫りから如実に伝わってきた。
「これはすごいのう。どこを見てもまるで芸術品のようじゃ」
「うむ……地下大神殿とでも呼ぶべきだろうか!? 現実、白一色だというのに何と色鮮やかな造形か! ここが普段は闇の中に沈み誰の目にも触れられないというのが残念でならない!」
口々に賞賛の声が飛び交う中、一人、さっきドベまで落ち込んでいたセージュが「そうでしょうそうでしょう」と言わんばかりの腕組みで復活していた。何だかわからないが、ダリアも心配せずに済むようになったのでよかったと思う。
「見るからに重要な施設よね。場所はどのあたりなのかしら」
「大聖堂のほぼ真下と考えていいだろう。だがこの感じからして地上と同等……あるいはもっと大事な場所のなのではないか?」
大聖堂より重要な場所。その考えにイリアスはごくりと何かを胃に下した。
ここを見つけた時点で、同盟からのオーダーには十全に応えたと言える。さらにもし副葬品が見つかるようなら、それはともすれば、自分にまつわるマイナスをすべて清算してくれるかもしれない。
その夢のような可能性を片隅に置きながら……それでもイリアスはアヴァンシルという大帝の墓所への畏怖に圧倒されていた。
伝説であり、神にも列した皇帝とはいえ、一人の人間にここまでのものが与えられるのだろうか?
都市と見まごう極大の陵墓。細部に目を向ければ、そこには蟻が作ったかのような精緻な造形まである。
途方もない熱情。愛や畏敬。だが何事も行き過ぎれば危険なものとなる。憎悪、執念、そんなものまでこの場所に打ちこまれているような、そんな奇妙な感覚が胸を過る。
「よ、よし。みんな慎重に進みましょう。何か見つけたらすぐに知らせるのよ」
イリアスが一定距離を歩くたびに、前方の闇に明かりが灯っていく。
どんな仕掛けなのだろう。地上の街でなら絶え間なく鳴っている歯車の音がここでは聞こえてこない。誰かがこちらを目視して、明かりを付けてくれている? そんなまさか。だが、何か……。
「……待て」
期待と不安を等速で募らせる歩みを止めたのは、殿を務めていたウォードッグだった。
「どうしたの?」
イリアスが振り返ると、彼は緊迫した様子で耳に手を当て、
「何かが来る。風切り音。二つ。大きい。足音はしない。高速……!」
「!? な、何それ……!?」
「高速接近……風切り音!? まさか! どきたまえウォードッグ君!」
シュプリムトが彼の体を押しのけて抜剣した直後だった。
通路の後方からまばゆいばかりの紫電が走った。卵のヒビのような不規則な軌道を描きながら、それでもこちらを正確に狙い――。
「極上フィールド!」
最後尾に立ったシュプリムトの眼前で、雷光は輝く木の根を広げて弾け散った。
そのすぐ後でこちらが立っている両脇を発光する何かがとてつもない速度ですり抜けていく。
第一印象は、地を駆ける箒星。
「防ぎやがったゼ、あいつ!」
「ちょちょちょ、ちょっと待って、今のって、今のってぇ……!?」
彗星が置き去りにしていった声をイリアスの耳が拾った時には、シュプリムトが今度はバーサルの前側へと駆け込んでいる。
「極上フィールドッッッ!」
二度目、三度目の紫電が立て続けに飛散する。
どうやらあの箒星がこちらを襲っているらしい……!?
「なんじゃあれは!? 魔導セグウェイか!?」
「いや違う……! あれは魔女たちが駆る“コメットギア”だ!」
シュプリムトの叫びの横を二つの箒星が再び通過。一撃離脱の戦法だ。
「魔女……!」
イリアスはその名をヨーゼフから聞いたことがあった。
アヴァンシルの奥地には、箒に乗った魔女の強盗団が出る。
彼女たちは空を飛び、一人でいくつもの“魔法”を使いこなす。そうして、発見された副葬品や時に魔導剣までを奪っていくのだ、と。
いかにヨーゼフが博学で頼りになる執事であっても、これはさすがに誇張しているか、あるいは盛った情報を拾ってきたかのどちらかだと思っていた。空を飛ぶような個人用の乗り物なんて発明されていないし、何より魔法だなんて――非魔導的でしょ。
だが――。
「極上フィーーーールド!」
飛来した複数の火球がシュプリムトによってすべて防がれ、魔女たちの三度目の攻撃は失敗に終わった。
そう、火だ。さっきは雷を使っていたのに今度は火。攻撃してきているのは二人のうち一人だけだから、その人物が二つの属性を同時に操っていることになる。
魔導剣の特性は一つのみ。多重属性なんて聞いたこともない。まさか本当に、魔法なのか。
「フハハハハ! その程度の力で、この極上なるシュプリムトの極上フィールドを抜けるとは思わないことだ!」
魔導剣を掲げたシュプリムトが今だとばかりに哄笑を上げる。彼は魔女のことを知っていた。二属性行使に関しても驚いた様子もない。
ルフティーアビ伯爵家所有A級魔導剣、護剣ガーダー・オムニバス。
古い言葉で「皆のために」を示す銘の通り、仲間ごと広範囲を包み込む強固な防御フィールドを展開する。かつては大帝の近衛も務めたという彼の家に伝わり、そして家名と同格の威風を吹かす名剣だ。
なお極上フィールドとかいう極めて面汚しな名は彼のオリジナルと思われる。そうでないと、その、同じA級剣持ちとして困る。
自分をはじめとして様々な駆け出し後継者がシュプリムトの助力を乞う理由がこれだった。
かの盾の前ではいかなる危険も素通り禁止。アヴァンシルにおいて極めて稀有な信頼できる安全策が、彼の持つ護剣ガーダー・オムニバスなのだ。
「野郎、やるじゃねーカ」
三度目の攻撃を終えて、魔女を乗せた箒星――コメットギアはようやく停止した。
イリアスはそこで初めて、相手の姿をはっきりと見る。
一人は小柄で、どこかぼんやりした目の少女。くすんだターコイズブルーの髪を大きな三つ編みにしている。間延びした口調ながら、さっきから鋭い攻撃を仕掛けているのは彼女の方だ。裾のほつれたボロいローブを身に纏い、まじないじみた装飾品を多数ぶら下げていた。
もう一人はグラマラスな体形の女性だった。顔は、トンガリ帽子のツバをしっかりと押さえているせいで見えない。ローブのスカートに深いスリット。長い黒髪はあちこち跳ねていて、何やら委縮しているようにも見える態度だが、どちらが魔女らしい姿かと言えば確実にこちらの方だ。
彼女たちが魔女の箒のようにまたがっているのが、シュプリムト曰くコメットギアだという。
ただそれは箒というより、小さめの大砲と言った方がいいような代物だった。
後部に魔導の発光を放出し、先頭部には砲火の穴が開いている。あそこからだ。雷や火が飛び出てきたのは。
これが、アヴァンシルの魔女たち……!
「ごきげんよう、魔女の諸君。それが噂に聞くコメットギアかな?」
シュプリムトが護剣を油断なく構えながら呼びかける。
イリアスもいつでも抜けるよう氷剣に手を添えた。伝わってくる冷気はすでに剣自体も臨戦態勢の証。
「おー。物知りだナ、ド派手マン」
「極上なるシュプリムト。これで一つの名前だから略さずにヨロシク」
「親の良識を疑うぜェ……」
攻撃的な魔女さえ呆れさせる彼のスタイルは、ペースを握るという意味ではこれ以上ない武器かもしれない。このまま相手の戦意をくじければいいのだが……。
「我が同盟のメンバーも何人か君らの餌食になっているからね。それでも生きて帰れれば、君らの名前や乗り物くらいの情報はもたらされるものさ。“魔女狩り狩り”のゼータ君。どこにも属さない完全独立の技術体系“ヘキサテック”の謎もね……」
「おー……。こいつァだいぶ知恵があンな。まあいいサ。名前を知ったところでお前らがどうこうできるもんじゃない」
名を看破されても、装備を暴かれても、魔女少女――ゼータの眠たげな眼は一向に変わらなかった。
この人数差に、護剣の防御膜を前にしても、まだ余裕が有り余るというのか。
再び始まる攻撃の予感の、その直前で。
「なんじゃ、その“魔女ガリガリ”というのは……」
珍しいことにミハルクが目を白黒させて話に割り込んできた。魔女とあの乗り物がよほど意外な存在だったらしい。高まりかけていた緊張がわずかに下降する。
「落ち着きくださいミハルク様。考えますに、それはつまりゴキブリホイホイみたいなものではないかと」
「おお、さすがはセージュじゃ! そのパターンであったか!」
「全然ちげーゾ。魔女狩りも知んねーのか最近のガキんチョは 廿A廿」
「えっ、何それわからん……」
「考えますに、ゴキブリホイみたいなものかと……」
「何だヨその謎の物体は……」
と。
「ちょっと、ちょっと……!」
どこか気の抜けたやり取りの途中で、魔女の片割れがゼータの袖を引っ張った。
「これ以上……絶対ダメ……このパーティは……知……る子がいる……!」
「おー? でも、三度も攻撃防がれたらさすがにほっとけねーゼ? 廿A廿」
「それ……ダメったらダメ……!」
何やら仲間内で揉めているようだ。片方は穏健派なのか?
そこにミハルクが再度声を投げ込んだ。
「もし、そなた」
「ぅひいっ!?」
途端、大人の魔女の方が悲鳴を上げて帽子を顎近くまで引き下げる。ゼータと違い、こちらはかなり臆病な性格らしい。
「ナ、ナニカシラ?」
「そなたらの乗り物から、霆剣と、それから巌剣の気配がする」
『!!?』
「もしやその砲塔の中に魔導剣を収納して、何らかの魔導変換を呼び起こしているのか?」
「おイ……こいつ……」
それを聞くなり、余裕しゃくしゃくだったゼータが突然狼が唸るようにつぶやき――、
「おもしれーナ! 廿∀廿」
ぱあっと無邪気な笑顔を見せた。
「気配で魔導剣の銘を当てるなんて普通じゃない。なあ、こいつサラっちまおうゼ」
「エッッッ!? それは……………………ダメダメダメダメ! 絶対ダメ! その子に手を出したら許さないから……!」
「けど、うちで飼ったらおもしれーゾ絶対」
「エエエッッッ!? …………………………………………それでもダメなものはダメ! もしやったら絶交するから! 出禁だから!」
何やら長い葛藤があったようだが、結論は変わらなかったようだ。
イリアスは安堵する。ミハルクは大事な家臣団であり、そして奥義の指南役なのだ。
「ムムッ……わかったヨ。お前から絶交されたらたまんネー」
そう言ったゼータは騎乗していた砲塔の先端をぐいと持ち上げた。あたかも馬首を返すような仕草で、実際それで彼女たちの乗り物の向きは空中で180度入れ替わる。
「んじゃ、ババーの仕事を終わらせるゼ」
「ええ、そうしましょう……!」
閃光。魔女たちを乗せた機械式の箒が光を放ち、次の瞬間には彗星の速度で通路の先へとぶっ飛んでいた。
「まずいぞ諸君! 彼女たちは副葬品の強奪も破壊も両方ともやる!」
「ああでも、もう全然間に合わないわ……!」
このままでは大事な宝物まで奪われてしまう。
そんな慌てふためくイリアスに、力強い声が返った。
「そういうことならば疾剣の力を借りよう。出力を押さえて……足元に奥義『ダイクロン・ゴレア』!」
「きゃああ! 何してるのよミハルク!」
吹き荒れる竜巻にイリアスは慌ててスカートを押さえる。軽いダリアなんて浮いてしまいそうだ。
「この風に乗ってヤツらに追いつくのじゃ! それ、追い風いっぱーい!」
たちまち背後から凄まじい暴風が来る。それに吹き飛ばされるようにして、イリアスたちは魔女の箒星を追った。
危うく犯罪者になるところを回避のお姉さん。




