第二十六章 迷惑大迷宮を行く
「おお、これは……!」
ここにきてミハルクが初めて子供らしく目を輝かせているのをウォードッグは視認した。
小礼拝堂の地下。ご丁寧に階段を降りてすぐのところに複数のカンテラが用意されていた。それらを装備し前方の闇を押しのけてみれば、現れたのは幾つにも分岐する細い地下通路の入口だった。
「迷宮じゃ! 迷宮じゃぞイリアス!」
「何でそんなに嬉しそうなのよ……」
話を振られたイリアスがしかめっ面を返す。確かに、子供の冒険心なんかに付き合ってはいられないのが彼女の心情ではあろうが――。
「いや、しかしだね」と、カンテラの光を軍服の刺繍が照り返してこいつの方がよっぽど照明器具となっているシュプリムトが言葉をかぶせる。
「こんな秘密の通路に迷路まで付いているとしたら、それは誰にも奪われたくない宝物がこの先にあるということだよ。きっととんでもない価値があるに違いない」
「みんな! 気合を入れてゴールにたどり着くわよ!」
『おー^^』
どこまでも初志を忘れない女だ。
まあ、貧乏ながらに用心棒代が滞ったことがないのは評価する。
自分をのぞいて一丸となったパーティの最後尾につき、ウォードッグもまた入り組んだ通路へと足を踏み入れた。
そこから先は当然のことながらいくつもの分岐路がある作りとなっていた。
直線路はほとんどなく、視界を埋め尽くす壁と影が途方もない圧迫感をもたらしている。振り返った時の景色はさっきとはまるで別物のように感じる。これは相当に厄介な形だ……。
ウォードッグはそのことを一言注意しようかどうか考え、やめた。
必要なかったから。
「ふむ、ここは左、と」
イリアスの横で紙に何かを書き込んでいるミハルクの姿がある。
「あなた、何を書いてるの?」
「マップじゃよ。こういうところはの、行きよりも帰りの方がよほど難しいのじゃ。かの有名な『ラビリンス』も、入らせないより逃がさないための仕掛けじゃった。まあ、そうでなくとも探検にはマッピングが必須じゃがな」
「へ、へぇ、なかなかやるじゃない……」
手慣れた様子にイリアスが鼻白んでいた。ただ者ではないと思っていたが、迷宮攻略の心得まであるとは。
さらに進む。
「行き止まりね……」
「そうじゃの。一つ前の分かれ道まで戻るとするか」
先頭を歩いている二人からハズレに突き当たった声が聞こえ、ウォードッグは踵を返そうとした。
「お待ちくださいミハルク様」
そこに、何やら得意げな様子のセージュが待ったをかける。
「行き止まりとて何も手に入らないとは限りません。もっとよく足元を見て――」
「見てみたが何もないぞ」
「えっ」
何がそんなに意外だったのか、セージュは慌ててパーティの前に出ると、カンテラで照らして足元をしきりに調べ始めた。が、やはり何もなかったらしく、
「…………」
「どうしたのじゃセージュ?」
「い、いえ。何でも……ありません……」
「そうか。では戻るとしよう。まあ、一発でゴールにたどり着けるとは思っとらん」
「そうね。これくらいの失敗でへこたれてはいられないわ」
フンスと鼻息を荒くして、珍しくイリアスとミハルクが歩調を同じくする。こういう時の二人はきっととても強く……なったりはしないだろう。見張っておく子供が増えるだけだ。
そうしてマップを頼りに一つ前の分岐路をさっきとは逆に進む。
……が、ここもダメ。
「仕方ないわ。戻りましょう!」
「ミ、ミハルク様、足元に何か……」
「何もなかったぞい。さあ、次じゃ次」
その次も。
「ふん、さすがは迷宮、これくらいでなくてはな!」
「まだまだ!」
「…………」
またその次も。
「こ、ここもか。かなり奥まで進めたから悪くないと思っておったのじゃが……」
「ここまで来てまた戻るの……? もうっ、何の収穫もないし、これを設計したヤツは相当に性格悪いわね!」
「うぐゥ!」
「セージュ、大丈夫……? 顔色、悪い……」
「だ、大丈夫だダリア……。次こそは、次こそはちゃんとハズレなりのご褒美が……」
しかしその次も、その次も、その次も、その次も、通路は無慈悲な行き止まりだった。
それまで何とか攻略の意欲を維持していた面々の足もここで止まる。
「さすがにこれは陰湿すぎんか……?」
「疲れ……ました……」
「ミハルク、ちょっと地図見せて!」
ここでイリアスが彼の地図を要求する。
「や、やっぱり……!」
うめくイリアスの横からウォードッグも地図を覗き込んでみたが、彼女の言いたいことはすぐにわかった。
一行はここまで見つけて来た分岐路はすべて潰していた。唯一残っているのは、迷宮に入って最初の分かれ道。つまり、そこで左の道を進んだ時点ですべての通路はハズレだったのだ。
「しかも最後の一本、ものすごい奥まで進んでるじゃない! これでもハズレなんて本当に陰険だわ! 人の心とかないの!?」
この悪意に満ちた作りには、さすがのミハルクも言葉を失っていた。
とことん無駄足を踏ませる構造。さっき迷宮は逃がさないための構造と言っていたが、これは挑む者にも十分冷笑している。
「まあ、罠にもんくを言っても始まるまいよ。むしろハズレを網羅したミハルク君の地図は今後、迷子になった後継者たちの命綱となるだろうさ。それを複製して売るといい」
一番ワガママな格好をしているシュプリムトが大人な態度で皆をなだめ、一行は迷宮を入口へと戻ってきた。
「一つ気づいたことがあるよ」
さすがに口数が減ってしまったパーティ内で、未だ平素の状態をキープしているシュプリムトがその考えを述べる。
「あくまで結果論だが、左の道は確かに最初から分の悪い賭けだったかもしれない。ここを右に曲がった方角は……地上では大聖堂がある向きだ」
『!!』
疲れた顔たちに垂れかけていたまぶたが、にわかに持ち上がる。
「大聖堂の入口が塗り固められていたのは、この地下迷宮こそが正ルートだからなのではないかな?」
「じゃあ、宝物はそっちに……!?」
「かもしれん……! シュプリムトとやら、そなたなかなか、やる!」
「ハハハ、“極上なる”ね? 吾輩も子供の頃は冒険小説や手記などを読み漁ったクチでね。さっき『ラビリンス』の名を聞いてから、実はこっそりと胸が躍っていたのだよ」
「おお、そなたもあれを知っておるか!」
「ああ。300年以上前に書かれた小説だが、あのプロットは今でも十分通用する。帝国冒険文学の傑作だ」
「うむうむ! 当時はそりゃもうすごい人気でのう!」
「もうミハルク! ファンだからって見て来たみたいなこと言わないの!」
たちまちワイワイと復活するメンバー。極上なるシュプリムト、こいつは意外と指揮官向きなのか?
そうして気力を取り戻した一行は、またもいやらしく長ったらしいハズレ道を歩かされつつも、どうにか終点へとたどり着いた。
「やれやれ、やっとゴールじゃ! 何と無味乾燥した面白みのない迷路であったことか。しばらく迷宮はこりごりじゃのう」
「ええ、ホント。何一ついい思い出がなかったわ。きっと嫌がらせの天才が作ったのね!」
「まあまあ、侵入者の吾輩たちをこうまで困らせたのだから、製作者はいい仕事をしたよ。極上の性悪さと褒め称えよう!」
「…………」
「セージュ、どうしたの……泣かないで……」
そして方角、距離からして、ここは確かに大聖堂の近くだとウォードックは確信していた。
表の入口はすべてダミーか。先に迷宮を抜けた者もいないだろうから、自分たちが第一到達者だ。
通路の段階でこれだけ厄介な作りなら、内部はどうなる。
もっと悪質で危険な罠が待ち受けていてもおかしくはない――。
そう次の危機に思いを馳せていたウォードッグは、前を進んでいた仲間たちの足が急に止まったことにぶつかる寸前まで気づかなかった。
「どうした?」
すぐ前にいるシュプリムトに問いかける。
「……見たまえ」
どこか圧倒された様子の彼が、脇にカンテラをかざすと――。
それまであった通路の左側の壁が、まるで崖崩れでも起こしたかのようになくなっていた。
代わりに現れたのは、ぽっかりと広がった暗闇――大穴。
「な、なんだ、これはっ……!」
その光景にセージュが動揺を露わにしている。
「知らない、こんなものは……いや、最初から何かが……!」
「どうしたのじゃセージュ。しっかりせい」
彼女とミハルクのやり取りを聞きつつ、ウォードッグは何とはなしに穴の底へとカンテラを向けた。
裁断機にでもかけられたように断ち切られた地面は、穴の縁まで深い闇をたっぷりと湛え、光を当てようともその底を見せてくれそうにない。
ここを落ちる馬鹿もいまいが、落ちればどこまでいくかわかったものではない。そう思いながら、ふと縁の真下を見た時――。
「!!!」
思わず声が出かけ、ウォードッグは顔をのけぞらせた。
「どうしたの?」とのイリアスの問いかけに、無言で穴の下を指さす。彼女は怪訝そうに太眉をしかめながら、カンテラをかざした。
「きゃっ!? 何よこれ!」
悲鳴が上がった。そこで他のメンバーも気付いた。
怖がりのダリアを穴から遠ざけつつ、全員で下を覗き込む。
そこにあったのは――手。
人の手。
大量の手が、絶壁を這い上がってきていた。
手だけだ。手首から先だけ。長くても肘より上はない。
そして、よく見るとそれらはすべて白い石像のようだった。
今にも這い上がって来そうな迫力と精緻さに満ちているが……実際に動いているものは一つもない。崖に張り付いているだけだ……。
「何なのだ、これは……。誰が作ったのだ……?」
セージュの問いかけが、光の届かぬ穴の底へと落ちていく。
「迷宮製作者の倒錯した凄まじいセンスとしか言いようがないな」
そんなシュプリムトの言葉を仮置きし、メンバーはいち早くここを立ち去ることを決めた。先へと。
長居したい場所ではない。ウォードッグも同意だった。不気味を通り越して何かの狂気を感じる。
そうして皆が歩き出したところで、それまで穴から遠ざけられていたダリアが、そうっと下をのぞき込む仕草を見せた。
臆病な彼女があの光景を見たら卒倒するかもしれない。ウォードッグはわずかに身構えてそれに備えた。
が。
彼女はほうっと小さく息を吐いて、囁きかけるような声で、
「ああ……みんな、カミサマに、会いたかったんですね……」
そう、寒気がするほど穏やかに、笑った。
悪質なふぁみこん級ダンジョン。




