第二十四章 大聖堂探索戦
部室。いや今回ばかりは正しく作戦会議室と呼んだ方がいい。
普段は廊下でたむろっている貴族たちの声が、今日ばかりは葬式でもしているみたいに止んでいる。
それもそのはず――と指示棒で自らの手のひらを叩いたイリアスは結論を腹に落とす。
“大聖堂”エリアの発見。
開門前から南部エリアは宗教関連の施設が多いと予測されていたが、その中でもとびきり重要そうなポイントが市井の後継者パーティによって見つかった。
魔導汚染除去作戦からわずか三日後。しかも自分たちが除去を行ったあの紺色の催眠毒の先でのことだった。他の除去チームの方にあそこまで凶悪化した汚染地帯はなかったというから、今回もサメの時と同様、大きなリスクの先に宝物があったということだ。
まるで城のような広大な敷地を持ち、建造物も複数。アヴァンシルの数ある建物の中でも最も重要なものの一つと考えられる。普段は面倒くさがりな貴族たちも、ここの調査を逃せばサクセルにいる意味などない。恐らく同盟始まって以来の真剣なミーティングが、各個室で行われているはずだ。
「現在わかっている施設は三つ。大聖堂本殿、小礼拝堂、そして美術館」
簡素な手書き地図に指示棒の先端を当てながら、イリアスは席に着いた家臣団にそう説明していく。
「大聖堂はもちろんだけど、小礼拝堂も他のエリアの教会に比べたらはるかに大きいわ。そして美術館。ここからはすでに何点かの副葬品が回収されてる。価値のほどは、現在鑑定中だそうだけど」
「むん……」
「どうしたのセージュ」
どこか不服そうにうなった雪の妖精に質問を向けてみるも、返事は「いや問題ない」の一声だけ。自分で話の腰を折るの何なので、ここは深く追求しないで先に進める。
「知ってると思うけど、今の帝国は元々あった“ノーツンガルド信仰”に、アヴァンサ帝を神格化した思想が加わった“ノーツンガルド魔導教”よ。両者は別に相反する性質を持っているわけでもないし、新旧をごっちゃにして覚えている人も多いわ。普通ならノーツンガルドの自然神の横にアヴァンサ帝のご神体が祀られるけど、この聖堂は建築様式的に大帝の方をメインにしてる。アヴァンシルにおけるアヴァンサ帝の聖堂――どれほど重要な場所か、考えるまでもないわね」
皆一様にうなずいてくる。ウォードッグだけは目を開けたまま寝てるんじゃないかというくらい無反応だが、まあいい。
「レリーフォナ様から〈ノーブルオーダー〉に指示が下ったわ。わたしの担当は小礼拝堂の調査。こっちは古くからあるノーツンガルドの神様を祭っている場所よ」
「ニャニ? 大聖堂の方ではないのか?」
この不満げな声はミハルクからだった。彼は可愛い顔して冒険野郎なので、いつも一番大きな獲物を狙いたがると最近判明した。
「大聖堂は、実はまだ入り口が見つかってないの」
「なんじゃと。どういうことじゃ」
「扉でも窓でも好きなところから入れるのではないのか?」
ミハルクに一口加えてきたのはセージュだ。しかもなぜかちょっと焦っている様子で。
「それが、窓はどれも塗り潰されていて、扉も全然開かないみたいなのよね。力づくで試した人もいるみたいだけどダメだったようよ」
「なんと。手強いのう」
「むむん……」
「だから大聖堂に入れれば相当な大手柄だけど、まずは進入可能な場所を手堅く調べたいみたい。この期待に応えないわけにはいかないわ」
「が、頑張り、ましょう」
「ああ」
ダリアが可愛い眉間に力を込めて「ゾイの構え」をしたところにウォードッグが短い返事をし、作戦会議は終わった。
※
霧を抜けた先に大聖堂エリアの境界線が見える。となればやることは一つ。
「1000ゲトズザー!≡≡≡≡⊂⌒つ゜Д゜)つ」
「1001ゲトズザー!≡≡≡≡⊂⌒つ゜Д゜)つ」
「せ、1002げとずざー……!⊂⌒つ>Д<)つ パタッ……」
「やめなさいよ! ダリアまで真似するでしょ!」
敷地内に盛大に滑り込んだところで、後方にいるイリアスから苦情が入った。
振り返れば、ヘッドスライディングが全然できずにその場に倒れ込んだだけのダリアが、悲しげな目でこちらを見ている。
歩いて戻ったミハルクは、彼女の手を取って立ち上がらせてやりながら、
「1000取りはそなたにはちとキツい戦いじゃ。せっかくの可愛い格好も汚れてしまうでの」
「でも……」
「無理をすることはない。ここはわたしとミハルク様に任せ、おまえは次スレでマターリ待て」
「半分以上何言ってるかわからないけど、ちゃんと伝えてくれたことには感謝するわ。ダリアもあの二人の変な行動に付き合うことないからね」
「はぅ……」
ダリアは残念そうにうなずいた。
「それにしてもじゃ。慣習的に1000ゲットとは言ったが……」
ミハルクは改めて進行方向に広がる光景へと視線を流した。
広大な敷地内の大部分は霧に包まれ、そびえる建物の影が薄っすら見える程度だ。だが、その中には踊るような影がすでに大多数――。
「ここはオレたちが調べてるんだ、どっかいけよ!」
「ケケッ、知らねーなそんなルール! 見つけた者勝ちなんだよ!」
「聖なるアヴァンシルを物欲で蹂躙するなど、大帝は嘆き悲しんでいるぞ!」
「おい何か見つけたらこっちに持ってこい! その場で買い取ってやる!」
元来、静粛かつ厳粛でなければならない聖堂エリアがまるでどこかのコロシアムだ。怒鳴り声に混じって火の玉や稲妻が爆ぜる音さえ聞こえ、すでにあちこちで争奪戦が始まっていることがうかがえる。
「エリア発見直後から多数の後継者が入り込んでご覧の有様だ。彼らは相手の顔なんていちいち確認してないから、〈ノーブルオーダー〉になったとは言え後ろから殴り掛かられないよう十分注意したまえ」
この惨状を端的に言い表した声が、ミハルクたちの後方から流れてきた。
「あなた……」との忌々しいうなりがイリアスの口から漏れた時には、その絢爛華美な男はすでに霧の幕を抜けて表舞台へと進み出ている。
「ごきげんよう、氷剣の姫君とそのお仲間たち」
舞台俳優じみた大げさな一礼。
イリアスと同じく青の帝国軍服に身を包んではいつつも、そこには本来存在しない金と銀の派手派手しい刺繍。肩を飾る肩章は自己主張の激しさから下に伸び、枝垂桜か“ぷれすりー”みたいな有様になっている。最終貴族同盟の満艦飾男、これでも凄腕、〈ノーブルオーダー〉の――。
「そなたは確かシュプ――」
「おおっとミハルク君! 今大事な言葉をつけ忘れたようだ。“極上なる”! この枕詞を抜きにしては、『月が綺麗ですね。』の名文も『。』だけになってしまうに等しい」
「もう少し自分の名にバリューを持たせんか」
「ハハハ! 吾輩の顔がのっぺらぼうだったら誰かわからないだろう? 時にわずかな一部分が人にはとても重要なのだよ」
「その格好なら首を家に置き忘れても一目でわかるわよ。シュプリムトなる極上」
うんざりしたような声で、イリアスが呼び名の順序をわざと間違える。が、
「ン!? 待ってくれたまえイリアス嬢! 君は冗句で言ったかもしれないが、それはそれで全然悪くない! むしろ吾輩の自叙伝のタイトルにピッタリだ! オーズドルファ家の姫君からの贈り物だということを本題前の挨拶にしっかりと書き添えて――」
「やめて!」
「なぜ!?」
「――それで、あんたも同盟の任務か?」
こういう時にいつも話をぶった切ってくれるウォードッグはパーティの司会進行役の鑑だった。彼の冷めた一言に、シュプリムトもここまでの勢いを一旦落ち着かせ、
「左様。レリーフォナ様からの依頼で、美術館の方を調べるよう仰せつかっている」
「なら、そっちに行くことだ」
「いや、行きたくない」
『え!?』
いきなりの職務放棄宣言に、誰もが目を丸くする。
「どういうつもり?〈ノーブルオーダー〉が仕事を放棄するなんて……」
「落ち着きたまえイリアス嬢。美術館とは銘打たれているがな……あそこにあるのはすべて贋作だよ」
「何だと?」
声を大きくしたのはセージュだった。
「最初に回収された物の鑑定に吾輩も立ち会ったからな。極上なる者は極上なる所以を知らなければ。吾輩の審美眼は確かだよ。というよりもだ……実物が帝都の博物館にしっかりバッチリ保管されているのだよ。出来栄えも見ても、今回のものがニセモノであることは明白だ。大方、本物を調達できなかったのでイミテーションで済ませたのだろう。大帝の陵墓にしてはお粗末な結末だがね」
「バカな……ニセモノなどと……」
口の中にとどめたセージュのつぶやきは、ミハルクの耳にはきちんと届いていた。
大聖堂発見の報せを受けた時から、彼女の様子がどこかおかしいことは把握していた。ただ何かあればむこうから話してくるから、わざわざ聞き出すこともなかろうと心だけに留め置いておいたのだ。だが、この揺れっぷりは後で聞いておく必要がある。
「美術館は月とスッポンの見分けがつかない者たちがスッポンを巡って殴り合っている。そんな中ではたとえ隠し部屋があるにせよ探すのは大変だからね。展示品をあらかた片づけてもらってから改めて入るさ。それより、君たちが向かう小礼拝堂の方がはるかに興味がある」
貴族然とした流麗な流し目が、霧の中に佇む孤影へと注がれた。
騒々しい美術館方面に比べ、あちらはお行儀がいい。動いている影がいくつか見えるも、争いにまでは発展していないようだ。
「わたしの任務よ。しゃしゃり出てこないで。今さら……」
イリアスの牽制する目には、前になかなかパーティを組んでもらえずさらにドタキャンまでされた恨みがまだ渦巻いているようだった。シュプリムトは降参するように手のひらを向け、
「もちろんだ。君の手柄を横取りするつもりはない。むしろ手伝いたいね。この調子で君の名が挙がれば、吾輩も今の多忙さからはちょっとは解放されるかもしれない。君への助力を断り続けていたのは、別に意地悪をしていたからではないんだよ」
「…………。邪魔しないのなら、いいわ」
「大丈夫さ。せいぜい、吾輩のまぶしさで隠し扉の兆候を見過ごしてしまうくらいだよ」
「やっぱり帰って」
腕を広げて余計なキラキラを振りまく男をパーティの後尾に加え、ミハルクたちは小礼拝堂へと向かっていく。
(今回も)普通でない仲間が加わった!




