第二十三章 お茶会(魔)
後継者の街の片隅にある〈バフロン古書〉。
後継者なんて荒くれ者ばかりで文字よりも盗掘品の売値しか読んでいなさそうなイメージがあるけれど、一応、お店として成り立っている。
乱暴者でも腹は減り、探検のための道具が必要になるのならば、それらを作る人たちはいたって真面目な職人だ。その人たちに家族ができ、子供が生まれ、人が増えれば、当然空いた時間に本を嗜もうという趣向も出てくる。
帝国が大墳都アヴァンシルを“発見”しておおよそ200年。ここはもう後継者のためだけじゃない、立派な歴史ある街。
「あっ!? 何でオレピがあーしの行きつけの店から出てくんの!? ここ可愛い服しか売ってないし! まさか!」
「うっ、うるせー! おまえには関係ないだろ! おまえこそその紙袋、オレがよく行く装備の店のじゃねーか! 普段は探索なんか行かねえって言ってたくせに何買ったんだ、見せろよ!」
「か、関係ないし! そっちこそ何買ったか見せろしー!」
そんな仲がいいのか悪いのかよくわからない女の子たちの声が聞こえて来る、ある日のこと。
ところどころが跳ねた黒の長髪と、野暮ったい太ぶち眼鏡が悪い意味でトレードマークになっている〈バフロン古書〉の店長兼店員のショールは、いつもの冷やかしと常連客の狭間の時間に鳴ったドアベルに、すわ新規かと小さな期待を胸に抱いて戸口の方を見やった。
期待が爆発した。
「ちょいとお邪魔するぞい。こちらにショールという女性がいると思うのじゃが……」
「え、え、ええええええええ!? ミ、ミ、ミハルク君!?!?!?」
名前は一生心に刻んだ。そして間違いない、数日前に出会ったあのショタ天使だ! もう村に帰ってしまっただろうと諦めていたのに!
「ここが陛下の恩人のハウスですね!」
「わっ、わぁ……。本がいっぱい……。いい匂い……」
しかも可愛いの二人もつれて来たーーーー!?
雪の精霊みたいな真っ白な少女に、サメ!?
「おお、そなたではないか。訪ねるのが遅くなってしまってすまんのう。この間のお礼にケーキを買ってきたのじゃ。どこかに皆で座れる場所はあるかな?」
店の扉にぶら下げられた看板が「閉店」に裏返されたのは、マッハだった。
(おおおおおちおちおちおち落ち着けわたし!)
念願の古本屋を開業できて早三年。帝都には無理でもこの辺地であれば安値で家が借りられ、たとえ繁盛しなくとも細々とやっていければそれでよかった。そんなささやかな暮らしは今、帝国中の教会の鐘を猛乱打するほどの大フィーバーを起こしている。
店の奥にあるショールの私室。
寝台、クローゼットはあれど、結局幅を利かせるのは本棚で、そこには決して手放せない貴重かつお気に入りの蔵書が詰まっている。
(昨日なんとなく掃除しておいて本当によかった! まさかこれが虫の知らせ!? 本の虫の!)
普段は自室で立ち読みする際に尻を乗せられるレベルにまで落ちぶれているテーブルは、今、天使の居城となっていた。
「!?!? あ、甘ぁぁい……!」
ふわっふわの生クリームを口にしたサメの子が、まるで生まれて初めてそれを味わったみたいに幸せそうに笑っている。
「マリンに店を聞いたのは正解でしたね。彼女の舌は確かなようです」
「うむ。焼き菓子を作るのも上手じゃしな。しかし、これほどの味があんな雑多な下町で購えるとは、料理の進化は凄まじいのう」
レオタード姿の真っ白少女も、ミハルクも、愛らしい顔を糖分でさらに甘々にしながら微笑んでいる。
は、はあー……(脱魂)。
持って来てくれたケーキも食べていないのに胃袋が、いや体の内側がかつてない栄養素で満たされていく。富栄養化が進み過ぎて腐りそうだ。これは何の罰でご褒美なんです神様!?
「そ、そうだぁ、そろそろお友達のお名前を教えてもらっていいかな? ミハルク君」
ともすれば可愛いで泥酔しそうな自室で、ショールはどうにか自分の意志から言葉を発信した。
「そうであった。この二人とは初対面であったな。こちらが我が朋友セージュで、そしてこっちがダリアじゃ」
「どうぞよろしく」
「よ、よろしく、です……」
「ヒャア我慢でき……い、いえ、こちらこそよろしくね。ショールです」
悦楽で内部から爆発するのをかろうじてこらえた。
今思うことは、人の想像力には限界があるということだ。
たとえば本の中で“愛らしい子供”という一文に出会ったとして、自分はどこまでそれを頭の中で追求できるだろう。
その想像し得る上限をこの子たちは軽く突破した。これから出会うすべての本に、この子たちは“愛らしい”のハイエンドとして登場するのだ。わたしよ、今こそ天上を刻めぇぇぇっ!
「そなた、もしかして甘いものは苦手であったかな? 先ほどから手を付けていないようじゃが……」
「ハッ! そ、そんなことないわ。超好き! ミハルク君と同じくらい好き、すりすりしたい……アッ! いやそのこれは……」
「ん? ははは、わしも親切なそなたが好きじゃよ」
「コポォ……デュフカヌポウ……」
何なの……この天使……。死ぬ……このままでは……。反撃しなければ……自分自身に……。
「と、ところでそのミハルク君の格好って、もしかして……?」
「そうか。前に会った時は野良作業着であったな。今わしは、イリアスという貴族の元でアヴァンシルに挑戦しておるところなのじゃ」
「貴族……!」
大成功T△T これまで有頂天状態に沸騰していた頭が常温まで冷やされる。
「そっか。君も後継者になっちゃったんだ……。もしかして、他の二人も?」
「わたしはミハルク様についていくのみ」
「カミサマと……ずっと一緒……」
カアアアア! くそう! くそう! 貴族! 貴族イリアス! こんな可愛い子たちを侍らせて!
イリアスは帝国では男性に付けられることが多い。女性ならイリアだ。貴族の男性が、こんな天使たちと日々あんなことやこんなことを! たとえ超絶耽美イケメンでもギリ許せない!
「ど、どんな男性なの? イリアスさんて……」
かろうじて冷静さを保ちながらたずねる。しばらくは略奪愛の作品は読めそうにない。当事者は楽しめないっ……!
「いや、イリアスは十五、六の娘じゃ。前髪が短く、太い眉毛の……」
「えっ!?!? そ、その人、わたしも知ってるわ」
「なんと。世間は狭いのう!」
街にモンスターが出た時に、貴族の中では数少ない、救援に来てくれる少女だ。
真っ青な軍服に白いミニスカート。容姿は愛らしいのだがキリッとしてどことなく少年味のあることから、一層記憶に残っていた。凛とした名乗りからの優雅な氷の魔導剣での一突き。地元の子供たちにも人気だ。
「そ、そっかぁ。あの人がイリアスさんだったのね……」
何という運命の皮肉。これは恨めない。呪えない。女の子みたいなミハルク君に、男の子みたいなイリアスさん。こんなジャンルと現実で出会うことになるなんて……世は深いッ……!
「つい先日も、魔導剣汚染の一仕事を終えたばかりでな」
「! それって、使い手を失くした魔導剣が機能を暴走させちゃうっていう……?」
「おお! よく知っておるな。さすがは本屋じゃ」
それから彼は、魔導汚染除去作戦の一部始終を話して聞かせてくれた。
子供とは思えない、落ち着いて鷹揚な語り口。まるで年老いた王が、かつての功績を孫に寝物語で聞かせるかのような。
いつしかショールはそれに聞き入っていた。心のペンが、ひとりでにその大冒険を一冊の本に仕上げようとすらしていた。
しかし……。
(ギャル貴族に……。オレっ子!?)
内容がトビすぎていた。
何なの癖なの? 普通が……普通が全然いない!
二度目の協力だという狩衣の少女や、その相棒の巫女の少女も色々と濃い。
こんな個性的な若い子たちに囲まれていたら、誰かしらミハルク君に刺さってしまう。
場末のザコ古本屋の日陰女なんて見向きもされなくなる……。なんと残酷な現実!
「陛下、そろそろ次の作戦会議が……」
「む、もうそんな時間か」
脳の温度が氷河期へと下降していく中、ミハルクとセージュがそんなことを囁き合う声が聞こえた。
ああ、彼らは次の墓荒らしに出かけてしまうのだ。これは、たまたま空いた時間に果たしに来てくれた義理に過ぎない。
「いろいろと不可解な結末にはなったんじゃが、ひとまず属性異常剣が片付いたことで市井の後継者たちが張り切っての。重要そうな建物が見つかったそうなのじゃ。イリアスも後れは取れないと、早速乗り出すつもりじゃよ」
「そ、そうなんだ……。三人とも気を付けてね……」
魔導剣の使い手は、たとえ子供であってももう街の人間が心配できるような相手ではない。
これで終わり。これでお別れ……。世の中そんなもの……。
「うむ。それが済んだら、また皆でそなたに顛末を話しに来ようと思う。聞いてくれるかな?」
「…………はっ?」
ミハルクはニコニコと笑っている。クールなセージュは別として、ダリアも同じくらい嬉しそうだ。
「えっ、あっあっ、い、いいの? またみんなで来てくれるの?」
「もちろんじゃ。今回はちと忙しなくなってしまったし、それにそなたはこの街で初めてできた知り合いじゃからのう。縁は大切にしておきたい」
はっ、はあああああ……。やったぁぁぁ……。ヤッダバアアアアアア……!(昇魂)
「是非、来てください! どうか、どうかお願いします! 何でもしますから!」
そうしてニヤケ顔が一生戻らないまま、ショールはミハルクたちを見送った。
頭の中は、また来ると言ってくれた彼の優しい微笑みでいっぱいだ。
初めての……女! ミハルク君がそう言った! そう聞こえた気がした!
「うらやましいか、うらやましいか昨日までのわたし……! 今のわたしは、全てのわたしを超えた存在だ……!」
――チリンチリン。
再び会計台に戻ろうとした背後で、ドアベルが鳴った。
ま、まさか、追いミハルク君!? 忘れ物をしたとか友達に言って一人店に戻って、わたしと短い特別な時間を……!?
しかし振り返った先に居たものは――。
「アダムスキー型円盤!?」
地を這うほどの低空飛行をする未確認飛行物体。それが店内に押し入ってきた!?
「違うゾ」
どこかぼんやりした声に否定され、ショールは我に返った。そして円盤を下から覗き込む。
「ゼータ」
「おー。廿A廿」
寝ぼけた薄緑色の眼がそう応じてくる。
さっきの今で冷静な判断力を欠いたが、そうこれはUFOなどではない。幅広のトンガリ帽子だ。
そしてその下にあるのは、裾のほつれた魔女ローブ姿の女の子。
ゼータ。〈バフロン古書〉の常連客。いや、冷やかしの方か……。
「こんな時間から閉店になってるから何事かと思ってナ」
「あっ、そういえば、神の子が遊びに来てくれたから光の速さで閉店したんだった」
「妄想か? 相変わらずヤベー女だナ、おめーは」
ぼんやりとした独特の口調で話す少女だ。少々口さがないところはあるものの、それが素であり悪意自体はない。
「すぐにオープンに戻すわ。好きに冷やかしてて」
「いや、そのままでいい」
そうつっけんどんに言い、ゼータはこちらにあるものを突き出してきた。
先折れした魔女のトンガリ帽子。ゼータがかぶっているのと同じものだ。
「……! これは」
「そう、ババーから仕事だ。アヴァンシルで“大聖堂”が見つかったらしい。まだ探索初っ端だが……南エリアで一番の発見物になるかもしんねーってサ」
ショールは神妙にトンガリ帽子を受け取りながら、思った。
私室の掃除をしておいて本当によかった。
部屋に干しっぱなしになっていた仕事着を彼らに見られずに済んだのだから。
「すぐ準備するわ。装備は三番と七番でいいわね」
「おー。待ってる」
ゼータが不敵に笑った。
「暴れるぜェ」
一人ハイテンションなお姉さんがお送りしました。




