第二十章 されど踊る汚染エリア
「改めて自己紹介すんぜ。オレは〈グレイブナイツ〉汚染対策第三小隊隊長、オーレン・グワガランドだ。こいつは相棒の浄剣クリアラス。魔導剣汚染はアヴァンシルじゃそう珍しいことじゃねー。オレのチームは場数もしっかり踏んできてるから、今日は大船に乗ったつもりでいてくれよな」
ミハルクたちを前に、小気味よい声の張りでオーレンがそう挨拶する。
背丈こそ小さいが、勝ち気で強気な瞳、健康的な小麦色の肌、短く切った黒髪は、イリアスとはまた別のボーイッシュ具合、そしてエネルギーを感じさせた。子供の頃は一緒に野山を駆け巡った腕白で、後年「おまえ女だったのか!?」と男友達に驚かれそうな少女が、成長してもあんまり変化していない状態に近い。ただし胸はイリアスやリンナよりも大きい。
「あーしは〈最終貴族同盟〉医療班のメンディーナ・アッシュブルム。普段は本部の医務室で看護婦さんやってまーす。で、このチョベリキュートな子は治剣タスク・タスカット。今日は特別出張ってことで外に出てきたけど、あーしら戦闘は完全専門外だからみんな護衛しっかりヨロレリヒー♪」
なぜか上下を逆さまにしたダブルピースを決めながら、メンディーナも上機嫌な自己紹介を終える。
ボリュームのあるポニーテールに個性の出たメイク。薄手のブラウスに短いスカート、腰に巻き付けてある白衣は自身が白状したように墓荒らし向きではなく、どこか医者の跳ね返り娘といった様相だ。それでも自前のバーサルを率いているところを見るに、実家の家格はそれなりに高いのかもしれないとミハルクは思った。
「汚染地点はオレの方でしっかり押さえてる。道中は先頭張ってやるからいざって時は頼むぜ、リンナ」
「心得ました」
オーレンからの呼びかけに静かに応じたリンナからは、これまで何度も組んだような信頼感が読み取れた。〈グレイブナイツ〉の連携は相当こなれているようだ。では、貴族側はと言うと。メンディーナは主張の強いまつ毛の目でイリアスをじーっと見つめ、
「イリピさあ」
「イリピ!?」
「バーサル滅茶苦茶濃くね? ミハルク君に、サムライに、なんかでっかい剣持ったレオタードの子に、サメのシスター? 真面目な格好してるイリピが一番浮いてるじゃんね」
「そ、それは……」
「まーいいけど。あーしも実家でも同盟でも滅茶苦茶浮いてるけど、まわりに合わせなきゃって思ったこと一度もないし。何ならオンリーワン? みたいな。ってことで、イリピも胸張っていこーよ」
「……ど、どうも」
貧乏人にも優しい貴族。同盟におけるイリアスの立場は〈ノーブルオーダー〉となって初戦をこなした今でも若干微妙だが、少なくともこの変わり種の少女は最初からそれほど悪印象を抱いていないようだ。むしろオーレン以外に対しては友好的なようだし、こちらもこちらで実は連携は取りやすいかもしれない。
その彼女が前に立ち、軽快に拳を振り上げた。
「とりまブラザーズ、親睦も深めたところで目的地に出発しんこー! アゲアゲでいこー!」
「ageんなカス」
「えっ、えっ……;;」
ミハルクから出た言葉にメンディーナはいきなり涙目になった。
「あっ……す、すまぬ。知っている言葉に似ていたもので、つい……。今のはそなたを貶したわけではない。合いの手のようなものじゃ。気を悪くさせて申し訳ない……」
「な、なーんだ、そっかー。焦ったー……。あーしいきなりミハルク君から嫌われたとテンパって天覇封神斬……」
「けっ、そのまま嫌われてればよかったのによ」
「なんし!?」
メンディーナとオーレンの間でバチリと火花が散ったが、今回は炎上せずに片方が口に手をあててほくそ笑む。
「でもミハルク君その後すぐに訂正してくれたしー。やっさしー。でもちょっと慌ててて可愛かったな~。もう一回さっきの顔してくれないかな~」
「な!? テメェ、そんな邪な理由でミハルクを困らせんじゃねえ!」
「ふん、アンタにはカンケーないし。あ、ねーミハルク君。ちなみにさっきのってどういう意味だったん? 合いの手とか言ってたけど……」
二人の謎の張り合いはさておき、さっき迂闊な暴言を吐いてしまったこともある。ミハルクは誤解なきよう丁寧に説明した。
「ageるとまわりが騒々しくなってしまっての。相手とちゃんと話ができるようsageて進行するのがわしらの習わしじゃったんじゃよ。まあ昔の話じゃ」
「えっ……そういう意味!? ここでテンアゲしてたらモンスターにバレちゃうからサゲてこって……。超クールじゃん! じゃ、じゃあ、あーしも今日はミハルク君とちゃんとお話するためにサゲてくね!」
「うむ。そうしてくれると助かる。が、危険がない場所ではいつも通りのageでやってもらって良い。そなたは確かに少々変わり者のようじゃが、その明るさは誰にも恥じることのない一級品の魅力じゃ。わしとしても、そのままのそなたでいてくれるのが嬉しい」
せっかくイリアスを見下さない性格なのだ。普段通りの方が皆もやりやすかろうと、思いの丈を笑顔で伝えたわけだが、
「え、あ、わ……」
しゅーっと突然彼女の顔が下から赤くなる。
「うわそれちょっと不意打ち……。なにこれ顔あっつ……。て、てかさ! うちらさっきから話通じ合いすぎてない? 親の顔よりメッチャ相性いいんですけど!」
「うむ、そうじゃの。この調子で今日は力を合わせて――」
「おい! いつまでくっちゃべってんだ、いいから出発するぞ!」
「そうです。メンディーナさんも仕事に集中してください。ミハルク君はわたしと周囲の警戒を。何かあったらすぐわたしの後ろに」
オーレンと生真面目なリンナからのちょっと怒りの混じった声が鳴り響き、汚染浄化パーティはここでようやくのスタートを切った。
※
霧に沈む街並みを見据える。さっきちらと見た地図の記憶と照会し、イリアスは即座に現状位置を把握した。
今歩いているのは、南エリアを西方向へと折れていくルートの途中。サメから逃げた後継者たちがたどった道となる。
危険を避けたはずの彼らは魔導剣汚染に道を阻まれ、何も手に入れられず。
一方で困難なサメのいる道を選んだ自分たちは多くの戦利品を得た。
どんな判断がどんな結果を招くのか、それを知っているのはこの墓の主たるアヴァンサだけなのだろう。彼からの問いに一つ一つ真摯に答えていくことが、あるいは後継へと繋がる唯一の道なのかもしれない。
「よし、みんな止まれ」
先頭を行くオーレン――彼女の横にはウォードッグが護衛としてついている――が手を挙げて隊の前進を止めた。
何事かと皆の視線が集まるのを振り返った顔で真摯に受け止めながら、彼女の「ここからもう汚染地帯だ」の声が仲間たちを驚かせる。
「もう? 何も感じないけど……」
イリアスは一応確認を取ってみるも、
「かすかにだが、舌の端がピリつく感覚がある。オレの粘膜は敏感だ。今はよくてもじわじわ蓄積していくタイプ――気づいた時にはライン越えして治療が必要になる。浄化隊、直ちにフィールド展開!」
『了解!』
彼女が率いてきた白い甲冑の騎士たちが、パーティの各位置に散って魔導剣を起動させる。浄剣はC級魔導剣の量産品だ。しかも武器としての利点はほぼないため、使い手はその時点で裏方が運命づけられる。
けれども彼女たちにそうしたバックアップ組の態度は見受けられなかった。むしろ自分たちこそが主役という自信に満ちている。
「いいか。こういう時は自分をなるべく弱く見積もらないとダメだ。我慢なんて一秒たりともするな。体から発されるのは賢者のシグナル。見逃せばたちまち愚者に降格だぜ。特にやせ我慢が癖になってるようなヤツは気をつけろ」
一番強がりを言いそうな彼女からのプロフェッショナルな言葉。
〈グレイブナイツ〉。大墳都の秩序の担い手。なるほど、オーレンたちはこの魔導汚染の除去という仕事に誇りを持っている。モンスターとは戦わないし、狼藉者も成敗しない。けれども、自分たちは確かに平和の一翼なんだと。
オーレンの言葉に引っ張られたわけではないが、どこか空気が吸いやすくなった気がした。この微差が明暗を分けるのかもしれない。うちのパーティには経験の浅い者が多いし、リーダーたる自分が気を配ってやらないと……。
『…………』
「な、なによ。みんなしてわたしを見て」
「おぬしが一番気をつけるんじゃぞ」
「未熟者。ミハルク様に気を遣わさせるな」
「無理、しないで……」
「なんでこんな小さい子にこぞって心配されないといけないのよ! わたしは平気よ!」
「おお」
「何がおおよ!」
そうして気を引き締めて前進を再開することしばし。周囲を取り巻いていた霧が、かすかにだが色づいて見えるようになってきた。やはりオーレンの見立ては正しかった。
最初は爽やかなミントグリーン。しかしすぐに毒々しい濃緑色に。前後を完全に取り巻かれると、さすがに誰からも軽口は出なくなった。浄剣の防護フィールドは健在。なのに見ているだけで息苦しくなってくる。
「すぐ近くだ……。咳が出たり、のどがいがらっぽくなったヤツがいたらすぐに知らせろ。我慢は厳禁!」
『了解!』
もうすっかりオーレン隊長の部下になった気分で、イリアスたちは応答する。
「念のためこっちも治剣を発動するし! みんな、あーしらのそばにいて!」
それまで毒対策は騎士団に任せていた貴族たちも、さすがに不安を覚えたかそれぞれの回復魔導剣を抜剣した。
そうして自然と皆で力を合わせながら、慎重に進むと――。
「あれだな」
霧というより毒ガスに沈むと言った方がいい壮絶な景色になった頃、ウォードッグが編み笠を押さえながら告げた。
「どれだ……? あそこか! よく見つけた、目がいいなサムライ」
オーレンが睨みつけたそれは、巨大なダンゴムシに刺さった剣だった。
ダンゴムシの白い体は真緑に変色しきっており、体の一部が地面に溶けだしすらしている凄絶な有様だった。
剣を刺されたままここまで逃げて来て力尽きたか。毒剣は主の次の指示を受けることもできず、ここでずっと機能を発揮し続けていたのだ。
「状態異常の魔導剣は効き目が遅い分、持続力が凄まじい。が、この剣もさすがに力尽きておるの……」
毒剣に近づいたミハルクがしげしげと見つめながら言う。
「これはどうするの?」とイリアスが聞くと、「破壊するしかねえ」とのオーレンの低い声が返った。
「こういう魔導剣は、敵から抜いた途端にチャージを開始する。下手すると即再起動して周囲の毒を一気に強化しちまう。こいつはこいつの仕事を全うしていただけだが……本来の持ち手がここにいねえ以上、ぶっ壊すしかねえんだ」
どこか悔いが残るような声。つつがなく一本目の汚染除去を終わらせようとしているのに、彼女はどうしたのだろう。
「いや、わしが診よう。主人に忠実な走狗が、他人になつかないというだけで処分されるのはあまりにも気の毒じゃ」
そう言うと、ミハルクはダンゴムシの装甲の隙間から生えている毒剣の柄に触れた。
途端、わずかに露出していた伝導構造が光り出し、何らかの指示を受け取ったような反応を見せる。
「おい、まさか」と、オーレンが目を丸くする中、ミハルクは毒剣を引き抜こうとして手間取った。
「むっ、こいつは一部で癒着しとる。この虫、刺されてからわりと長生きしとったのやもしれんな。セージュ、すまんが一発頼む」
「お任せください」
呼び出されたセージュは巨大剣を器用に毒剣の柄に引っかけると、てこの原理で一気に引き抜いた。
ダンゴムシの体から濃い緑のガスが一瞬吹き出したが、それだけだった。毒剣も猛威を振るうことなく大人しくしている。
「まさかミハルクおまえ、その毒剣を助けたのか?」
オーレンが瞠目したままたずねる。それに対し、答えよりも先にミハルクはにこっと微笑んでいた。
「そなた、優しい娘じゃな」
「えっ……」
「この毒剣を哀れに思う気持ちが声に出ておったよ。魔導剣には心がある……が、このナリでは道具としか見れん者も多い。特に他人のものとなればな。しかしそなたはこの、命をかけて対処せねばならない迷惑剣に敵意を持たなんだ。口先だけでできることではない」
「……! そいつは……まあ自然とな。うちは代々浄剣使いで、オレの魔導剣はオヤジからの贈り物だった。単なる量産品だが、使い込んだだけ力を増してるし、仕事も全うしてくれる。なんか……弟みたいな気がしてな。そう考えたら、オレが浄う魔導剣も、ってさ」
「そうであったか。人にとっても、剣にとっても良い出会いであったのじゃな。そなた、良いお姉ちゃんじゃな」
「ッッッ……!? お、お姉……!?」
呼ばれた途端、オーレンの日焼け顔が夕日のように赤くなった。
「どうかこれからもその気持ちを忘れないでいておくれ。わしも頼りにさせてもらおう」
「あっ……ああ! ね、ね、姉ちゃんに任せとけ! 困ったことがあったら何でもしてやるから!」
どんと叩いた胸が揺れる。
それに激発したのはメンディーナだった。
「はッ、はァー!? 何でもとか超やらしーし! エッチ! スケッチ! ワンインチパンチ!」
「ばっ……何がやらしいだ全然そんなことねーよ! 言ってるお前がスケベだろ! 何考えたんだよ!」
「何も考えてないし! いきなりミハルク君のお姉ちゃんになりすますとか絶対エッチだし!」
「わけわかんねえ!」
隊の責任者二人は何やらレベルの低い言い合いをしているが。
こうしてまずは一本目。イリアスたちはC級魔導剣、毒剣イヴォルボを回収した!
(dat落ち防止のため)「保守」




