第十九章 最悪のコンビ!
「だいたい毒剣だの痺剣だの、そういう穢れた魔導剣を墓に持ち込んだのはおまえたち騎士団だろう!」
「根拠のない言いがかりはやめてもらおうか! 聖なるアヴァンシルに我らがそのような魔導剣を持ち込むことはない。貴様らこそ、ろくな知識もなく都合のいい時ばかりしゃしゃりでてくる恥知らずではないか!」
「貴族は貴様ら下賤な身のようにあくせく働いたりはせんのだ! それが我らの格式であり伝統だ!」
「それを怠け者と言うのだ! そんなヤツらに大帝が後継を託すものか!」
墳都はまだ何のアクシデントも呼び起こしていないのに、人間同士が勝手に争いを始めている。
この二派には見た目上のはっきりとした違いがあった。
貴族は研究者のような白衣姿。騎士は逆にアグレッシブな軽装。ただし口から吐き出す罵詈雑言は同レベル。
これがアヴァンシルの日常だということはよく知っていたはずなのに、〈ノーブルオーダー〉に就任し、カイナたちとの共闘も果たした後で見るその無益で愚かな景色に、イリアスは頭痛を感じずにはいられなかった。
「ああ、しまりましたね……」
同じく統括役であるリンナが、似たような感情を抱いたのか眉間にしわを寄せている。
「予定時刻より早く来たつもりだったのですが、“彼女の”せっかちさを失念していました……」
その困った眼差しは、左右に分かれて罵り合う合同作戦部隊の最奥に注がれていた。
貴族側と騎士側それぞれのリーダーだ。そのうちの少なくとも貴族側の人物をイリアスは知っていた。
「あんたと一緒だなんてマジ勘弁なんですけどー! マジツラタニさんー! ガチ二刀流ー!」
独特の、どこか人を小馬鹿にしているような音程と口調で話すのは、メンディーナ・アッシュブルム。年齢は確かこちらより一つ上の十七。赤いメッシュを入れたボリュームのある金髪ポニーテールで、これから舞踏会でにも行くかのように化粧もバッチリ決まっている。
だというのに服装は胸元を緩くしたブラウスにミニスカート、ゆるゆるの脚絆に短靴という、他ではまず見ない奇抜な格好。腰に巻いているのは白衣らしい。実家から弾き出された者が多い同盟の中にあっても、一際癖の強い人物だった。
もっとも、その隙の多そうな格好とオープンな性格から、貴族の若い男たちからは結構人気だ。数少ない治癒能力を持つ治剣の使い手として、保健室に詰めているのも理由の一つかもしれない。
「テメーのその虫唾が走る言葉遣いなんとかならねーのか!? 聞いてるだけでイライラすんだよ貴族の中でもよォ!」
それと正面からがなり合っているのが、リンナを悩ませているらしい騎士団側の代表。
「オーレン・グワガランド……」と彼女がつぶやいたのが、当人物の名前らしい。
大きなツリ目に、日焼けした小麦色の肌。黒のショートヘアと言葉遣いの乱雑さから男性的な印象を受けるが、中性的な顔立ちに声、リンナが“彼女”と呼び、そして何より体にぴったりフィットするアンダーウエアの大きな膨らみを見るに、女性だ。
背丈こそミハルクたちより少し高い程度の小柄さだが、部下を率いていることからも年齢はメンディーナと実は大差ないかもしれない。チームの役割から推測すれば、彼女が汚染地帯の浄化を行う浄剣の使い手ということになる。しかし……。
(連携は壊滅的だわ……)
ただでさえ不仲な貴族と騎士。その中でもこの二人からは特大の相性の悪さがすでに見て取れる。このメンバーをリンナと二人でまとめなければならないのか? そんな重責にめまいが足をふらつかせかけた、その時だ。
勝手に紅白戦をしている面々の中をすたすたと歩いていく。
ミハルクが。
「ちょっとミハルク……」
「ミハルク君……!」
イリアスとリンナが慌てて止めようとするも、時すでに遅し。彼はリーダー格のメンディーナとオーレンの間に、ジャッジマンのように入り込み、
「これ、そなたら。これから力を合わせて一つ事に当たろうというのに、こんなところで余計な力を使ってどうするのじゃ」
「あんだとォ!?」
「何っしょこの子! マジ可愛いんですけど、どこの誰?」
案の定、ヒートアップしていた二人からは刺々しい反応。が、あの図太いミハルクがそんな程度で怯むはずもなく、
「わしはミハルク。イリアスのバーサルで、そなたらの護衛役じゃ。じゃが、守る対象がそんな仲違いしていては守れるものも守れん。今は任務に集中しておくれ」
「あー、イリアスって、あの」
メンディーナのバシバシに立てられたまつ毛が瞬き、初めてこちらの存在に気づいたみたいに視線が移る。
「噂は聞いてるよー。何かチョー出世したんだって? 医務室に詰めてるとそういうコトあんまわかんないんだよねー。てか、見たら小さい女の子ばっかのバーサルじゃん? そっちのサムライはともかく、そんなんでマジであーしらのこと護衛とかできんの? ピエン超えてヒエン疾風心配~」
「心配はいらんよ」とのミハルクの返事が、言葉に詰まったイリアスよりも先に出ていった。どうしてあの子は誰を相手にしても平然としていられるのか。
「セージュもダリアも腕は確かじゃ。それといつも誤解させとるんじゃが、わしはこれで男じゃよ。ちんちんもついとる」
「えっ」
「えっ」
それまで正面衝突を起こし続けていたメンディーナとオーレンが揃って目を丸くした。二人して動揺した声が漏れる。
「ウ、ウソだろ。オメー、そんな可愛い顔して男……なのか……?」
「な、無い寄りの無しっしょ……。無とは一体うごごっしょ……!」
「それがあり得るわけじゃ。おかしいかの?」
ミハルクがニコッと笑いかけると、二人の頬がぽっと赤く色づいて目を逸らす。
「あ、あ、いや……。全然おかしく……ねえよ。うん、その、何も悪くねえ。全然……」
「あ、あり寄りの有盛っしょ。うん、あの、その、激ヤバで……あ、これ、すごい良いって意味で……いい……です……」
氷剣バルキヘイムで冷やされたレベルのトーンダウンだった。喧嘩独楽みたいにバチバチだった二人が、まるで借りて来た深窓の令嬢だ。
頭を掻きながら、バツの悪そうな様子でオーレンが再度口を開く。
「あ、あのさ、さっきはいきなりでけぇ声出しちまって悪かったな。オレ……いや、アタシはオーレンってんだ。騎士団の汚染対策チームの第二隊長をやってる。きょ、今日はよろしくな……」
「あっ、あああ、あーしもジコショしゅ、する……! 同盟の医療チームの第三隊長、メンディーナ。よ、よろしくし。あ、あのっ、ミハルク君が気分悪くなったらあーしにすぐ言ってね。お姉さんがすぐ治してあげるから……」
それを聞いたオーレンの目がギロと尖る。
「はあ? キッショ。何がお姉さんだよ、焦って噛んでるし。ミハルクにマスカラ臭え色目使ってんじゃねえよ」
「ッはぁー? そっちこそ何、“アタシ”って。アンタから一生聞いたことない一人称なんですけど? 会って五秒でアイデンティティ崩壊なんですけどおおお~?」
「う、うるせーな。ミハルクを怖がらせないように仕方なくだよ! オメーこそ、あーしって伝わってねえからな。オメーの足のことだと思われてるから」
「え”っ……まぢ!? あっ、あのミハルク君? あーし……じゃなかった、わたし……あのその……」
慌てるメンディーナにミハルクはまたペカッと笑った。
「ああ、どちらも気を遣わずとも大丈夫じゃ。自然体でよい自然体で。わしも気づけばこんな言葉遣いじゃからな。おあいこじゃ」
「おお……。お、おあいこか。へへ……。えへへへ……」
「マジ理解力パリダカールっしょ……! 理解ありすぎカレシで覇王至高拳……」
何ということでしょう。まさかミハルクと少し話しただけで、あれだけギスギスしていた二人が骨を抜かれたみたいにフニャフニャに笑っているではありませんか。
「ぐぬぬぬ……」
代わりにリンナがぐぬった。何なの。
ともあれ頭同士の角突きあいは治まった。一番激しい二人だったため、ここが押さえられたのは大きい。ただ部下たちはまだまだ別個の言い争いを続けている。そこへ、またしてもちょこちょこと頼りない足取りで近づく人影があった。いやサメ影か。いややっぱり人――ダリアだ。
「あ、あの……けんか、やめましょう。みんな、仲良く、一緒に、頑張りましょう……」
これまでの墓守としての役目が自然とそうさせたのか、彼女は胸の前で手を祈りの形に組み、おずおずと双方に上目遣いを送った。
幼く愛らしい少女がありったけの勇気を振り絞ってのお願いだ。そのいじらしい態度に、荒ぶるメンバーも「うっ」と一瞬怯むも、
「子供は引っ込んでいろ。これは大人の問題だ」
「向こうに行っていなさい。幼子が口を挟めることじゃない」
「はぅ……」
声に追い返されるようにしてダリアは一歩後ずさった。
瞬間。
ビチビチッ、とサメシスターの背びれ、いや鮫剣ジャーグ・ズーが震えた。
途端に匂い立つ殺気。生き物ならば誰もが痛感する暗いフカみからの恐怖に、作戦参加者たちの顔が一気に青ザメる。
「キョッ……今日のところはこれくらいにしておこうか……」
「そっ、そうだな。口喧嘩はいつでもできる……」
「いのちをだいじに!」
そのまま全員震え声で一時休戦を宣言。あれだけバラバラだったチームが、あっという間に一つにまとまってしまった。
自分は何もしてないのに。ミハルクとダリアが話しかけただけなのに。
「…………」
「何をふくれっ面してる。イリアス」
普段無口なくせに、ウォードッグが余計なことに口を開いてくる。
「別に……何でもないわ」
言えるわけがない。自分の力でどうにか解決したかったなんて、まるで子供の発想だ。
しかしもしかして、ウォードッグはそんな気持ちに気づいて声をかけてくれたのかもしれない。
相談したら、意外に「誰にでもあることだ」なんて言って慰めてくれたりなんかして……。
「さては虫歯か? 間抜けだな」
「全然違うわよ!」
うちのメンバーにそんな気遣い求める方が無謀だった。考えてみれば親身に寄り添ってくれそうな人がダリアくらいしかいない。
魔導人形以外みんな人の心がろくにないとか、おかしくない?
(ああもう、甘えるなイリアス! わたしがみんなの主なのよ!)
どこかクールダウンを促すように冷気を帯びた氷剣バルキヘイムの柄を一度触り、イリアスは改めて陣頭指揮を執るべく、汚染除去チームに向かって肩を怒らせながら歩いていった。
というわけで多分結構珍しいと思われるギャルショタとオレショタです。




