第十八章 魔導汚染除去作戦
〈最終貴族同盟〉の薄く高い建物内には、バーサルの作戦会議や会合に使われる小さな部屋が多数用意されている。
若い貴族たちの間では“部室”などという緊張感のない名で呼ばれ、半ばただの溜まり場としての活用が大半だが、そもそもこの同盟に参加している者の多くが家を継ぐ責務のない三男以降の道楽か、ワンチャン家格を上げられるかもしれないと強引に家から送り込まれた厄介者でしかないため、士気の低さはもはや克服しがたい宿痾であった。
一応、実家から持ち出した高価な装備を見せびらかしがてら冒険をしたがる者がないではないが、堅実な装備で実直に働く〈グレイブナイツ〉の団員たちにあけられた水は大きい――。
そんな一般常識はさておき、ヨーゼフはマリンと共にお嬢様見守り隊として、部室のテーブルの末席に身を置いていた。
キャスターのついたボードに地図を貼り、指示棒を構えているのが我らがイリアスお嬢様。
それと向かい合って真剣に説明を聞いているのがバーサルの面々なれど、四人中三人が十代の半ばにさえ届かない幼子なのが、これまでの多少長い人生においてもなかなかの椿事だった。
「可愛い……」と、隣でマリンが頬に手を当て、うっとりとこぼしているが、この調子では彼女はお嬢様の話をまるで聞いていないので、せめて自分は右耳から受けて左耳へと流す作業にくらいは集中しようと思う。
「――というわけで、南部エリアの探索はいきなり行き詰ったわ」
イリアスが南門開通からの三日間における開拓状況を説明し終えた時、出来立てホヤホヤの南部探索地図のすべてのルートには、大きなバツ印が加えられていた。
「“はぐれ魔導剣”における汚染がここまで南部に集中しているとはレリーフォナ様も思っていなかったそうよ。軽く例を挙げるだけでも毒剣、痺剣、睡剣、混剣……これだけのものが道を塞ぐ有毒地帯を形成してる」
地図上のバツ印のほとんどは、イリアスたちに鮫剣を押し付けて迂回した後継者たちの行き詰った場所だ。彼らは他人の主人を盾にしながら結局ろくに進むことができなかった。ザマを見ろ。
「なぜこんなに状態異常の魔導剣が揃っている?」
目線は低いのに明らかに上から目線のセージュの声が、教師役――に見えてしまう――のイリアスへと向かう。
「理由はわからないけど、他のエリアの場合、誰かが突き刺した異常系の魔導剣を体に残したままモンスターが逃亡して、どこかで勝手に力尽きて有毒エリアを生み出すのが原因らしいわ。南エリアはずっと開かずの間だったから、長い時間をかけてそういう偶然が重なっていったんでしょうね」
あの中身の空っぽなモンスターたちに生存本能があるとすれば、後継者たちが居ない南エリアに逃げ込むというのは十分道理の通る話だとヨーゼフは思った。ある意味で怪物たちの聖域。そしてそれにブッ刺さった魔導剣の楽園。
「そこで、今回は同盟と騎士団の共同戦線が張られることになったわ!」
ピシィ! と、イリアスの指示棒が地図を叩く。
「規模が広すぎて別々に動いてはどうにもならないという判断のようね。両組織から有毒地域を中和するための浄剣使いと、毒に侵された時の治剣使いが参加するわ。そしてわたしはそのチームの一つの護衛役に抜擢されたの!」
おー、パチパチ。と、子供たちから無邪気な拍手が上がる。そんな幼稚な反応にもイリアスお嬢様は機嫌が良さそうだ。先祖代々伝わる太眉が得意げに上下している。
恐らくは前回の実績といち早くお嬢様に〈ノーブルオーダー〉の橋渡し的な性質に慣れてほしいというレリーフォナの思惑が一致した結果。彼女の駒となる危険性は依然つきまとうものの、難度の高いエリアに勝手に突っ込んでしまうよりは、アレキサンドリアの手綱でキープしてもらうのも悪くはない。今は、まだ。
「騎士団からも護衛が来るそうだけど、面倒な相手じゃないといいわね……」
そんな一抹の不安を彼女が口にしたところで、作戦会議はほぼ終了。後はマリンが持ち込んだ手作りクッキーをみんなで食べ、イリアスお嬢様と愉快な仲間たちの“クラブ活動”は過ぎていった。
※
「こんにちはイリアスさん」
「えっ……リンナ?」
魔導汚染除去作戦当日。
作業班との合流地点へ向かうため、まずは南門へと向かう途中でばったり出会った相手に、イリアスがそう声を上擦らせるのをミハルクは聞いた。
狩衣に藍色のミニスカート。白く細い脚を惜しげもなく晒しつつも楚々として清純な佇まいは、浅瀬で休む一羽の美しい鳥を思わせる。〈グレイブナイツ〉団長ゼニスの懐刀リンナ。彼女を見て、イリアスが咄嗟に左右を見回した。
「何をしているのですか?」
「あなたがいるってことは、カイナも一緒にいるのかと思って……」
「いませんよ。彼女は別チームの護衛にあたっています」
「あっ、そうなのね……」
湖面のような静かな面差しで答えたリンナは、次にこちらに目を向けた。
「おっ……お、おっ、おはようござい、ます、ミハルク君……」
「うむ、おはようなのじゃ、リンナ。今日も元気そうで何よりじゃな」
どこか距離を測るように挨拶してきたリンナに対し、ミハルクはにっこり笑って答えた。
「ッッッッ!///<◎><◎>///ミハルク君がわたしの健康を気遣って……はぁ……」
よろめきながら近くのイリアスに倒れ込む。
「ちょっと! カイナがいないからって急にこっちに来ないでよ!」
「す、すみません。ごめんなさい……」
彼女の貧血癖も相変わらずのようだ。
あの黒真珠のような艶のある瞳を見ていると、かつて親しかった将校が見せにきた孫娘のことを思い出す。不安と緊張でどう口を開けばよいかわからずにいた幼い瞳。ミハルクがにっこり笑いかけてやると、それで安心したのか様々な話を聞かせてくれるようになったものだが、リンナの場合はもう少し親しく接してやらないと緊張が解けないのかもしれない。今後も優しくするように心がけよう。
「ここにいるということは、あんたが騎士団側の護衛か?」
話を進めるありがたい声が、いつも一歩引いた距離にいるウォードッグから放たれた。
「そうです。イリアスさんが出ると聞いてカイナも来たがったのですが、くじ引きでこうなったので」
「あなたたちって別行動することもあるのね」
「もちろんです。戦力を過剰に偏らせている余裕はありません」
きりりと引き締まった態度でリンナは述べた。貴族の館で怠け蟻をしている連中に見せてやりたい勤勉さだ。
「じゃあ今日はよろしく」
そう素っ気なく行って歩き出したイリアスだったが、彼女の肩に載っていた見えない重荷がすっと抜けていくのをミハルクは察していた。彼女なりにどんな相手が来るのかと緊張していたのだろう。腕は悪くないのに固まると途端によわよわになるイリアスだ。多少なりとも気心の知れているリンナが相棒なのはありがたい。
「リンナ」
南門を通り抜ける途中。鮫剣ジャーグ・ズーを背負ったダリアがリンナにトテトテと駆け寄った。
「ダリアさん。元気でしたか?」
それを受けてリンナも優しく微笑みかける。二人の縁は、リンナがセージュの助手としてダリアを復活させたことからだ。もっとも、作業の九割はセージュの仕事だったそうだが。
「うん。カミサマ、みんな、すごく優しい……。わたし、とっても、幸せ。えへへ……」
たどたどしい言葉遣いが、彼女の素朴さに一層の磨きをかける。リンナもさらに微笑みを柔らかくし、
「それならよかったです。もしどこか体の具合が悪くなったりしたら、セージュさんと一緒にいつでも騎士団に来てくださいね」
「ありがと……」
微笑み合う二人の姿はまるで二輪の花が共に咲いたかのようだ。
実際、ダリアの愛らしさは同盟内でも評判だった。毛先に行くほど色味の増す儚げな薄ピンクの髪に、少しおどおどした態度は男女問わず庇護欲を誘った。サメシスターという不可思議な服装も、奇抜さよりもぬいぐるみのような愛嬌の方が勝ったようだ。
もっとも、彼女の背中に張り付いている凶悪なボディーガードのおかげで、暇な貴族の子息から妙なちょっかいを出されることは一度もなかったが。
「でも、どうしてミハルクがカミサマなのかしら。カミサマって言うなら、ダリアを助けてくれたセージュの方じゃないの?」
イリアスがふと思いついたように疑問を口にする。
「ふっ。わたしが神などおこがましい。だが陛――ミハルク様ならその名に相応しい……」
「ああそう……」
「神キタ――(゜∀゜)――!」
「わかったわよ! 本人が世界一納得してるみたいだからそれでいいわ……」
ダリアのカミサマ呼びは未だに直らないが、彼女がそうしたいのなら無理に矯正する意味もなかった。
強敵、呑剣を取り込んだ長虫との戦いを経て、ダリアという新たな仲間を得たこのパーティの空気はとても良い。
大帝がまだ帝の地位にすらない頃、自分の命さえも負わず、友と無謀な冒険に乗り出した無邪気な日を思い出す。
これから向かう先は、前回のサメルートは別口だ。霧は相変わらず濃く、どんな敵が潜んでいるかも判然としない。
だが。
「これだけ馴染みのメンバーであれば、除去作戦のチームワークはバッチリじゃろう。勝ったなワハハ!」
ミハルクがそう呵々と笑いながら向かった、除去チームとの合流地点で――。
「あんたと組むなんて、あーしいきなりテンション爆サゲなんですけど。誰か他の人とチェンジってもらえるー?」
「オレの方こそテメーみたいなアバズレと組まされると思ってなかったぜ。つーか、今さらチームを再編成なんてできっこねーのに、そんなこともわかんねーのか貴族ってのは?」
「我々こそが魔導大帝の後継に相応しいのだ! 泥臭い騎士どもは帰れ帰れ!」
「おまえたち金満主義の貴族こそ、大帝の眠りを掻き乱す盗人だ! アヴァンシルの静謐は我らが守る!」
「なんだあっ!?」
「やんのかコラァ!」
先に到着していた貴族、騎士のチームが道の左右に分かれてお互いを罵り合っていた。
「チームワークはバッチリ最悪ね……」
イリアスのそんな呆れ声が、ミハルクの鼻先を通過していった。
カイナ「リンナちゃんのくじ引きイカサマやで……」




