第二章 後継者たちの街
「アヴァンサの魂って、そんなもんが墓の中にあるわけなかろう!」
女性店員の説明に、ミハルクは思わず大声を上げていた。
「あら? どうしてそう思うの? あの一代で大帝国を築いた魔導大帝なのよ? それくらいのことがあっても不思議じゃないわ」
「だって、現にわしはバッチリきっちり成仏して、生まれ変わってここにおるんじゃぞ!」
「???」
不思議そうな顔をしつつも、何とか笑顔を崩さないでいてくれる彼女。
しまった、慌てたあまりに話が飛躍しすぎた。しかしどこから説明すべきか。最適な手順を考えあぐねた、その時だ。
「貴様ら、いつまでそうして大帝の墓を穢し続ける気だ!」
鋭い糾弾の声が街の通りを突き抜けて行った。
ミハルクが振り返ると、そこには清廉さを示すような白い鎧の騎士が立っている。
「おまえたちこそ大帝の遺産を独り占めしようって魂胆であろう! 何が大帝の末裔だ! 不遜な僭称者どもめ!」
やり返すように叫ぶ方も華美で小奇麗な服装。この見栄っ張りな意匠は貴族と見てほぼ間違いない。
突然始まった二人の諍いを恐れてか、通りの人々が逃げるようにしてその場から去っていく。親切な古書店の女性から漏れる動揺の気配を感じ取りつつも、ミハルクは二人のやり取りに目を奪われた。
「我が主に暴言を吐いたな! 墳都アヴァンシルの静謐なるを守るのは、我ら〈グレイブナイツ〉をおいて他にはない! 出世に飢えた貴族ネズミどもはすっこんでいろ!」
「この身のみならず一族を愚弄するとは! 大帝と今再びの謁見を果たし、その武技の数々を引き継ぐのは我ら帝国最後の剣、〈最終貴族同盟〉である! ゴロツキ崩れどもの邪魔は許さん!」
罵倒のし合いもそこで極まったか、ズラリと両者同時に腰の物を抜く。
柄や鍔に埋め込まれた伝導径路。刀身に発生する微弱な力場。途端に回り始める歯車。これは――。
「待て待て、待てい! 二人とも街中で魔導剣を振り回すとは何をしとるかあっ!」
ミハルクは慌てて駆け出していた。
あれは決闘などという“生易しい”場で振りかざしていいものではない。無慈悲、無差別、無頓着な殺戮兵器なのだ。大軍勢を抱えた列強諸国が帝国一国にわずか八十年で平らに均されたのには訳がある。
彼らがこちらに気づいた。
「なんだこのイモ娘は! こんな田舎者までもが〈グレイブナイツ〉の威信を疑うかッ!」
「平民が偉そうに我らに割って入るなど身の程知らずめ! 切り捨てられてももんくは言えんぞ!」
「なんじゃとコラ!? わしに向かってでかい口叩きおって! おぬしらなんぞマッハでボッコボコにしてやん――」
売り言葉に対するミハルクの買い言葉は、最後まで言わせてもらえなかった。
「ごめんなさああああああああい!」
「ゴフッ!?」
古本屋の女性がいきなりミハルクの胴体に抱き着いて、そのまま真逆の方角に逃げ出したのだ。
「この子街に来たばかりで何も知らないんですうううううううう! 殺し合いの邪魔はしませんから好きなだけやってくださあああああああああい!」
意外なパワフルさで、女性は細路地の角までミハルクを連れ去った。
だがやはりそれは火事場の馬鹿力だったようで、そこまでたどり着いた瞬間、彼女は膝から崩れ落ちた。
「ぜえ、ぜえ……はあ、はあ……。今世紀中の力を、すべて使い切った……」
「あのう、大丈夫かのう……。どうやらそなたに大変な無理を強いてしまったようじゃ。許しておくれ」
さすがに気の毒になって、容赦なく道の端でノビている女性の背中をさすってやる。
「ああ……。こんな天使がわたしの背中を撫でてくれる。蘇れわたし!」
口では威勢よく言いつつも、彼女が起き上がるまで実に数分を有した。
「いい、君? あれは〈グレイブナイツ〉に〈最終貴族同盟〉。後継者の中でも特に危ない人たちだから、絶対に近づいてはダメよ」
こちらの両肩をしっかりと握りしめながらそう忠告してくる。
「何者じゃ? 何だか貴族と騎士のような出で立ちじゃったが……」
「そう。そのまま貴族サマと騎士サマなのよ。でもこの平和な時代に出世する方法なんてそうないから、アヴァンサ帝の後継者となって名を挙げたいというわけ」
「何と……帝国貴族と軍人の身でありながら、そのような与太話に踊らされておるのか……!?」
ミハルクはぎりと奥歯を鳴らした。百歩譲って名誉欲に駆られるのはいい。帝国が階級社会である以上、競争が生じてしまうのはわかる。しかし、それで人が大勢いる中、魔導剣を抜こうなどと……。
「って、あれ? あれから少したったが街は何ともないのう」
はた、となる。魔導剣同士の戦いだ。多少離れた程度でその轟音と衝撃が届かなくなるわけもない。
しかし女性は、きょろきょろとあたりを見回すミハルクを安心させるように、
「ああ、ここまで来れば大丈夫よ。あの剣は危ないものだけど、せいぜい火の玉があちこちに飛んだり跳ねたりするくらいだし」
「ニャニ!?」
魔導剣が、火の玉くらい……?
そんなバカな。大戦後期の量産型であったとしても、そんな湿気た火力で済むはずがない。
これは一体どういうことか。さすがにもっと調べる必要がありそうだ。墓のことと合わせて……。
「ご婦人、ここまで大変世話になった。後はわし一人で大丈夫じゃ」
「えっ……。も、もうお別れなの……?」
彼女の顔が露骨に落胆の形を作る。人と人の繋がりを大切にする、とても優しい女性なのだろう。
「申し遅れたがわしはミハルクという。親切なご婦人よ、そなたの名前をわしの胸に刻んでもよいかの?」
「あっ、わ、わたしはショールっていうの。この近くで〈バフロン古書店〉ていう古本屋さんをやってるから……。もしよかったら遊びに来て!」
「うむ、優しげで良い名じゃ。後で必ず寄らせてもらおう。お礼はその時にでも」
「お、お礼……。ゴクリ……。わ、わかった。待ってる。……ずっと……ずっと待ってるから!」
何やら意気込みの強い女性だったが、間違いなく善良な市民だった。彼女といればさらなる情報が仕入れられたに違いない。が、さっきのような迷惑をかけてしまったら、これ以上は無理だ。何なら後でまた本屋に聞きに行けばいい。
ショールと別れたミハルクは再び大通りへと出た。
相変わらず時計屋のようなカチコチという歯車の音が垂れ流れている。最初は少し気になったものの、もう街の生活雑音と混じっていい感じ。歯車は働き者の音がする。
先ほどのケンカ現場まで戻ってみたが、血だまりがあるわけでも破壊痕があるわけでもなく、すべてが日常の歩みに塗り替えられていた。誰かが仲裁に入ったのか、あるいは口喧嘩で済んだのか……。
(それならそれで、軽率過ぎて腹が立つわい)
つま先を何となく例の壁へと向ける。
大墳都アヴァンシル? 中に誰も住んでいない? バカらしいにもほどがある。山の途中から見下ろした壁の中身は、この都市全体のざっと七割近くあった。つまり人が住んでいるところの方が圧倒的に小さいのだ。誰がこんなふざけた墓を作ったのか。……一人だけ心当たりがあったが、いや、さすがに?
道を歩いているだけで、ミハルクの周囲を様々な声が過ぎていく。
「裏切ったな。おじさんはオレの気持ちを裏切ったんだ!」
「フッ、この程度のことも見抜けないお前に、アヴァンサ帝に見える資格などない。出ていけ」
だとか、
「クビ!? こんなにパーティに尽くしてきた僕がクビですか!?」
「許せ。大帝はおまえのような弱者がいては会ってくれない。おれたちは強くなることを……強いられているんだ!」
だとか、
「アヴァンサ帝の好物だったジャスミンクッキーだよー。これを食べれば大帝に会える確率もきっとアップ!」
「それはウソだよ~! 本当の好物はこっちのレモンクッキーだ。ジャスミンの匂いなんてさせてたら、大帝の霊が逃げてしまうよ~!」
「ッだとゴラァ! 営業妨害か!?」
「てめえこそいい加減なホラ吹きやがって! くらえレモンスプラーッシュ!」
「目がァ!」
だとか。
(やりたい放題すぎんじゃろ……)
好物の捏造くらいはいい。土産物屋の常套手段みたいなものだ。だがその他、特に人々の諍いの中でアヴァンサ帝の名前がぽこじゃか出てくる。体のいい言い訳にしているのであればまだ救いがあるが、どうも本気でそう思い込んでいるようだから手に負えない。
墓の最深部に到達した強者だけが、大帝アヴァンサの奥義と叡知と後継を得ることができるなどと……。いつからこんなバカげたことが続いているのか。少なくとも老いも若きもその思想に染まっているくらいには昔からだ。
(ア、アホウどもがっ……!)
アヴァンサの魂はこの身の内にある。つまりここは無駄にクソデカい墓に過ぎない。だが人々は、酔っ払いであっても気づくようなこのデタラメに踊らされ続けている。
それだけの偉人である自覚はある。不遜とは言わない。争いの絶えなかった大陸を統一し、平和をもたらすことは当時の為政者たちの誰もが一度は夢見たことだ。しかしものには限度がある……!
(さすがに見て見ぬふりはできん……!)
魔導剣をオモチャ代わりに振り回すような無分別な連中ならなおのことだ。剣士同士が死にゆくのあれば、それは一つの完成となるのだろうが、さっきのショールのような善良な市民が割を食うのは絶対に看過できない。
だがどうすれば? 自分がアヴァンサ帝の生まれ変わりだと表明したところで、信じてくれる者がどれほどいるか。
何かいい手段は……。
「む?」
悩み事がまた一つ増えた頭に、一つの光景が飛び込んできた。
いつの間にかたどり着いていた墓の高壁のすぐ近く。そしてこれまで途切れることなく続いてきた街並みの終わりでもあった。
壁付近はざっくり剃り上げたように空き地になっていて、そこに人垣ができている。
「現在、モンスター討伐中!」
「危険だ。近づかないように!」
街の治安維持らしき制服の男たちが、立ちはだかって野次馬たちを遠ざけようとしている。
ミハルクは気になって人垣に潜り込んでみた。墓にはモンスターが出るとも聞いた。一体どんなヤツが潜んでいるのか。
大人たちの足元を抜け、最前列まで来たところでひょこっと立ち上がる。すると――。
一匹の怪物と、一人の少女が対峙していた。
目に映えるようなコバルトブルーの軍服。純白のミニスカート。それは帝国軍が誇る伝統の制服だ。アヴァンサ帝の時代から多少の差異はあれど間違いなかった。
それを着ているのは白い肌に金髪碧眼、典型的な貴族の特徴の少女。歳は十代半ばあたり。
髪は肩ほどまでだが、前髪はひたいが半分見えるくらいまで短く切り揃えられていた。その余白を埋めるようにして、平行四辺形じみた太い眉がぺったりと張り付いている。顔つきも少し少年っぽさがあり、勇ましそうにまなじりを吊り上げていた。
「我がオーズドルファが引き継ぎし氷剣の名の元に! 街を荒らす怪物に帝都の裁きを!」
朗々と前口上が読み上げられると、ギャラリーが一斉に拍手をした。
そんな彼女が相対するモンスターは……それは有体に言って真っ白で巨大な蟹だった。
(なんじゃあのバケモノ。見たこともないわ……)
ハサミの大きさは、少なくともこの貴族の少女の首なら三つ分を落とせるくらいはある。
また、その白い甲殻にはどこか既視感があった。さきほど往来のど真ん中でケンカをしていた〈グレイブナイツ〉とかいうヤツの着ていた鎧。あの質感にそっくりなのだ。
こいつらの殻を鎧に加工したものか。だとしたら、この人間サイズの蟹の硬さこそ推して知るべしだ。果たしてこの少女はどう立ち向かうのか。
人々が見守る中、彼女が持つ剣がうなりを上げた。片刃の軍刀の根元についた歯車が猛回転を始め、そこから白いガスが吹き出す。
「食らえ! 先祖伝来の奥義、『ノーツン・フォグア』!」
大きく踏み込んで振った剣から白い刃が剥離する。それは氷の魔導剣から生み出された飛翔する刃だった。
空き地に生えた雑草を霜つかせながら、一直線に前進。巨大蟹を直撃し、一瞬で氷漬けにする。
「せえいっ!」
二度目に飛ばした氷の刃が、岩よりも硬そうな蟹の甲殻を粉々に打ち砕いた。
おおー……!
ギャラリーからは拍手と猥雑な歓声が沸く。まるで見世物だ。
貴族の少女もそう思ったのか、不満げな目線で人々を一瞥すると、後処理を街の治安貴公に任せて早々にその場を離れていった。
※
「素晴らしい技の冴えでした、イリアスお嬢様」
少し壁沿いに進んだ先で、貴族の少女は二人の従者と合流した。
一人はロマンスグレイの整然とした執事。もう一人は、主人よりは少しだけ年上らしきメイドだ。
「お怪我はありませんか。お疲れは?」とメイドの彼女が甲斐甲斐しく身を案じると、イリアスと呼ばれた少女は「大丈夫。ありがとうマリン」との返しの後、少し気遣わしげに四角い眉を下げた。
「何か気になることでもございましたかな?」
「ええ、ヨーゼフ。さっきの奥義、また威力が落ちたみたいなの」
執事のヨーゼフにそう言い返し、イリアスは腰から抜いた魔導剣を見つめる。
武器よりは芸術品に近い精緻な意匠の柄と鍔に、伝導経路が輝いている。刀身は海の果ての氷の大陸を思わせる深い蒼。おおよそ戦場に置くにはあまりにも繊細で華美な外見の上に、執事の悩ましげな声が吹きこぼれる。
「再調整の時期はだいぶ過ぎておりますからな。しかし今の我々に“研ぎ師”へ出す費用は……」
「わかっているわ……自力でフォローするしかないことは……」
イリアスが悔しげ唇を噛んだ、そんなタイミングで。
「ふむ……。伝導系に問題はない。これは恐らく使い手の問題じゃぞ」
ミハルクはひょっこりと首を突っ込んでいた。いや、つい突っ込んでしまったと言った方が正しいか。
『!?』
驚く貴族の一団。
「先ほどの戦いを見させてもらったが、とりあえず両手で持つのをやめい。そこで不必要な循環が起こっておる。片手で持ち、小指と薬指だけに魔導を集中させるのじゃ」
「な、な、何? あなた。どこから来たの?」
「いいからはよせい!」
「なっ……!」
美しいブルーの瞳を白黒させながらも、根が素直なのかイリアスは言われた通りに剣を構える。すると、剣に埋め込まれた伝導経路を辿る光点がにわかに勢いを増した。
「え……これって……」
「うーむ。まだ足りんか。お嬢ちゃんの魔導がお上品すぎるらしい。きっかけにはもっと大きな揺らぎがいるな。どれ……」
ミハルクはイリアスの肢体をしばし見つめた後、
パアン!
いきなり尻を引っぱたいた!
「ひゃああ!?」
その瞬間だった。彼女の持っていた剣から、大蛇を思わせる氷の筋が迸った。
それは大墳都アヴァンシルの壁へと食らいつくなり身をのたくらせ、一種のオブジェのような氷の道を作り出していく。
先ほどの小さな氷の斬撃どころではない。異次元の、まったく質の異なる、圧倒的な出力……!
「なっ、なっ、なああああああああああ!?」
お尻を叩かれて恥ずかしいやら腹立たしいやら、そして目の前の光景が信じられないやらで、イリアスは目をぐるぐる、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「まあ、最初はそんなもんでよかろう」
そんな彼女に対し、ミハルクは好々爺の微笑みでたった一言、そう告げてみせた。
ボーイッシュ、ミーツ、ガーリッシュ(ショタジジイ)




