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第三章 氷剣の継承者

 大墳都アヴァンシルの高壁をのたうち回った氷の蛇は、貴族の少女の驚きが冷めやらぬうちにガラスの音を立てて砕け散った。

 残ったかすかな冷気さえ瞬く間に引いていく。偽りの法則「魔」によって導き出された現象の末路。火も氷も風も雷も、世界の一部となることさえ認められず、正しき摂理に吸収され消えていく。


「な、何今の!? わたしに何をしたの!?」


 だが、少女――イリアスの混乱と驚愕はどこにも受け止められることなく、本人の顔と必死の形相と共にミハルクへと飛んできた。


「わしは何もしとらんよ。〈ノーツン・フォグア〉を正しい作法で使ったのはそなたじゃ」

「た、正しい作法って……!」


 イリアスはこっそりお尻を押さえつつ、執事のヨーゼフと目線を交わした。それだけで主人の意図を完璧に汲み取った従者から落ち着いた声が返る。


「“氷剣バルキヘイム”の正しい起動法を知っているのは、初代所有者のイクアヌス・オーズドルファから数えて三代目まで。以降の者たちは、いずれも家伝書に残された文章からおおよその形を予想するしかありませんでした」

「そうよね。でも、じゃあなぜ、この女の子は正しい作法を知っているの……!?」

「それは何とも……」


 少女主人と執事とメイド、その三人の目が改めてミハルクへと一点集中する。


「あいや、そう人の顔を珍獣みたいに見るでない。まずわしは女の子ではなく男の子じゃ。ちゃんとついとる」

「えっ!?」

「お、女の子なんですか!?」


 顔を赤くしたのはイリアスとメイドのマリンだ。特にマリンの方はビン底眼鏡を上げ下げしながら、


「うっ、うん、いいと思う。すごくいいと思います!!」


 などと鼻息を荒くしている。何だかつい最近見たような反応だ。一方でイリアスの方はと言うと、恥ずかしそうに顔を赤らめながらこちらを睨むばかり。


「つ、ついてるなんて言い方……」


 どうやらこの手の話は苦手らしい。ミハルクの村では女の子でさえチンチンブラブラ双生児くらい平気で口ずさむから、少年っぽい見た目に反し彼女はだいぶシャイな性格のようだ。


 ここでふとミハルクは、さっきから上がったり下がったりを頻繁に繰り返し、少女の感情をこれ以上ないほど的確に伝えてきている四角い眉に閃くものがあった。


 それは過去の記憶のワンシーン。あまりにも似たようなことが繰り返され、いつしか埋もれ切ってしまった思い出の欠片の急浮上だった。


 初めて魔導剣を装備した部隊を編成した時、アヴァンサは自ら訓練場に立って彼ら一人一人に剣の扱いを指南しなければならなかった。魔導剣なるものがこれまで世に無く、使い手も彼一人しかいなかったからだ。


 膂力とは異なる“魔導”なる力の引き出し方を言葉で説明するのは難しかった。アヴァンサ自身はそれを日々の暮らしの中で自然と扱えていたが、右腕の動かし方を「右腕を動かせ」以外で説明できる者はまずいない。


 初期生産品は十五本。つまり十五人の新米魔導剣士を同時にレクチャーした(後にもっと増えることになったが……)。


 その中に、これとよく似た平行四辺形の眉をした青年がいた。

 下級貴族の出でありながら忠心精勤し、虎の子の魔導剣士隊に抜擢されたのだ。彼に支給された魔導剣は一式(イチシキ)氷剣バルキヘイム。素朴な男で、明け透けに立身出世を夢見、子孫に大きな屋敷を残したいと明るく話していた。


(そうか。あの者の子孫か。300年後も貴族をやっておるのを見るに、あれからも真面目に励んだようじゃな……)


 直接仕上げた魔導剣士の総数は三百は下らない。個々の顔や、交わしたやり取りなどろくに覚えていなかったし、オーズドルファとの思い出もあの場面きりだ。だが、彼の夢がかなったことがミハルクは嬉しかった。あの若者は名を挙げ、氷剣と富を子孫へ繋いだ。彼は帝国から十分な見返りを得たのだ……。


「それであなた、一体何者なの?」


 気を取り直してイリアスがそうたずねてくる。他の二人も興味津々――特にメイドの方。


「わしか。わしは山間の村の――」と言いかけ、ミハルクはまたも閃く。


 この少女が帝国最強の魔導剣士隊の子孫であるのなら、アヴァンサ帝に対する造詣も深いはず。きっと自分のことにも気づいてくれるに違いない――。

 ミハルクは大きく咳払いした。


「オッホン。わしが何者か、じゃと? ならば教えてしんぜよう。わしはな――魔導大帝アヴァンサの魂を持った、かの者の生まれ変わりなのじゃ!」


 両拳を腰に当て、正々堂々と言い切ってやった。

 いやしくも氷剣バルキヘイムを受け継いできた子孫だ。アヴァンサの生まれ変わりだと知れば、彼女たちはたちまちこの場に跪き、臣民としての恭順な態度を……。


『ぷっ……あははははは!』

「態度ぉ!」


 爆笑。返ってきたのはそれだった。


「言うに事欠いて大帝の生まれ変わりだなんて、お仕えしていたご先祖様もビックリだわ」

「いやこの子は将来大物になりますぞ。発想のスケールが違います」

「うん、いい! いいと思う! 可愛いし!」


 イリアスに笑われ、ヨーゼフからは褒められ、マリンからはなぜか執拗に頭を撫でられる始末。

 なんたる屈辱!


「では、先ほどの剣技については何とする! 家の者ですら知らぬ秘伝であろう!」


 ミハルクは憤慨しながら叫んだ。二人は黙ったが、マリンはだらしない顔のまままだ頭を撫でている。


「そ、それは……」

「……ふむうん。もしかすると、アレかもしれませんな」


 口ごもったイリアスに代わり、ヨーゼフが口ひげを撫でながら言った。


「帝国軍部には、代々魔導剣の奥義について記録している秘密の一族がいたりいなかったりすると聞きます。もしかしたらこの子は、その家の関係者かもしれなかったりしれなくなかったりするかもしれません」

「な、何ですって!」

「な、なんじゃと!」


 イリアスとミハルクの声は綺麗に重なった重なった。


(バカな、いつの間にそのような部門が……!?)


 確かに魔導剣を管理する部門はあった。帝国軍の兵器として運用したわけだから当然だ。だが、魔導剣に搭載されたジュエルコアの出力を最大限引き出す方法はアヴァンサしか知らなかった。いや理解できなかった。だから自ら徒弟を指導する必要があったのだ。


 しかし、300年の時間と共にその唯一性も陳腐化したか。

 最終的に弟子たちが奥義を使いこなすに至ったのだから、ある意味当然だ。そして彼らはアヴァンサの死後、上手くそれらを文章化したのだろう。さっきイリアスたちも言っていたではないか。三代目までは正しく起動できていたいたと。


 これでは、奥義が正しく使えることがアヴァンサ帝の証明にはならない……!?


「あ、あのお嬢様? こういう曖昧な言い方をしている時のヨーゼフさんはあまり信用しない方が……。この間も、イカ墨スパゲティの原材料は実はタコ墨とか平気で嘘ついてましたし……」

「ニャニ?」


 この執事、外見はひどく立派なのに中身はいい加減男か?


「そ、そうね。そもそもそんな秘密の一族が、どうしてイモなんか背負ってここにいるのかという話もあるし……。ヨーゼフ?」

「それはもちろん秘密の一族ですからな。普段は農民に扮して暮らしているのでしょう。秘密を隠す最善の方法は、そもそも秘密があると知られないことです」

「な、なるほど……。ヨーゼフの言う通りだわ」

「はい。何でもヨーゼフの言う通りでございます、イリアスお嬢様」


 びっくりするくらい厚かましいことを無駄に礼儀正しく言う。やはりこの男、中身は凄まじくいい加減か!?


 と。


「失礼します! オーズドルファの方ですか」


 駆け足から背筋を伸ばしてそう発したのは、街の治安機構の人物だった。先ほどのモンスター退治の続報かと思ったが、どうも違う。


「さっき貴族の方からお手紙を預かりました。どうぞ」

「手紙?」


 イリアスは怪訝そうにそれを受け取り、宛名を検め、もう一段階怪訝さを深めた。


「……シュプリムトからだわ」


 そうして彼女は手紙を開き――すぐに烈火の如く怒り始めた。四角い眉が立錐状態だ。


「あいつ! 今日の探索をドタキャンするつもり!? 前々から約束してたのに!」

「それは困りましたな。今日の探索はお嬢様を含めた三人で行う予定でしたから……」

「あのろくでなし、人の足元を見てっ……! わたしが困ってるのを知っててあえてすっぽかすのね……!」


 どうやら何か重大な不都合が生じたものらしい。ヨーゼフとマリンも困り顔だ。

 しかし、そこに。


「ふっ、ふふふ……」


 ミハルクは場違いな忍び笑いを入り込ませてしまっていた。

 一行の目がこちらを向く。特に厳しい目線を向けてくるのは、怒りで顔を赤くしたイリアス。


「何がおかしいのよっ」

「ああ、すまぬすまぬ。ある程度生きておると、手紙というのは親しき者が去ったという悲しい内容ばかりになるのでな。若いうちはそんな心配もなくて結構なことと思ったまでじゃ」

「は……? 何の話?」

「わかります」

「ヨーゼフ!? 何いきなり同調してるの!?」

「それに比べれば一時のすれ違いなどいくらでも取り返しがつこう。ここで憤ったところでしょうがなし。前向きに考えようではないか」

「そ、それは、そうだけど……」


 それまで火のように立ち上がっていたイリアスの眉がへにょへにょと下がっていく。


「すごい。まるで大人みたいに立派ですね、ミハルク君は。えへへへ……」

「これ、さっきから人の頭を猫みたいに撫でるでない。何なんじゃさっきから」

「ふへへへ……。髪もサラサラ……」

「なんじゃ!? 注意しても離れんぞこいつ!?」


 そんなふうにメイドのマリンから執拗なナデナデ攻勢を受けていると……。


「……この子……使える」


 ぼそり、とイリアスが言った。

 マリンは激しく狼狽した。


「お、お嬢様!? ええと、いくら中身が大人びていると言ってもこの子を使うのはもう少し待った方が……!?」

「? 何の話をしてるのマリン。この子がいれば、さっきの威力の奥義がまた使えるって言ってるの! こうなったら……〈南門の岩壁〉を墜とすわ!」


 その名を聞いた途端、執事の顔色が変わった。それまでミハルクをがっちり捕まえていたマリンも主人へと駆け寄り、


「危険すぎます、お嬢様!」

「ええ。なりませんぞお嬢様。あの墓守に挑むにはまだ力不足にございます」

「いいえ。これはきっと大帝のお導きよ」


 諫めの声を跳ね返す凛とした眉でイリアスは言う。


「借金の期日は明後日。さっきのモンスター退治の報酬額を見てわかったでしょう。このままじゃわたしたちには後がない。そんなタイミングで秘密の一族の子がわたしの前に現れたの。このチャンスを掴まないわけにはいかないわ……!」

「ふむ……借金とな。どれほどのものじゃ」


 てっきり先祖の富を上手くやりくりしてきたのかと思っていたが、そう上手くはいかないらしい。


「一言では言い表せないくらい。お屋敷もとうとうわたしの代で手放すことになってしまった。次は……ご先祖様から受け継がれてきたこの魔導剣を取り上げられるかもしれない。それだけは決して……許されないの……!」


 イリアスの真摯な瞳がこちらを向く。


「だからお願い。ミハルクって言ったわね。わたしに力を貸して。知恵を授けてくれるだけでいいの。さっきの力を引き出せれば〈南門の岩壁〉だって倒せる」

「それはどうやら何者かのあだ名のようじゃ。強いのか?」

「最強よ。これまで何十――いえ何百という後継者(サクセサー)があいつの前に敗れ去った。アヴァンシル、不可侵の南エリアを死守する不敗の門番。〈最終貴族同盟〉のレリーフォナ様も、〈グレイブナイツ〉のゼニス団長も勝てなかった。でも、さっきの力なら……!」


 焦りの中に強い信念と思いがあった。どれだけ正しくなくとも背中を押したくなる、若い情熱の火。

 誰も失敗なしに成長することはできない。若者には失敗する権利がある。大人にはそれを許容する度量が必要だ。それは大帝だろうと粉挽きだろうと関係ない。冷笑するなどもってのほか!


「よかろう。手を貸してみよう」

「ありがとう」


 イリアスは勇ましくうなずき、それでもなお不安で死にそうな顔をしている従者二人へと向き直った。


「大丈夫。負けそうになったらちゃんと降参するから。降参した者にはトドメを刺さない。それがあの墓守のモットーでしょ」


攻略したダンジョン:0

攻略したお姉さん :2

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― 新着の感想 ―
おましょうま! >大墳都アヴァンシルの高壁をのたうち回った氷の蛇 これをグレイブナイツだの何だの言ってる連中が目撃したら墓に攻撃したとかでタイーホされそう。 >「うっ、うん、いいと思う。すごくいい…
リス「ネキセニキ作品の主人公はいつもこう、それにしてもあの魔導剣とかいうやつ世界の摂理に負ける程度なんだね、摂理を書き換えるぐらいの出力は欲しいよね」 鎖マン「摂理を気軽に書き換えようとするな、そん…
ククク…ダンジョンなぞお姉さん攻略の前菜に過ぎぬ…ぅ?オイオイオイあの美ショタジジイめ主菜から食べたぞ!?
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