第十六章 カミサマへの副葬品
なぜ自分がここにいるのかわからない。
墳都産モンスターの甲殻から切り出した白防具の騎士とすれ違うたび、イリアスの疑問は幾度なく浮き沈みする。
すべてが異邦人というのであればまだいい。だがすべてが敵対関係者となれば、逐一身構える胸の内を抑えるすべはいつになっても思いつかなかった。
ここは〈グレイブナイツ〉本部。〈最終貴族同盟〉の総本山とはアヴァンシルを挟んで街の反対側に位置する“敵”の本拠地。
この認識は自分の一方的な思い込みではない。事実、白鎧の騎士が白を基調とした建物内を闊歩する中、真っ青な帝国軍服を着た自分が一人いるだけで、彼らのほぼすべてが怪訝な、そして警戒の気配をぶつけてきている。
それを言外に跳ね返してくれているのは、
「目的地はこの先や。イリアっちゃんはもうちょっと我慢してぇな」
そう愛想よく振り返ってくる緋色髪の巫女少女――カイナ。
ちょうど中庭に面した渡り廊下でのことだった。この建物内では珍しく、外観を意識した優美な噴水が設けられている。
初めて足を踏み入れた〈グレイブナイツ〉の本部は、背の低い要塞然とした外観にたがわぬ武骨な造りをしていた。
あちこちに団員の詰め所や倉庫があり、矢を射かける穴や、岩を落とす装置。通路が急に狭くなったと思ったら今度は何もない大きな部屋があったりは、もはや完全にここで最後の決戦をする構えだ。優美さと利便性を両手で無理やり握り合わせて生み出した同盟のビルディングとは対極の作り。
「一応、何かあった時の街の人の避難場所としてなぁ」と、ツアーガイド気取りのカイナは説明してくれたが、今のところ籠城戦の訓練などは一度もしたことはないという。ただ、居るだけで身が締まるような思いはした。
「うむ……。何とも懐かしい空気じゃ。魔導剣登場以前の古い防御要塞じゃな」
「……何の変化もないな、ここは」
後ろをついてきているミハルクとウォードッグは、ほぼ独り言で会話している状態だった。
ウォードッグが自分に雇われる以前にここで一働きしていたことは知っていた。これで意外にマメな営業をしているらしく、人が集まる場所にはよく売り込みをしていたそうだ。が、ミハルクの「懐かしい」発言はどういう意味か。彼の秘密の一族に関係しているのだろうか。よくわからない。
(まあ、いきなりズザーしなかっただけマシだけど……。あの子がいないから?)
ちなみに場所が場所だけにマリンとヨーゼフはお留守番だ。いたずらに悪意に照らされる人間はいない方がいいだろう。
廊下を渡り切ると離れの建物にたどり着いた。外観には何の工夫もなく、一見してただの倉庫にしか見えない。
「リンナちゃん、来たでー」
まるで庶民の子が遊びに来たノリで呼びかけ、カイナが扉を開ける。
入ってすぐは小さな待合室。絨毯も敷いてなければ雑談のテーブルもなく、壁際に申し訳程度に椅子が少数並んでいるだけ。
その室内。奥へ通じる扉の前で、ミニスカ狩衣姿のリンナがこちらを待っていた。
「おはよう、お嬢さん。今日はお招きいただきありがとう」
「……!」
ミハルクが笑顔で微笑みかけると、リンナの元から垂直だった体がさらにビクーンと上に伸びる。
「お、おはようございます。ミハルク君。いらっしゃい……」
「何やそのカチコチの挨拶……。セージュちゃんは奥におるんやろ? みんなを呼んできたで~!」
最後の呼びかけは扉の奥に向けられたものだ。そう。あの子は定位置であるミハルクの隣ではなく、ここ〈グレイブナイツ〉の“工房”にいる――。
きいとわずかな軋みを上げて扉が開かれた。途端、何かの薬品と素材の匂いが漏れ出してくるのを嗅ぎながら、イリアスは「さ、皆に挨拶してくるといい」「で、でも」「心配はいらない」との囁くようなやり取りを逃さずに聞いた。
そうして待つこと数秒。
セージュと共に現れたのは、薄ピンクのセミロングヘアをした天使のように愛らしい女の子だった。
『な!?』
その場の全員が――ウォードッグでさえ驚きの声を上げてしまう。
年齢は十歳くらい。おおむねミハルクやセージュと同じだ。
背丈も相応に小さく、イリアスでさえ軽く抱き上げて運べるだろう。
うつむき加減にはなっているが、その優しげな目元、愛らしい唇には何のマイナスにもなっていない。むしろ幼気でさらなる庇護欲を誘う。その上で街を歩けば誰もが振り返るであろう美少女。そんな可憐な花のような人物がそこに立っていた。
「……ダリア」
ミハルクのつぶやきに、少女の顔がはっと持ち上がる。
「おおダリア、なんと愛らしい姿じゃ。そなたとまた会えてわしは嬉しいぞ……!」
その手を取られ、ぱあっと少女の顔が華やいだ。
味気ない待合室が、彼女の植えた花畑になったかのようだ。
「う、うそやろ……! こ、こんなことが。こんなことがあってええんか……!?」
目をぐるぐると回し、不審者の手をにぎにぎさせながらカイナが少女へと近づく。
「あの特徴のないマネキンから、どうしてこんな天使が!?」
「!!」
顔を近づけられて驚いたのか、ダリアはてとてとと可愛らしい逃げ足でミハルクの後ろに隠れる。
「ここに保管されていた墓守の人形に、ダリアのコアパーツを移植したのだ」
淡々とそう告げたのは、奥部屋からダリアを追い出して現れたセージュ。
「五体無事に残っているものの中で、一番見た目がいいものを選んだ」
「セージュちゃんができる言うたから工房を貸したわけやけど、まさかこんな可愛い子に生まれ変わるなんて……」
――ダリアを復活させられるかもしれない。
呑剣モビー・ゲーインと、その魔導剣を取り込んで主となっていた異常成長ワームとの戦いを終えた後、ダリアの破片の前に集まったメンバーを前にそう言ったのがセージュだ。
ただそれには別の人形のボディと最低限の道具が必要になる。それが揃っていたのがここ〈グレイブナイツ〉本部というわけだ。
「墓守たちのコアパーツはとても小さくそして頑丈なのだ。大型の怪物にボディを噛み砕かれたところで、パーツは歯の隙間に逃げていく。それと、おまえたち騎士団が動かなくなった墓守を丁重に保管してくれていたのもよかった。その姿は本人も気に入っているようだ。後はミハルク様がどう思うかだが……」
「イイ!(・∀・)b」
「( ´_ゝ`)b」
「相変わらずツーカーね、あなたたちは……」
ダリアの復活に、誰の顔にも笑顔があった。
ミハルクは元より誰一人としてその計画への協力を惜しまなかった。もちろんイリアスも。あの高潔な献身を見せられては、騎士も貴族もあるはずなかった。
そして一夜明け、早くも作業が終わったとの報告をカイナから受けたわけだ――。
不意に、イリアスの背中から何かがボトリと落ちた。専用の鞘に入れてここまで運んできた鮫剣ジャーグ・ズーだ。彼は一直線にダリアへと向かうと、嬉しそうにそのまわりを回り始めた。
彼女の方もしゃがんで「サメさん……」と嬉しそうに微笑む。
「しゃ、しゃべったで……!? 今度のダリアはしゃべれるんか!」
「しかも、すごい可愛い声よ……」
イリアスもカイナと一緒になって驚いていると、「その人形は聖歌隊だったんです」とのリンナの発言。彼女は道具類に見識があり、人形の保管にも一役買っているという。
「見た目が良く歌声もとても綺麗だったことから、発見されてすぐにさらわれたり、悪意ある行為に晒され壊れてしまったと記録にあります。この無事な一体は、何らかの理由で建物と建物の隙間に挟まって機能停止していたところを偶然騎士団が発見し回収しました」
「この人形にそんな過去が……」
「ほなら、ダリアちゃんと一緒に幸せになってほしいなあ……」
「それで……その格好は何だ?」
しんみりしかけた空気を押しのけ、ウォードッグが指摘する。
「それあんたが指摘するん!? 一番興味なさそうなフリして! けどよう言うた! リンナちゃん、何なのこれ!?」
カイナが褒めてるのかツッコんでるのかよくわからない態度でダリアを凝視する。次に彼女の口からこぼれ出た言葉は、
「死ぬほど可愛いやーん!」
話題にされているダリアの服装は一言で言えば――サメシスターだった。
何を言ってるのかわからないと思うが、イリアスも何を見せられているかわからない。
ただ、基本的な見た目はダリアが以前着ていたような修道服がベースとしているものの、頭巾の縁がギザギザしており、それがサメの歯みたいなのだ。ついでにロングスカートの裾にも尻尾のような切れ目の意匠が入っており、さらにサメ度が増している。
そこに、ダリアが背負っていた特殊ハーネスに、鮫剣ジャーグ・ズーが嬉々として後ろから飛び乗ると――。
合体! 背びれまで生えた完全なサメシスターが誕生した!
「何なんこれ!? 完全に趣味やん! いい趣味してんねえ! これも墓守の服なんか!?」
「いや、それは……なぜか騎士団の倉庫の奥にあったんです。隠れるようにして……。多分、誰にも用がなかったからどんどん奥に追いやられて行ったのだと思いますが。ただ、どう考えてもこれを着れるような人は……。あ、いや……。……いえ、やっぱりいません」
それはそうだろう。基本は屈強な男たちの騎士団だ。趣味はともかくこの子供サイズは誰にも合うまい。
「目のサメるような愛らしさじゃな」
「やにワニ街でこんなのと出会ったら、男の子なんて一目で恋してまうで……」
ワニは東部の古語でサメを指す言葉だという。ていうか、ミハルクたちのサメ駄洒落にカイナまで馴染まないでほしい。ついていけない自分が鈍いみたいだから。
「カミサマ……」
そのダリアが、おずおずとミハルクに向かって言う。
「ん? ははは……わしは神様ではないよダリア。ただのミハルクじゃ」
しかし彼女は首をふるふると横に振り、
「カミサマに、お、お返しします……。わたし、たちの宝物……」
※
ダリアに手を引かれ、再び舞い戻った南エリアの教会。
あれからたった一日が経過しただけだが、すでに騎士団が入り、呑剣――というより長虫に破壊された長椅子は撤去され、残った椅子も再配置されていた。彼らが墓の静謐を守ろうとしているのは本当らしい。
ミハルクたちは礼拝堂の祭壇の前まで案内されていた。
お勤のシスターたちの姿もまだない中、ダリアは裏庭から花を一茎持ってきて祭壇に供え、そして両膝をついて祈った。
すると祭壇の一部がせり出し、そこに何かが保管されていた。
「カミサマ」
ダリアはとても大事そうにそれを両手で持ち、こちらに差し出してきた。
全員の視線がそこに集中する。
それは端的に言って――魔導剣の柄だった。
(これは……!?)
受け取ったミハルクは、かつてないほどの震えを体の内に感じた。
絡み合った石の根のような流麗なデザイン。
思わず隣のセージュに目配せをする。(おまえか?)の問いに対し、彼女は残像が出るほど激しく首を横に振った。その顔もまた、かつてないほどこわばっていた。
(し、信じられん。なぜここに。こいつは……こいつは『来劫剣ネクスト』の柄じゃッ……!!)
置いたのはセージュではない。そう、ハナからそのはずがない。
どんな理由があろうと。副葬品にどれほど魔導大帝との縁があろうと。セージュがこの墓にどれだけ想いを込めようと。
こいつだけは絶対に置かない。こいつだけは……!
「物凄く綺麗な柄ね……」
「ああ。見てるだけでぼうっとしそうや。ちょっとええか?」
カイナの手がミハルクから来劫剣の柄をひょいと持ち上げる。
そしてシャキンとメンテナンスカバーを開き、内部の伝導構造を確認した。
彼女の目に、剣呑な光が宿った。
「…………。なあ、イリアっちゃん。これ、うちらに調べさせてくれへん?」
「えっ。ダ、ダメよ。これはミハルクが受け取ったんだから、同盟のものよ」
「モノは必ず返す。調べた結果も伝える。研究部門ではうちらの方が優れてるはずや。このお礼は必ずする。損はさせへん」
「わたしからもお願いしますイリアスさん。末端同士は単純にいがみ合っていればいいですが、上では共有しておかなければいけないことがあるのです」
リンナからも冷静に言い寄られ、イリアスの困ったような目がこちらに向く。
ミハルクはダリアを見た。彼女はこちらの複雑な人間関係は理解できないような無垢な目をしている。
このダリアに新しい体をくれたのはカイナたちだ。ただ、騎士らが神聖視する墳都の備品をこうして流用したのは、カイナたちとて一つの越権行為であったはず。要するに借りだ。借りは金でも喧嘩でも耳を揃えてきちんと返さねば、魔導大帝の名が廃る。
「わかった。そなたらに一時預けよう。ま、まあ、高そうなものじゃから!? 扱いは慎重に頼むぞいガハハ!」
わざとあっけらかんと言った後で、「陛下」と咎めるような小声が耳に刺さる。セージュが心配そうな目がこちらを捉えていた。
「し、しょうがないじゃろ……。こんなに完璧に見られとる以上隠し通すことはできん。それに、肝心の刀身がなければあれはただの古美術品じゃ。正体を見破れる者など誰もおらんよ。わしとおまえ以外にはな……」
コソコソとそう伝え、ミハルクは改めてダリアへと向き直る。
宝物を渡し終えた彼女は、それでもまだ何かしたいこと――あるいはしてほしいことがあるみたいに、いじらしい目でこちらを見つめている。
ミハルクは薄く微笑み、
「ダリア、よく今日までこれを守ってきてくれた。そして改めて……あの時、わしを助けてくれて本当にありがとう。そなたの優しさと勇敢さがなければ無事では済まなかった。ダリアはわしの命の恩人じゃ」
「カミサマ……」
心なしか目を潤ませているダリアに対し、ミハルクは手を差しだす。
「わしと一緒に来るか?」
「!!」
「ここで今まで通りの暮らしを続けてもいい。しかし体を新たにした今、心もまたこれまでとは違ったものを感じているのじゃろう。わしと共に来て、新たな出会いを果たすか? 色とりどりの世界を見、多種多様な音を聞くか? ――人として、生きてみるか?」
ダリアはこちらの手を掴みかけ、そして寸前でためらった。マネキンの時とは違う、その色彩豊かで感情の見える顔には、未知の世界への恐怖というよりも自分が迷惑にならないかという不安だけがあった。そうした顔をいくつも見て来たからわかる。間に合わなかったものも。
年の功じゃ。若者には見極められん。
ミハルクはダリアの手を引っ張った。何の抵抗もない彼女は、あっさりとミハルクに抱きしめられた。
「大丈夫じゃ。そなたが一緒に来てくれたら、わしは嬉しい」
「あっ……。カミサマ……。わたしも……幸せ……」
彼女が目を閉じ、そっとこちらのシャツを掴むのを感じた。
悲劇なら昨日退職したよ。




