第十四章 さまよえる魔導剣を追って
「吞剣モビー・ゲーインの性能はこうや。自動で動き回り、一時的に地面を押し広げて特殊な空間を作ることができる。簡単に言えば自動で追尾する落とし穴っちゅうことやな。この穴に落とされたモンはその後すぐ、近くの地下空間に吐き出される。けどそれがなかった場合、適当な地中に吐き出される。生き埋めや。人間なら当然即圧死、つまりいきなり必殺技に変わるわけやな。幸い、アヴァンシルは地下施設も多くあるからそうならんこともあるけど、そっちはそっちでモンスターの巣窟になってることが多くてな。吐き出された瞬間に部屋中から襲いかかられて……なんて形跡は、これまでの探索域でも嫌というほど見て来たで」
壊されずに残っていた礼拝堂の長椅子に腰かけ、ミハルクたちはカイナが語る吞剣モビー・ゲーインの情報に耳を傾けていた。
魔導剣は風や氷を生み出すシンプルなものから、原理不明で常識外れの効果を有するものまで多数存在する。イリアスもウォードッグも吞剣については初耳だったらしく、眉間にしわを寄せて何かの考えを巡らせていた。
「自律型で長期徘徊性。一旦制御下を離れたらエラいことになるのはわかっとったのに、どっかの誰かが持ち込んだんやろな。十年くらい前から墓をさまよってるって言われとるが、なにぶん発見が困難なタイプでなぁ……。今回遭遇できたのは運がいいんやら悪いんやら」
「そんなヤツに、ここの教会は狙われているというわけか」
話の区切りにミハルクが吹き込んだ一言は、その場にいた全員の視線を集めることになった。
「……現状ではまだ憶測の段階ではありますが、最終的にそうした結論に至る可能性は高いと思います」
誰もがまだ想像すら追いつかない顔をしている中、静かに賛同の意を示したのはリンナ。
そんな彼女にミハルクがちらと目をやると、
「!!!///<◎><◎>///」
リンナは顔を赤らめ、慌てて目を伏せてしまった。こちらとしては同意してくれたことに礼を言おうと思ったのだが。
「そんなことあるの……? 主のいない魔導剣が、生き物でもない人形たちを襲うなんて」
「あまり聞かない」
半信半疑のイリアスと、思案中なのか無関心なのかよくわからないウォードッグの反応もまだこの段階では自然。しかしミハルクには一つの確信があった。
「高精度の奇襲を可能とする呑剣からシスターたちが全員避難できたこと。それから鮫剣ジャーグ・ズーが追いかけると呑剣もすぐに逃げていったことから、狙われたのは今回が初めてではないように思えた。ひょっとして、鮫剣はここでシスターたちを守っていたのではないかの?」
最後の一声は、花の世話係だった人形に向けての問いだった。
彼女は一瞬驚いたように身を揺らしたが、すぐにコクコクとうなずいた。
「なんなん? ミハルク君、名探偵なん?」
そう目を丸くするカイナに、ミハルクは、シスターのまわりを巡っていた鮫剣を見てそう感じたことを伝える。
「こいつらには心があるからのう」との返事をした視線の先では、さっき帰還したサメの背びれが教会の床をどこか誇らしげに泳いでいた。
どういう経緯かは不明だが、“彼”は一人で彷徨っているところをここのシスターたちに拾われたのではないだろうか。その正体も知らぬまま。そして危機に瀕した彼女たちの「助けて」という思いをキャッチした……。さっきの子犬のような動きを見ているとそう思わずにはいられない。
「魔導剣の心が読めるなんて、君は大帝みたいなことを言うんやなあ」
「それ、どういうこと?」
「おや、知らんのかイリアっちゃん。魔導大帝はすべての魔導剣と心を通わせ、意思疎通ができた唯一の人間なんやで」
「不思議な子ですね。ミ、ミ、ミハルク、君は……」
「――それで、次はどうする?」
話がわずかに脱線しかけたところで、本題へと向き直させるウォードッグの声が場を引き締めた。
「うちらは吞剣を追うで。これは緊急任務や。あれのせいで騎士団だけやなく大勢の人間が被害にあっとる。逃されへん。イリアっちゃんはどうする? 別行動ならここでお別れや」
「わたしは……」
イリアスの眉が葛藤の形に歪む。南部エリアは今、貴重な副葬品を漁り放題だ。既知の魔導剣を追いかけるより、探索を優先した方が金になるかもしれない。しかし騎士団が公益のために動いているのだ。新米〈ノーブルオーダー〉としていきなり後れは取りたくない……と、そんな感情がありありとうかがえる。
「イリアス。迷うておるならここは一旦吞剣を追わんか。こんなツマラン理由で人が簡単に命を落とすのを、わしは看過できん」
「おお。ミハルク君はいい子やね! ほなら、うちらと一緒に行こか?」
「ッ!!!! そっ、それは名案だと思います、カイナ……! すぐにでも……!」
「ちょっと! 勝手にうちのメンバーをつれて行かないで! わかったわ。そんな物騒な魔導剣がさまよってるなら、わたしもおちおち探索できないし……追いましょう。いいわね、あなたたちも」
「了解した」
「わたしは常にミハルク様と共に」
ウォードッグとセージュの賛同も得て、ここに即席の呑剣追跡隊が結成された。
※
白い街を歩く。
大理石というよりはどこか生物がかった石灰石の趣がある材質は、時に地層めいた模様を建物の表面に描きながら、建てられたというより生えてきたというような不思議な印象を見る者に抱かせる。
半球形の屋根や尖塔を持った建物が多く並び、そのどれにも教会に似た荘厳な気配が漂っていた。
祈る場所ばかりで住む場所が少ない――そんな歪な配分も、ここがセージュが設計した墓だとすれば少しは納得もいった。昔から極端なところがあったから。こちらが好きな色の花ばかりを植えたのも、祈祷の係として人間ではなく永遠に動く人形を配そうとしたのもその一端だろう。
「――呑剣の奇襲は、一応予兆がある」
霧に霞む白い道を静かに進みながら、ミハルクは出発直前にカイナが皆に伝えた秘策を思い出していた。
「音や。あの鯨かカバかっていうくらい大きなノドの音。あれが聞こえたらそばにいると思ってええ」
「もう一つ。これは反射神経頼みになってしまうが」とミハルクも知恵を貸した。
「あやつが地表に穴を空ける時、かすかじゃが魔導の波が走る。落とし穴の開閉は一瞬じゃ。感じた瞬間にその場から飛びのけば、回避できる可能性は高い」
この二つが追跡隊の命綱となる。呑剣の現在位置については定かではないが、教会のそばにいると決め打って探していた。
「ミハルク、どうするの?」
不意にイリアスがそう聞いてきた。
「何がじゃ?」
「後ろ。あの子、ついて来てるわよ」
二人でこっそりと後ろを振り向いてみれば、例の花壇係の人形が薄ピンクのダリアを一茎、御守りのように手に持ち、鮫剣と共にこそこそと後をつけてきている。
興味があるのか心配してくれているのか。道案内なら頼みたいところだが、さすがにそれはできまい。
「まあ、大丈夫じゃろう。サメもついとることじゃしな。それよりすまんのうイリアス、わしのワガママを聞いてくれて」
ミハルクが詫びると、イリアスは気まずそうに目をそらし、
「べ、別にいいわよ。変に断ってあなたを騎士団につれていかれても困るし……」
「なんやイリアっちゃん、あんな冗談本気にしたんか?」
「じょ、冗談だったんですか……!? 何で!?」
「何でリンナちゃんが半ギレなん……。それよりイリアっちゃん、実入りのことを気にしとるんなら安心してええで。呑剣モビー・ゲーインはB級魔導剣の中でもかなりのレアものや。捕まえて同盟のボスんとこに持っていったら、多分いい額で買い取ってもらえると思うで」
イリアスは目をぱちくりさせ、それから疑り深げに太眉をひそめた。
「あなたたちはそれでいいの?」
「ええよ。そんくらいの役得はあってええやろ。うちらはあれを墓から排除できるだけで十分や」
「貴族たちがおまえたちに使うとは思わないのか?」
と、これはウォードッグからの当然の問いかけ。
「そんなことしたらお墓ほっぽって全面戦争待ったなしやで。仮にも貴族の頂点席の一角……そんな間抜けなことするかいな」
「……それはそうね。レリーフォナ様ならきっちり管理してくれるはずよ」
うなずいたイリアスは少しの間思案し、どこか晴れ晴れとした足取りで前に進み出した。
そんな彼女の裏で、こっそりとカイナが耳打ちしてくる。
「可愛いなあ、ミハルク君とこの大将は」
「じゃろ? 若いうちは素直が一番得じゃよ。意固地になるのは年取ってからで十分じゃい」
と。
何かが石畳を叩く音がした。葉に当たる雨粒のように小さく、そして多い。
「敵だ」
先頭を張っていたウォードッグが、ぬらりと刀を抜いた。
それから間もなく曲がり角から現れたのは、大ぶりなロブスターの群れだった。
大きさは人間の赤ん坊ほどか。以前、イリアスが戦っているところを見たカニに比べるとまだ真っ当な野生生物のサイズ。だが、ハサミは子供の手首くらいなら簡単に切り落とせそうだ。全身が真っ白で、甲殻の質は建物の材質とよく似ている。
「多いわね……!」と警戒心を露わにするイリアスに対し、「ちょっと深く立ち入ればこのくらい日常茶飯事やで」との軽口を返すカイナ。
「ほな、軽くウォーミングアップしとこか!」
彼女が抜き放った一刀は、虚空にツインテールと同じ緋色の残像を引いた。
(ほう、あれは……)
外装で別物のように飾られているがB級魔導剣、焔剣ホムラガラスに間違いない。
氷剣バルキヘイムの二世代後に生まれた「三式」で、魔導剣士隊八番隊に配備され、東方進攻に用いられた。それを東方の古式衣装に身を包んだ少女が使うことに歴史の紆余曲折が垣間見える。征服したのは果たして、どちらか。
「誰もケガなどなきよう」
同じく抜いたリンナの魔導剣は蒼。焔剣に比べると反りが小さく、刃が長い。
(むっ、なんと!)
あれはB級魔導剣、鬼剣ガランドロ。焔剣よりさらに後に生まれた「六式」の変わり種で、扱いが難しすぎて結局お蔵入りした逸品だが、アヴァンサ帝の死後に流出したらしい。あるいはついに使い手が現れたのか。
『ハッ!』
二人の気合を乗せた踏み込みの一太刀が緋蒼の残像を虚空に刻む。直後、隙間なく隊列を組んでいたロブスターの群れが縦二列に渡って吹き散らされた。
それを開戦の合図としてイリアスたちも動く。
「やあああっ!」
蚤のように飛び跳ねてくるロブスターをかわしつつ、帝国伝統の“春の嵐”の構えから次々に氷の一線を撃ち込んでいく。
「おっ、やるやんかイリアっちゃん!」
「このくらい、街の掃除で何度もやってるのよ!」
カイナの称賛をイリアスが意地で跳ね返してみせるが、彼女を陰で守っているのはその剣技ではなく用心棒のウォードッグだった。
壊れた魔導剣を剣の腕のみで操り、イリアスの死角から飛びついてくる個体を的確に落としている。上手い。風来坊な佇まいとは裏腹に、斬撃の後の適度な脱力、そしてそこから再度切り返す力の入れ具合はまるで清流のように淀みない。もし魔導剣のジュエルコアが無事ならば恐るべき使い手になれた……。
「若いヤツらがこれだけやっとるのじゃ。わしらもひと暴れするかのうセージュ!」
「のりこめー^^」
若者たちの奮闘に焚きつけられ、ミハルクが重役出撃しようとした、その時。
地を割るような鋭い斬閃が、すぐ眼前を駆け抜けていった。
「おっとっと! なにぃ、あれは!」
鮫剣ジャーグ・ズーだった。刃を立てたサメの背びれは、道をみっちりと埋めるロブスターを食肉加工の裁断機にでもかけるように一列ごとに切り分けていく。背後を振り返れば、ダリアの茎を握りしめて物陰からこちらを見守るシスター人形の姿。
どうやら彼女が指示を出してくれたようだ。
移動と攻撃が一体化した彼のおかげで、モンスターの群れはたちまち壊乱に追い込まれた。
やがて生き残った者たちが引き潮のように逃げていくのを鮫剣が追撃すると、気づけば道は白い甲殻類の死骸で埋まっていた。
「なんじゃこの生き物は……」
ミハルクは頭部から尻尾までを綺麗に両断されたモンスターをのぞき込んだ。
内臓がない。厚い外殻の中身は竹のように空っぽだ。
「詳しいことはわからないけれど、殻自体が生きてるって話よ」
血振りの一振りで氷の玉を散らし、氷剣を鞘に納めながらイリアスが言う。
「ダメージを与えれば動物としては“死ぬ”けど、素材自体はまだ生きてる。だからそれを加工して防具を作るの」
「へへへ、マジカルシウムゆうてな。軽くて堅いんで鎧にぴったりなんよ~。この街の後継者の標準的な防具やな」
「こんな珍妙な生き物にこのクソデカ墓場は支配されとるのか。たまげたのう……」
一応セージュに「おまえか?」と目線で聞いてはみたが「わかりません」と首を振る返事のみ。人形や番人とは違い、彼女が配置したものではないらしい。
「この残骸も回収できれば一資源なんやけどな。今は吞剣を追うのが先や」
「ええ、そうね……」
イリアスは未練がましくマジカルシウムの山を見やる。
「もし帰りに誰にも盗られとらんかったら、イリアっちゃんが全部持ってってええよ」
「さあみんな、すぐに呑剣を捕まえるわよ!」
本当にどこまでも夢に真っ直ぐなオデコ少女だった。
「ところで、こやつは大活躍じゃったの」
ミハルクは追撃から戻ってきた鮫剣を見て言った。
「そなたが手伝うよう指示してくれたのじゃろう? ありがとう、ダリア」
「ダリア?」
こちらがシスター人形にそう呼びかけたのを聞きつけて、イリアスが首を傾げる。
「うむ。呼び名がないと何かと不便でな。ダリアを育ててくれていたので、こう呼ぶことにしたのじゃ。よいかな?」
人形はびっくりしたように立ちすくんでいたが、それからすぐに嬉しそうに何度もうなずいた。
気に入ってくれたらしい。それを見てミハルクたちの顔にも自然と笑みが浮かぶ。ウォードッグでさえ冷めた表情はしていない。
その時だった。
グウウウ……。
巨獣がのどを鳴らすような唸り声が、通りを抜けてミハルクたちの耳に触れた。
呑剣モビー・ゲーインの唸り声だ。
真っ先に動いたのは鮫剣ジャーグ・ズー。それまでダリアの周囲を回遊していたのから、一直線に広い通りを滑り出す。
「これは……もしや吞剣の位置をサーチしたのか?」
自律型魔導剣の超感覚。鮫剣は特にそれに優れ、またこれまで教会を守ってきた彼なら、吞剣の位置を突き止めるくらい造作もないのかもしれない。
「これはチャンスじゃな。一気に決着をつける。ダリアもわしらのそばに来い。離れていると逆に危険じゃからな……!」
ミハルクたちは一丸となって鮫剣の後を追った。
エイリアンVSプレデターではプレデターが仲間になったんだからサメVS○○ではサメが仲間になる展開もおかしくない。




