第十三章 大墳都の住人
霧の中をカンテラの火列が粛々と歩いていく。
湿り気を帯びた空気は編み笠の下からも容易に侵入し、雑に切っただけの前髪を額に張り付かせた。
葬列めいた修道女たちの隣を同じ歩調で歩きながら、ウォードッグはこの奇妙な光景に神経を静かに尖らせる。
用心棒としていくつかの野良パーティあるいは家臣団を回ってきた身だ。未踏エリアを取り包む濃霧に関しては気構えがあるものの、こうして列をなすマネキンたちは見たことがない。
動いている以上は、あのセージュという小娘同様、魔導人形の類ではあるのだろうが。
「この人らはな、墓守さんや」
雨でもないのに霧雨のようなホワイトノイズを耳が拾う中、真っ先にこの列と並行して歩き出した張本人、〈グレイブナイツ〉のカイナが口を開く。
墓守。後継者たちの間では基本的に道を塞ぐ番人を指す。〈南門の岩壁〉だけでなく、アヴァンシル内部の関所を守る者も含めてだ。しかしカイナの口調には、どこか親しげで好意的な響きが聞き取れた。
ウォードッグはその意図を問うべきかどうか考え、面倒になってやめた。
「墓守?」
どうせ誰かが子細をたずねる。今回の場合はイリアスだった。
「せや。大帝のお墓の世話を任されている人らや。人いうても、人間やないけどな」
「確かにこの人たちは人形ね……魔導人形ってやつ?」
「うん。ずーっと昔から。きっとこのお墓ができた頃から内部の掃除や管理を続けとる。最近ではめっきり見たくなったそうやけど」
「どうして?」
カイナの目線が同情するように人形の列へと移った。
「壊されてもうたんや。この墓が発見されて間もない頃、入って来た連中はそれこそやりたい放題だったそうでな。高価そうなもの着てたら剥ぎ取ったり、面白半分に壊したり、いたずらしたり……。うちら騎士団が来てからは、そないな狼藉許さへんへどな」
「それは……イヤな話ね」
話題から逃げるように目を伏せたイリアスからは、その狼藉者に貴族も含まれていることを薄っすら察したからだろう。彼女もそうした連中の嗜虐心の向かう先だった手前、性格については熟知しているはずだ。ガキ以下の嫌がらせなど、人の悪辣な底意を見てきた身からすれば知ったことではなかったが。
「これはマル秘情報やけど、墓守さんたちはアヴァンサ帝の副葬品を通いの教会に祀ってることが多いんや。毎日中央宮殿にはお参りできへんけど地元なら……ちゅう感じやろな。うちらからすれば立派な保護対象やし、この人らがどこに行くのかイリアっちゃんも気になるやろ?」
「カイナ。話し過ぎです」
〈グレイブナイツ〉の水龍ことリンナがたしなめる声で静かに告げる。確かにこの緋色髪の巫女はおしゃべりが過ぎる。が、
「まあまあ。いずれ知ることになるし、あんま深いところ潜ったことなさそうやからレクチャーやん。下手にあのギンギラギンに教育されて、次会う時にパーティ全員が満艦飾になってたらイヤやろ?」
「それは……イヤですね……」
「それに今の内から仲良くなれたら今後も話しやすくなるやん。ライバル組織とはいえ気楽に話せる相手は大事やで」
「楽しく話せる……」
リンナの清流のような瞳がふとミハルクへ向く。気づいた彼はニコッと笑い返した。
「!!!◎Д◎!!!」
フラッ。
「むわーっ! いよいよ何でもないところでコケるんかぁ!?」
「はぁ……ふぅ……め、名案……です。もっと仲良くなれるよう関係を積み重ねましょう。そうです、それしかない……」
「なんやこの湿度!?」
馬鹿馬鹿しいやり取りだが、いざとなればこの二人が龍にも鬼にもなることは方々で聞かされている。どうせ自分は蚊帳の外だし、このまま面倒ごとに巻き込まれぬよう勝手にやらせておくに限った。
やがてマネキンシスターたちの列は――予想通り――小さな教会へと行き着いた。
先ほどの鐘はここが鳴らしていたようだ。今はもう止んでいる。
マネキンたちは敷地内に入ると、すぐには母屋に向かわずまず裏手へと歩いていった。
そこに狭い裏庭があり、花壇がある。
瑞々しいダリアの香りがした。花の匂いを気にするようになったのはいつからか。その名前を心にとどめておくようになったのも。
「わあっ……綺麗」
イリアスが無垢な少女のように歓声を上げる。彼女の感情を如実に表す太眉も感動に垂れ下がっている。確かにこの神が色をつけ忘れたかのような無色の都で、橙色のダリアはまるで燃えているようにそこに咲いていた。
「うむ……! どれも見事な咲き振りじゃ。世話している者の心づくしが伝わってくるようじゃ」
「そうでしょう、そうでしょう。えへん」
ミハルクも嬉しげで、セージュはなぜか誇らしげだ。一瞬ツッコミの一言でも入れようか迷ったが、誰も気にしていないし面倒になったのでやめた。
「ここの花壇はまだ無事なんやな」とカイナも感想を述べる中、マネキンたちはダリアがこぼれんばかりの花壇から一人一茎を切り取り、教会の勝手口へと向かっていく。
それを見ながらリンナが静かに口を開いた。
「橙のダリアはアヴァンサ帝のお気に入りの花で、アヴァンシルの中ではよく咲いています。墓守たちは自ら花を育て、礼拝にそれを備えることが使命となっているのです」
「そうであったか……。300年もそれを……。なんとも……ありがたい話じゃな」
その説明にミハルクがしんみりと言い、改めてマネキンたちを追って教会へと向かおうとした時。
「ん……?」とセージュが足を止める。
ウォードッグが翡翠の目の先を確かめると、オレンジのダリアが咲き誇る一角に、薄ピンク色の一団が混じっている。
「この色は……? 指定した覚えは……」
そこに一人のマネキンがやって来た。礼拝に向かった連中とは異なり、一人ジョウロを手にしている。それが真っ先に水をかけ始めたのが、例の色の違うダリアだ。
(この花の世話係か……?)
ウォードッグは直感的にそう思ったが、口にすべきかどうかを考え――考えるのも面倒になったので、言った。
「花の世話係のようだな」
それが霧を抜けて届いたのか、マネキンはこちらに振り向き、驚いたような仕草を見せた。顔は目の玉すら描かれていないのっぺらぼうなので変化のしようもないが、態度で一目瞭然。フードをはずされても見向きもしなかった他の人形とはどこか違う動きだ。
直後。
「きゃっ、な、な、何?」
イリアスが突然、背中に手でも突っ込まれたみたいに跳ね上がる。
蠢いているのは彼女が背負った荷物入れ。いや、そこにぞんざいに差し込まれた鮫剣ジャーグ・ズーだった。
「イリアス、起動してるぞ!」
ウォードッグの警告も一足遅く、リュックの中から鮫剣が飛び出て地面へと着地する。虚を突かれた誰の反応も遅れる中、それはたった今現れた人形へと向かっていった。
C級とはいえ鮫剣の獰猛さは自律型の中でも群を抜く。人形が切り刻まれるのは確約された未来に等しかった。が、
「なんやて!?」
驚くべきことがそこで起こった。鮫剣は人形に襲い掛かるどころか、子犬がはしゃぐかのように、それの周りをぐるぐる回りはじめたのだ。
人形の方もそれを目で追いかけ、嬉しそうにさえしている。
「ど、どうなっておるのじゃ、これは……」
「わかりません。この人形が鮫剣の主だったとしか……。しかし……」
いつも何でもお見通しのツラをしているミハルクとセージュが珍しく慌てている。
だが、彼女の言ったことがここで一番腑に落ちた。この人形が鮫剣ジャーグ・ズーの主――。
「あり得ないでしょ、そんなの……」
「いや、わからんぞ」
唖然とするイリアスに、もう腹の置き場を整えたらしいミハルクが一言添える。
「この薄桃色のダリアは、そなたが植えてくれたのじゃな?」
そして彼はあろうことか、花の世話係の人形にそう話しかけた。
「――――」
これまた信じられないことに人形は――コクコクとうなずいた。
誰もが唖然とした。
「陛下の好きな花色以外を植えるとは、何という傲慢……」
ただ一人、セージュが憤慨したように口を挟む。
「わしはこの色も好きじゃよ。いかに好きな花でもずっと同じ色ばかり見ていては飽きてしまうしのう」
――コクコク。
「ミハルク様の言う通り。素晴らしい心遣い、褒めてつかわす」
相変わらずの手のひらクルクル娘。あれで悪びれもしれないのだから性格が太すぎるというか、捻転している。
「300年も祈りを捧げておったのじゃ。人形とて、心の方が後から生えてきても不思議はあるまい。ありがとうよ。そなたのおかげで魔導大帝も快眠スッキリじゃ」
ミハルクがニッコリ笑うと、人形は照れ臭そうに両手で顔を覆う仕草まで見せた。
息遣いすら感じる一つ一つの動作。信じがたい。だがそんなことがこの子供と出会ってからずっと続いている。
「やっぱり南部エリアは特別なとこやな――」
カイナが驚き呆れたセリフを場に吹き込んだ、その直後。
突然、教会の中で何かが壊れる大きな音がした。
「どうした!」
ミハルクが即応し、裏口から駆け込む。ウォードッグ以下、他の者たちが一斉に続くのを一人――いや一振り追い抜いて突き進んでいったのは鮫剣ジャーグ・ズー。
“彼”とミハルクに続いて教会内へと飛び込んだウォードッグが見たのは、滅茶苦茶に荒らされた長椅子の残骸だった。
ゴウルルルル……。
鯨がのどを鳴らすかのような、野太く湿った音が耳に塗られる。さらに突き進んだ鮫剣に追いやられるように、何かとてつもなく大きなものが正面扉から出ていく気配があった。
「シスターたちは無事か!?」
ミハルクが慌てて周囲を見回す中、「こっちだ」とウォードッグは顎で、祭壇の脇に怯えるように身を寄せ合っているマネキンたちを示した。
「全員無事だ。危機から逃げるくらいの能はあるらしい」
ここに来るまでに数えておいたカンテラの数と一致。幸い、被害者はいない。……幸い? 被害者? ただの人形に?
「よかった……」
イリアスまでもが人形の無事に安堵している。あのダリアの人形を見た後ではこうもなるか。
「一体、何が起こったっていうの? ウォードッグ、あなたは何か気づかなかった?」
「さっき、大きな何かが外へ出ていく気配があった。何かはわからないが……」
雇い主の質問に答えたウォードッグの所感に、「わかる」と重なる声があった。
鮫剣がその何かを追って出ていった戸口の方をじいっと見つめていたカイナだ。
「あの音はB級魔導剣の呑剣モビー・ゲーインや。あれもはぐれの自律型で、後継者パーティの突然の失踪はだいだいこいつが関わっとると言われとる。騎士団の方でも散々探しとったが、まさかこんなところで見つけるとはな……!」
無口だけど色々考えてはいるウォードッグ。




