第十二章 自律思考型C級魔導剣「鮫」
スッパシャ!(スーパーシャークの意)
「自律型!? 勝手に動いてるってこと!?」
再び着水――いや着地して石畳を泳ぎ始めた鮫剣に対し、イリアスの驚いた声が浴びせられる。
C級魔導剣、鮫剣ジャーグ・ズー。
その一番の特徴は、持ち手の最初の指示に呼応してひとりでに敵を求めて動き回ること。遠隔操作ではないため持ち手の視界外でも俊敏に獲物を追う強行防衛型。性格は極めて獰猛で、拠点の前に二、三本撒いて守らせることを想定して造られた。
大帝の記憶から以上の情報を引き出しつつミハルクは目を凝らす。
鮫剣ジャーグ・ズーは片刃剣の切っ先のみのような奇妙な三角形をしている。特殊な用途ゆえに柄は存在せず、立った姿勢で刃が地面を滑っている。実際にサメが地面に潜って剣を運んでいるわけではない。さっき飛び上がり際に見えたような気がしたサメは、あれにまとわりついていた霧の塊が見せた幻だったようだ。釣り、イクナイ!
「まさか、もう他の後継者からの妨害なの?」
イリアスが慌てて周囲を見回している。墓荒らし同士はルール無用。いかなる妨害行為も自己責任で可能だ。
「フカいなヤツじゃな!」
「シャークにさわりますね」
「余裕あるわねあなたたち!」
そうツッコミを入れてきたイリアスに、冷静なカイナの声が向かった。
「使い手を探しても無駄やで。多分もうここにはおらん」
「なんですって?」
「妨害を仕掛けるにしても早すぎる。あの鮫剣はまったくの別件。持ち主はずっと前に自律型の魔導剣を囮に逃走、あるいはやられた……。そういう“はぐれ魔導剣”がアヴァンシルにはよくあるんや」
「ウソ! そんなの見たことないわよ」
「イリアっちゃんは墓の浅いところまでしか探索しとらんから知らんだけや」
格上の相手から容赦なく指摘され、イリアスは言葉に詰まった。
「奥に行くほどああいう“迷惑な遺品”が増える。まさか未踏破の南エリアにまで入り込んでるとは思わんかったけどなあ。墓荒らしがみんな魔導剣持ってるっちゅうんが、ここに来て特大のペナルティになっとるんや。〈ノーブルオーダー〉になった以上、このことは心に刻んでおき」
「うっ……。わ、わかったわ……」
主を失くした鮫剣が再びこちらへと向かってくる。
文字通り全身凶器。当然、対処の仕方も通常とは勝手が違いすぎ、ミハルクたちはひとまずその直進路から大きく身をかわして攻撃をやり過ごすしかない。
アヴァンサ帝の時代の“ひとりでに動く剣”というのはまだまだ試験的で、半日も使えば機能を停止してしまっていた。だがカイナの話を聞く限り、この300年でその弱点は克服されたらしい。
「生臭い剣はどうも苦手でね。吾輩は極上なる別ルートを使わせてもらうことにするよ。幸運を!」
そんな声が背後から聞こえたと思ったら、ド派手な満艦飾男が脇道へと駆け出していく姿が見えた。気づけば背後にあれだけついてきていた後継者たちもすっかりいなくなっている。
「わ、わたしたちに面倒ごとを押し付けた!?」
「そらそやろなあ」
こんなところで足止めを食うわけにはいかない。全然仲良しじゃないからこその墓荒らしたちの合理的判断だった。
鮫剣もすっかりこっちをターゲットと見なしてしまったらしく、他のパーティを追いかけていくようなことはない。目の前のメインストリートを悠然と泳ぎながら、こちらの隙をうかがっている。
「持ち主がいないのであれば、あれは打ち返してしまっていいでしょう」
そう言いながら、睨み合いを数秒と待たずに前に踏み出た者がいる。
鎧剣ガルガチュアを肩に軽々担いで歩いていくセージュに、リンナから慌てて警告が飛んだ。
「危険です。鮫剣は生き物のように動きますから、手を出すのは相手の動きをよく観察してからでないと……」
「もう見た」
彼女の無造作な足は止まらない。鮫剣もそれを最初の獲物と見なしたようだ。回遊の速度が上がる。
「ミハルク君、あの子本当に大丈夫なん? 持ってる得物からして、ただ者やないとは思うけど……」
「うむ。まあ見ておけ。いかに鮫剣が俊敏に動こうと、それだけでわが友は捉えられんよ」
鮫剣ジャーグ・ズーが、獲物を追う速度で迫る。正面でそれを捉えながら、セージュは大剣を肩から降ろし、切っ先を背後に寝かせる脇構えに置いた。
見るからに薙ぎ払いの態勢。確かにあのとてつもないリーチならば鮫剣よりも先に攻撃を当てることができる。
セージュと鮫剣の間に、剣の世界が広がるのをミハルクは感じた。
剣の呼吸。呼気に合わせて縮小拡大を繰り返す制空権を展開し、立ち入った者は直ちに迎撃される。
互いの支配域がみるみるうちに接近、その後、接触。
勝負!
「ふッ!!」
短い息吹と共にセージュから横薙ぎの一閃。重量感を纏わせつつも、とても幼女が繰り出したとは思えない鋭い一撃がサメの背びれへと肉薄する。
実際に地面に潜れるわけではない以上、右も左も逃げ道はない。地上でかわすことは不可能――。
瞬間。
サメが跳んだ。
足をすくう斬撃の上を通り、持ち手無き刃がセージュの頭部めがけて襲い掛かってくる。
肉厚の刃が子供の頭蓋を、いや上半身までを縦に割り裂くまで残り一瞬。しかしその刹那にセージュは体勢を前に傾け、鮫剣が落ちてくる位置に鎧剣ガルガチュアの長い柄の先端をそっと差し出す。
ガイン! と壮絶な金属音が鳴り、鮫剣が弾かれた。
「わたしの上を取るなど千年早い」
一撃目は撒き餌。カウンターこそが彼女の狙いだった。
柄に盛大に弾かれ、再度落ちて来た“彼”を、ゴツめの短靴を履いたセージュの足が即座に踏みつける。
これまで縦横無尽に地面を滑っていたサメの背びれも、寝かされてしまえばそれまで。ただビチビチと激しく抵抗し、ともすればセージュの幼い肢体など簡単に跳ね上げてしまいそうではある。
「ミハルク様!」
「応!」
ミハルクは素早く鮫剣に駆け寄り、刀身に直に触れて内部の伝導系を確認した。
(ブラックボックスの構造は300年前とほぼ変わっておらんようじゃな。これなら……)
伝導系に新たな指示を通達。すると、それまで暴れていた鮫剣はピタッと止まった。
ミハルクはセージュと顔を見合わせ、二人で拳を掲げ勝利の、
『コロンビア』
「すごいけど何なの!?」
などと律儀にイリアスがツッコミを入れてくれたが――。
「やるやん君ら!」
そんな彼女を押しのけるように、カイナとリンナが駆け寄ってくる。
「鮫剣にカウンター合わせたセージュちゃんもただ者やないけど、ミハルク君はこれどうやって大人しくさせたん? 自律型は持ち主が指示せんとずっと暴れ続けるから、捕まえてからも大変やのに」
「なあに、剣も人と同じで突かれると弱いところがあるんじゃ。そこを、ちょいとな」
「よ、弱いところを的確になんて……そんな……」
「…………」
「リンナちゃんとイリアっちゃんは何赤くなっとんねん……」
「それでミハルク様。この狼藉者はどうしましょう」
セージュは動かなくなった鮫剣を見下ろす。
「ふむ……。イリアス、これはどうしたもんじゃ? 破壊してしまうのか?」
「え、えと……この場合は……」
「回収するんやよ」
言い淀んだイリアスに代わって答えてくれたのはまたもカイナだった。何だかさっきから彼女がリーダーポジションに就いている気がする。
「はぐれの自律型魔導剣は特に危険やからな。持ち帰ればそっちのボスからボーナスもらえると思うで。ほい、イリアっちゃん。未踏破地区とはいえ、初回の探索で戦利品があったのは運がええなあ」
慣れた手つきでひょいと剣を拾い上げた彼女から、ジョー談みたいな形の刃を受け取るイリアス。
「あ、ありがと……。……あと色々教えてくれたことも……」
「なんやそんなこと。ええんやで。わからんことがあったら何でも教えたるから、これからも仲良うしてこうなあ」
どこまでも親しげににっこり笑ったカイナに、イリアスが戸惑い気味に頬を赤らめた時。
「――だが、妙じゃないか」
冷めたウォードッグの声が、二人の間にあった生ぬるい空気を散らした。
「何が妙や! 女の子同士の会話に割って入るなんて甘い空気吸いたないんか!?」
「知らん。それより、さっき霧の中に消えていった連中だ。鮫剣にやられたにしては、そいつに返り血がついていない」
『!!』
そう言えば……と皆でイリアスが持っている鮫剣に注目する。長らくここを彷徨っていたらしい小さな傷はあれど、血糊の類はついていない。あれだけの人数を襲撃すれば血臭もむせるレベルのはずだ。
「他におるな……。大人数を一瞬で黙らせてしまえるような何かが……」
ミハルクが警戒の網を周囲に張り直した直後――。
ガァン、ガァン……。
霧にけぶる街並みに突如として古い鐘の音が響き渡った。
正午を知らせたサクセルの鐘とは明らかに音色が違う。
そうして――。
「! 誰か来るわ……!」
大通りの霧の奥から近づいてくる小さな光を、イリアスが最初に見つけた。
初めは一つだった光点は、徐々に二つ三つと数を増やしていき……。
何事もなく道を曲がり、そのまま別のルートへと流れていってしまった。
「え? 行っちゃったわ……」
「あれはもしかして……。イリアっちゃん、行ってみるで!」
なぜかカイナに仕切られつつ、ミハルクたちはその光の列を追った。
霧の中でその正体にたどり着くのは簡単だった。光の移動はゆったりしていたし、こちらから逃げる気配もない。
フードをかぶった、修道女の一団――。
光の正体は彼女たちが各々持つカンテラだった。
「ひ、人……!? どういうこと、これ……!」
戸惑うイリアスと目を合わせつつ、ミハルクも彼女と気持ちを同じにする。あの親切な古本屋の婦人ショールによれば、この墓の中には誰も住んでいないはずだ。住めるような安全性でもない。それなのになぜ……。
「すんませーん。もしもーし」
葬列のように粛々と進む列に、畏れ知らずにカイナが声をかけた。が、返事はない。
「失礼します」
リンナが独りの修道女に近づき、フード型の頭巾をそっとずらした。
『!!?』
中から出てきたのは、目も鼻の孔も口も埋まった、のっぺりとした顔。
「に、人形じゃと……」
人間ではなくマネキン。
フードをずらされたことを気にも留めず、マネキンの列はしずしずとどこかに進んでいく……。
イリアス「このサメどうやって持つの……」




