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消失と最大出力

「トウマ! あなたは大人しくそこらの物陰に隠れていなさい! 私の足手まといにだけはならないことね!」


「言われなくてもそうします! お気になさらず!」


僕は一目散に、近くにあった大型の木箱の裏へと滑り込んだ。霊力ゼロの僕にできることなんて、最初から何一つない。


ここからは、学園カースト最上位にして、最高位アニマである彼女のワンマンステージだ。


石像が咆哮のような地鳴りを上げ、その巨体に似合わない速度でシュリへと突進した。岩石の拳が、空気を切り裂いて彼女の脳めがけて振り下ろされる。


「羽虫が、調子に乗るんじゃないわよ!」


シュリは身軽な動作で真後ろへと跳躍し、その一撃を紙一重で回避した。


直後、彼女のいた床が爆音と共に粉砕され、大量の石の破片が弾け飛ぶ。大迫力だが、巻き込まれたら確実に消し炭になるだろうという恐怖感の方が勝つシーンだ。


着地と同時に、シュリが指先を石像へと向ける。


「──砕けなさい!」


シュリの超絶的な霊力が炸裂した。


彼女が操る『真空破』。目に見えない絶対的な衝撃波が、大気を激しくねじ切りながら石像の胸へと着弾する。


ドゴォォォン!


凄まじい衝撃音が倉庫内に響き渡り、漆黒の石像の右半身が派手に消し飛んだ。


よし、やった──そう思ったのも束の間、床に転がった石の破片が、生き物のように蠢いて再び石像の身体へと吸い込まれていく。


「嘘、再生した……!?」


一瞬で元の姿に戻った石像は、さらにその数を二体、三体へと増殖させ、シュリを囲むようにして迫ってきた。と同時に、砕けた床の破片から巨大な瓦礫が、凄まじい風切り音を立ててシュリへと飛ばされる。


「危ない! シュリさんこっちに──」


叫ぶと同時に、僕は物陰から必死に手を伸ばした。本来の主従関係の兼ね合いだろう。僕の声が命令となり、魂の鎖を通じて彼女を捉え、身体がこちら側へと強引に引き寄せられる。


勢い余って、シュリは僕の胸の中へと真っ直ぐに飛び込んできた。押し倒されるような格好になり、床に背中を打ちつける。


僕の腕の中にすっぽりと収まり、ゼロ距離で僕の制服にしがみつく形になった女王様は、一瞬だけ呆然とした後、顔を耳の裏まで真っ赤に染め上げた。


「な、何させるのよ、この変態!」


「いや、危なかったから……すみません」


いつもは高圧的な彼女の、驚くほど柔らかい身体の感触が制服越しにダイレクトに伝わり、至近距離から女の子らしい甘い熱気が僕の鼻腔をくすぐる。


だが、肌の合わせ方に照れている時間は一瞬たりとも与えられなかった。間髪入れず、増殖した石像たちの次なる猛攻が、床を砕きながら僕たちのすぐ近くへと迫り来る。


「くっ……離れなさい!」


シュリは慌てて僕の身体を押し退けて立ち上がると、衣服の乱れを直す間もなく、再び敵に向かって果敢に立ち向かっていった。


しかしおかしい。シュリの実力は人間で言えばAランク、アニマとしても誰にも負けたことがない。ここまでてこずるはずが……。


「くっ、こいつら、全然こちらの攻撃が効いていない!」


シュリが忌々しげに唇を噛んだ。額にうっすらと汗を浮かべ、その呼吸が乱れ始めていた。


「ハァ、ハァ……しつこいわね……!」


シュリは三体に増殖した石像の猛攻を紙一重で捌き続けていた。


真空の刃で敵の足を切断し、動きを鈍らせるが、結界に霊力を吸い取られているせいで決定打に欠ける。完全にジリ貧だ。このままでは霊力が尽きるか、その前にやられる。


(どうする。僕に何かできることは──)


物陰から戦況を必死に見つめていた、その時だった。


シュリが前方の二体の猛攻を真空破で押し返した、まさにその瞬間。


彼女の完全な死角である真後ろ──床の影から、もう一体の石像が音もなく出現した。その手には、禍々しい漆黒の霊力で形成された、不可視の鋭い刃が握られている。


(まずい、後ろ──!?)


シュリは前方の敵に全神経を集中させており、背後の奇襲に全く気づいていない。


叫んで知らせても間に合わない。あの速度の突きを喰らえば、彼女とて無傷では済まない。ここで僕たちの命運が尽きる。


「動け、僕の魂……!」


僕は物陰から飛び出し、あるのかないのかもわからない力を限界まで引き絞った。


アニマは本来、この現実世界とは異なる『異空間』に暮らしている。


だったら──あっち側の空間へ押し込むことだってできるはずだ。この学園のイキリ術者たちがアニマを出しっぱなしにしているのとは真逆の、アニマの本来のシステムを利用する。


「シュリさん、そのまま消えてください!」


叫ぶと同時に、僕とシュリを繋ぐ首筋の紋章が、爆発的な光を放った。


シュリの背後に迫っていた不可視の刃が、彼女の華奢な背中に突き刺さる


──その直前。


フッ、と。 シュリの身体が、現実世界から完全に消失した。


「なっ──!?」


影から奇襲を仕掛けた石像の刃が、何も存在しない虚空を虚しく切り裂く。


シュリの身体は、僕が強引に開いた魂の回路を通じて、アニマが本来暮らすべき『異空間』へと一時的に退避していた。


現実世界の物理攻撃も霊力攻撃も、次元の壁を越えて彼女に届くことはない。


不可避の絶体絶命の危機を、僕はアニマの基本システムを利用することで、完全に透過して見せたのだ。


「おかえりなさい、シュリさん!」


次の瞬間、僕は再び召喚をする。前に訓練場でやったことの再現だ。


空間がパチリと弾け、元の場所にシュリが再び姿を現す。彼女は自分の身体を見つめ、それから信じられないという目で僕を振り返った。


「あなた……今、私をあっちの空間へ引っ込めたの!? 術者でもないのに、そんな荒技……!」


「いえ、今は術者です! シュリさんのサポートを全力でします!」


「あなた……」


驚愕するシュリの前で、四体に増えた石像が再び忌々しげに身構える。


カッコつけてみたものの、僕の身体にも、今の無茶なアニマの召喚の負荷がドッと押し寄せていた。全身の血管が焼き切れるような熱さと、強烈な目眩。慣れないことをした代償だ。


「……ハァ、ハァ……。シュリさん、もう一発、デカいのをぶち込んでください。なにかあっても、僕が何とかします」


体力的には限界の、精一杯の強がり。しかし、僕には自信があった。僕は物静かに、だが確固たる決意を込めて笑ってみせる。


シュリは一瞬だけ呆気に取られたように琥珀色の瞳を揺らしたが、すぐに不敵な、傲慢な笑みをその唇に宿した。


金髪のツインテールが、今までにないほど力強く跳ね上がる。


「いいわ。パシリのくせに、生意気な口を利くじゃない。──私の最高の出力、見せてあげるわ!」


シュリが両手を前に突き出し、最大級の霊力を練り上げる。


同時に、僕は自分の魂を完全に解放した。


「──吸い尽くせ!」


僕の身体を中心に、目に見えない巨大な「大穴」が具現化する。


部屋全体の防衛術式、霊力阻害の結界、形成された霊力に至るまで、この空間に存在するすべてのエネルギーが、暴風となって僕の内側へと強制的に吸引されていく。


霊力がないなら、この空間ごと、僕の穴で全部吸い上げればいい。


「が、はっ……!?」


内臓を雑巾のように絞られるような激痛。だが、僕は意識を保ち続けた。


僕が部屋の結界の霊力を限界まで吸い尽くしたその瞬間、僕の中の歯車のようなものが一瞬だけガチリと止まる。結界が完全に壊れ、石像たちの動きがピタリと静止した。


今だ。


「喰らいなさい!」


結界の呪縛から完全に解き放たれたシュリの霊力が、今までにない桁外れの超出力となって解き放たれた。


彼女が放ったのは、ただの真空破ではない。


空間そのものを文字通り消滅させる、絶対的な無の衝撃。


「不可視の絶界アブソリュート・ゼロ!」


音すら置き去りにする衝撃が、美術倉庫内のすべての光景を一瞬だけ白黒に反転した。


増殖していた四体の漆黒の古代石像は、再生の隙すら実質的に与えられず、粉々に粉砕され、霧となって消滅した。


それだけではない。僕たちの行く手を阻んでいた重厚な鉄扉までもが、シュリの超出力の前に紙切れのようにへし折られ、遥か彼方の廊下まで吹き飛んでいった。


部屋を覆っていた禍々しい霧が晴れ、差し込んできたのは、壊れた天井の隙間から漏れる昼の光だった。


「はぁ……はぁ……、やった、のか……?」


僕はその場に膝をつき、激しく息を切らした。全身が筋肉痛のような熱さに苛まれているが、不思議と心地よい達成感があった。


二人の協力による、最大出力。想像以上の大戦果だ。


「……信じられない。私の霊力が、あなたと混ざり合って、あんな出力になるなんて……」


シュリもまた、自分の手のひらを見つめながら、驚きを隠せない様子で立ち尽くしていた。



「すごーい! やっぱり二人が一緒にいるの、絶対何かあると思ったんだよねー!」


パチパチパチ。


へし折れた鉄扉の向こう──薄暗い廊下から、緊張感の欠片もない能天気な拍手の音が響き渡った。


煙が引いていく廊下の中心に立っていたのは、さっきまで「扉が開かないよー!」と外で大騒ぎしていたはずのミナだった。


彼女は恐怖に震えるどころか、見たこともないほど目をキラキラと輝かせ、満面の笑みを浮かべている。その手の平の上には、小さな、しかしドロドロとした怪しげな液体状のアニマがゆらゆらと揺れていた。


「ミナ、さん……? 無事だったんですね、良かった……って、そのアニマは?」


「良くないわよ、トウマ! この女の顔をよく見なさい!」


シュリが鋭い声で僕を遮り、殺意の籠った視線をミナへと向けた。


「あはは、バレちゃった? そう、この『呪いの石像』を外から操作して暴走させたの、私の仕業なんだよね!」


ミナは悪びれもしない様子で、ケラケラと笑った。


「だってさー、学園一の天才で傲慢なシュリ様が、なんで万年ゼロのトウマくんの隣にずっといるのか、不思議でたまらなかったんだもん。神代ちゃんたち一軍女子を威嚇してまでトウマくんを守るなんて、絶対におかしいじゃん? だから、二人を外から閉じ込めて追い込めば、隠された本性が暴けるかなーって!」


笑顔でさらりと恐ろしいサイコパス発言をのたまうクラスメイト。


つまり、この美術倉庫の怪奇現象も、閉じ込められたトラップも、すべてはミナが自分のアニマの力を使って外から仕組んだ自作自演のシチュエーションだったのだ。


二人の隠された力をあぶり出すためだけに、命がけの舞台を用意したというわけだ。


「……あなた、自分が何をしたか分かっているの?」


シュリの首元のチョーカーが、彼女の怒りに反応してピキピキと音を立てる。彼女が指先をミナに向け、今度こそ本気で吹き飛ばそうとした、その時。


「あはは! 私を消しちゃってもいいけど、そうしたら二人の怪しい共闘と、トウマくんの謎のヤバい力、全校生徒に言いふらしちゃうよ?」


ミナは人差し指を唇に当て、いたずらっぽくウインクしてみせた。


「でもでも、私を仲間に入れて、これからも面白いことに巻き込ませてくれるなら、この秘密は墓場まで持って行ってあげる! ねえ、いいでしょ?」


無邪気な笑顔の裏にある、完璧な脅迫。


僕とシュリは、お互いに顔を見合わせ、同時に深い、深い溜め息をつくしかなかった。


僕たちの学園生活。平穏な日常への道は、どうやらこれまで以上に、遠く険しいものになりそうだった。

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