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最大出力の解放

「ハッチは開けたぞ。この下だ、トウマ!」


ハルトが制御盤の裏にある隠し床板を強引に引き剥がし、地下へと続く狭い垂直梯子を指し示した。


「上は僕が破片の軌道を可能な限り逸らす。お前は地下の核を……その、何とかして止めてくれ。お前にしか頼めない」


「分かった。ハルトは上をお願い」


僕は短く応じると、迷うことなく暗いハッチの中へと飛び込んだ。


梯子を一気に滑り降り、スタジアムの真下に広がる巨大な地下空間へと着地する。


そこは、文字通りの地獄絵図だった。


先ほどミナが外壁から叩き込んだ天災的な怪力によって、天井を支える太い鉄骨は飴細工のようにひしゃげ、コンクリートの壁には無数の巨大な亀裂が走っている。学園長が敷設した金属製の霊力パイプは至る所でへし折れ、内部から噴き出した行き場のない霊力の火花が、バチバチと激しい音を立てて空間を焼き焦がしていた。


その破壊された空間の中心部に、それはあった。


直径数メートルはある、禍々しい深紅の光を放つ球体──『霊力循環吸着陣』のエネルギー核だ。


数万人分の観客から強引に搾取され、行き場を失った澱んだ霊力が、泥水の渦のようになって球体の内部で狂ったように暴れ回っている。


ここから太い霊力の動脈が地上の神代の指輪へと繋がっており、今やその回路全体が過負荷で臨界を迎えようとしていた。


キィィィィンという、アニマの断末魔のような高周波の軋み音が地下空間に響き渡る。あと数十秒で、この核が内部から爆発し、スタジアム全体を跡形もなく吹き飛ばすだろう。


(やるしかない……!)


僕はひしゃげた鉄骨の隙間を潜り抜け、猛烈な熱波を放つ深紅の核へと肉薄した。


普通の人間の術者なら、この高濃度の霊力の大気に触れるだけで魂を焼き切られるに違いない。


けれど、生まれつき霊力測定値ゼロ──その実態は底なしの『マイナス』である僕の魂は、この絶望的なエネルギーの圧力を前にしても、傷一つ負うことはなかった。


僕は覚悟を決め、狂暴に明滅する霊力核へと、両手を真っ直ぐに突き入れた。


「──吸い尽くせ」


僕の言葉と共に、僕の内奥でカチリと、決定的な歯車が噛み合う音がした。


いつもは日常の平穏を維持するために、胸の奥で頑丈に蓋をしていた底なしの『大穴』。その絶対的なマイナスの霊力を、僕は自分の身体を通じて、スタジアムの血管であるこのシステムへと、一気に、かつ完全に解放した。


フッ──。


スタジアム全体の明かりが、世界の法則そのものが一瞬だけ停止したかのような、奇妙な無音の衝撃。

次の瞬間、世界のベクトルが完全に真逆へとひっくり返った。


地上で、空中で、観客席で──スタジアムのあらゆる場所に霧となって荒れ狂い、神代のアニマへと注ぎ込まれていた「吸い上げられた他人の霊力の奔流」が、目に見えない巨大な重力に引きずられるようにして、猛烈な勢いで逆流を始めたのだ。


数万人分の澱んだ霊力の激流が、地下の核を経由して、僕というたった一人の人間の内奥へと、滝のようにズズズと強制吸引されていく。


「が、はっ……ああぁぁっ!?」


内臓を燃える雑巾のように雑に絞り上げられるような、凄まじい激痛が全身を襲った。


いくら底なしのマイナスとはいえ、数万人分の他人のエネルギーを一度に引き受ける負荷は尋常ではない。全身の血管が引き千切れそうなほどの熱さに苛まれ、視界が真っ赤に染まる。


歯を食いしばり、血が滲むほどに拳を握りしめて、僕はその泥水の奔流を強引に自分の『空白』の中へと呑み込み続けた。


僕が空間のエネルギーを根こそぎ吸い尽くしたその瞬間、地上の術式回路の歪みが完全にリセットされた。


神代の指輪へと流れ込んでいた不正な霊力の供給が、大元の核ごと完全にストップしたのだ。



同時刻、地上のフィールド。


「……え?」


暴走するクリスタル蝶のエネルギーの嵐の中で、シュリは自身の首元が、焼け付くような猛烈な熱を帯びたことに気づいた。


黒いレザーのチョーカーの裏側──トウマによって刻まれた『絶対遵守の紋章』が、かつてないほどの鮮烈な光を放ち、彼女の魂を激しく揺さぶっている。


紋章を通じて、彼女の胸の奥にダイレクトに流れ込んできたのは、地下の暗闇で一人、数万人分の澱んだ霊力を命懸けで引き受けている、あのパシリの少年の強烈な意志だった。


(トウマ……あなたが、この空間の歪みを全部、引き取ったのね……!)


周囲を見渡せば、先ほどまで神代のアニマに注がれていた不気味な霊力の奔流が、一滴残らず足元の床へと吸い込まれて消え去っていた。学園長の用意した醜悪なシステムは、今や完全に沈黙している。


他人の霊力というガソリンを絶たれた神代の巨大なクリスタル蝶は、自爆のエネルギーを失い、苦しげに羽を震わせながら空中で激しく縮小を始めていた。


だが、すでに臨界点を超えて傷ついたアニマの暴走は止まらない。他人の霊力が消えても、今度は神代自身の魂を蝕みながら、最後の自滅の光を放とうとしている。


「助けて……シュリ、助けてぇ……!」


結晶の嵐の中心で、神代が涙を流しながら絶叫する。


「……生意気よ、トウマ。パシリのくせに、私にこんな最高の舞台を用意するなんて」


シュリは一瞬だけ呆気に取られたが、すぐにその唇に、いつもの傲慢で不敵な笑みを宿した。


不正な呪縛から完全に自由になった彼女の野生の霊力が、地下のトウマのマイナス引力と、紋章を通じて完璧に同期した。


出力のシュリと、吸収のトウマ。


二つの相反する魂の波長が重なり合った時、彼女の体中から、今までにない桁外れの超出力が解き放たれる。


「私の最高の輝き……その目に焼き付けなさい、羽虫ども!」


シュリが両手を前方に突き出した。


放たれたのは、ただの真空の刃ではない。トウマの絶対的な引力と混ざり合い、空間そのものを文字通り無へと帰す、究極の絶界。


「不可視の絶界アブソリュート・ゼロ!」


音すら置き去りにする衝撃が、スタジアム内のすべての光景を一瞬だけ白黒に反転させた。


暴走し、神代を飲み込もうとしていたクリスタル蝶の巨体は、叫び声を上げる隙すら実質的に与えられず、その凶悪なエネルギーだけが根こそぎ綺麗に消滅した。


神代の指に嵌まっていた銀色の指輪も、術式の反転に耐えかねてパリンと音を立てて粉砕される。


フィールドを荒れ狂っていた結晶の嵐が、霧が晴れるように一瞬で消え去り、中央には、アニマを失って気を失った神代の身体だけが、無傷で静かに横たわっていた。


静まり返るスタジアム。


天井を覆っていた結界までもが、シュリの超出力の前に紙切れのようにへし折られ、粉々に砕け散って青空が覗いた。


壊れた天井の隙間から、温かい昼の光がフィールドのシュリへと降り注ぐ。


二人の少年の裏舞台での暗躍と、女王の最大出力による、完璧なる勝利。


静寂の後、スタジアム全体から、地響きのような、割れんばかりの大歓声が沸き起こった。

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