呉越同舟
新聞部の副部長が突き出してきた情報端末の画面には、スタジアムの地下構造を模した複雑な術式図面が、不気味な明滅と共に映し出されていた。
それは、つい先ほど観客席の隅でハルトが僕に見せてくれた、あの『霊力循環吸着陣』の設計データそのものだった。
ハルトが資料室の古い回顧録から割り出した学園長の陰謀を、新聞部はスタジアムの配線への直接ハッキングという、実に彼ららしい泥臭いパパラッチ行為によって物理的に掴み取っていたわけだ。
「これ……学園長の隠しサーバーから暗号通信で流れていた裏データです。あのクソ学園長、中央の教育委員会に特進クラスの実績をアピールするために、とんでもない大がかりなサクラを仕込んでやがったんですよ」
副部長は眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら、形を歪めて不敵に笑った。
「スタジアムの全座席から、フィールド上にいる神代たち特定の広告塔アニマへ一括して強制譲渡するシステムだ。中途半端な優秀な生徒をたくさん並べるより、圧倒的な強者を数人無双させた方が、中央の重鎮たちへの見栄えが良い、という極めて打算的で世知辛い実績偽装計画ですよ」
隣に立つシュリを見ると、彼女は腕を組んだまま、氷の彫刻のように冷ややかな無表情を保っていた。
「私にも話が来たわ。断ったけど」
「シュリ様に!」
「広告塔になるなんてお断りだから、話は蹴ったけど。……それで? その腐った大人の小細工が、私たちと何の関係があるのかしら」
「大ありですよ、シュリ様。僕たち新聞部にとって、君たちの交際疑惑なんていう小さな学内ゴシップよりも、学園長が全国中継の御前試合で全校生徒を騙して実績偽装を行っているという不祥事の方が、教育界を揺るがす桁違いの特大スクープなんです。もしこれが記事になれば、僕たちは歴史に残る報道ができる」
副部長の目が、ゴシップ屋としての本能的な、そしてひどく歪んだ報道のプライドでギラギラと輝き始める。
「ですが、一介の部活である僕たちが単独でこんなものを告発したところで、世に出す前に学園長権限で握りつぶされ、部自体が解散させられて僕たちは全員退学処分です。相手は学園の絶対的なルールそのものだ。まともに戦っても勝てるわけがない」
副部長はそこで言葉を区切ると、僕とシュリの顔を交互に見つめ、さらに笑みを深くした。
「だから、頭を切り替えたんです。──あの規格外の女王を巻き込んで、学園長を正面からハメ殺そう、とね」
「ハメ殺す、ですか」
「えぇ、そのために姿の見えないアニマの弱みを握ろうとしたんです。失敗しましたが」
副部長は力強く頷いた。
「そうだ。君たちは今回の御前試合、何が何でも優勝して地下にある『全アーカイブ』の閲覧権が欲しいんだろう? 噂は聞いてるよ。なら学園長のこの不正システムは邪魔なはずだ。何しろ、決勝戦で当たるであろう神代のアニマは、数万人分の霊力をブーストされた化け物になってるんだからな。……そこでだ、僕たちに協力しろ。秘密の休戦協定さ」
副部長が提示した「作戦」の内容は、極めてシンプルで、かつ大胆なものだった。
「僕たち新聞部が、明日からの本戦中、実況・報道ブースを完全に占拠する。表向きは普通に試合を全国中継しているように見せかけて、裏で学園長の実績偽装の決定的な証拠や、地下の吸着陣の稼働映像をすべて裏の回線で録画・保存する。君たちは表のフィールドで、その小細工を正面から粉砕して実力で勝利を掴み取ればいい。利害は一致しているはずだ」
昨日の敵が、共通の巨大な敵を倒すために、最も心強い協力者へと転じる瞬間だった。
彼らの目的はあくまで「誰も文句の言えない歴史的スクープ」であり、僕たちの目的は「全アーカイブ」の奪取。
お互いの求める報酬が全く被っていないという点において、この取引は成立していた。
シュリは少しの間、沈黙を守っていた。
薄暗い旧放送機材室の中に、チクタクと部員たちの時計の音だけが響く。彼女の瞳が、端末の図面と、僕の顔を静かに行き来した。
彼女が一人で抱え込んでいた「学園長への不信感」と「アーカイブへの執念」が、この新聞部の持ちかけた不敵な取引によって、明確な反撃のルートへと昇華されていくのが、僕たちの間に結ばれた紋章の繋がりを通じて伝わってくる。
「……いいわ。どうせ私のやることに変わりはないんだから、乗ってあげる」
シュリは副部長を冷酷に見下ろした。
「ただし、私の戦いの邪魔をしたり、その安物のレンズで私をこれ以上盗撮しようとしたら、学園長よりも先にあなたたちを真空の彼方に消し飛ばすから、そのつもりでいなさい」
「フフ、交渉成立ですね。完璧なスクープの舞台を用意してみせますよ、女王様」
薄暗い旧放送機材室の中で、僕たちの奇妙な同盟が結成された。
学園のカーストを牛耳る絶対的な支配者に対抗するため、パシリと女王、そしてゴシップ屋たちの歪な歯車が、最悪にして最高の形で噛み合おうとしていた。
「じゃあ、作戦は明日からの本戦トーナメント、神代との決勝戦で決行だ。それまではお互いに怪しまれないよう、いつも通りの日常を演じてくれ。……行くぞ、お前ら」
副部長は部員たちに指示を出し、壊れた銀色の霊具の残骸を素早く回収すると、足音を殺して部屋から立ち去っていった。
静まり返った機材室に残されたのは、僕とシュリの二人だけだった。
窓の隙間から、夕暮れの赤い光が差し込み、彼女の金髪を妖しく縁取っている。
「……トウマ」
「はい、シュリさん」
「……行くわよ。炭酸水がぬるくなるわ」
彼女はふいっと顔を背けて歩き出した。
言葉はいつも通り冷たかったが、僕の奥底の『空白』へと流れ込んでくる彼女の霊力の波形は、先ほどまでの激しい動揺が嘘のように、驚くほど温かく、静かに安定していた。




