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10/22

狂騒の季節

この世の不平等さが、一年のうちで最も醜悪かつ剥き出しの形で煮詰まる時期が、今年もまたやってきた。


朝の登校風景は、いつも以上の狂騒に包まれていた。


昇降口へと続く中央廊下。その天井付近に設置された巨大な霊力告知板が、パチパチと青白い火花を散らしながら、妖しく明滅するホログラムの文字を空間に投影している。


【数ヶ月に一度の大ランク戦──『御前試合』、今週末に開幕】


【今大会は、中央の教育委員会より特別視察団が直々に来校】


その文字を見上げる生徒たちの目は、文字通り血走っていた。


廊下を行き交う連中の背後では、いつも以上に血気盛んなアニマたちがこれ見よがしに顕現し、霊力の圧力を周囲に撒き散らしている。普段なら大人しいはずの動物型アニマが低く唸り声を上げ、水や炎を纏った使霊たちが主人たちの興奮に呼応するように火の粉や水飛沫を散らしていた。


彼らにとって、この大ランク戦は文字通り、人生を引っくり返すための唯一にして最大の合法的な戦争だった。


「おい、今回の御前試合、マジで勝ち上がればBランク以上が確定するらしいぞ」


「マジかよ。じゃあ、あの学食の最上階テラスに堂々と入れるようになるのか?」


前方を歩いていた他クラスの男子生徒たちが、興奮を隠しきれない様子で声を弾ませていた。


この学園におけるスクールカーストの壁は、日常のあらゆる場面において、露骨すぎるほどの格差として僕たちの目の前に突きつけられる。


「あそこ、AランクとBランク専用の特等席だろ。食材からして、最高位の栽培アニマが育てた極上の肉や野菜が使われてるらしいぜ。Eランクの奴らが地下の薄暗い食堂で食ってる、味のしない灰色うどんや合成豆腐とはわけが違うんだ」


「飯の味だけならまだマシだよ。問題は進路だ。今回は中央の教育委員会が直々に視察に来る。もしそこで重鎮たちの目に留まってみろ、卒業後に危険な未開拓領域の防衛隊に回されるリスクが完全にゼロになるんだぞ」


「特進クラスの連中は、最初から中央の大手霊力企業への推薦枠が約束されてるようなもんだからな。ここでランクを一つでも上げないと、一生底辺のパシリで終わる。何が何でも、一勝はもぎ取ってやるぜ」


生々しく、そして世知辛い格差の現実が、生徒たちの口から次々と吐き出されていく。


飯の味から、将来の年収、ひいては人間としての扱いの良さに至るまで、すべてを魂の強度という単一の物差しで決定する。それがこの砂漠のような学園の絶対的なルールだ。


そんな百鬼夜行めいた廊下の喧騒を完璧にスルーしながら、僕は自分の教室へと滑り込んだ。


窓際の死角にある自分の席にカバンを置き、深く椅子の背もたれに寄りかかる。僕のような霊力測定値ゼロの平行線にとっては、中央の視察だろうが御前試合だろうが、完全に別世界の出来事でしかなかった。


「相変わらず、朝から無駄な霊力を撒き散らす奴らで溢れ返っているな」


後ろの席から、いつものように眠たげな声が聞こえた。ハルトだ。


彼は他人のアニマ自慢には一ミリの興味も示さず、すでに手元の文庫本を開いてページをめくっている。


「おはよう、ハルト。みんなランクアップの恩恵に目の色を変えてるよ。学食のメニューが変わるだけでも、彼らにとっては死活問題みたいだから」


「トウマはいいのか?」


「あはは、僕にはアニマがいないので。目立たず、騒がず、常に腰を低く。これが最底辺の正しい生き方です」


ハルトは本から目を離さないまま、小さく鼻で笑った。


「賢明だな。今回の御前試合は中央の視察がある。学園長をはじめとする上層部も、自分たちの実績作りのために必死だろう。そういう時ほど、妙な色気を出してブレる奴から順番に脆く崩れ去る。僕たち戦闘能力なしの不参加組は、いつも通り図書室の隅でただの平行線を維持しているのが一番安全さ」


「まったくだね。週末の試合中は、図書室もガラ空きでしょうし」


そんな僕たちの静かな、いつも通りの日常的な会話は、次の瞬間に訪れた劇的な地殻変動によって木っ端微塵に吹き飛ばされた。


ガラララッ!!!


教室のドアが、乱暴な音を立てて跳ね開けられた。


一瞬にして教室中の全生徒の視線が入り口へと集中し、そして凍りついたように静まり返る。

そこに立っていたのは、シュリだった。


彼女は周囲の生徒たちを一瞥すら色濃く見下ろすと、その揺れる金髪のツインテールを翻し、僕の机の真横へと迷いのない足取りで歩いてきた。


「……おはようございます、シュリさん。朝から凄い熱気ですね」


僕は周囲の一軍生徒たちからの「なんで無能の隣にシュリ様が」という刺すような視線を受け流しながら、小声で話しかけた。


しかし、シュリからの返答はなかった。


「シュリさん……?」


怪訝に思って彼女の様子を伺う。


シュリはいつもなら、僕を冷酷に見下してパシリへの命令を下すはずだった。


だが、今の彼女は違った。


彼女は机の上に広げた、御前試合の公式パンフレットの一ページを、穴が空くほどじっと睨みつけていた。


その琥珀色の瞳は、いつになく真剣で、どこか悲痛なほどに張り詰めていた。白い指先が、パンフレットの紙の端をかすかに震えながら強く握りしめている。


僕は彼女の視線を追うように、そのページに記載された文字を盗み見た。そこには、今回の特別大会における最高の栄誉、その詳細が記されていた。


【大ランク戦・優勝者特典:学園創立以来の『全アーカイブ』の閲覧権】


学園が設立されてから現在に至るまでの、すべてのデータ、記録、あるいは何らかの事件によって処理された隠蔽記録に至るまで、学校が保有するあらゆる情報へのアクセスが許されるという、異例の特権。


情報の価値は計り知れないからな。この特権のすばらしさは誰の目にも明らかだ。


シュリは、その文字をじっと見つめたまま、微かに唇を震わせた。


「……全、アーカイブ」


その口から漏れたのは、普段の傲慢な女王様の仮面からは想像もつかないほど、小さく、掠れた声だった。


その瞬間、彼女の瞳の奥に宿ったのは、決して他者には見せないはずの、どこか迷子のような切実な色だった。


僕は、彼女の本当の正体を思い出す。


人間のフリをしてこの学園に潜伏している、野生のアニマ。


彼女がわざわざこんな世知辛い人間の格差社会に身を投じ、エリート学生としてトップに君臨し続けているのは、明確な目的があるからだ。


──失踪した、前の主人の手がかりを探すため。


(もしかして、そのアーカイブの中に、シュリさんの探している人の記録が眠っているかもしれないのか……)


周囲の喧騒が、遠くのノイズのように引いていくのを感じた。


けれど、僕はその核心に触れるような直接的な質問はしなかった。誰にだって、他人に触れられたくない領域はある。下手に詮索することは、彼女の孤独に土足で踏み込むようなものだ。


「シュリさん、どうかしたんですか?」


僕はできるだけいつも通りの、物静かな声を意識して問いかけた。


シュリはハッと我に返ったように肩を揺らすと、すぐにいつもの絶対零度の冷徹な表情をその顔に張り付かせた。


長い金髪のツインテールをキッと激しく振り回し、僕からふいっと顔を背ける。


「……なんでもないわよ、トウマ。パシリのくせに、私を覗き込むなんて百年早いわ」


そっちから来たくせに。


彼女はチョーカーの下の首元をそっと指先でなぞりながら、いつもの高圧的な声音を取り戻してみせた。


「ただ……今回の羽虫退治には、少しだけ本気を出す価値がありそうだと思っただけよ。私の玩具であるあなたをこれからも都合よくこき使うために、私がこの学園の頂点であり続けなければ、示しがつかないでしょう?」


「あはは、それは頼もしいです。お手柔らかにお願いしますね、女王様」


僕は苦笑いを浮かべながら、いつものパシリとしての対応を演じた。


シュリもそれ以上は何も言わず、再びパンフレットへと目を落とした。


教室の中は、週末のランク戦に向けて再び騒がしい熱気を取り戻していく。


誰もが自分の未来とカーストのために浮き足立っていた。


だが、シュリの瞳の奥に残った、張り詰めたような微かな揺れだけは、僕の胸の奥に静かに沈殿していった。

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