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小さな国だった物語~  作者: よち


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82/247

【82.奇策の評価】



雄々しく聳え立つ、スモレンスク城の城門付近。


「どう、報告をされるのですか?」

「先ずは、続報を待ちましょう。輜重隊を率いたヤットは、真っ先に戻ってくる筈です」


真夏の光が差し込む、石畳の廊下。

エンジ色の服に身を包み、襟元に金銀の宝飾をあしらった男が老臣(フリュヒト)に疑問を発すると、先代の国王(ロスチスラフ)の時代に宰相を務めていた老臣は、落ち着いた声音でデクランの心を鎮めた。


「確かに……」


敗戦の一報を伝えても、規模が不明では、更なる不安を煽るだけ。

老臣の意図を悟ったデクランは、小さく頷いた。


「伝え方ひとつで、未来は変わります。先ずは、宰相に報告を」

「分かりました。呼んでまいります」


白い顎髭を蓄えた老臣の助言。デクランは差し込む光によって輝きを増した石畳の廊下を、城の奥へと走った。


「そこの方」


続いてフリュヒトは、堅固な石橋の上で居場所を失っている、肉付きの良い男に視線を送った。


「は、はい」


居場所を求めた男は顔を上げると、従順となってフリュヒトの元へと駆け寄った。


「お名前は?」

「はい。ルークと申します。フリュヒト様」


普段から、重臣たちは城の奥に籠っている。

下っ端役人(ルーク)にとって、前宰相(フリュヒト)などは、視界に入れるのも声を聞くのも珍しい。

肥えた男は感激すら覚えて、勢いのままに名前を伝えた。


「では、ルーク殿。城門へ赴いて、早馬からの報告を、受けて貰えませんか?」

「は?」

「このような寒い情報が、市中へ伝わっては、動揺が広がります。そうなったら、第一報を受けたあなたの身分は、危うくなるかもしれませんよ?」

「ひ?」

「何故、真っ先に伝えなかったのか……と」

「そ、そんな……」


完全なる難癖。

しかしながら、腐敗する国の姿を、忸怩たる思いで眺めてきたフリュヒトはおろか、下っ端役人でさえも、意味するところは十二分に理解した。


要は、やり場のない怒りの矛先に、成り得るというわけだ――


「ふ、フリュヒト様。どうか、私を……お救い下さい」


下っ端役人への叱責は、失脚も同然だ。

両膝を地に置いて、声を震わせて、突然不幸が舞い降りた自分に慈悲を与えてくださいと、ルークは縋った。


「心配いりません。先ずは、私の言う通り、早馬からの情報を、あなただけが受け取って、馬は東に戻して、続報を届けるように申し付けるのです。決して、城内へ入れてはなりません」

「は、はい……」

「もう一つ。先ほど、第一報を伝えた警備兵には、くれぐれも、情報は漏らすなと」

「わ、分かりました!」


青くなった顔色が、焦って立ち上がる。

重そうな身体を殊更重く見せながら、ルークは重厚な石橋の欄干を伝って、南へと足を進めた。



「フリュヒト様。ジロスラフ殿を、お連れしました」


それから数分後。

騎兵時代に鍛えた体力を披露して、駆け足のデクランが、フリュヒトの元に戻った。


老臣が視線を向けると、デクランの20メートルほど後ろから、滑らかな石の壁面に手をあてがいながら、よたよたと向かってくる宰相(ジロスラフ)の姿を捉えた。


彼は、フリュヒトから宰相を引き継いだ。

厚みのある体は、一見すると武官と思われそうだが、そちらの方面に才は無い。

これは本人も納得済で、武器を手にして戦ったのは、十数年も前のことである。


「はあ……はあ……お待たせ……しました」


体力に乏しい男が右手を壁に置き、肩で息をする。


「ジロスラフ殿。すみませんな」

「いいえ……お呼び下さって、助かりました」


杖で体を支えるフリュヒトの労いに、男は息を整えながら感謝した。

彼もまた、悪しき情報が無統制に広がる事態は、避けるべきだと考えた。


しかしながら、彼の場合は、国の混乱を想った訳ではなく、自らの責務を軽いものにしようと図った結果である――


「ルーク殿には、城門で待機をするよう伝えました。次の報告は、私たちに直接届くでしょう」

「は」


続いてフリュヒトが、息の乱れを微塵も感じさせないデクランに、不在の間の顛末を伝えると、彫りの深い男は小さく瞳を落とした。


表舞台から外されて、数年経っている。

長く宰相として培った行動には、一切の無駄がない。衰えることのない才覚に、男は改めて舌を巻いた。


「とにかく。デクラン殿が気付いてくださって、助かりました。フリュヒト様を呼ばれたのは、素晴らしい判断です」

「いいえ……私がこの場に居なくとも、フリュヒト様は、宰相をお呼びになった筈ですよ」

「……」


息を整えたジロスラフが壁から手を離し、歩みながら労うと、デクランは彫りの深い顔を左右に小さく振った。


仮に白髪の老臣が今でも宰相だったなら、二階で早馬の到着を待っていた。

戦果を気にする事もなく、城の奥深くに留まっていた現宰相との違いを、デクランはどうしたって感じるのだった。



3人は、城門へと続く大通り。更には大広場を見渡す事のできる城の3階へと足を移した。

新旧の宰相が城門前に長居をしては、悪目立ちをするというわけだ。これも、前宰相(フリュヒト)の口から提案されたものである。


「フリュヒト様。このあとは、どう致せば良いでしょうか……」


木製の扉を開き、南側に備えられたテーブルを囲うように三者がそれぞれ腰を下ろすと、落ち着かない素振りでジロスラフが口を開いた。


「ジロスラフ殿……」


フリュヒトは、咳払いを一つ挟むと、戒めとなる質問を柔らかに送った。


「今は、あなたが宰相なのです。ロマン様に、どのように伝えるべきとお考えですか?」

「……」


総てを委ねられては敵わない。突き放すような声質は、国王(ロマン)の胸先三寸で如何様にもなる自身への予防線であると同時に、現宰相に対する、前宰相からの正しい規範でもあった。


「……」

「それでは、質問を替えましょう。伝令からの情報を、ありのままにお伝えするのか、幾つかを纏めた上で、形として上奏するのか……」


呆けたようになっている現宰相(ジロスラフ)に、構うことなく前宰相。今はその身を閉職に置いている老臣が、諭すように続けた。


「それは、さすがに……やってくる伝令の言葉にも、間違いはありますので……」


努めて押し黙る、彫りの深い顔をしたデクランの傍らで、広い肩幅を窮するようにしたジロスラフが、絞り出すように声を発した。


「そうですな……」


帰還する兵が近付くにつれ、伝令の数も増えてくる。それを逐一伝えていては、混乱を招くことは明白だ。

蓄えた白い顎鬚に、右手の指がそっと触れると、フリュヒトが静かに同意した。


「それでは、伝令からの情報は、こちらで受け取って、照合した上で、上奏するという事に致しましょう」


放たれた結論に、異論を挟む者など、あろう筈が無かった――



続報は、小一時間ほど経ってから、彫の深い顔立ち(デクラン)によって齎された。


秘匿を要する現在は、二人に比べて明らかに官位が低い自身こそが伝令役に相応しいと、自ら進言したのだ。


「これは、輜重隊からのものです。トゥーラの南側で火の手が上がり、半数が壊滅したと……」

「は、半数?」


想定以上の情報に、唖然とした現宰相が、一部を繰り返した。


「いや」


しかしながら老臣(フリュヒト)は、狼狽の表情に待ったを掛けた。


「輜重隊が居たのは、トゥーラの西側の筈です。詳しい戦況など、分からないでしょう。トゥーラは小さな砦。大軍を動かすような戦いにはなりません。南側で半数という情報が確かなら、実際には、南からの()()()()()()という程度でしょう」

「そうなのですか?」


想像よりもマシな見通しが語られて、ジロスラフは同意を求めるように、彫りの深い顔立ちに視線を送った。


「確かに、密集状態で火攻めを仕掛けられたとしても、全部を焼かれることは無いでしょう。フリュヒト様のお考えは、正しいと思います」


騎兵上がりのデクランが、老臣の考えを冷静に受け入れた。


「そ、そうですか……」

「ただ、トゥーラの兵力は、それほど大きくはない。正直なところ、私には、敗戦という一報が、信じられません」

「そ、そうですよね……」


デクランが続いて意見を口にした。

さらなる明るい見通しに、ジロスラフの声が上ずった。


「ですが……誤報が二回届くということも、また、考えられません。敗戦は、間違いないでしょう」

「……」


だが、白い顎髭を蓄えた老臣の落ち着いた声色が、明るくなりかけた部屋の空気を、再び引き締まったものへと戻した――



続く報告は、不幸にも敗戦の一報を耳に入れてしまった、肉付きの良い身体を抱えたルークによって齎された。


「た、大変です……バイリー将軍が、亡くなったと……」

「……」

「なんと……」


スモレンスクが誇る二将のうちの、一角が斃れた。

それは単に敗戦という結果だけではなく、戦いの内容に於いても完敗を意味するものだった。


「特に、西側での攻防が激しかったようです。敵は、壕を巡らしていたとか……」

「……」


不可解だった敗因が、うっすらと形を成してゆく。

部屋の暑さも手伝って、固まったジロスラフのこめかみ辺りから、一筋の汗が流れた。


それから小一時間。更なる続報は、デクランによって齎された。


「どうやら、落とし穴に誘われたようです。バイリー将軍も、そこに消えたと……」

「お、落とし穴!?」

「なんと、卑怯な……」


ジロスラフの震えた声に、ルークの憤りが重なった。

幅広な身体では、何度も行き来することはできないと、彼はこの場に留まったのだ。


「城門を、閉めましょうか……」


すると、落ち着き払った声質が、椅子に座り、両膝で杖を挟んだフリュヒトから発せられた。


「兵が戻ってくる前に、城門を閉めるのです。民衆に動揺が広がっては、抑えられません」

「そ、そうですね……」

「早速。手配しましょう。戻った兵は、城外で待機させます!」


ジロスラフが同意して、デクランが続くと、彼はルークを伴って、慌ただしく部屋を後にした。


帰還兵の待機には、露営の準備。すなわち水や食料、天幕などを用意しなければならない――


しかしながら、こうした普段とは違う役人の動きや雰囲気に、民衆が気付かないわけがない。


どこからともなく敗戦を悟った噂話が広まると、ついに他言無用。ここだけの話といったものが溢れ出て、やがて内容にまで及んだ。


「待ち伏せをされたって話だ」

「矢文を送ってきたらしい。降伏するとかなんとか……」

「落とし穴に、誘われたとか?」

「そんな、卑怯なやり方で……」


見出しの内容を精査する事は無い。

耳障りの良い言葉が練り上げられて、乾いた布巾(ふきん)に水が染みるように伝わってゆく。


現代に於いても、こうした傾向は、随所に見受けられるものである――


尤も、奇襲や苦肉の策というものは、概ね少数だったり、劣っている側が当たり前に行うもので、卑怯と言われるのは心外であろう。


「卑怯? だったら、正々堂々。同数の兵で勝負しなさいよ!」


小さな国の王妃が元気なら、このくらいは口にしそうである――

お読みいただきありがとうございました。

感想等、ぜひお寄せください(o*。_。)o


悪しき情報は、こうして隠される… そんなところを描いてみました。

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