↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小さな国だった物語~  作者: よち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
81/250

【81.敗戦の報】

病に伏せる王妃は、自身に起こっている変容を、認識せざるを得なかった。


倒れてから。およそ二日間のあらましを、伴侶から駆け足で受け取った。


報告を受ける立場であることは、十分に理解する。

なによりも、思考を巡らせて、一つの結論に導くことは、性分として楽しい。


しかしながら、ロイズから(もたら)された最初の報告。


カルーガで足が止まった侵略者への対応に、援軍としてやってきた同盟国(リャザン)を頼るという一案を描いた刹那。


あの光景が、眼前に現れた――


二日前のこと。城の屋上。

彼女の瞳だけに映った、都市城壁の向こう側に拡がる業炎と、空を覆うほどに立ち昇る、悪魔の姿を思わせる黒煙。


勝敗が決したにも拘わらず、城壁の外側に飛んでいく、油の入った砲弾の数々。

熱風に乗って響き渡る叫声と、彼らに宿っていた筈の、破壊された細胞の残酷なる臭い。


更に描いたのは、故郷(カルーガ)を巻き込んだ戦闘で、思い出が、殺戮の血潮によって穢される場景――


「……」


伴侶が去って、冷静が戻ると、凄惨な場面を改めて思い浮かべた。


既に食料支援を行うという真逆の案が実行中。加えて、採用する意志が無かったことは確かである。


なにより、自身が図った案では無い。

倒れて寝ている間に起こった事象であり、仕方のないこと……


しかし一方で、無様に昏倒した事実こそを咎める、自責の念。


体力の欠落を、改めて自覚する――


更には、指揮を執る責任。畏怖を、確かに感じてしまったのだ――


「……」


安全な机上なら、辿り着ける最善手。そんなものを、現場で常に放てる訳ではない。

気力・体力・精神力が備わっていなければ、判断には迷いが生まれ、決断力を鈍らせる。


それらを欠いていると自覚をする中で、指揮を預かる訳にはいかない――


「……」


逡巡する想いの中で、彼女は温かな場景を思い起こした。


「もう……心配させないで……」


ロイズがやってくる前のこと。

王妃を案じて身体を投げ出した、マルマが耳元で発した嘆きの声。


「……」


しかしながら、彼女にとってマルマの声は、決して甘美なものではなかった。


逃げるつもりはない。

他者に未来を委ねようと思ったことも無いのだ――


「あなたは、女の子なんだから、外の様子なんて、気にしなくていいの!」


ふっと浮かんだ、母の発言。


大きな窓枠の下に置かれた椅子の上。

膝立ちで外を眺める少女だったリアの瞳へ、諫めるような呆れた声。


「……」


巡る思いは、押し寄せて。引かない波のようになって、天井を見上げる弱った心を、(もや)のように覆っていった――


「リア様?」


その時だ。

窓の隙間から、ふっと肌へと触れる、そよ風のような声がやってきた。


「お側に、いますから……」


続いて、木製の丸椅子が床を叩いて、誰かが腰を下ろす高い音が響いた。


「だから、泣かないで下さい……」


真新しい布巾を手にしたのはマルマ。

彼女は腕を伸ばすと、行き所の無い涙を拭った。


「……」


泣いていた?


王妃は、自覚のない涙に気が付いた。


今は……いや……もう……無理かもしれないな……


無念を宿した病身の王妃は、総てを塞ぐように、ゆっくりと瞼を閉じていった――



―― そんな頃 ――


トゥーラへの侵攻を図ったスモレンスクに、ようやく戦いの第一報が(もたら)された。


「なに!? 大敗!?」

「そのようであります。将の帰還を待たねば、分かりませぬが……」

「……」


見張り台に立っていた衛兵は、東からやってきた伝令の一報を、そのまま伝えただけである。

スモレンスクの中心部。城を囲う堀の上。

堅牢な石橋で耳にした、思いも寄らない報告に、肉付きの良い一人の男が絶句した。


「と、とにかく、報告をせねば……」


城内へと足を向けたところで、肥満体の男は振り返り、片膝を落としたままの衛兵に声を発した。


「いや。お前が、報告をしろ」

「え?」

「伝えたままを、話せば良い」

「え……いや、しかし……」


上級貴族。または同等の身分を有する者しか城へは入れない。

仮に一歩でも足を進めたら、どうなるか分かったものではない。

その上、語る内容は間違いなく激怒を生むだろう。若い警備兵は、全力で抗った。


「ルーク殿。何の騒ぎだ?」


二人の押し問答を視界に入れたのか。

壮大なスモレンスク城の洞窟から、エンジ色の服に身を包み、襟元に金銀の宝飾をあしらった、彫りの深い顔立ちの男が現れた。


「これは、デクラン殿。あの者が、世迷い言を申しておりまして……」

「世迷い言?」

「はい。なんでも、スモレンスク(我ら)の精鋭が、トゥーラに、敗れたなどと……」

「なに!?」


近寄って、腰を曲げ、両手を組んで始めたルークの説明に、デクランは驚きの表情を浮かべると、石橋の中央で片膝を付いたままで固まっている衛兵に叫んだ。


「おい。そこの者! もう一度、話せ!」

「は、はい……」


ルークをそのままに、デクランが近付くと、衛兵は、更なる上役の登場にビクッと肩を震わせた。


「早馬からの、報告であります。二日間に渡る戦いで、半数が、倒れたと……」

「半数!?」


デクランが、高い声を発した。

大国(スモレンスク)が全軍を以って攻め入った。名も無い小国を相手に半数を失うなど、信じることはできない。


「そんな、バカな……」


人伝ての情報が、誇張して伝わることは、往々にしてあるものだ――


唖然とした声色が、半開きの口から零れた。

尤も、彼の判断は概ね正しく、実際には、攻撃部隊の半数を失った程度である。


「と、とりあえず、他言は無用だ! 続報を待つ。分かったな!」

「は、はい!」


極度の緊張からの解放。

安堵を宿した警備兵は、咄嗟に顔を上げて明るい返事を飛ばした――


「ど、どうしましょう……」


そそくさと。逃げる背中を黙って見送るデクランに、背後から近寄ったルークが、震えた声を発した。


「そのままを、伝える訳にもいかんでしょう」


第一報を、どう伝えるか。

加えて、誰が伝えるか――


戦勝報告なら、いの一番に城内へと駆け入って、輝かしい記憶の一つと誇る事もできるが、敗戦の報告は、当然ながら控えたい。


「状況は、どうなっている?」


続いてやってくる発言も、分かり切っている。

知らぬと答えては、空気が滞る。固まった雁首が並ぶ光景は、火を見るよりも明らかだ。


「ルーク殿は、ここで、続報をお待ちください。私は、フリュヒト様のところへ向かいます。先程、お見かけをした」

「わ、分かりました……」


青白い顔に指示をして、彫りの深い男は城内へと足を戻した。


「おい。フリュヒト様を、見掛けなかったか?」


城内に足を入れると、焦りを隠さない声色で、デクランが門番に尋ねた。


「一報が、届きましたかな?」


そんなところへ、彼の背後から枯れた声がやってきた。

思わず振り向くと、奥行きのある石畳の廊下で、樫の木の杖を左で握る、白い顎鬚を蓄えた老臣が現れた。


「フリュヒト様……何故、ここに?」


御年70歳。

前日からの雨は上がったが、蒸し暑い中をわざわざ散歩という事もないだろう。

都合よく現れた事に驚いて、デクランは焦りを浮かべた。


「いや、そろそろ、早馬が着く頃かと思いましてな。上で、眺めておったのですよ」

「……」


どうやら、城の2階に居たらしい。


「久しぶりに、此度の戦いは、私が壇上で御下命を見届けましたからな。気になるのは、当然ですよ」

「……」

「ですが、私の姿を探すという事態は、あまり……良い報せでは、無いようですな」

「残念ながら……そのようです」


伏し目がちに、デクランが正直に答えた。


戦いの結果など、気にもしていなかった。

およそ10倍の兵力で攻め入ったのだ。勝って当然。


戦勝報告が、城を落としてからやってくるものだとすれば、早馬の到着は明日だろうと考えていた。


「……」


しかしながら、勝利を疑わない臣下ばかりのなかで、たった一人。目の前の老臣だけが、敗北という可能性を残した。


勝敗は、勝負の常――


敗北を描くといえば聞こえは悪いが、やるべき事を全力で為し、結果を受け止めるしかない状況なら、未来を見据えていることに他ならない。


言い換えれば、危機管理能力に優れている――


「私を、探す理由は……ロマン様に、この結果を、私から伝えて欲しい……ということですかな?」


白い顎鬚を蓄えた老臣は、杖を掴んだ左手に力を伝え、ふっと視線を上げると、憂いを含んだ声を届けた。


「は……」


それを成せるのは、あなた様しかいないのです――


臣下一同の思惑を見越して、デクランは瞼を塞いだ。


「現状からすれば、それしか無さそうですな……」


国王(ロマン)の腰巾着と成り果てた悪臣たちを浮かべると、老臣は、空しい声を吐き出した。


「申し訳、ありません」

「ただ……」

「はい」


デクランが、改めて促すと、皺だらけの目元の間で、瞳が光った。


「私だけに、向かえというのは、いささか勝手が過ぎるというもの。ご同行、願えますかな?」

「は……はい!」


リューリク朝の流れを汲む、偉大なるスモレンスクを、先代(ロスチスラフ)の代から支える老臣――


40代。彼に比べたら赤子のようなデクランに、功労者の申し出を断るなど、出来よう筈もなかった――

お読みいただきありがとうございました。

感想等、ぜひお寄せください(o*。_。)o

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。