表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小さな国だった物語~  作者: よち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
79/245

【79.絵空事】

「ロイズ様。カルーガより、使いの者が参っております」

「カルーガから?」


雨が降り出した。

城へと戻り、捕虜となったブランヒルを呼び出すよう近衛兵(ドルジーナ)に告げたところへ、監視の兵から一報が入った。


「通してくれ」

「は」


暫くすると、ロイズは城内の一室で、一人の若者と目を合わせた。


「……」


姿を見せたのは、育ちの故郷(カルーガ)を離れて以来、数年ぶりに会う、隣家のウィルだった。

薄い麻の服。部屋へと足を入れるなり、サッと片膝をつき、頭を下げて慇懃な礼を示した。


思わず「久しぶりだな」 と出そうになって、ロイズはその場に残った兵の手前、慌てて口をつぐんだ。


「話というのは?」


ウィルにしてみれば、一緒に野山を駆け回っていた隣の家の兄ちゃんが、6年後。国王となって目の前に居るのだ。


驚愕の事態でも、事実である。受け容れるよりほかに無い。


「先ずは、此度の勝利。おめでとうございます!」

「……」


カルーガに居た頃は、対抗心を勝手に燃やし、事あるごとに勝負を挑んでは、敗北を重ねて悔しそうな表情を浮かべた。

そんな弟分(ウィル)が、今は目の前で立派な口上を述べている。

感慨もひとしおとなった国王は、時の流れの結実を、しばしの間、享受した。


「二人で、話しましょうか」


ロイズは穏やかに口を開くと、監視の兵を部屋の外へと下がらせた。


やがて、木製の扉がパタンと閉まると、二人となった空間に、静寂が漂った。


「ウィル。顔を上げていいぞ」

「……」

「久しぶりだな」


口調が軽くなる。

ウィルが顔を上げると、思い出深い兄ちゃんの微笑みが、澄んだ少年の瞳に映し出された。


「お久しぶりです」


あくまでも、使者として。

体格の良くなった少年は、立ち上がって、小さく頭を下げた。


「ルシードさんから、言われたのか?」

「はい」


ルシードは、ロイズとリアの養父であり、カルーガのまとめ役。

そんな男が、14歳を使者に送るということは、相応の評価をしているのだ。


「それで、相談とは?」


話を咲かせたいところだが、次の予定がある。ロイズは急くように促した。


「はい。負けた兵たちが、村に溢れています。『助けたいが、カルーガには食わせる食料が無い。援助を頼んでこい』 という事でした」

「なるほど」

「『無理なら、死者が相当増えるぞ……』 とも、言っていました」

「……」


半ば、脅迫である。


季節は夏で、外は雨。

カルーガからスモレンスクまでは、オカ川を渡り、昼夜を歩き通しても、三日は掛かる。

途中で足が止まったら、死神を招くに違いない。


「分かった。ルシードさん(あの人)やローリさんは、自分の分まで、分け与えそうだもんね」

「はい……」


侵略者であろうとも、一つの命には違いない。

尽きそうな魂を、黙って眺めるような義父ではないと、ロイズは心情を慮った。


「ウィルは、急いで戻って。ルシードさんに伝えて。問題ない。スモレンスクから奪った兵糧がある」

「はい!」

「馬は、城門か? 替えの馬を用意しよう」

「えと……走ってきました」

「は?」

「日の出前に、村を出て……」

「おまえ、凄いな……」


涼しい顔で言ってのけた少年の身体能力に、ロイズは心底呆れた――



「先ほど、カルーガから、使いの者が来まして……」


トゥーラの南側。丸太の家屋。

ロイズは、捕虜となったスモレンスクの副将に伝えた。


「あなたたちの兵が、大勢、動けなくなっているそうです」

「……」

「そこで、先ほど、奪った兵糧の一部を、カルーガに送りました」


ブランヒルの表情が、神妙なものへと変わった。


「休みを、与えたいのですけどね」


戦いの前から、監視と準備に明け暮れた。

そのあとの、二日間に渡る激しい戦闘を経て、先ほどまで、空しい後始末に追われていた。


そんな兵たちに、やっと与えた休息――


からの、降って湧いた、食料運搬の任務。


勝ち戦に従順だった者たちも、これには当然のように不満を漏らした。

破壊の代償ともいえる糧食を、雨の中。侵略者を助けるために運ぶのだと言われては、納得できる筈も無い。


「……は?」


そんな不条理を授けた相手は、偵察隊の長(メルク)である。


任務を耳にした彼の表情は、絶句と唖然が入り混じったもので、重心の低い小柄な体型が、しばらくの間、石膏像みたく固まっていた――



「……わかった」


悩んだ末に、ブランヒルが口を開いた。


スモレンスクの内情を量るなら、停戦などはありえない。


それでも、無理だとしても、平和を共に為そうという話には、心が揺れた――


それは同時に、築いた立場からの、転落に他ならない。


戦いを忌避する者を将に据えるなど、ロマン公の人事では、絶対にあり得ない。

周りから、臆病風に吹かれたと吹聴され、まもなく、降格人事がやってくる。


そんな未来を見据えた上で、ブランヒルは覚悟を持って、ロイズの願いを受け入れた――


「ありがとうございます」


勝者の筈の国王が、膝の上に両手を置いて、敗者の捕虜に改まって頭を下げた。


「いや……こちらこそ、兵を助けてもらって、申し訳ない」


捕虜という立場。しかしながら、大国の将官という自覚が消える事は無い。


眼前の男が背中を戻すと、ブランヒルは改めて、深く頭を下げるのだった――


「話の流れからして、前宰相のフリュヒト様を、交渉の相手に指名したい。ということで、良いのか?」

「その通りです。私の知る限り、唯一の穏健派……では、ないでしょうか?」


ブランヒルの発言に、ロイズが問い返す。


「そうだな……」

「可能だと、思いますか?」

「さあな。ただ、捕虜である、俺達は勿論。逃げた兵にまで、施しを与えてもらっては、無下にもしない……そう、思いたい」

「そうあってくれると、良いのですが……」

「それも、狙っての事なんだろ?」

「ええ。まあ……」


効果のほどは、分からない。

期待はしても、無意味な任務。敵を救って、未来の恐怖を増大させるだけの施策となれば、メルクは勿論。市民にも詫びようがない。


見透かしたようなブランヒルの発言に、ロイズは空虚な苦笑いを浮かべるしかなかった――



「どうですかね……」


家屋を叩く雨音が、足音を消している。

近衛兵(ドルジーナ)がブランヒルを外に連れ出すと、ロイズは両肩を落とした。


「何が……ですかな?」


空席となった丸太椅子の向こう側。同じ丸太椅子に座った四角い顔の立会人が、両手を膝に置いて聞き返した。


「甘い……ですか?」

「……ロイズ様が、そう思うのでしたら、そう思われても仕方がない……と、分かっているのでは?」

「……」


図星である。

冷ややかな視線をロイズに向けて、グレンが重い声を届けた。


スモレンスクの侵攻は、数年に亘るのだ。

ロイズの赴任前から軍務を担ってきた者たちが、快く思う筈がない。


それほどに、甘い。


寛大という言葉では、物足りぬ。


与太話。絵空事を耳にしているような、そんな心境であった――


「ですが……」


個人的な感情が、多分に含まれる。

理解をした上で、グレンは続けて口を開いた。


「国王様が、お決めになったこと……であれば、我々は、従うまでです」

「……うん」


親玉(リア)の信念を基にして、考え抜いた結論。


覚悟を持って、ロイズが呟いた。


「今からでも、彼らを襲うことは可能でしょう。ですが、そうなれば、全面戦争です。こちらの損害は、免れない」

「それは、そうでしょうな」

「カルーガには、借りがあります。逃走した兵士は、丸腰じゃありません。放っておいては、略奪が起こっても、不思議じゃない。それだけは、絶対に避けたいのです」


ルーシの営みで、政治的には独立しているヴァティチの地。

私情を除いても、スモレンスクとのあいだにオカ川を挟んで存在する集落は、貴重な緩衝地帯である。


「分かりました。そこまでの考えが御有りなら、国王様の考えを、皆に伝えましょう」

「……」


不満や溜め息は、どうしたって出るに違いない。


そんなものは、仕方がない――


だとしても、「仕方がない」 と放置をすることは、怠慢である。


至った経緯や思考を丁寧に明かせば、たとえ考えが違っても、納得はいかずとも、呑み込んでくれないだろうか――


「お願いします」


城に住む者から、民草に至るまで。同じ矜持を持つ一体感。


代役として。


王妃が掲げる根幹を何よりも重視する国王は、心に蓋をしてくれた将軍に、深く頭を下げるのだった――


お読みいただきありがとうございました。

感想等、ぜひお寄せください(o*。_。)o

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ