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小さな国だった物語~  作者: よち


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【79.絵空事】

「ロイズ様。カルーガより、使いの者が参っております」

「カルーガから?」


雨が降り出して城へと戻り、スモレンスク公国の将官、捕虜となったブランヒルを呼び出すようにと近衛兵に告げたところへ、入れ替わるようにして、南東の監視台に立っていた衛兵から一つの報告がやってきた。


「通してくれ」

「は」


暫くすると、ロイズは城内の一室で、一人の若者と目を合わせた。


「……」


姿を見せたのは、育ちの故郷であるカルーガを離れて以来、数年ぶりに会う、隣家に住んでいたウィルであった。

着替えを用意してもらったのだろう。風通しの良さそうな薄着の普段着で、部屋へと足を入れるなり、サッと片膝をつき、頭を下げて慇懃な礼を示したのだ。


思わず久しぶりだなと声が出そうになって、ロイズはその場に残った衛兵の手前、慌てて口をつぐんだ。


「話というのは?」


ウィルにしてみれば、一緒に遊んでいた隣の家の兄ちゃんが、6年後には国王となって目の前に居るのだ。

信じられない思いが消える事は無かったが、事実であるのだから、受け容れるより他に無い。


「先ずは、此度の戦いの勝利、おめでとうございます」

「……」


カルーガに居た頃は、対抗心を勝手に燃やし、事あるごとに勝負を挑んでは敗北を重ねて悔しそうな表情を浮かべていた子供のウィルが、今は目の前で立派な口上を述べている。

感慨もひとしおとなったロイズは、時の流れの結実を、しばしの間受け取っていた。


「…二人で、話しましょうか」


やがて穏やかに口を開いた国王は、監視の兵を部屋の外へと下がらせた。



「……」


木製の扉がパタンと閉まると、二人だけとなった石壁が囲む空間に、しんと静寂がやってきた。


「ウィル。顔を上げていいぞ」

「……」

「久しぶりだな」


口調の軽くなった国王が声を掛け、がしっと体つきの良くなったウィルがスッと顔を上げると、朗らかなロイズの微笑みが澄んだ少年の瞳に映し出された。


「お久しぶりです」


スクッと立ち上がったウィルが、改まって小さく頭を下げる。

あくまでカルーガからの使者として振る舞おうとする彼の姿に、ロイズは少なからず感心をした。


「ルシードさんから、言われたのか?」

「はい」


ルシードは、ロイズとリアの養父であり、カルーガで一目置かれる人物である。

いくら幼馴染とはいえ14歳の彼を使者に送るということは、養父は相応の評価をしているのだ。


「それで、相談とは?」


突然の訪問である。話を咲かせたいところだったが、次の予定がある。ロイズは急くように話を求めた。


「はい。負けたスモレンスクの兵たちが、村に溢れています。助けはしたいが、カルーガには食わせる食料が無い。援助を頼んでこい。という事でした」

「…なるほど」

「無理なら、死者が相当増える…とも言っていました」

「……」


半ば、脅迫である。


季節は夏。外は雨。

カルーガからスモレンスクまでは、昼夜を歩き通しても、三日は掛かる。

途中で足が止まったら、死神を招くに違いない。


「分かった。ルシードさんやローリさんは、自分達の分まで、分け与えそうだもんね」

「はい…」


侵略者であろうとも、一つの命には違いない。

黙って尽きそうな命を眺めるような人間ではないと、ロイズは二人の心情を慮った。


「ウィルは急いで戻って、ルシードさんに伝えて。スモレンスクから奪った兵糧がある。問題はない」

「はい!」

「馬は城門か? 替えの馬を渡そう」

「えと…走ってきました」

「は?」

「日の出前に、村を出て…」

「おまえ、凄いな…」


涼しい顔で言ってのけたウィルの身体能力に、ロイズは心底呆れるのだった――




「先ほど、カルーガから使いの者が来まして…」


舞台は改まる――

捕虜となったスモレンスク軍の副将ブランヒルを呼び出した、トゥーラの南側にあるレンガ造りの家屋――


「あなた方の兵が、大勢、動けなくなっているそうです」

「……」

「そこで先ほど、奪った兵糧の一部を、カルーガに送らせました…」


ブランヒルの表情が、神妙なものへと変わっていった。


「雨が降ってきましたし、休みを与えたいのですけどね…」


侵略者が姿を見せる前から監視と準備に明け暮れて、二日間に渡る激しい戦闘が起こって、先ほどまで、いらぬ戦いの後始末に追われていた。

身体を休める事の無かった兵士たちに、やっと与えられた休息である。


そこに降って湧いた、食料運搬の任務――


勝ち戦に従順だった兵士の中にも、これには当然のように不満を漏らす者が出た。

それもその筈。破壊の代償ともいえる糧食を、雨の中、侵略者を助ける為に運ぶのだと知らされては、納得できる筈も無い。


ロイズが不条理な任務を授けた相手は、偵察隊の隊長として働いてくれたメルクであった――


「…は?」


任務を耳にした彼の表情は、絶句と唖然が入り混じったもので、重心の低い小柄な身体がしばらくの間、石膏像みたく固まっていた――



「…わかった」


悩んだ末に、ブランヒルがようやく口を開いた。


スモレンスクの内情を考えれば、停戦などはありえない。

しかしながら、無理であると分かった上でも、和平を共に為そうという話には、心が振れた。


それは同時に、駆け上ってきた現在の将兵としての立場を剥奪される事を意味している――


現在のスモレンスク公国が、戦うことに抗う者を将に据えるなど、絶対にあり得ない。

臆病風に吹かれたと吹聴され、まもなく降格人事がやってくる…


そんな未来を見据えた上で、ブランヒルは覚悟を持って、ロイズの願いを受け入れる事にした――


「ありがとうございます」


目の前に座る勝者の筈の国王が、膝の上に両手を置いて、敗者の捕虜に改まって頭を下げた。


「いや…こちらこそ、兵を助けてもらって、申し訳ない…」


現在は捕虜であっても、スモレンスクの将官だという自覚が消える事は無い。


往く道を真っ直ぐに見据える眼前の男が背中を戻すのを確認してから、彼以上に深く長く、ブランヒルは頭を下げるのだった――



「話の流れからして、前宰相のフリュヒト様を、交渉の相手に指名したい。という事で良いのか?」

「その通りです。スモレンスクの中にあって、唯一の穏健派…ではないでしょうか?」


ブランヒルの発言に、ロイズが一つを問い返す。


「そうだな…」

「可能だと、思いますか?」

「さあな。ただ、捕虜である俺達は勿論、逃げ遅れた兵にまで施しを与えてもらっては、無下にもしない…そう思いたい」

「そうあってくれると、良いのですが…」

「それも、狙っての事なんだろ?」

「ええ…まあ…」


効果のほどは、分からない。

期待したところで、無意味な任務。それどころか敵を助け、未来の恐怖を増大させるだけの行為だったとなれば、メルクは勿論、トゥーラの国民にも詫びようがない…


見透かしたようなブランヒルの発言に、ロイズは空虚を宿した苦笑いを浮かべるのだった――




「どうですかね…」


会談を終えたブランヒルを、レンガ造りの民家へと近衛兵が連れて行く。

雨音の中に足音たちが沈んでいくのを見計らって、ロイズは両肩を落として口を開いた。


「何が…ですかな?」


空席となった木組みの椅子の向こう側。立会人としてこの場に同席していた四角い顔の将軍が、丸椅子に座ったままの状態で、両手を腿に置いて静かに聞き返した。


「甘い…ですかね?」

「ロイズ様がそう思うのでしたら、そう思われても仕方がない…と、分かっているのでは?」

「……」


その通りである。

冷ややかな視線をロイズに向けて、グレンが重い一声を発した。


数年に亘るスモレンスクの侵攻により、未来を閉ざされた者が大勢生まれた…


ロイズの赴任前からこの地の軍務を担ってきた男が、目の前で語られた二人の話の内容を、快く思わないのは当然であろう――


それほどに、甘い…


寛大などという言葉では、物足りぬ…


与太話。絵空事を耳にしているような、そんな心地であった――


「ですが…」


しかしながら、個人的な感情が多分に含まれている。

理解をした上で、グレンは続けて口を開いた。


「ロイズ様がお決めになられた事であれば、我々は従うまでです」

「…うん」


覚悟を持って、ロイズが呟いた。

親玉の信念を基にして、考え抜いた結論である。


「今からでも、彼らの背後を襲う事は可能でしょう。ですがそうなれば、禍根を残すどころか、全面戦争です。こちらの損害も、当然免れない」

「それは、そうでしょうな…」

「カルーガの方々には、随分と助けられました。飢えたスモレンスクの兵を放っておいては、略奪が起こっても不思議じゃない。それだけは、絶対に避けたいのです」


ルーシの中にあって、政治的には独立した地域であるヴァティチの地。

私情を除いたとしても、スモレンスクとの間にオカ川を挟んで営む集落は、トゥーラにとっては貴重な緩衝地帯である。


「分かりました。そこまでの考えが御有りなら、部下の全員に、国王様のお考えを、伝える事に致します」

「……」


不満の声は、どうしたって出るに違いない。

そんなものは、仕方がない――


だとしても、仕方がないと放置をする事は、怠慢である――


事に至った経緯や思考を並べる事で、僅かにでも疑念は除かれる…


たとえ考えが違っても、聞く耳を持つ者であれば、納得はせずとも、飲み込んでくれないだろうか――


「お願いします」


上に立つ者から民草に至るまで、同じ矜持を持つ一体感…


リアの代役として、彼女が掲げる根幹を何よりも重視するロイズは、自身の心に蓋をしてくれた将軍に対して、静かに頭を下げるのだった――




「……」


降りしきる雨の中。城へと戻り、螺旋階段を静かに登る――


唇を固くして、仮面を被ったような厳しい表情を浮かべたロイズは、一つの思いを胸にして、伴侶の元へと向かうのだった―――

お読みいただきありがとうございました。

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