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小さな国だった物語~  作者: よち


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75/245

【75.埋葬】

夜が明けると、空模様は、前日の青空から一転。どこか湿っぽい、灰色を含んだ低い雲が目立っていた。


「降ってきそうですな」

「そうですね……」


都市城門を出たところ。四角い顔の将軍が馬上から空を見上げると、右側で並び立つ端正な顔つきをした国王の、眉尻が下がった。



昨夜のロイズは、夕食前と就寝前の二回。療養中のリアを見舞った。

女中のマルマは普段と変わらぬ態度で接してくれたが、女中頭(アンジェ)からは、なんだか厳しい視線が向けられた。


「国王様」

「はい」


普段と同じように暗闇の螺旋階段を登ると、夜風を通すために解放された二つの扉を潜ったところで、寝室の丸椅子に座っていたアンジェがスッと立ち上がった。

そして膨らんだ身体がしずしずと迫って、呼び掛けられたのだ。なんだか神妙な面持ちで――


居住区の西側。普段を過ごしている小さな席。

左手で椅子を引いたロイズが右手を前にして着席を促すと、アンジェが静かに一礼をして、テーブルを挟んで向かい合った。


「なんでしょうか?」

「王妃様の事です」

「……」


ロイズが尋ねると、アンジェの気色ばんだ声がやってきた。

努めて冷静を装うも、明らかに諫言の口調。彼女の圧力に、思わずロイズが身構える。

外は曇り空だろうか。小窓から差し込む星明かりでは、お互いの表情をはっきりと確認する事は出来なかった。


「先ずは、ご容体ですが……安定してまいりました。明日には、上半身だけでも起こした状態で、食事を摂ることができると思います」


木片の灯り(ルチーナ)は、寝室に残したままだった。

取りに戻るのも煩わしい。アンジェは、本題を急いだ。


「それと……お考えがあっての事でしょうから、あまり言いたくは無いのです。ですが、どうしても抑える事ができません。失礼を承知で、発言をお許しください」

「あ、はい……」


ほんの僅かな光が届く中。アンジェの唇が堅い意思を表して、ロイズは承諾をした。


「王妃様に、無茶をさせないで下さい」

「……」


届いたのは、単刀直入な願いだった。

愛する人が、他者からも慕われているのだと、認識できる発言――


それを実感できるのは、幸福(しあわせ)に違いない。


「……」


しかしながら、目の前の要望を聞き入れる訳にはいかなかった――


というよりも、伴侶(リア)を大人しくさせる方法があったとしたら、教えて欲しいくらいである。


「そう、言われましても……」


無茶言うな。ロイズにしてみれば、アンジェの真摯な要望こそが、無理難題。


おもむろに、テーブルに置いていた右手を首の後ろに持っていくも、適当な言葉が浮かばずに、男は結局、思ったままを口にした。


「言ったって、聞かないんですから……」

「……」


今度は、アンジェが固まった。

暗闇の中ではあるが、目の前で発する声の主からは、困惑の表情が見て取れる。


「そう……なんですね……」


もしかして……

片隅で燻ぶっていた可能性が、どうやら正解。

アンジェの脳裏には、帽子を深く被って市中へと散策に出掛ける王妃の姿が(めぐ)った――


「わ、わかりました…… ただ、王妃様と日頃から時間を共にしている、私達の気持ちも、汲んでいただけると……」

「そうですね」


ロイズは、それ以上のやりとりを求めなかった――


自問自答を、何度も繰り返した。

いまさら何を言われようと、変えることは無い。


例え、どんな結果を招こうとも――


それは、他者には決して侵すことのできない、二人だけの覚悟。絆とも呼べるだろうか――


「失礼しました」


完全なる勇み足。

アンジェはスッと立ち上がると、立場をわきまえぬ発言の許しを請うように、深く一礼をした。


「いや。お気持ちは、ほんとに嬉しいです」

「……」


ロイズの一声が、薄暗い居住区の中で踊った。

思いもよらない発言に、王妃の安寧を求める心が晴れてゆく――


思考して、躊躇(ためら)いがあって、それでも指示をする。

しかしながら、発信者の意図する(すべ)てを、受信者が理解できるわけではない。

生まれた不満の声は、やがて指揮する者の耳に届いて、時に停滞を生んでゆく――


組織が止まる事態は、絶対に避けなければならない。


ましてや国王という立場なら、日々を送るだけの女中とは違って、見据える未来。景色が違うことは明白だ。


「お話を聞いて下さり、ありがとうございました」


不躾な要求の返答としては、充分な配慮。

少しでも、上下の心情が分かるように、お互いが寄り添った。


王妃を慕う。感情豊かな女中たちを束ねる者として、女中頭(アンジェ)はもう一度、感謝の一礼を送った。



スモレンスクとの開戦から寝室となっている、一階の使用人の支度部屋。

夜が明けて、身支度を整えたロイズは、先ずは螺旋階段を上って本来の寝室へと立ち寄った。


「行ってくるね」

「うん……」


ベッドで横たわったままの伴侶に一言を添えると、弱々しい声が鼓膜に届いた。


薄い衣服を纏っているだけの小さな身体は、明らかに元気を失っている。

点滴や注射といった医療行為が生まれる700年も前。栄養補給は口から摂るしかない。それでも正常な機能を失った身体(しんたい)は、その摂取すら拒むのだ。


うっすらと開いた瞼から覗く茶褐色の瞳が、昨日よりは大きく映る。

それだけでも、小さな身体に覇気が戻ってきたという事には違いなかった。


「マルマ、よろしく頼む」

「はい」


ロイズからの信頼に、傍らで少しふっくらとした身体を丸椅子に乗せたマルマは、任せて下さいと凛とした――



そして、夜明けを迎えた。南側の都市城門。


その先に設けられた巨大な落とし穴は、前日にロイズとグレンが危惧した通り、黒い翼が方々で、屍の肉を食らおうと鋭利な(くちばし)を上下に振っていた。


「ロイズ様。お待たせしました」


そんなところに背後から声を掛けたのは、近衛兵(ドルジーナ)を引き連れた美将軍。


「おう。やる気だね」


振り向いたロイズは、ライエルは勿論、背後に続く者たち全員が、軽装な出で立ちで、荷車の引き手を握っていることを認めた。


「穴を埋めたら、本日は終了と聞きましたので」


あどけなさの残る整った顔立ちが、ロイズの右に並ぶ上司に向けられた。

どうやら昨日の決定事項は、既にグレンからライエルへ、更には近衛兵(ドルジーナ)に伝わっている。

トゥーラは小さな国家。恐らくは、住民にも伝わっているに違いない。


「それじゃあ、任せるよ。穴を埋めたら、本日の作業は終了です!」

「了解です!」

「いくぞ!」

「おう!」


ロイズの号令に、ライエルを含んだ一団が応じると、彼らは二人に軽く会釈をしては東の方へ、ガラゴロと音を発して走り出した。


「頼もしいね」


遠ざかっていく背中たちを眺めながら、ロイズが呟いた。


同盟を結んでいるリャザンの方角には、落とし穴を建造した際に生まれた土砂が眠っている。


多大な堆積物(たいせきぶつ)

そんなものを発見されたら、怪しまれてしまう。例え侵略者たちが東へ回っても、リャザン側には深く陣を張らないだろうと予測して、土砂は松林の一角に限定するよう命じたのだ。


大変な量であったが、侵略軍の残していった荷車が加わった事により、随分と助かった。

土砂を崩し、荷車へと積み込む者。運ぶ者。それぞれが任意に動き、空模様を眺めながら、雨が降り出す前には、或いは午前中には作業を終わらせようと、皆が汗水を流した。


巨大な落とし穴を埋める作業は、麻縄によって自由を制限された、ブランヒルを中心とするスモレンスクの捕虜達が担った。


「これを、俺たちに任せるってのは、当てつけですかね?」


二日間に渡る戦闘中に、左足を負傷した副将(ベインズ)が呟いた。

思うままに歩くことは敵わない。それでも、添え木と布で患部を固定した状態で、朝から作業に加わった。


「そこのノッポさんは、動けそうかい?」


夜明けと共に、短い金髪に浅黒い肌をした男に声を掛けられた。

弱々しい姿を見せるわけにはいかないと、立ち上がったのだ――


「当てつけか……そうかもしれんが、慈悲とも受け取れるな」


トゥーラの兵士が()いてきた、土砂を積んだ荷車を受け取って、大勢の仲間が眠っている巨大な落とし穴を埋めていく――


視点を変えたなら、仲間の埋葬を、自らの両手で執り行っている――


戦った相手や住民に任せるくらいなら、自分達こそ相応しい。

苛立ちを見せるベインズに、ブランヒルは冷静を求める言の葉を送った。


「どうですかね」


それでも、面長の弟分は、視線を逸らして短い一言を吐き出した。


前日のこと。

労役と称して夜明け前から駆り出されていった仲間達は、日没と共に、居場所として与えられた、城の北にある練兵場に戻った。


出掛ける時には手首と足首が、麻縄によって繋がれていたが、戻ってきた時には足首だけだった。


槍を手にした近衛兵(ドルジーナ)を前後に配置して、その間に兄貴分(ブランヒル)を先頭に、スモレンスクの仲間達が居並んでいる。


そんな列の中に、短い金髪に浅黒い肌の男が紛れ込んでいて、兄貴分と親しそうに談笑をしていた――

後ろに続く仲間たちの表情も、微笑みが浮かんでいる。


(なんで、笑っていられるんだ?)


一人で練兵場に残されていたベインズは、疎外感。ともすれば怒りすら感じて、目の前の光景に唾を吐いたのだ。


「おつかれさん」

「おう」


続いた場面では、まるで同僚でもあるかのように、別れの挨拶を交わす光景が飛び込んできた。


捕虜に、成り下がる――


名門リューリク朝の流れを汲むスモレンスク。

誇りを失ったような変貌に、ベインズは右手に孤独な握り拳を作った――

お読みいただきありがとうございました。

感想等、ぜひお寄せください(o*。_。)o

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