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小さな国だった物語~  作者: よち


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74/245

【74.責務】

リャザン公国からの独立を果たしたトゥーラの地。

正確には、リャザン公国の重臣の思惑によって、自治権と軍事権の分離を強いられた、トゥーラという自治政府。


そんな小さな国家の将軍と、城内を司る女中頭は、夫婦である。


久しぶりに二人だけの夕食を済ませた屋根の下。

グレンは妻から二日間に渡る戦闘中の王妃の行動を耳にして、言葉を無くした――


「ちょっと待ってくれ。二日目は、他の者が屋上におったぞ?」

「そういえば……」


アンジェも、届いた質問にはハッとした。


「リア様が倒れたのは、初日です。ロイズ様がお気付きになって、寝室へとお運びしました。その時は、意識もあって、夜には、食事も摂られたのです」

「……」

「ですが、翌日になっても立てないままで、ずっと寝室に居たはず……なのに、戦いが終わった時には、屋上に……」

「そんな状態で、また、屋上に行かれた?」

「そう……なんでしょうか……」


腑に落ちない。アンジェはテーブルに置かれた木製の丸椀を両手で支えると、伏し目になって呟いた。


状況だけを踏まえれば、語った通りなのだ。

しかも代役が居たというならば、その者を排してまで、監視の任務に当たったということになる。


「……」


しかしながら。聡明な王妃様が、前日と同じ愚行を犯すのか?

アンジェには、どうしても納得のできない事跡だった。


「だいたい……」

「お、おい」


丸椀を支えていたアンジェの両腕に力が入って、小刻みに震えはじめた。

妻の怒りを夫は察したが、理由も矛先も、この時点では全く予想できるものではなかった。


「国王様は、最初から、王妃様を監視役に充てたって事でしょう!?」

「……」

「あなたまさか、知ってたんじゃないの!?」

「い……いや、知らんさ! 全く、聞いてない!」


妻の怒りの眼光が、鋭く突き刺さる。

幾多の者を屠ってきた左腕を掲げて視線を塞ぐと、タジタジとなった将軍は、細かく首を振って否定した。



当初の予定通り。夫との夕食を済ませ、再び城に戻ったアンジェは、木片の灯り(ルチーナ)だけを頼りに、螺旋階段を登って3階の国王居住区へと向かった。


階段を登り切って一つ目の扉を開いたところで立ち止まり、一息挟むと、二つ目の扉をそっと開いた。


「……」


隙間から首を伸ばすと、奥の寝室で、ベッドの方に身体を向けて、椅子に座って看病をしているマルマの姿を認めた。


王妃様は、眠っているようだ。

マルマの口は動かずに、黙って見守っているだけである。


「マルマ」


居住区に足を踏み入れると、アンジェは寝室の手前で口元に手を当てて、手招いた。


「はい?」


声に気付いてマルマが顔を向けると、アンジェが居住区の中ほどに立っていた。

手にする木片の灯り(ルチーナ)と、窓から差し込む星明かりに浮かぶ彼女の姿は、まるで墓場から舞い戻った亡者の(たぐい)に映った。


「なんでしょう?」


一瞬驚くと、マルマは居住区で立ち止まっている姿に違和感を覚えて、彼女自身が立ち上がり、ささやかな懸念と共にアンジェの元へと足を進めた――


「ちょっと、聞きたいことがあるの」

「はい……」


静かな言葉の内側に、どこか高圧的なものが孕んでいる。

叱られる前の緊張感みたいな空気を感じ取ったマルマは、眉をひそめて呟くと、背中を向けて歩き出したアンジェの後ろ姿を眺めながら、重い足取りで、居住区から螺旋階段の方へと移動した。


やがて、扉の前で立ち止まったアンジェが促して、マルマを先に通した。

続いて国王居住区とを隔てる扉を閉めると、急くように口を開いた。


「昨日の事だけど……」

「はい」


なにかした?

マルマは小言に怯えながら、俯き加減で返事した。


「王妃様を見つけた時の状況を、教えてほしいの」

「え?」


予想外の問い掛けに、俯いていたマルマが顔を上げると、ルチーナを手にした上司の顔が、暗がりの中で浮かんでいた。


屋上へと続く梯子の先は、換気を促すために解放されていて、夏の夜の、少し湿った空気が、二人の頬を潤すようにやってきた。


「なに?」

「いや、怒られるのかな……と思って」

「あんたね」

「だって、そんな感じがします……」

「……」


一瞬の静寂は、上司の冷静を促した。


「怒っているけど、あなたに対してじゃないから大丈夫よ。たぶん」

「たぶんって……」

「いいから、話しなさい」

「はい……」


時間が惜しい。苛立ちも手伝って、アンジェが話を遮って本題を求めると、マルマは記憶を辿りながら口を開いた。


「昨日は……アンジェさんに北へ行くように言われたあと、ライラとメイちゃんも一緒に、水袋を持って、家を回って水の補充をしていたんです。そこに、外から勝ったって声が聞こえてきて……」

「それで?」

「わたし……リア様に……王妃様に。勝ったよって伝えたくて……走ってきたんです。そうしたら……寝室の扉を開けたら……煙が凄くて……」

「煙?」


マルマの言の葉に、アンジェの記憶が蘇る。

寝室には、(すす)のような黒が付着して、悪臭は、他の場所よりも強く感じた――


「それで、屋上に行ったんです。嫌な予感がして……下へ行ったなら、みんなと一緒に居るだろうから……」

「……」

「そうしたら……」


俯くと、マルマの言葉が止まった。


「ありがとう!」

「え?」


アンジェは大きく両腕を広げると、マルマを強く抱き締めた。


「ありがとう! ありがとうね。マルマ……」


続いた感謝の言の葉に、マルマの不安は霧散した――



「……」


その後。看病を引き継いだアンジェは、丸椅子にふっくらとした身体を沈めると、冷静な視線をベッドで眠る安らかな寝顔へと注いだ。


昼間の看病は、暑さに苦しむ場面も見られたが、意識を戻す時間もあったようだ。

その際にはハチミツを溶いた水分をいくらか含み、美味しいと口にしたらしい。


発汗による体温調整が機能不全に陥って、容体は、夜の方が安定するだろうとの事だった。


<王妃様には、自由でいさせてやりたい……ロイズ様は、ワシに言われたことがある>


今しがた。(ここ)へ来る前。

食卓での夫の言の葉が、アンジェの頭を過ぎった。


「リア様。私は……無茶はして欲しく……無いのです」


アンジェの哀しい懇願が、薄暗い室内に響いた。


女性が戦場に出るだけでも信じ難いのに、担った役目が重責の監視役。しかも、単身で。

夫の話を引き合いに出すなら、彼女が自ら積極的な関与を願い出た可能性がある――


「……」


だからと言って、実際に任務を与えることは、別である。


結果は勝利で終わったが、一方で、大事な命が危険に晒された――


城で働く女中たちは、王妃様を慕っている。


そんな彼女たちに、どんな説明をしろと言うのか――


「……」


しかし一方で、王妃様の心の内が、アンジェにはぼんやりと理解できていた。


救護の場所や補給路を巡って、夫と意見が衝突したことは、何度もある。

その度に。前線に立つ労苦を盾に、上から目線でモノを言われ、忸怩たる想いを心に宿した――


国王夫妻を招いた食事の席で、彼女の放った発言とその後のやりとりは、随分とアンジェの留飲を下げたのだ。


―――――

女中頭(アンジェ)は勿論、夫の将軍(グレン)も知らない。


二日間に渡る作戦どころか、ロイズがトゥーラに赴任して以来の政治と軍略の総てを、彼女が担っていたことを――


だからこそ、逃げる事は許されない。

どんな結果になろうとも、見届けなければならない。


女性であろうとも、小さな王妃は当然の責務として、総てを見渡せるあの場所に、自らの足で立とうとしたのである――

お読みいただきありがとうございました。

感想等、ぜひお寄せください(o*。_。)o

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