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小さな国だった物語~  作者: よち


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75/218

【75.埋葬】

夜が明ける。


前日のような青空とは違って、どこか湿っぽい、灰色を含んだ低い雲が目立つ空模様。


「降ってきそうですな…」

「そうですね…」


都市城門を出たところで四角い顔の将軍が馬上から空を見上げて呟くと、右側で並び立つ端正な顔つきをした国王の眉尻が下がった。



「……」


昨夜のロイズは、夕食前と就寝前の二度に渡って、療養中のリアを見舞った。

女中のマルマは普段と変わらぬ態度で接してくれたが、アンジェからは、なんだか厳しい視線が向けられた。


「国王様…」

「はい…」


普段と同じように暗闇の螺旋階段を登ると、夜風を通すために解放された二つの扉を潜ったところで、寝室の丸椅子に座っていたアンジェがスッと立ち上がるのが目に入った。

そして膨らんだ身体をしずしずと運んできて、呼び掛けられたのだ。なんだか神妙な面持ちで――


居住区の西側。普段を過ごしている小さな席。

左手で椅子を引いたロイズが右手を前にして着席を促すと、アンジェが静かに一礼をして、テーブルを挟んで向かい合った。


「なんでしょう?」

「王妃様の事です」

「……」


ロイズが尋ねると、アンジェの気色ばんだ声がやってきた。

努めて冷静を保とうとしているが、明らかに諫言の口調。彼女の圧力に、思わずロイズが身構える。

外は曇り空だろうか。小窓から差し込む星明かりでは、お互いの表情をはっきりと確認する事は出来なかった。


「先ずはご容体ですが…安定してまいりました。明日には上半身だけでも起こした状態で、食事を摂ることができるかもしれません」

「はい…」


思わず足が向き、ランプは寝室に残したままである。

取りに戻るのも煩わしいと、アンジェが本題を急いだ。


「それと…お考えがあっての事でしょうから、あまり言いたくは無いのです。ですが、どうしても抑える事ができません。失礼を承知で、発言をお許しください」

「はい…」


ほんの僅かな光が届く中、アンジェの唇が堅い意思を表して、ロイズは承諾をした。


「王妃様に、無茶をさせないで下さい」

「……」


届いたのは、単刀直入な願いであった。

愛する伴侶が、他者からも慕われているのだと、改めて認識できる発言――


それを実感できるのは、幸福な事象である。


「……」


しかしながら、目の前の要望を聞き入れる訳にはいかない――


というよりも、伴侶を大人しくさせる方法があったとしたら、教えて欲しいくらいである。


「そう、言われましても…」


無茶言うな。ロイズにしてみれば、アンジェの真摯な要望こそが、無理難題。


おもむろに、テーブルに置いていた左手を首の後ろに持っていくも、適当な言葉が浮かばずに、ロイズは結局思ったままを口にした。


「言ったって、聞かないんですから…」

「……」


今度はアンジェが固まった。

暗闇の中ではあるが、目の前で発する声の主からは、困惑の表情が見て取れる。


「そう…なんですか…」


もしかして、考えを改めるべきなのは、自分なのか?

アンジェの脳裏には、帽子を深く被って市中へと散策に出掛ける王妃の姿が(めぐ)った――


「……わかりました。ただ、王妃様と日頃から時間を共にしている、私達の気持ちも汲んでいただけると…」

「そうですね」


ロイズは、それ以上のやりとりを求めなかった――


自問自答を、何度も繰り返した。

いまさら何を言われようと、変える事は恐らく無い。


例え、どんな結果を招こうとも――


それは他者には決して侵すことのできない、二人だけの覚悟。絆とも呼べるだろうか――


「……」


何の成果も得られない…

アンジェはスッと立ち上がると、立場をわきまえぬ発言の許しを請うように、深く一礼をした。


「お気持ちは、ほんとに嬉しいです…」


ロイズの静かな一声が、薄暗い居住区の中で踊った。

思いもよらない発言に、幾らかアンジェの心が晴れてゆく――


考えがあって、躊躇があって、それでも指示をする。

しかしながら、発信者の意図や思慮の総てを、受信者が理解できるわけではない。

生まれた不満の声は、やがて指揮者の耳に届いて、時に停滞を生んでゆく――


組織が止まる事態は、絶対に避けなければならない。


ましてや国王という立場となれば、日々を送るだけの女中とは違って、見据える未来、景色が全く違う事は明白である。


「お話を聞いて下さり、ありがとうございました」


アンジェはもう一度、浅く一礼をした。


上に立つ者の心情が、少しは理解できる――

感情豊かな女中たちを束ねる彼女には、不躾な要求の返答としては充分なものであった――




スモレンスクとの戦いが始まって以来寝室となっている、一階の使用人の支度部屋。

夜が明けて、身支度を整えたロイズは、先ずは螺旋階段を上って本来の寝室へと立ち寄った。


「行ってくるね」

「うん…」


ベッドで横たわったままの伴侶に一言を添えると、弱々しい声が鼓膜に届いた。


薄い衣服を纏っているだけの小さな身体は、明らかに元気を失っている。

点滴や注射といった医療行為が生まれる600年も前。栄養補給は口から摂るしかない。それでも正常な機能を失った身体(しんたい)は、その摂取すら拒むのだ――


一夜を越えて、うっすらと開いた瞼から覗く茶褐色の瞳が、昨日よりは大きく見える。

それだけでも、小さな身体に覇気が戻ってきたという事には違いなかった――


「マルマ、よろしく頼む…」

「はい」


ロイズからの信頼に、傍らで少し肉付きの良い身体を丸椅子に乗せたマルマは、背筋を伸ばし、任せて下さいと凛とした声音を返した。



夜明けを迎えた、南側の都市城門。


その先に設けられた巨大な落とし穴は、前日にロイズとグレンが危惧した通り、黒い翼が方々で、屍の肉を食らおうと鋭利な嘴を上下に振っていた――


「ロイズ様。お待たせしました」


そんなところに背後から声を掛けたのは、近衛兵を引き連れて城門までやってきた美将軍である。


「おう。やる気だね」


振り向いたロイズは、ライエルは勿論、背後に続く近衛兵たち全員が、軽装な出で立ちで荷車の引き手を握っている事に感心をした。


「穴を埋めたら、本日は終了と聞きましたので」


あどけなさの残る整った顔立ちが、ロイズの右に並ぶ上司に向けられた。

どうやら昨日の決定事項は、既にグレンからライエルへ、更には近衛兵にも伝わっている。

トゥーラは小さな国である。恐らくは住民の間にも伝わっているに違いない。


「それじゃあ任せるよ。穴を埋めたら、本日の作業は終了です」

「了解です!」


ロイズの号令に、ライエルを含んだ一団が声を揃えて応じると、彼らは二人に軽く会釈をしては東の方へとガラゴロと音を立てて走り出した。


「頼もしいね」


遠ざかっていく背中たちを眺めながら、ロイズが呟いた――


同盟を結んでいるリャザンの方向には、落とし穴を建造した際に生まれた土砂が眠っている。

林の中の、多大な堆積物。そんなものを発見されたら、怪しまれてしまう。例え侵略者たちが東へ回っても、リャザン側には深く陣を張らないだろうと予測して、土砂の廃棄は松林の一角に限定するよう命じていた。


大変な量であったが、侵略軍の残していった荷車が加わった事により、随分と助かった。

土砂を崩し、荷車へと積み込む者。運ぶ者。それぞれが任意に動き、空模様を眺めながら、雨が降り出す前には、或いは午前中には作業を終わらせようと、皆が汗水を流した。



巨大な落とし穴を埋める作業は、麻縄によって自由を制限された、ブランヒルを中心とするスモレンスクの捕虜達が担っていた。


「これを、俺たちに任せるってのは、当てつけですかね?」


二日間に渡る戦闘で、左足を負傷したスモレンスクの副将ベインズが呟いた。

城の北側にある練兵場で傷の回復を待った結果、未だ思うままに歩く事は敵わなかったが、副木と布で患部を固定した状態で、朝から作業に加わっていた。



「そこのノッポさんは、動けそうかい?」


夜明けと共に、短い金髪に浅黒い顔をした男に声を掛けられた。

弱々しい姿を見せるわけにはいかないと、立ち上がることにしたのだ――



「当てつけか…そうかもしれんが、慈悲とも受け取れるな…」


トゥーラの兵士が牽いてきた、土砂を積んだ荷車を受け取って、大勢の仲間が眠っている巨大な落とし穴を埋めていく――


視点を変えたなら、仲間の埋葬を自らの手で執り行っている――


敵の兵士や住民に任せるくらいなら、自分達こそ相応しい。

苛立ちを見せるベインズに対して、ブランヒルは冷静さを求めるように静かな言葉を投げ掛けた。


「どうですかね…」


面長に複雑な表情を浮かべた弟分は、短い一言を吐き出した――



前日のこと。

労役と称して夜明け前から駆り出されていった仲間達は、日没と共に、居場所として与えられた、城の北側にある練兵場へと戻ってきた。


出掛ける時には手首と足首が余裕のある麻縄で繋がれていたが、戻ってきた時には足首だけであった。

槍を手にした近衛兵二人を前後に配置して、その間にブランヒル隊長を先頭に、スモレンスクの仲間達が居並んでいる。


そんな隊列の中に、見慣れない、短い金髪に浅黒い顔をした男が紛れ込んでいて、兄貴分と親しそうに談笑をしていた――

後ろに続く仲間たちの表情も、明るい微笑みが浮かんでいる。


(なんで、笑っていられるんだ?)


練兵場に一人残されていたベインズは、疎外感、ともすれば怒りすら感じて、目の前の光景に唾を吐いたのだ。


「おつかれさん」

「おう」


続いた場面では、まるで同僚でもあるかのように、別れの挨拶を交わす光景が飛び込んできた。


捕虜に、成り下がる――


名門リューリク朝の流れを汲む強国の軍人としての誇りを失ったかのような変わりように、ベインズは一人こぶしを握り締め、奥歯にくっと力を込めるのだった――

お読みいただきありがとうございました。

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