【69.対抗心】
「何を、話しているのです?」
都市城壁の南側。
勝利を決する要因となった巨大な落とし穴と、侵略者の本陣が設けられていた林との間。
亡骸を処理するウォレンとブランヒルとの会話に、割って入った者が居た。
「お前……」
「え? もしかして、国王様?」
思いもよらない人物が現れて、それぞれの驚きの声が上がった。
ウォレンは単なる一市民。
面識は無かったが、先頭の人物の背後には、懇意にしている美将軍。さらには数人の護衛を従えていたのだ。
「何しに来たんだ?」
ブランヒルが、視線を向けて問い質す。
「なにって……私も、加わろうかと思いまして」
「は?」
「なに?」
「いやいや。さすがにこんな汚れ仕事。国王様がやることは無いですよ!」
平然と飛び出した発言に、ブランヒルは左の口角を上げ、さしものウォレンも右の手のひらを前にして、発言を諫めた。
「だからこそ……やるんですよ」
涼しい顔で、ロイズは否定した。
「……」
「おい、ライエル? ウチらの国王は、ちょっと変だぞ?」
「否定はしません」
ウォレンの吐いた軽口に、ロイズの背後で槍を持ったライエルは、整った顔立ちに諦めを含んで微笑した。
国王の前でありながら、普段と変わらないウォレンもまた、見る人によっては普通ではない。
しかしながら、これは同世代。軽口を許せる雰囲気を纏ったロイズだからこそ、引き出せるもの。
威厳といったモノを醸し出し、他者の本音を封じてしまうことは、器を小さくすることと同義である――
もちろん彼とて、意識的に為している訳ではない。
だが、これは紛れもなく、上に立つ者の資質と言えるのだ――
太陽が頂点を過ぎたころ。
故郷を離れ、異国の地で斃れた者たちの姿は、随分と減っていた。
防具を外された亡骸は、荷車の積載物となったあと、都市城壁の前に設けられた巨大な落とし穴へと運ばれた。
当然。扱いは雑なもの。二人掛りで足首と肩を持ち、そのままふわっと外側に振ってから、内側に放り投げるのだ。
どすっという鈍い音色が下から響くと同時に、嫌な気分がやってくる。
それでも、二桁も腕を動かすと、何かしらの感情も無くなっていた。
「戦いと、一緒だな……」
虚しさに、一人の近衛兵が呟いた。
「最初は、相手に槍を突き刺すことを躊躇った……それでも、10人倒せば、なにも感じねえ」
一人前の兵士となる、第一歩。その手で敵を斃すこと――
投石器や弓では無い。相手の皮や肉片を感じ、その死の一端を、自らの手で担うこと――
殺すか、殺されるか。
そんな死線に何度も立ち、死神を招かなかった者たちが、他者に認められ、ゆくゆくは隊を率いる立場になるのである。
斃した者。
斃された者。
誰もが最初から、武器を手にした訳ではない。
憎しみを抱いた者は勿論。不幸にも、生きる術が殺戮以外に無いような環境や時世。
一人の産まれ落ちた無垢な人間が、様々な要因や、幾つかの過程を経て、兵士となってゆくのだ――
「ふう。南側はだいぶ終わったかな。休憩にしましょうか」
落とし穴を挟んだ向こう側。水筒やらパンやらを載せているであろう荷車の姿が都市城門から出てくると、ロイズが汗を拭った。
国王様が城外で、捕虜と共に身体を動かしている――
勝利した喜びと、戦いからの解放感。
噂話が伝わると、寝起きの民たちが、啓蟄を迎えた昆虫がエサ場を求めるようにわらわらと集まって、戦後処理という重い状況にも関わらず、いつの間にか祭りの準備をするかのような雰囲気となっていた。
「お疲れ様です! 水と食料を、お持ちしました! 欲しい方は、取りに来てくださいね!」
落とし穴を迂回して、西側の安定した場所へと荷車を届けると、口元に左手を当てた女中が、高い声で叫んだ。
城外は地面の凹凸が激しいうえに、投石器の砲弾や梯子の残骸やらが散乱し、普段通りの移動は困難だ。
補うために、一台の荷車につき、4人ほどの女中が割り当てられていた――
「ちょっと待って」
「なに?」
最後の荷車を牽いていたアビリが、麦わら帽子から垂れ下がる黒髪のポニーテールを揺らしながら声を発すると、後方から荷車を押していた同僚が、足を止めて促した。
「国王様もいるのよね? 取りに来られるの? そんな訳ないわよね。持って行くべきじゃないの?」
「何言ってんのよ。見て回っているだけでしょ? スグ。お城に戻ってくるわよ」
「そうかな? だって。普段でも、国王様と王妃様は、私達と同じ食堂で食べる事があるんだよ?」
「……」
同僚は否定した。それでも、アビリは自信をもって持論を吐いた。
「わたし、行ってくるわ。それに、遠くの人の方が、朝早くから動いてるでしょ?」
「……そうだね。分かった。任せる」
「ありがとう」
訴えに、わずかな静寂を挟んでから、仲間の承諾がやってきた。
多くの住民が城外に足を置いていて、水と食料は往復して何度も運ばなければならない。
悪路でもこぼれ落ちない程度の水筒とパンを荷台に載せると、アビリは新米女中を補助にして、落とし穴の向こう側。遠くにある人影を目指して荷車を牽き始めた。
「……」
力強い日差しが晴天から降り注ぐ。
それぞれに被った麦わら帽子の下では、ガタガタっと音を奏でる二つの木製の車輪が、地面の凹凸に対して抗うように弾んだ。
「あなた、名前は?」
汗の滲んだ両手で取っ手を掴み、前だけを見据えて荷車を牽き歩くアビリが、荷台に載せた陶器の水筒が倒れないようにと気遣いながら、後方で力を貸している、背の高い女中に尋ねた。
「はい。ライラと申します」
「ふうん」
しっかりと前を見据えたままで、アビリは素っ気ない反応を示した。
「あなたいっつも、マルマと一緒に居るわよね?」
「え? あ、はい……」
思わぬ名前を耳にして、ライラが顔を上げると、黒いポニーテールが麦わら帽子の下で揺れていた。
「どうなの? あいつ」
「え? どうって?」
煮え切らない後輩の反応に、目元に汗を浮かべたアビリが口調を強くした。
「一緒にいて、どんな感じなの?」
「え? その……良くしてもらってます。一緒に居ると……なんだか楽しいです」
「……」
返ってきた発言は、羞恥を含んだ。
「楽しい……ね」
アビリは少し遠くに目をやって、マルマの普段を思い浮かべた。
大広間。皆の笑い声の、中心にいる。
調理場では、アンジェにつまみ食いを指摘され、懲りないなあと皆が笑っている。
食堂に下りてきた王妃様とテーブルを挟んで、嬉しそうに夕食を食べている――
「確かにね。あの子はいつでも、笑ってる気がするわ」
「はい!」
呆れたようなアビリの反応に、ライラの頬が綻んだ。
「ねえ?」
「はい。なんでしょうか?」
「マルマだったら、私と同じ行動、したと思う?」
「……それは……はい。したと思います」
しばらく考えて、ライラが思ったままを口にした。
尊敬する先輩は、きっとエプロンに付いたポケットから焼き菓子を取り出して、口へと放り込み、さあ行くよと先頭に立って、荷車を牽いている筈である――
「そうよね」
「たぶん、全員連れてきたと思います」
「……」
そして、みんなで一緒になって、パンと水を配り歩いたことだろう――
「あの、それが何か?」
「なんでもないわよ!」
いたたまれなくなったアビリがぶっきらぼうな言葉を吐き出すと、荷車を牽き歩くスピードが、ちょっとだけ上がった。
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