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小さな国だった物語~  作者: よち


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68/246

【68.北の水路】

絵筆で描いたような青い空。

風は穏やかで、短い夏を励むように、天頂からの日差しは厳しかった。


激闘の疲れを癒すため。自然と目が覚めるまで眠ることを許された一家の主たちも、暑さに耐え切れず、ようようと外気に漂う僅かな空気の波を求めて、這い出るように家屋との段差を跨いだ。


「暑いけど、防具を付けてるより、マシだな」


神の審判を仰ぐなか、奮戦していた24時間前と比べたら、穏やかな空気の中で、身体一杯に陽射しを感じられる今の瞬間は、何物にも代えがたい。


とある男は、降り注ぐ陽光に右手を翳すと、生きている実感を吐き出した。



「ウォレンさん。ありがとうございます」


南側。トゥーラの都市城門。

左右に5名づつ。10名の近衛兵(ドルジーナ)が屹立する間を抜けた美将軍(ライエル)が、浅黒い肌の男に感謝した。


「おう」

「いかがですか?」

「とりあえず、人手が要るわな……この暑さだ。転がってる死体が腐ってくるぞ? そうなったら、運べねえから、その場で穴を掘って埋めるか、焼くしかねえぞ?」


困惑が戻ると、ライエルの青い瞳が、左右に垂らした前髪の間から城外を見渡した。


僅か2メートル先からは、戦いの勝敗を分けた巨大な落とし穴が、冷厳とその存在を主張して、穴の底には黒く焼け(ただ)れた敵兵の姿だったものたちが、惨たらしい姿を晒している。

視線の先、深さ5メートルの落とし穴の向こうには、前日まで敵が本陣を構えていた緑の茂る林が在って、その手前には、約20名ほどの男達が点在し、横たわっている鎧姿の兵士達の亡骸を、黙々と荷車へと運ぶ作業をこなしていた――


「分かりました。ちょっと、確認してきます」

「おう。……あ、おい」


踵を返して城内に戻ろうとした将軍を、平民のウォレンが呼び止めた。


「はい?」

「監視ってのは、性に合わねえな。少しでも作業を進めたほうが良いだろ? 動いていいか?」

「勿論です。そこに居る近衛兵(ドルジーナ)にも、手伝ってもらいましょう」


振り向いたライエルに、首の後ろに右手を置いたウォレンが尋ねると、陽射しを浴びて、ニコッと少年のような眩しい笑顔を浮かべたライエルは、小走りとなって城門へと足を進めた――



落とし穴の外側。

亡骸の処理を担うのは、捕虜となったスモレンスクの敗残兵。

親指ほどに()った麻ひもで、両の足首は拘束中。それでも歩幅は確保されていて、肩から先は自由に使えるようになっていた。


周囲の兵士は牧歌的。捕虜を蔑むこともない。

監視というよりは、周辺の警戒任務に当たっているといった感じである。


これなら、逃げられる――


誰の頭にも浮かんだが、囚人たちは実行する気にならなかった。


牢屋へ入れられて、退屈な日々を送るよりはマシである。

捕虜とは思えない好待遇。各々に日差し避けの麻布が配布され、腰には自由に飲めるようにと、水筒までぶら下がっている。


「俺達も、手伝うぜ」


やってきた笑顔の主は、朝方、ライエルと一緒に居た人物で、浅黒い肌の男だった。

威厳は見当たらない。そこらにいる市井の青年と、変わらないように思えた。


(こいつも、上役なのか?)


ブランヒルの脳裏に、一人の男が浮かんだ。他ならぬ、小さな国の国王である。


近衛兵(ドルジーナ)と共に現れて、立場が上だと分かったが、平服であったなら、眉目秀麗な顔立ちには惹かれたかもしれないが、肩書に気付く事は決して無かった。


槍を交えたライエルにしても、腕は立つが、少年のような幼さの残る容貌で、常識で考えれば、とても将軍と呼ばれるような年齢ではない。


(むちゃくちゃだな)


沈着冷静なブランヒルの表皮に、ふっと微笑が浮かんだ。

それは若く才能に溢れた者達が集う小国に対する期待と懸念。或いは、叶う事は無いと分かったうえで、彼らの輪の中に自らが身を置いたなら……という。ある種の羨望から生まれるものだった。


「すまんな」


刃物の所持は許されず、立ったままで眺めていたブランヒルが、思わず声を発した。


目の前で。片膝を落としたウォレンが、ナイフを手にして同郷の男だった亡骸が(まと)っている、防具の紐を断っていく。


「それは、何に対してだ?」

「……」


手を貸そうと膝を曲げたブランヒルが、浅黒い横顔から発せられた問い掛けに、ピタッと動きを止めた。


無意識の発言は、助力に対する礼に違いない。しかしながら、決してそれだけでは無い……ように思えた。


「アンタに、止める事が出来たのか?」

「……」

「みんな、わかってんだよ」

「……」

「切れたぜ。そっち側を、持ってくれ」

「ああ……」

「アンタらを恨んでも、仕方ねえ」


防具の外された亡骸。

ずしっと重い両肩を下から支えたウォレンが、淡々とした口調で言い切った。


「……」


命じられたままに動くのが、兵士の務め。その本質に、疑う余地はない。ウォレンの発言は、それを前提としている。


ブランヒルは扱い易いように麻紐で縛られた、共に戦った亡骸の二つの足首を、まるで廃材を手にするような感覚で、両手に掴んだ。


「根っこから変えなきゃな。どうせ枝を払って、終わりなんだろ?」

「……」


異国の地で斃れた亡骸が、二人の手によって、ドスンと音を立てて荷車へと載せられた。


「それで今、根っこは何してんだ?」


強い日差しが降り注ぐ。

ウォレンの問い掛けが、頭上に広がる青空に、空しく響いた――



ウォレンの家は、決して裕福では無かったが、温和な家族に囲まれた、穏やかな家庭であった。

両親、兄夫婦、甥っ子姪っ子の7人家族で、父と兄貴はふたりとも、建築、土木関係の人足として働いている。


ウォレンもまた、そんな二人に倣うように家計を助けるべく従事したが、日々同じことの繰り返し。

工事行程を短くするアイデアが浮かんで上司に提案するも、組織の末端の意見など取り入れられる筈もなく、変わることの無い状況に辟易としていた。


「あの北の水路は、二股に分けた方が絶対に使い易くなる。そう思うだろ?」

「……まあな」


星明りの注ぐ夜。藁ぶき屋根の外側で、酒を頼ったウォレンが兄貴に愚痴を吐き出した。


「でもなあ……あの水路。先ずは真っすぐに城へ引けって言われてるからなぁ」

「はあ? 北から城に水引いて、また北へ向かって水路を作る? バカだろ」

「……去年は、水不足になったからなぁ」

「けっ。先ずは城主様からってか? 北には、農地もあるんだぜ? 飢え死にするわ!」

「まあ……そう言うなよ。無駄に思う仕事でも、俺らは働けば、食っていけるんだからさ」

「工事なんて、いくらでもあるだろ。城壁高くしたり。足場作ったり。そっちが先だろ!」

「まあなぁ」


多かれ少なかれ、仕事への不満は誰もが持っている。

浮かんだ(すべ)ての不満を呑み込むことが正しい訳ではない。しかしながら、父や兄貴は日々の稼ぎで家族を養っている。

そんな事は当然理解しているつもりでも、先ずは労働で対価を得ることが目的の二人と、労働の意義や成果を考える余裕のあるウォレンでは、求める優先度が違うのだ。


朴訥な兄もまた、同じ道を歩んだ。

だからこそ、以前の自分に姿を重ねて、弟の愚痴を聞いている――


その後。ウォレンはついに、工事を現場で仕切る上役を飛び越えて、役人に変更を求めた。


しかしながら役人は、城主に具申して、機嫌を損ねることを恐れた。

そして提案は、()()もなく断られ、閉塞を感じた彼はついに仕事を投げ出した。


補足をしておくと、当時の城主であるブルンネルは実際のところ、聞く耳を持っていた。

しかし彼を支える役人が、それなりに優秀だったこともあり、政治や軍事に口を出す機会が殆どなかったのだ。


やがて役人との間に自然と敷居が生まれ、耳障りの良い話だけが城主の元に届くようになり、結果として、彼の手足を煩わせることの無いように。という空気が生まれ出た。


ともすれば暗君という印象を持たれている前城主(ブルンネル)だが、実際には能力を発揮する機会が訪れず。彼にとっては気の毒な一面もあったのだ――



そんなところに、新しい城主がやってくるという知らせが届いた。


スモレンスクの度重なる侵攻によって生まれた戦禍は大きなもので、夏が終わって修復に駆り出される住民の疲弊や不満は、相当に高まっていた。

再び戦火が起こる。厳しい冬の訪れは、スグそこまで来ている――


なんでこんな時期に?

トゥーラに住まう誰もが、浮かない顔をした。


新任の城主を迎える際。入城式なるものを開催するのが常だったが、役人から準備を命じられることはついに無く、やがて当日を迎えた。


朝を迎えた住民は、普段通りに畑仕事や土木作業に向かうと、昼過ぎになってようやく、新しい城主が近くまでやってきたとの知らせを受け取った。


トゥーラの人口は、約1500人。流石に手を止めて、出迎えを命じられると誰もが思っていたが、意外にもそんな通達は無いままで、一行の姿がいよいよ見えたという誰かの知らせが流れた。


「……出迎えに、行くか?」


どんな人物か……自然と声が上がると、人々は作業を中断し、衣服もそのままに、南の都市城門から城へと続く大通りを挟んで、新たな城主の到着を待つ事となったのだ。


歓迎なんていらない。

トゥーラの住民の、普段の姿を目にしたい――


勿論、これはリアの進言によって生まれた事象である。



新しい城主は、端正な顔立ちを覗かせる若者で、実績も無い若造が最前線の地にやってきて、何ができるのか……不安を覚える者が大勢いる――


そんな話を、出迎えに足を運ばなかったウォレンは兄から耳にした。


この頃のウォレンは、外を駆け回る甥っ子や姪っ子の世話をして過ごすうち、近所の子供たちの世話を任されるようになっていた。

彼とて、仕事が嫌いなのではない。請われれば出向き、感謝をされる事で、社会の一員たる自覚を宿し、存在意義を得て安らぎの心を得るのである――


新しい城主が着任した翌日。子供達を引き連れて、北の方へと出向いたウォレンは、水門付近で行われている土木作業の現場に出くわした。


「……お前たち。ちょっと待ってろよ?」


瞳を見開いたウォレンは、両腕を広げて子供達に告げると、急くように目の前の工事現場へと足を運んだ。


「おい! 何の工事をしてるんだ?」

「水路を分けろってさ。新しい城主様の、命令なんだとよ」

「ちょっと、図面を見せてもらってもいいか?」


強い要求に、渋々ながらも、木片に描かれた図面が手元にやってくる。


「……」


驚いて、時間が止まった。

そこには字体は違えど、彼が役人に提案した図面とまったく同じ概要のものが描かれていた――



「俺、明日から北の水路に行くわ」


その夜。ウォレンはバツが悪そうに頭を掻きながら、就寝前に(くつろ)ぐ父親に、前向きな感情を告げたのだ――

お読みいただきありがとうございました。

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