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小さな国だった物語~  作者: よち


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70/245

【70.逃げない姿】



「あの……食べ物を、お持ちしました」


トゥーラの南側。

朝から続いた(むくろ)の処理が終了を迎えるころ、巨大な落とし穴を迂回して、一台の荷車がやってきた。


「お。ありがてえ」


車輪が止まって、浅黒い顔(ウォレン)が振り向くと、二人の女性が肩で息をして、汗だくになっていた。

荷物は少量でも、仕方がない。残骸が残る、平坦の無い戦禍の跡を、二人の細腕だけで牽いたのだ。


「おいおい、大丈夫か?」


ウォレンが慌てて駆け寄ると、アビリとライラがへなへなっと膝から崩れ落ちた。


「な、なんとか……」


普段は城の中で働く身。厳しい夏の日差しも作用して、身体は悲鳴を上げていた。

それでも先輩として、アビリが気丈に声を発した。


「とりあえず、水を飲め」


荷車から一本の木筒を掴むと、ウォレンは栓を開けてアビリの前へと差し出した。


「あ、ありがとうございます。でも、これは、皆さんの……」

「アンタが倒れちゃ、意味が無いだろ。どうやって戻るんだよ」

「すみません……」


不甲斐ない姿を晒したうえに、普段からあまり接する機会のない男性の顔が近付いて、アビリは頬を染めながら木筒を受け取った。


「ほら、あんたも」

「あ、ありがとうございます」


続いて金髪を麦わら帽子で隠したライラに、木筒が渡った。


「頑張って運んでくれたんだな。ありがとうな」

「いえ……」

「ちょっと、頑張り過ぎだけどな」

「はい。これでも、減らしてみたんですけど……」


ウォレンが荷車の積載量を眺めると、ライラは汗で湿った短い前髪の下で苦笑いを浮かべた。


「ウォレンさん。運ぶの、手伝いますよ」


荷車を認めてやってきたのは、トゥーラの誇る美将軍。普段は左右から垂らしている前髪を後ろで縛り、上半身は裸。鋼のような筋肉と、少年のようなあどけなさを残す整った顔立ちが、玉の汗を浮かべてキラキラと輝いている――


(ラ。ライエル様!!)


突然現れた、憧憬の対象。ライラの胸が、ドクンと高鳴った。

同時に体中の細胞が彼を意識して、一気に疲労が吹っ飛んだ。


真っ青な空を背景に、眩いばかりの若々しい肢体が、笑顔を交えながらゆっくりと近付いてくる。


(こんなところで、お会いできるなんて……)


彼女はすっかりと、魂を抜かれてしまった。


「ちょっと、ライラ! 国王様よ! ライラ!」

「え? 国王様?」


先輩の忠告で、我に返った。左にも、一人の美男子が並んでいる。

マルマと一緒に行動する機会は多くとも、彼女はロイズとの面識は無かったのだ。


「ありがとうございます」


ライラの左側。腰を落としたアビリの正面から、ロイズは前屈みになって労いの声を渡した。


「あ……お水を」


恥かしさも手伝って、あたふたと挙動が怪しくなりながらも、運んできた水筒を両手で掴んだライラは、頬を赤くしてロイズに木筒を差し出した。


「大丈夫です。いただきました」


それを認めた国王は、優しい微笑みを覗かせて、既に受け取っていた新しい水筒を、顎の辺りに掲げた。


「あ……申し訳ありません」


ライラは被っていた麦わら帽子を両手でパッと剥ぎ取ると、胸に抱えて俯いた。


「一つ、お願いがあるのですが……」

「はい」


ロイズが(ひざまず)く二人に声を掛けると、先輩が強い声を返した。


「あちらの方々に、先に渡してやって下さい。彼らの方が、朝早くから、やってくれています」


ロイズが身体を捻って後方へと腕を差し出すと、指の先には幾人もの上半身裸の男達が、こちらを向いて立っていた。

その中には、スモレンスクの副将(ブランヒル)もいる。彼らの足首同士は太い麻縄で繋がれて、歩幅の制限を掛けられている。


「……はい」


彼らが敵国の捕虜だと察するも、アビリは気丈に声を返した。


「ありがとう。誰か、護衛を頼む」

「それでは、私が」


ロイズの声に一歩を踏み出したのは、美将軍。

国王の指令に、ごくりと喉を鳴らしたアビリをよそに、憧れの人が更に近付いて、ライラの胸がきゅっと締まった。


「あれ?」


無造作な短い金髪の、背丈の高い女性。

見覚えのある容姿に気付いたライエルが、ライラに穏やかな声を送った。


「あなたは……あの時の?」

「あ……はい。あの時は、助けて頂いて……ありがとうございます!」


潰れた麦わら帽子を胸に抱えたまま、ライラが勢いよく頭を下げた。


「無事だったなら、何よりです。女の子も、大丈夫でしたか?」

「はい。今は、事情がありまして……私の家で、過ごしております」

「そうですか。それでは、行きましょうか」

「は、はい!」


晴れやかな笑顔に促され、二人の女中は慌てて膝を伸ばした――


トゥーラの軍務を担う将軍(グレン)と、女中を束ねる彼の妻(アンジェ)は、戦いの後始末に追われて多忙な身。

よって、二人の愛娘は現在、ライラの家で預かっている。


これは、王妃の看病に奔走する、アンジェを気遣ったマルマの提案だったが、グレンの耳には娘の情報が入ることは無かった。


「私達。これから忙しくなるから、メイは預かってもらう事にしました」

「そうか……」


(アンジェ)からは、突然に。事後承諾という形で告げられたのみである――



(ど、どうしましょう……ら、ライエル様と、一緒に歩いてる……)


玉砕して醜態を晒した、城壁での告白。

逃げ出すしかなかったあの時が地獄なら、今は天にも昇る気持ちだ――


粗相があってはいけない。何かを運んでいる訳でも無い。

歩くだけであるのに、ライラは普段とは違うぎこちない足取りで、右側で足を進める想い人(ライエル)に歩幅を合わせるようにして、前方で足を進めるアビリの背中についていった。


「あっ」


チラチラと、ライエルに見惚れていたライラが(つまづ)いた。


「おっと! 大丈夫ですか?」


そんなライラの細腕を、ライエルの左手がむんずと掴んだ。


「あ……あ……ありがとうございます……」

「いえいえ」


ライラが思わず顔を上げると、少年の面影を残す整った顔立ちと目が合った。


ニコッと浮かべた微笑みは、ライラの瞳だけに拡がっている――


釜茹での刑があったなら、こんな風になるのか。

恥ずかしさと嬉しさで混濁したライラは、表皮の全部を赤くして、そのまま意識が飛んでしまいそうになりながら、いや、ここで倒れたら。更なる迷惑を掛けてしまう―― と崖っぷちで踏ん張って、支えてくれた男に身体を任せることにした。


「ちょっとライラ! なにやってんのよ!」


見かねたアビリが振り向いた。

我を忘れていた乙女はハッとして、やっと正気に戻った。


(た、倒れている場合じゃない。こんな時間、もう。無いかもしれないんだから!)


ぺこりと頭を下げたあと、ライラは強く掴まれた右腕の感触を残しながらも、背筋をしっかりと伸ばして、青空に目を向けた――



アビリが先頭。一歩遅れてライラとライエル。二人の後ろにグレンとロイズが並んで、最後に護衛の兵(ドルジーナ)が荷車を牽いている。


「そういえば、ラッセルはどうした?」


そんななか、右手に杖代わりの槍を持って歩く将軍(グレン)が、疑問を口にした。


「あ……ラッセルさんでしたら、大広間で療養中です」


ライラが足元に目を配りながらも、意識だけを後ろにやって答えた。


小さな民家での戦闘……

気絶したまま担架に乗せられて、そのまま城に運ばれた――


「大丈夫なのか?」

「意識は、戻っております。ただ、あばら骨がいくつか、折れているみたいで……」

「重症だな」

「はい……」

「でも、あの人は、逃げませんでした」


戦闘の様子を思い出す。ライラが俯くと、右を歩くライエルが、件の男を讃えた。


心の破片に光が当たって、ライラが思わず仰ぎ見る。


「そうですよね?」

「は、はい!」


不意を突かれた微笑みが、またもやライラを襲った。

今度は見惚れる訳にはいかないと、頬を赤くしながらも、彼女はしっかりと対峙した。


「あの人は……恩人です」

「そうなのか……戻ったら、見舞いにでも行ってやるかな?」


ライラが感謝を発すると、四角い顔の将軍は、槍を右手に、満足そうな微笑みを浮かべた――



「ブランヒルさん。皆さんも、昼食をどうぞ。粗末なものしかありませんが」


労役を課せられた捕虜たちが集まると、ロイズが荷車の方を右手で示した。


「お前たちも、食べていないだろ……」


長年の従軍。身体に染み付いた観察眼。

呆れた声で、鍛え上げた強靭な身体が口を開いた。


「ぼくらは、このあと、休みますから」

「そうか……」


ほんとかよ。

脳裏に浮かびながらも、ブランヒルは柔らかな微笑を受け入れた。


「ど……ど、どうぞ」

「すまねえな」

「どうぞ」

「嬢ちゃん。助かるよ……」


彼らは侵略者。しかしながら、足首は繋がれている。

上半身裸の捕虜たちに、アビリは震えながら、一方ライラは微笑みを浮かべながら、パンと干し肉。水の入った水筒を、一つ一つ手渡していった。


女性が配った方が、温和な気持ちが生まれ出る――


それは、ロイズなりの気遣いだ。


国王と重臣。敵国の捕虜たちが、同じ場所で食事を摂る。


前日まで、二日間に渡って殺し合いをしたにも関わらず、穏やかな演出が平然と行われている――


(アホなのか?)


手にした干し肉にかぶりつき、引き千切って目線を上げたブランヒルが、改めて想いを巡らせた。


(ナイフが荷車にあるな……手にして襲いかかれば、命だって奪えるかもしれんな)


当然、ロイズの近くには護衛の兵(ドルジーナ)

しかしながら、一瞬の隙でも生じれば、やれない事もない。

それほどに、この国の国王は、不用意に近付いてくる――


「……」


トゥーラの大将軍が、不穏な視線に気付いた。


ブランヒルも気配を察すると、二人の視線は緊張を交わした――


「……」


それでも、やがて四角い顔が、ふっと表情を緩めた。


(そうだな……)


ブランヒルも、敬意を払う。表情を緩めると、こうした奇妙な体験も、貴重なのだと甘受した。


(危うさもまた、魅力という事か)


木筒の蓋を開けてみる。彼の乾いた喉元に、冷静な水分が注がれた――

お読みいただきありがとうございました。

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