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小さな国だった物語~  作者: よち


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69/218

【69.対抗心】

「何を、話しているのです?」


都市城壁の南側。

防衛の為に設けられ、勝利を決する事になった巨大な凹みと、スモレンスクの本陣が設けられていた林との間。

異国の地で斃れた侵略者の亡骸を処理するウォレンとブランヒルとの会話に、割って入った者が居た。


「お前…」

「え? もしかして、国王様?」


思いもよらない人物の登場に、二人がそれぞれ驚きの声を上げる。


ウォレンは単なる一市民。

面識は無かったが、先頭の人物の背後には懇意にしている若い将軍が続いて、更には数人の護衛を従えていたのだ。


「何を…しに来たんだ?」


ブランヒルが視線を預けて問いただす。


「何って…私も加わろうかと思いまして」

「なに?」

「いやいや、さすがにこんな汚れ仕事、国王様がやることは無いですよ」


平然と飛び出した発言に、ブランヒルは左の口角を上げて訝しむと、さしものウォレンも右の手のひらを前にして、国王の行動を諫めた。


「だからこそ…やるんですよ」


涼しい顔で、ロイズは否定した。


「……」

「おい、ライエル。ウチの国王は、ちょっと変だぞ?」

「否定はしません」


ウォレンの吐いた軽口に、ロイズの背後で槍を持ったライエルは、整った顔立ちに諦めを含んだ苦笑いを浮かべた。


国王の前でありながら、普段と変わらずに接する事のできるウォレンもまた、見る人によっては普通ではない。しかしながら、こんな態度は同世代でもあり、軽口を許せる空気を纏っているロイズだからこそ引き出せるものでもある。


威厳といったモノを醸し出し、他者の本音を封じてしまうことは、器を小さくすることと同義である――


もちろん彼とて、意識的に為している訳ではない。

しかしながら、こうした姿勢は紛れもなく、上に立つ者としての長所の一つには違いなかった。




青空の頂点を、夏の太陽が過ぎたころ。

故郷を離れて異国の地で斃れた者たちの姿は、随分と減っていた。


防具を外された亡骸は、荷車の積載物となったあと、都市城壁の前に設けられた巨大な落とし穴へと運ばれてゆく。

当然、扱いは雑なものである。二人掛りで足首と肩を持ち、そのままふわっと外側に振ってから、内側に放り投げるのだ。


どすっという鈍い音色が下から響くと同時に、嫌な気分がやってくる。しかしながら、二桁も腕を動かすと、何らかを感じる事も無くなっていった…


「戦いと、一緒だな…」


虚しさに、一人の近衛兵が呟いた。


「最初は、相手に槍を突き刺すことを躊躇った…それでも10人倒せば、何にも感じねえ…」


一人前の兵士になる第一歩。その手で敵を斃すこと…

離れて狙う投石器や弓ではなく、相手の肉片を感じ、その死の一端を自らの手で担うこと…


殺すか、殺されるか…

そんな生死の境界線に何度も立ち、一度も死を受け入れる事のなかった者たちが、他者に認められ、ゆくゆくは近衛兵や、軍を率いる立場になるのである。


斃した者。

斃された者。


誰もが最初から、武器を手にした訳ではない。


憎しみを抱いた者は勿論、不幸にも、生きる術が殺戮以外に無いような環境や時世。


一人の産まれ落ちた無垢な人間が、様々な要因や、幾つかの過程を経て、兵士となってゆくのである――




「ふう…南側こっちはだいぶ終わったかな。休憩にしましょうか」


巨大な落とし穴を挟んだ向こう側。水筒やらパンやらを載せているであろう荷車の姿が都市城門から幾つか出てくるのを認めると、ロイズが呟いた。


国王様が城外で、捕虜と共に身体を動かしている――


噂話が城内に伝わると、寝起きの民たちが、啓蟄を迎えた昆虫がエサ場を求めるようにわらわらと集まってきて、激しい戦いの後処理という重い状況にも関わらず、いつの間にか祭りの準備をするかのような雰囲気となって、作業を楽しんでいた。


戦闘に勝利した喜びと、戦いからの解放感が齎した勢いのようなものである――



「お疲れ様です! 水と食料をお持ちしました。欲しい方は、取りに来てくださいね!」


城門の前に掘られた巨大な落とし穴を迂回して、西側の安定した場所へと荷車を運んだ末に、女中の一人が右手を口元に当てて一方向に叫んだ。


平坦な城内の路地とは違って、城外はただでさえ地面の凹凸が激しい上に、投石器の砲弾やら梯子の残骸やらが散乱していて、普段通りの荷物を載せた状態での移動は困難であった。

補うために、一台の荷車につき4人ほどの女中が割り当てられていた――


「ちょっと待って」


先頭の荷車を牽いていたアビリが、麦わら帽子から垂れ下がる黒髪のポニーテールを揺らしながら、思い起こしたように声を発した。


「なに?」


荷車を後方から押していた同僚が、何事かと尋ねる。


「国王様もいらっしゃるのよね? 取りに来られるの? そんな訳ないわよね。持って行くべきじゃない?」

「何言ってんのよ。あの方は見て回っているだけよ。お城に戻ってくるわよ」


否定する意見に、アビリが自信をもって待ったを掛ける。


「だって普段でも、国王様と王妃様は、私達と同じ食堂で食べる事があるのよ?」

「……」

「わたし、行ってくるわ。それに、遠くに居る人の方が、朝早くから働いてる筈だもの」

「…分かった。任せる」


黒い瞳が訴えると、わずかな静寂を挟んでから、仲間の承諾がやってくる。


「ありがとう」


多くの住民が城外に足を置いていて、水と食料は往復して何度も運ばなければならない。

悪路でもこぼれ落ちない程度の水筒とパンを荷台へと載せると、アビリは一人の女中を補助にして、落とし穴の向こう側、遠くにある人影を目指して荷車を牽き始めた。


「……」


力強い日差しが晴天から降り注ぐ。

それぞれに被った鍔の広い麦わら帽子の下では、ガタガタっと音を奏でる二つの木製の車輪が、地面の凹凸に対して抗うように弾んだ。


「あなた、名前は?」


取っ手を胸にして、汗の滲んだ両手で前だけを見据えて荷車を牽き歩くアビリが、荷台へと載せた水筒が倒れないようにと気遣いながら後ろで力を貸している、同行を頼んだ背の高い女中に尋ねた。


「はい。ライラと申します」

「ふうん」


しっかりと前を見据えたままで、アビリは素っ気ない反応を示した。


「あなたいっつも、マルマと一緒に居るわよね?」

「え? あ、はい…」


質問に顔を上げると、黒いポニーテールが麦わら帽子の下で揺れていた。思わぬ名前を耳にして、ライラは戸惑いを含んで答えた。


「どうなの? あいつ…」

「え? どうって?」


煮え切らない後輩の反応に、目元に汗を浮かべたアビリが少しだけ強い口調になって問い掛ける。


「一緒にいて、どんな感じなの?」

「え? その…良くしてもらってます。一緒に居ると…楽しいです」

「……」


返ってきた羞恥を含む発言に、アビリが少し遠くに目をやった。


「楽しい…ね…」


小さく呟いて、マルマの普段の姿を思い浮かべてみる。


仲間と大広間で笑い合っている。

調理場でアンジェにつまみ食いを注意され、懲りないなあと皆が笑っている。

食堂に下りてきた王妃様とテーブルを挟んで、嬉しそうに夕食を食べている――


「確かに…あの子はいっつも、笑ってる気がするわ」

「はい」


呆れたようなアビリの反応に、頬を緩めたライラが明るく答えた。


「ねえ」

「はい。なんでしょうか?」

「マルマだったら、私と同じ行動(こと)、したと思う?」

「……はい」


しばらく考えて、ライラが思ったままを口にした。


尊敬する先輩は、きっとエプロンに付いたポケットから焼き菓子を取り出して、口へと放り込み、さあ行くよと先頭に立って、荷車を牽いている筈である――


「そうよね…」

「たぶん、全員連れてきたと思います…」


そしてみんなで一緒になって、パンと水を配り歩いたことだろう――


「……」

「あの、それが何か?」

「なんでもないわよ!」


いたたまれなくなったアビリが思わずぶっきらぼうな言葉を吐き出すと、荷車を牽き歩くスピードが、ちょっとだけ上がった――

お読みいただきありがとうございました。

感想等、ぜひお寄せください(o*。_。)o

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