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小さな国だった物語~  作者: よち


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66/245

【66.約束の品】

二日間の激しい戦闘は、終わりを告げた――


翌日。トゥーラ城の最上階。

朝を告げる陽光が、国王居住区の東側に、ようやく届こうかという時刻。


生死の境を彷徨っていた王妃の瞼が微かに震えると、琥珀色の瞳がうっすらと覗いた。


良かった……


目覚める様子を、小動物を励ますような瞳で見守っていたアンジェは、思わず口元に手をやって、安堵のあまりに滲んだ涙を、すうっと吸い込む息と同時に引っ込めた。


「……」


夏の太陽は、あっという間に高くなる。

南の窓からの強い陽射しは、寝室へと注ぐだろう。だからといって、陽射しを総て塞いだなら、風通しが悪くなる。


意識が戻らぬままで昼間を迎えていたら、正直どうなっていたか分からない。

僅かにでも意識が戻ったなら、水を含み、ハチミツを舐め、スープを摂ることができる。


()かった――


生死の境から、生へと戻ってきた者を讃える、安堵の想い。


助ける事が、できた……


自惚れに近い、自身に対する労いの感情――


「ぁ……」


小さく開いた瞼のなか。儚げな瞳が微かに彷徨うと、白い肌。生気の失せた身体から、生還を告げる声が確かに届いた。


「王妃様?」


弱々しい。それでも待ち焦がれた声色に、アンジェの両膝が床を捉えた。


「こ……こは?」

「寝室です。王妃様……」


覗き込むように。アンジェは赤子に話し掛けるように言葉を贈った。


「あ……」


左手に、触れる肌。

(おもむろ)に、王妃は弱った視線を傾けた。


ぼんやりとした視界の中で、疲れ果て、ベッドに頬を並べて眠る、ロイズとマルマの姿が覗いた。


「私……また……」


呟くと、王妃は首を戻して、そのまま天井を仰いだ。


涙が浮かんで、眼前が霞んだ。

閉じた瞼を右手の甲で隠すと、彼女の目尻から小さな耳元へ、一つの感情が伝っていった――


「ひっ」


しゃくり哭く。色を逸したリアの唇が、それを通すたびに、小さく震えた。


昨日と同じ失態を、またやった……


脆弱という、自覚は無い。

それでも。己の管理すらできなかった愚か者が、ここにいる。


だからこそ、悔しい。


思ったより体力の無かった。結果を見届けることが出来なかった、自分自身が。


ただ、悔しいのだ――


「なっ……」


やつれた身体が悲嘆に暮れている。認めると、アンジェには怒りが灯った。


何故、あなたが哭くのですか?


あなたは、女性ではないか――

少女のような、小さな身体……


そんな者を戦場に置く。

それこそが、目の前でアホ面で眠りこける、男どもの過怠ではないのか!?


本来ならば、一緒に、大広間で小麦粉を伸ばしたり、丸めたり。愛嬌溢れる笑顔を振り撒いて、明るい空気を醸し出して――


「……」


だが、思い直した。

それすらも、甘えた思考なのかもしれない。


歴代の城主の奥方は、身分を明確にする意図があったにしても、階下に姿を見せることは殆ど無かった。


どちらが正しいか。分からない。

しかしながら、普段の王妃の姿に甘んじて、助長させた結果が、現在(いま)だとしたら?


「ああ……」


事情を知らぬアンジェに、追い討ちを掛けるような怒りが灯った。


天井を見上げた彼女もまた、己の未熟さに、不甲斐無い結果を招いた責任は、自分にもあるのだと、嘆きの声を上げるのだった――


「あれ?」


そんなところに、マルマがふっと目を覚ます。


「え!? リア様?」


微かな声。

視線を起こすと、石膏像のように横たえていた小さな身体に、動きが見える。


思わず飛び起きて、両手を伸ばす。病人の左腕を、むんずと掴んだ。


「ひぃ!」

「い……生きてますか!?」


視界は涙と右手の甲で覆われている。

突然の接触に驚いて、王妃はビクッと身体を震わせた。


左へ視線を動かすと、歓喜を浮かべた大きな顔がずずいと寄ってきて、やがて見開いた茶色い瞳に、じんわりと大粒の泪を浮かべた。


「だから……死んでないわよ……」


感情を受け容れて。小さな王妃はこぼれる泪をそのままに、精一杯の微笑みを贈った。


「リア様!」


マルマがリアの身体に抱きつくと、病み上がりだと、アンジェが笑顔を保って(たしな)めた――



マルマの不安はずいぶんと和らいだ。


それでも上司であるアンジェから「今日も暑そうだから、目を離さないこと」 と告げられて、側仕えの任務が目論見通りにやってきた。


「分かりました」


明るく答えると、マルマは足取りも軽やかに、改めて看病の準備をするべく階下へと足を降ろした。


太陽は、すっかりと昇っている。

大広間を覗くと、紛争の真っ只中だった、昨日以上の慌ただしい光景が飛び込んだ。


「え?」


救護所へと変貌した場所は、怪我人で溢れかえっていた。

戦いが終わって脱力した負傷兵が、眠りから目覚めると、痛みを訴えて押しかけて来たのだ。


「重傷者は、中に入れて! 歩ける人は、外へ回って下さい!」

「勝手に入ってこないで!」


後手に回った対応は、簡単には戻らない。指揮系統が崩壊していると、マルマは察知した。


パンッ


突然に、背後から。両手による乾いた音がやってきた。

皆の視線が集まると、同時に静粛が訪れる。


「重傷者以外は、全員。城の外に出てもらって! 受付は、西門だけ。重傷者の搬送は、南から。東の門は、物資の搬入に使うように!」


続いたアンジェの声色が、広間を支配した――


「アビリ! 東の対応は、あなたに任せるからね!」

「え? は……はい!」


突然の指名。

アンジェの右側で、膝を曲げ、壁に背中を預けた負傷兵に包帯を巻いていたアビリが、驚きの表情を浮かべた。

アンジェの前にはマルマがいて、当然のように目が合った。彼女は前日、南の救護所で、マルマを叱った先輩である。


「わ、分かりました!」

「3人くらい、連れてっていいからね」

「はい!」


意気に感じると、アビリの目の前で、父親と同じ年代の、右腕を負傷した兵士の頬が上がった。


「お嬢ちゃん、頑張んなよ」

「はい……」


励ましに、真っ直ぐな視線を送って立ち上がる。

ツイと厳しい表情でマルマの横を通り過ぎると、アビリは黒髪のポニーテールを揺らしながら、東の門へと足を進めた――


「マルマ……」

「なに?」


そんなところへ、一人の女中がやってきて、口元に手を翳すと、小さな声を耳元に送った。


「あの人、居るわよ……」

「え?」


女中は広間の奥の方へと視線を送ると、控え目に、人差し指を向けていた――


「あ……」


備えられた藁のベッドを縫うように、マルマが大広間の奥に足を進めると、上半身は裸。腹部を包帯で巻かれた状態でベッドに横たわる、ラッセルの姿が視界に入った。


「やあ」


忘れていた……

訳ではないが、失念していた――


影が薄い。とはいえ、それでも国王付きの重臣のはず。

さきほど声を掛けてきた先輩も、「あの人」 って呼んでたな……などと、マルマは思い起こした。


「大丈夫ですか?」


周囲の評価はさておいて、マルマの眉尻が下がった。


「なんとかね……骨は、折れてるみたいだけど……イテッ」

「話さなくて、良いですよ」


喋ると、骨が軋むらしい。ラッセルの細い目尻に、太い皺が刻まれた。


「ふう」

「……」


言われた通り、横になる。

素直な男を心配顔で眺めると、マルマは改まって思考した――


詳細は、北の民家でライラから耳にした。


上司であるアンジェの娘。メイを救おうと抱き抱えて民家に飛び込んだこと。

侵略者と対峙して、剣を抜き、必死に守ろうとしてくれたこと。

しかし、力の差は歴然で、止めを刺されそうになったところにライエル将軍がやってきて、九死に一生を得たこと――


「頑張りましたね……」

「え?」

「なんでもないです!」


穏やかな表情で発したマルマの声が、ラッセルに届いた。

意図したものではない。無意識な言の葉に、マルマ自身も戸惑った。


「ら、ラッセルさんは、ロイズ様を補佐しなきゃいけないんですからね! 早く元気になる為に、先ずは、しっかり休んで下さい!」


続いて戸惑いを隠すように、少々強い言葉を吐き出した。


「あ、そういえば……リア様は?」

「大丈夫です。お休みになられてますよ」

「そうか……よかった……」

「……」


あれは、前日のお昼前。

ラッセル(この人)から受け取った木片を、グレン将軍に渡すため、南へと走った。


あれから起こった顛末は、知らない筈である。


結果。

屋上に居たはずのラッセル(この人)が北に居て、寝室で安静にしていた筈の王妃様が、屋上に居た――


「……」


詳しい事情は知らない。


穏やかな表情に努めたマルマは、傷病者に要らぬ心配を掛けることも無いだろうと、余計な情報は伝えぬことにした――



「……」


昼を過ぎ、気温は随分と高くなる。

数時間の眠りに就いたのち、喧噪の消えた大広間で、ラッセルが細い瞳を覗かせた。


「ラッセルさん、目覚めましたか?」


それに気付いた女中が、寝ているラッセルの上の方にチラッと目をやってから、優しい声音で語りかけた。


「お水だけでも、飲んでくださいね」

「あ、はい。イテテ……」


女中に背中を支えてもらいながら上半身を起こすと、ラッセルは痛みに耐えながら、ふと気になった背後へと、おもむろに視線を移した。


「……」


備品棚。一つの丸い木皿が置いてあり、その横に、縦横15センチほどの木片が、1枚だけ置いてある。


『ラッセルさん』


そこには、幅いっぱいの大きな字体で、彼の名前が刻まれていた。


「……」


なぜに自分だけ、こうして名前が記されているのかは分からなかったが、続いて彼は、木皿の上に載っている、約束の品に目を留めた。


右手を伸ばし、木皿を手に取ると、小さな木片が添えられている。


『おかえりなさい』


摘んで裏返すと、小さな字体で、そんな言葉が記されていた――


「……」


戻ってきた――


心身共にやつれた男は、細い瞳をふっと手元に落とすと、木皿の上に残されて、固くなった二つの楕円形のライ麦パンを、しみじみと眺めた――


お読みいただきありがとうございました。

感想等、ぜひお寄せください(o*。_。)o

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