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小さな国だった物語~  作者: よち


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209/218

【209.提言】

「ライラに、早く会いたいな」

「え? なんで?」

「気が合いそうだから」

「……」


どうやら同年代と認知した。


松の木を倒した帰り道。

足取りの軽いエフェミアの呟きに、マルマの顔は怪訝となった。



「おかえりなさい」

「ただいま」


城へと続く、石橋を渡ったところ。

桶に入った雪解け水で手指の汚れを落としていると、長身の金髪女性から声が掛かった。


「あ、紹介するね。この子、エフェミア」

「あ。は、はじめまして……」


少女が膝を屈した状態から振り向くと、聖母のような立ち姿。

麻の衣服はマルマと同じでも、肩口には赤い装飾が。胸元には十字架が覗くなど、漂う気品は隠せない。


思わず立ち上がったエフェミアは、若い頃のリャザン公妃を頭に浮かべた。


「こんにちは。ライラと申します」

「え?」


僅かに金髪の頭が下がった。

思わぬ名前が飛び込んで、エフェミアの瞳が見開いた。


「何か?」

「いえ……」

「なんかね、あんたのこと話したら、同年代だと思ったみたい」

「え? なんでですか?」

「それは、内緒」

「はあ……」


ライラの問い掛けに、マルマは答えを濁した。


「リア様を頼って、リャザンから来たの。ムーロム公の娘だけど、気にしなくて良いからね」

「え? ムーロム公?」


高貴な血筋とは無縁の土地に、希少種がやってきた。


驚いたライラがまじまじとエフェミアを見下ろすと、細い背中に亜麻色の髪が垂れ下がり、青い瞳は宝石のように映った。


「はい。私の父は、ウラジーミル・スヴァトスラヴィチ公です。でも、ここに来た目的は、研修ですので」

「研修?」

「そう。あなたの後輩。お世話してやってね」

「は、はい……でも、どうすれば……」


掃除と雑用の毎日で、まだまだ教わることばかり。

新たな任務が与えられ、ライラは戸惑った。


「そんなの、雇い主に聞けば?」


指示を仰ぐ姿勢に呆れると、マルマは王妃に丸投げをした―—



マルマは地階の食堂へ。

残った二人は螺旋階段を上って居住区の扉を叩いた。


「エフェミアには、アレッタの相手をしてもらおうかな?」

「はい! 喜んで!」


暖炉の前。愛娘を膝に乗せた王妃の提案に、新しい女中が胸の前で両手を合わせた。


「あー」

「宜しくね。あなたのことは、生まれる前から知ってるんだよ?」


すすっと足を進めると、エフェミアの親指と人差し指が、赤子の弾力のある手指を(つま)んだ。


「それで、トゥーラを案内してもらって、どう思った?」

「……それは、思ったこと、全部言うって事ですか?」

「そういうこと。忌憚のない意見は、貴重なの」

「わかりました」


少女が頷くと、王妃は椅子に背中を預けた。


「そうですね……3年後には、もっと賑やかになりそうです。広くする必要がありますね」

「賑やか?」

「はい! 今より子供が増えますよ?」

「確かに、そうかもね……」


人口の増加は喫緊の課題とはならないが、食糧事情にも影響を与え得る。


しかしながら、どうやって?


幾つか案が浮かんだが、スグに答えは出なかった。


「なんで、三年後なんですか?」


エフェミアの背後から、ライラが疑問を挟んだ。


「マルマとか、アビリさん。楽しそうだから!」

「楽しい?」


戻った回答に、今度は王妃が尋ねた。


「なんか、リャザンで恋愛してる人って、ドロドロしてるんですよね……」

「ドロドロ……」

「足の引っ張り合いって言うのか、誰と誰が二人で会ってた。みたいな?」

「それは、あなたが城に居たからじゃないの? 外の住人は、そんなこと無いでしょ?」

「ああ。確かに。そうかもしれませんね」


いくぶん語尾が上がって、エフェミアは納得をした。


「マルマさんなんて、ただの女中ですよね? リャザンだったら、凄いことになってますよ?」

「凄い?」

「だって。ライエルさん。かっこいいじゃないですか! 来た時なんて、凄い噂になったんですよ?」

「それは、知らなかったな……」


感心したように、リアが相槌を挟んだ。


「表には出さないんですよね……まあ、結局は田舎侍で、マルマさん一筋って感じで、すぐに収まりましたけど」

「田舎侍……」


少女の背後では、ライラの眉尻が下がった。


「それにしても、トゥーラには、かっこいい人多いですよね!」

「そう?」

「リア様が羨ましい! 素敵な旦那様が傍にいて、ライエル様が守ってくれるなんて……最高じゃないですか!」

「そんなこと、無いと思うけど?」

「何言ってるんですか! 満点です! 二人だけでお釣りが来ますよ! ね。ライラさん!」

「はい。そう思います」


振り向いたエフェミアに、ライラは瞳を合わせて頷いた。


「それにそれに! ライラさん! もの凄く綺麗じゃないですか! 私が男だったら、絶対お嫁さんにします!」

「あ、ありがとう……」


続いてリアに放った突然の称賛に、ライラの頬が赤に染まった。


「ライラさん、恋人いないんですか?」

「え?」


忙しなく身体を翻す少女に、ライラの声が詰まった。


「居ないんですか?」

「そ、そうですね……」


改めて、上目遣いが尋ねると、脳裏にはラッセルの姿が浮かんだ。


デートの誘いは諾したが、音沙汰は全くない。


最近は、世間話の一つと受け取っている。


「何ですかそれ! 勿体ない! 恋はしなきゃダメですよ!」

「は……はい……」


少女の人差し指が伸びると、ライラの眼前で停止した―—



「あ……」


ライラとエフェミアが螺旋階段を下りる途中。

下から薄い顔の尚書が現れた。


「ああ、どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」


すっと男の両足が壁面に寄り添うと、二人は階下へ急いだ。


「あの人、誰なんですか?」


立ち止まって振り返る。細い猫背をエフェミアの視線が追いかけた。


一瞬だけ、視線が合ったような……


「尚書の、ラッセルさん」

「へえ……って、しょ、尚書!?」

「うん」

「あの人が? 今は、リア様と二人きり?」

「アレッタちゃんがいるけどね……」

「考えられませんっ! 減点ですっ!」

「……」


初対面で嫌悪感。

ライラの顔に悲哀が灯って、亜麻色の頭を見下ろした。


「でも、なんで尚書がリア様のところに?」

「なんか、『ロイズ様の予定を知っておくため』って、聞いたことがあります」

「へえ……」


自由を求めるあの人が、他人の拘束を望むのか……


それでも国王様で旦那様。

違和感は残っても、少女は戻った答えを胸に落とした――



夜を迎えると、エフェミアは地階の食堂で、国王夫妻と食事を摂っていた。


がらんとしたテーブルの並ぶ空間で、ふたつのランプが存在感を放っている。


「リャザンでも、リャザン公妃(エフロシニアさん)が懐妊したら、子供が増えたんだって」

「へえ」

「そうなんですよ。アレッタちゃんも、そろそろ立って歩きますよね? リア様と散歩に出るようになったら、みんな、憧れますよ!」


テーブルを挟んだロイズを前にして、リアより低い座高が前のめりになった。


彼女の右側には、網かごに入ったアレッタが、麻布に包まって眠っている。


「それでこの子が、『人口問題をどうにかしなさい』 って言ってるの」

「そんな言い方、してません」


エフェミアが、左に向かって口を尖らせた。


「いろいろ手狭になってくるだろうし、どうしようかな……」


人口の増加は、平和の証。


だからといって、何も起こらぬ訳はない。


未来で多発する問題の棚上げは、為政者としての怠慢である――


お読みいただきありがとうございました。

感想等、ぜひお寄せください(o*。_。)o

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