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小さな国だった物語~  作者: よち


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208/250

【208.雪玉】

雪の舞が終わった薄明り。


子供たちの歓びが、トゥーラの都市城壁に跳ね返されていた。


「マルマぁ。それ誰?」


エフェミアを連れ出して、石橋を渡って右へ行く。

女中頭(アンジェ)の家の前に足を進めると、背後から男児の声がやってきた。


「ああ、この子はね……」

「私は、ムーロム公の娘。エフェミアよ!」

「……」


マルマを遮って、腰に両手を置いた少女が口を開いた。


「ムーロム公? 偉いのか?」

「そうよ!」

「マルマより?」

「そうよ!」

「アビリ姉ちゃんより?」

「そうよ!」


(アビリって、誰?)


思いながら、移住者が胸を張る。


「ふーん。凄いんだな。これあげる」

「え? あ、ありがとう……」


雪玉を男児が差し出すと、少女は両手で受け取った。


「なんだろう?」

「雪玉。うんこ入り」

「ぎゃああああ!」


立ち昇る叫び声。雪玉が落下する。


『うぎゃあああ!』


地面で中身がぽろっと現れて、今度はマルマの悲鳴も加わった――


「あのガキ! 今度会ったら絶対コロス!」


(ひるがえ)った背中は一目散。路地裏に消えていった。


握りこぶしを右手に拵えて、エフェミアは復讐を誓った。



憤怒を含んだ歩みが練兵場の前を通過して、やがて北の城壁を捉えた。


「あ、マルマだ!」


彼女は人気者。

理由として、彼らの幼少期にお菓子を配った事が挙げられる。


「そいつ、誰?」

「……」


5人ほどが寄ってきて、一人の男児がエフェミアを指さした。

移住者の方が明らかに歳は上。鎮火した憤怒がふたたび昇ったが、彼女は自我を制御した。


「エフェミアさん。リャザンから来たの。立派な人なのよ」

「え? そうなの?」

「りっぱー? どのくらい?」

「えっとねえ。私よりは上……かな?」


子供からの疑問には、腰を曲げ、右手を顎に伸ばして答えた。


「え!? ほんとかよ!? マルマって、ライエルさんとけっこんしたんだろ?」

「え? そ、そうだけど?」

「だったら、凄いな!」


将軍の妻という肩書は、彼らにとっても重いらしい。

しかしながら、マルマにそのような心持ちは全く無い。


「まるまー、けっこんしたの?」

「う、うん……」

「赤ちゃんは?」

「え?」


突然に、女児の上目遣いに襲われて、マルマの顔が引き攣った。


「けっこんすると、赤ちゃんできるんでしょ?」

「え、ええとね……ま、待ってもらってるの! さ、寒いのは、嫌いなんだって!」 

「そうなの?」

「う、うん……」


咄嗟の発言は、尊敬する王妃の普段を含んだ。

純粋無垢な双眸に、マルマの心は痛みに襲われた。


「はやく、出てきてね」

「……」


ふっくらとしたマルマの腹部に手が伸びて、お姉さんの優しい声が届いた—―



「トゥーラって、子供が多いですね……」

「そう?」


戦没者の墓標に黙祷をささげると、振り返ったエフェミアが呟いた。


樫の木の枝に麻縄を結んで登ったり、周りをぐるぐる走り回ったり。高い声が低い位置から飛び交っている。


「リャザンは、広いからね……」


都市城壁はトゥーラの10倍で、城壁内に住む人数は約3倍。

マルマは人口密度の違いを含んだ―—


薪割の高い音が響く中。二人の足は再び南を向いていた。


やがて練兵場が右に覗くと、雪合戦に勤しむ子供たちが現れた。


「うんこ……」


強烈な歓迎が蘇る。

例え誘いがあろうとも、今後エフェミアが加わることは無い筈だ—―



「ご苦労さまです!」


南の都市城門を抜け出して、白銀の上の足跡を辿ると、やがて西の林に辿り着く。


マルマが複数の人影を認めると、背中の方から近付いた。


「おう」


ウォレンが最初に振り向いて、傍らに立ったアビリが続いた。


二人の向こうでは、トゥーラを守る美将軍が、松の根本に斧を振るっている。


「その子が、リャザンの?」

「うん。エフェミアって言うの。宜しくね」

「宜しくお願いします」


アビリが尋ねると、少女の瞳が向けられた。


「どう? トゥーラは」

「いろんなものが、近いです」

「近いか……そうかもね……」


水路を繋ぐウパ川を北にして、周辺は松林。広い畑は城門の正面で、都市城壁内に住居が収まっている。


対してリャザンはオカ川を望む高台で、物資の搬入にも多数の人手を使うのだ。


「倒れますよ!」


右手を口元に。ライエルが叫んだ。


やがてバキバキっと周りの枝葉を巻き込むと、白い雪の粉が舞う中で、一本の松の木が大地に倒れた—―


「さて、行きますか!」

「あ、手伝うよ!」


ウォレンが斧を手にすると、アビリが(なた)を掴んで続いた。


咄嗟に声が出て、マルマが二本の鉈を手にすると、一本をエフェミアに手渡した。


「何をするんですか?」


(くるぶし)までが雪に埋まる中。丸い背中を追いかけた。


「何って……枝を掃って、最後は薪にするんだよ」

「え? 私たちが?」

「そう。私たちが」

「……」


ずっしりと重い鉈。樫の木の持ち手と黒い刃とが、細い麻紐で幾重にも括られている。


リャザンでは、力仕事は男の仕事。

しかしながら小さな城市では、区分なく従事する。


生活様式と、手にした殺人の道具にエフェミアは戸惑った。



挑むのは、数か月前に切り倒し、葉枯らし乾燥を挟んだ木。(*)


わらわらと人が集まって、男は枝葉を取り除き、女はそれを束ねて網かごへ。


休憩中のライエルが見守る前で、マルマたちは必死になって鉈を振るった。


「休憩しようか……」

「はい……」


5分未満。枝元から狩るのは難儀して、少女の手指が悲鳴を上げた。


マルマの声に、膝を屈したエフェミアが、閉じなくなった右手を見つめた。


「嬢ちゃん、頑張れるか?」

「……」


頭上から、優しい声が降ってきた。

顔を上げると、浅黒い肌をした青年が微笑んでいる。


どうやらアビリとは恋仲のようで、枝を掃う作業では、男が太い枝を刈ったあと、女がそれを拾って細い枝を薙ぎ分けて、テンポよく網かごに放り込んでいた。


「でも、さすがに無理だろ? 向こうで小枝を拾った方が良いんじゃねえか? ライラの二の舞になるぜ?」

「そうだね……」

「……」


続いたウォレンの提案を、マルマがため息交じりに受け入れた。


腕力の劣る身体では、不可能な作業が含まれる—―


理解はしているが、男女間での分業が基本のリャザンでは、遭遇しなかった事態。


異国の洗礼が降ってきて、少女の心は沈下せざるを得なかった。



「ライラって……リア様に仕えている人ですか?」


雪に埋もれた。或いは掃ったばかりの小枝を、膝を屈して網かごに放り込んでいたエフェミアが、記憶に残った名前を尋ねた。


「そうだね。私の後輩」

「へえ……」

「ああ、さっきの話? うん。あの子はね……力仕事は免除なの……」

「……」


なんだか事情があるようで、マルマは空虚な瞳で呟いた―—



それは、二か月前に遡る。


「なんだか、楽しそうですね……」


小枝拾いに出掛けた先で、腰を伸ばしたライラが木々の間を眺めた。


黙々とした単純作業より、倒木に集まって斧や鉈を振る行為には、憧れもあったのだ。


「行ってみる?」


アビリが誘った。


視線の先にはマルマとライエルの新婚夫妻。恋仲のウォレンの姿があった。


「お疲れ様です」

「おう。休憩か?」


アビリが声を掛けると、3人が振り向いて、ウォレンが声を発した。


「うん。あとね、ライラがやってみたいって」

「え? やってみたいなんて、言ってませんよ?」

「マルマがやってるんだから、やりたいんでしょ?」

「え……」


万能に見える先輩を、追ってみたい。


意欲を見透かして、アビリが促した。


「どうぞ」

「え? あ、ありがとうございます……」


美将軍(ライエル)が鉈を差し出すと、真っ直ぐな眼差しに、ライラの頬が赤に染まった。


「お、重いですね……」

「……」


倒れた松の木に、親指大の枝が一本だけ残っている。


根元から狩ってと伝えられ、ライラは両手で鉈を握った。


倒木を跨いだアビリとウォレンが彼女の正面で指示をして、左側でライエルが、右側でマルマが見守った。


「えい!」


胸まで上がった鉈が落とされると、松の幹に弾かれた。


思わず手放すと、刃先がアビリとウォレンの足元に突き刺さった。


「うおっ! あぶねっ!」

「こら! 手は離さない!」

「は、はいっ! ご、ごめんなさい!」

「まったくもう……ねえ、こうして、斜めに振ったら?」


狙いを外した軌道を認めると、凶器を拾ったアビリが追加で助言した。


「は、はい……そうですね……いきます!」


肩口へと振りかぶる。


スポッと抜け飛んで、くるくるっと回転しながらマルマの鼻先を掠めた。


「あれ?」

「怖! 殺す気か!」

「ご、ごめんなさい! な、なんでだろ……おかしいな……」

「最初から、振りかぶっとけよ……」

「は、はい……」


ウォレンが助言して、ライラが構えを取った。


「えいやっ!」


スカッと空振った。


鉈は空気を切り裂いて、柳のように上半身を揺らしたライエルの首先を掠めた。


「あああっ! ら、ライエルさん! だ、大丈夫ですか!?」

「ええ。大丈夫ですよ」


美将軍が涼しい顔で微笑んだ。

背後の幹には、刃先が突き刺さっている―—


「ライラ……恐ろしい子……恋敵のマルマを()ったあと、振った相手すら殺そうとするなんて……」

「ご、誤解ですっ! ……って、アビリさん、なんで知ってるんですかっ!?」

「何言ってんのよ。トゥーラなんて狭いんだから、みんな知ってるわよ」

「え……えええっ―――!」


皆が苦笑を浮かべる中で、頭を抱えた金髪女が叫んだ。


葉枯らし乾燥

倒木後、枝葉を付けたまま放置して、幹の水分を枝葉に吸引させる乾燥法。

2か月ほど寝かせることで、均一な材質となり、防カビ・防虫効果も上昇する。


お読みいただきありがとうございました。

感想等、ぜひお寄せください(o*。_。)o

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