↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小さな国だった物語~  作者: よち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
207/249

【207.プリャーニキ】

トゥーラの城門を潜った日の夜。

エフェミアはマルマの案内で、城の2階。客間に通された。


「この部屋、半年前に、キエフ大公妃が使ったんだよね……」

「え? そんな部屋、使えませんよ!」


先行したマルマが口を開くと、エフェミアの足が止まった。


「なんで? いちおう公女なんでしょ?」

「いやいや! 小間使いですから!」


甘える姿勢は見せたくない。

両手を前にして、少女が首を左右に細かく振ると、マルマの眉尻が下がった。


「じゃあ、私が使ってた部屋にする? 薪は、置いてあると思うから」

「是非!」


明るい声が壁を叩くと、二人の足は階下に向かった。


「狭いけどね」

「大丈夫ですよ……って、何もないですね」


場所は倉庫の手前。

国王が使用している臨時の執務室と同じ間取りで、長方形の部屋。小さな暖炉があって、藁のベッドが一つだけ。ひんやりとした空気が漂っている。


「まあ、全部持って行ったからね」

「愛の巣に?」

「そう。愛の巣に。ちょっと待っててね」


冷やかしを受け流すと、マルマはシーツを取りに部屋の外へと足を戻した。


残されたエフェミアは、暖炉内に保管された薪の束を取り出して、麻紐を解いて薪を暖炉に組み並べた。


「お待たせ」


麻のシーツと藁束を持参して、マルマが戻る。

藁束に火種を近付けて、二人でシーツを広げると、エフェミアはベッドに腰を下ろした。


「じゃあ、またね」

「はい。ありがとうございました」


座ったままで、少女は丸い笑顔を見送った。


「……」


木製の扉が閉じると、気配が止まった。


床はざらついた石畳。レンガ造りの壁。リャザンの頃と比べると、ベッドの藁の厚みは半分で、冷感と硬質を臀部に感じた。


壁の上部には小窓が三つ並んでいて、真ん中の窓からは麻ひもが垂れ下がり、鍵番の任務を知らせる手のひら大の鐘が結ばれていた。


「寒いな……」


立ち上がったエフェミアは、シーツを身体に巻き付けて、薪へと炎が移った暖炉の前に腰を落とした。


「……」


次に背中を暖炉に向けて天井を見上げると、外で舞っている粉雪が、小窓から入り込んでは消えていた。


甘言を頼ってリャザンから逃げ出すも、声を掛けた本人は最上階。

同僚になる丸いお姉さんは、今ごろ甘い新婚生活を楽しんでいる—―


「あれ……」


寂しくなって、視界が滲んだ。


頼ることのできない境遇は、ひたすらな孤独を生み出すのだ—―


「入るよ」


その時だ。背後で気配がしたかと思うと、扉が開いた。


驚いたエフェミアが振り向くと、一脚の丸椅子を抱えたマルマの姿。咄嗟に顔を戻した少女は、目元を両手の甲で拭った。


「お菓子。持ってきたよ。今、お湯を沸かしてるからね」

「あ、ありがとうございます……」


座面には、二つのマグと焼き菓子の入った網かごが載っている。


コトリと音が鳴って暖炉の前に椅子を備えると、マルマはもう一度厨房へ向かった。


「ここ、檻みたいだもんね。私も、初日は泣いたもん」

「マルマさんも?」


土器を手にして戻って来ると、マルマは椅子の座面に置いた二つのマグにお湯を注いだ。


「そこの隅に座って、寒いから暖炉の前に移動して、膝を抱えて丸まってた」

「マルマさんも、冬に?」

「私は、8歳の春かな」

「……」


生い立ちは、リャザンで耳にした。

襲撃を受けて町から逃げ出して、身寄りのないままにトゥーラに流れ着いたのだ—―


「でもね。夜中にアンジェさんが来てくれたの」

「アンジェさん?」

「私たちの、教官」

「教官って……怖いとか?」

「怖くないよ。良くしてもらってる。朝になったら、紹介するね」

「はい」

「ところでこれ、食べてみて!」


マルマが手にした焼き菓子を齧って伝えると、少女は右手を網籠に伸ばした。


「え? 何これ? 美味しい……」

「でしょ?」

「マルマさんが、作ったんですか?」

「そう。板に麦粉が残るでしょ? こっそり集めて焼いてるんだけどね。零れた香辛料が混ざったら、意外とイケたのよ! 改良を重ねたら、リア様に食べてもらうつもり! 紅茶にも、合いそうでしょ?」

「……流石ですね」


食欲が齎した効能と言うべきか。悪気の無い。むしろ得意げな発言に、少女は呆れた。(*1)


「だから、協力してね!」


構うことなく、マルマの明るい声が響いた。


(大丈夫そうね……)


扉の向こう側。螺旋階段を静かに下りて来た王妃の足が止まった―—



「宜しくお願いします!」

「はい。宜しく。話はリア様から聞いてるから。マルマ。任すわよ!」

「はい」


朝を迎えると、エフェミアは女中頭のアンジェと顔を合わせた。


日の出は8時を過ぎてから。たっぷりの時間は情報共有を齎して、新任の女中がトゥーラの主要な人物を把握できるまでになっていた。


「『仕事だけは、しっかりやりなさい』 って感じの人ですね」

「そうかもね」


アンジェが足を戻すと、背中が消えてから少女が口を開いた。


一律に。女中頭という立場から、贔屓や格差は作らない。

当然ながら総合的な評価はあろうとも、概ね誰もが納得できる指示が告げられる。


だからこそ女中の誰もが従って、マルマは特に敬愛しているのだ。


「それじゃ、城を案内するね」

「はい」

「とは言っても、他には倉庫しか無いけどね」

「3階は、リア様の住まいですか?」

「そう。どうせ寝てるから、行かないの」

「……」


原因は、深夜の読書だと知っている。

それでもリャザンならいざ知らず、トゥーラに書庫は見当たらない。


前を歩くマルマの背中を眺めながら、エフェミアは王妃の生活に疑問を浮かべた。


「それにしても、静かですね……」

「リャザンと比べちゃうとね」


宗主国の人口は5000人以上。

城住みの女中も複数で、人の行き来は冬場でも変わらない。


トゥーラは比べると、マルマが鍵番から外れたことにより、総ての女中が近隣からの通いである。



水瓶。水袋。武器の保管庫に食糧庫。

パタパタと二人の足音が、石畳の廊下を奥の方から移動して、扉を開けるたび、マルマは先に一歩を踏み出して、配置や保管方法を丁寧に説明していった。


更には吹雪の外へ出て、左下。

壕に架かる石橋の下に身体を沈めると、木製の扉が現れた。


「ここ、何ですか?」

「牢屋」

「……」


二つの(かんぬき)を外して、木材を脇に置く。

淡々とマルマが答えると、薄暗い階段の先へと足を踏み入れた。


「誰も、いないですね……」


締まった空間。外気より温かい。

先導者に続いて階段を下りてから、エフェミアが気配を口にした。


「私が知る限り、ここに入ったのは一人だけかな?」

「一人? 何の罪で?」

「3年前かな? スモレンスクの総大将」

「そういえば……スモレンスクに勝ったんですよね?」

「うん。みんなで頑張った。あれがあったから、今は穏やかに暮らせてる。政治的な事は分からないけど、みんな、思ってるんじゃないかな?」

「……」


リャザンでは珍しい投石器。都市城壁に備わる木製の足場。

更には城内の武器倉庫。眼前に高く積まれた備蓄の麻袋――


スモレンスクは血族を重んじるルーシの中にあって、キエフ大公に最も近い国。


そんな大国からの侵攻を、小さな要塞国家は防いだのだ。


移住先に選んだ地。改めて、エフェミアは一員になるという自覚を胸にした―—



午後に入ると、雪は収まって、空には薄明かりが覗いた。


鍵番の部屋に二人が戻って、パンと野菜の煮込みスープを食していると、小窓から子供たちの声が抜けて来た。


「ロイズ様。おはようございます」


食器の載ったお盆を手にした二人が扉を開けると、螺旋階段から足が覗いた。

その場で足を止めたマルマが小さく頭を下げると、エフェミアが続いた。


「おはよう。その()が、リャザンの子?」

「はい」

「エフェミアです。宜しくお願いします!」

「宜しくね」


直立した自己紹介。

端正な顔立ちが微笑んで、エフェミアの頬は赤に染まった。


「今から、食事ですか?」

「そうだね。雪も上がったし、食べてから外へ出ようかな」

「では、用意します」

「悪いね」


こうして3人は、食堂へと向かった。


「リア様は?」

「ふて寝してる」

「……喧嘩でもしたんですか?」


マグに蜂蜜を入れた後、お湯を注いで掻き混ぜる。手首を回しながらマルマが尋ねた。


「ミルで、久しぶりに勝ったからね」(*2)

「……リア様の勝率って、どのくらいなんですか?」

「9割以上だね」

「……それは、悔しいでしょうね……」


だからと言って、ベッドに(もぐ)ることは無いのでは?

疑問を浮かべると、ロイズから要因が語られた。


「ルールを変えたんだけど、あいつがミスったんだよね」

「……それは、面白いのですか?」


興味が湧いて、ロイズの正面に座るエフェミアが口を挟んだ。


「何百年も遊ばれてるからね。難しくないよ。盤を貸してあげるから、マルマに教えてもらうと良い」

「ありがとうございます」


戦いを模したボードゲームは、男の遊戯。


それでもロイズの推薦を切っ掛けに、この年は女中の間でミルが流行った――

*1 プリャーニキ

小麦粉に蜂蜜を混ぜて食べられていたお菓子に、香辛料(コショウ等)が加えられたもの。

現在。「プリャーニキ博物館」が建てられるほど、トゥーラの名物になっている。


*2 ミル (ナイン・メンズ・モリス)

ローマ帝国時代に生まれた二人用のボードゲーム。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。