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小さな国だった物語~  作者: よち


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194/249

【194.失恋】

ルーシの支配を目論むスーズダリ大公(アンドレイ)は、キエフと繋がりの強いスモレンスク公国を頼って、リューリクをノヴゴロドの領主に据えた。


「……」


序列としては正しくも、腑に落ちない。


トゥーラの2階の中広間。

国政を担う3名が、今後の見通しを語っていた―—


「キエフの勢力を引き入れた…アンドレイにとっては、満足のいく結果ではありませんね」

「でしょうね」


尚書の見解に、王妃は短く答えた。


「この後は、どうなると思う?」

「わかんない。何にしろ、アンドレイにとって、蟻の一穴にならなきゃ良いけどね」


続いてロイズが尋ねると、会合の最後は小さな身体が締めくくった―—




夏はあっという間に過ぎてくゆく。日照時間が短くなって、屋外活動と反比例するように、マルマとライエルの接点は増していた。


「好きなところ、あるの?」


ある日。王妃に問われて、マルマは答えが出なかった。


憧憬だったり感嘆の類は灯しても、好意を抱いた覚えはない。

崇高な演者の付き人の気分。自ら近付くわけではなかったのだ。


「じゃあ、好きなところをみつけてみれば?」

「……」


無理やり見つけるようなものなのか?


疑問は浮かんだが、言われた通りに俯瞰の視点を重ねると、同い年の青年であり、少年っぽいところが垣間見えてきた。


畑仕事の休憩時間。

足元に蟻が近寄って、彼は貴重なハチミツの付着したパンを少量ちぎって与えると、その後を黙って観察したり、腕に止まったテントウムシを払うのではなく、指先を上にして、パカッと羽を広げて飛び立っていく様子を眺めたり…


「あの虫は、トコトコ上に向かって進むんですよ。面白いですよね」


都市城壁に背中を預けて一緒に休んでいると、教えてくれた。


遊び人風情のウォレンさんと美将軍。一緒にいる機会が多いのは不思議だったけど、彼の中身を知ると合点がいった。好奇心旺盛な少年なのだ。


「ミミズって、食べられると思います?」

「……」


流石に、この発言は引いたけど。


その後、彼の母(ターニャさん)から、カマキリの卵を3つ持ち帰った事件を耳にした。


目覚めたら、目の前にタンポポの綿毛一本ほどのカマキリが大量に闊歩。悲鳴を上げて飛び起きたらしい。


藁のベッドを崩して日干し。玄関扉は三日にわたって開放する羽目になったとか…


「ものすごく怒ったんだけど、あの時だけは、『ごめんなさい』 って言わずに、なんだか寂しそうにしていたの」

「……」


リャザンにて。少年の頃のエピソード。


この時は苦笑いを浮かべて流したが、マルマはのちに、本人から理由を聞くことになる—―




「ふう…」


溜め息を一つ吐いたのは、城の二階から、西側を視界に入れた長身の女中である。


心を見透かされまいと踏ん張って。先輩の前では偽って。視線が彼に向かうのを我慢して…


女々しいなあ…


自覚はある。


敗れたのだ。


選ばれなかったのだ。


想っているだけでは、届かない――


何故だろう…灯ることも無く、彼女は幾多の同類が辿ってきた結論を、沈んだ心から掬い上げるしかなかった。


いつか…きっと…


動かないままの幻想は、時間が残酷に断ち切るのだ—―


「あ…」


眼下では、内側に扉が開いて、年下の先輩が抜け出してきた。


やがて先輩が螺旋階段へとやってくる。

現実に戻ったライラは足を戻そうとした。


「あ」


視線の先には、猫背の尚書の姿があった。

思わずたじろいで、華奢な白い手足が止まった。


「あ、すみません…」

「……」


目が合って、尚書の方が恐縮をした。


この場所は、彼にとっても穏やかな空間である。


「ここ…静かで良いですよね」

「あ、はい…」

「ここを見つけたのは、多分、あなたが三人目です」

「さん?」


尚書はゆっくりと、足先をライラの方へと進めた。


「はい。私を入れて」

「もう一人は?」

「マルマですよ」

「……」

「聞いた話ですけどね」

「……」


年下の先輩が、西側を眺める理由…


恐らくは、戦火を逃れて流れ着いた頃の話である。


「……マルマリータさんは、凄いですよね」

「そうだね」


二人の視線は西に向かった。

続いて伏し目になったライラが口を開くと、ラッセルが偽りなく認めた。


「……好きだったのですか?」


程度の差はあろうとも、同じ立場に足を置いている。


自身の心を同情で鎮めようとして、ライラは思い切って尋ねた。


「……そうだね。喪失感は、なんか凄いからね。でも、僕ではどうにもならないからな…」

「……」


自虐ではあるのだが、周囲の評価も同様で、ライラは申し訳なく思った。


「残念だけど、応援してる」

「……」


続いた高尚な発言に、ライラの視線は無意識に上がった。


彼の心境には、達していない――


そもそも嫉妬と後悔で、浮かぶ要素は微塵も無かった。


「あいつは、凄いんだよ。槍の技術なんて、追いつける気がしないからね。さすが、大将の器だよ」

「……それでも、あなたは、私を守ってくれました」


ラッセルが西を眺めながら憧憬を含んで伝えると、一呼吸を置いてから、ライラが感謝を口にした。


「……いや、俺は…何もできなかった…」


視線を交えると、ラッセルは細い瞳を下にした。


「それに、原因を作ったのは、俺だから…」

「……」


小さくかぶりを振って、男は恥じた思いを暴露した。


監視を怠って、被害の拡大を許したのだ――


「そんなの、知りません」

「……」

「ラッセルさんは、足を止めて、メイちゃんを抱えましたよね? 声を掛けてくれました。忘れません!」


起こした行動は、確かである。


自らを卑下する言動に己を重ねたのだろうか。ライラは力強く言い切った。


「あ。ありがとう…」


思いもよらない発言に、頬を染めたラッセルはぽつりと呟いた。


「……」


一旦の空白が、二人の間に流れた。


「あ、あの…」

「はい」

「今度、遠乗りにでも…いかがですか?」

「……」


歩み寄ってくれた思いに乗じる形で、男は自然と口にした。


「あ、いや…」


しかし我に返って、ラッセルは再び猫背になった。


「気晴らしにでも、なるかな…なんて。もちろん、断ってくれて構いません」

「……はい。お願いします」


視線を落としたライラが応じると、細い瞳はそのままで、ラッセルの頬は緊張を宿した。


「あ」


螺旋階段に強い足音が迫って、二人の背が伸びる。


咄嗟に中広間に隠れると、意を決してライラだけが廊下に戻った。


「何してるの?」

「あ、こっちも、掃除しようと思って…」


マルマが疑問を発すると、後輩は焦りを含んで誤魔化した。


二人の足音が上に向かうと、立ち上がったラッセルは螺旋階段に戻って階下に向かった。


こんなふうに、誘えばよかったんだ…


自然と口角の上がった尚書は、足取りを軽くして、やがて国王執務室の扉を押し開けた――

お読みいただきありがとうございました。

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