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小さな国だった物語~  作者: よち


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184/218

【184.進展】

トゥーラの都市城壁の外。北側。


焚火を囲んだ子供たちが、枯れ木に突き刺した魚を炙り始めた。


「営みだな…」


傍らに固まって腰を下ろす大人達。

子供たちの笑顔を眺めながら、人為的に削られた石に座ったウォレンが思ったままを呟いた。


「魚を獲って食う。ずっとやってきたんだな…」

「じゃあ、俺達は?」

「ん?」


続いた発言に、最年長の子供がウォレンに尋ねた。

右手に掴んだ枯れ木には、白い湯気の上った魚の切り身が刺さっている。


「俺達は、ナニカに食べられないよ?」

「……いい質問だな」


純真な双眸が向けられて、ウォレンは足下に視線を落とした。

同席しているアビリとライエルも、浅黒い肌の金髪頭を目で追った。


「そのナニカってのは、欲だな」

「ヨク?」

「何かしたい。全部だ。遊びたい。眠りたい。美味しいもの食べたい。分かるか?」

「分かる」

「だがな、何かをしようと思ったら、何かをしなくちゃならない」

「……」

「遊ぶ前には、母ちゃんのお手伝いをする。眠るためには家が要る。美味しいものを食べるにも、金が要る」

「うん…」


日々を思い起こして、少年は頷いた。


「ナニカ…欲を満たすために、俺達は襲われたんだ」

「……」

「こんな遠くまで? なんでですか?」


少年の唇が動きを止めると、アビリが不可解を呟いた。


「区別してるんだよ。肌の色。言葉。住んでいる場所。性別…家族…わかるだろ?」


言いながら、浅黒い顔がアビリを覗いた。


「はい。同じようなことを、仰ってた方が居ました…」

「そうか…」


本能の赴くままに――


慰霊式の帰り道。

アビリは麻の頭巾から覗く赤みの入った後ろ髪を思い出していた――




「なんだか、寂しくなったわね」

「え? うん…」


城の西側。簡素な二階建ての家屋では、母子が向かい合って食事を摂っていた。

細身の母が呟くと、木製のスプーンで干し肉のスープを掬った青年が、動きを止めて同意した。


原因は、一つしかない。

二日おきに姿を見せる明るい女性が、しばらく姿を見せなくなるということ…


場景に変化はない。それでも心の沈滞が、降り積もる雪のような寂寥を連れてくる。


会いたければ会えるのだ。

しかしながら、声を掛けて良いものか……青年の心は霧に包まれた。


躊躇の理由は、彼女の態度。


任務外。例えば市中で見掛けても、彼女は視線を外すのだ――


親しくしたいわけじゃない…


そんな思考が透けて見えた…


任務の最中。

リャザン滞在中は愉しかった――


幼少期とは違って自由がある。

武芸の披露で驚かれ、手合わせも、相手が雑多で面白かった。


そして何よりも、明るい彼女との散策。

城外にまで赴いて、漁師や農作業を営む人々との交流。


一緒の時間が嬉しかったのだ――


「たまにでも良いから、誘ってみたら?」

「え…うん…」


誘いに乗ってくれるだろうか…

幼少期。異性を無邪気に誘えた頃には戻れない――


気恥ずかしい思いが灯って、青年の頬は赤く染まった。




一週間も過ぎると、トゥーラの城外は一斉の緑で囲まれた。


「さて、行くよ!」

「は、はい!」


振り向いたアビリが気合を発すると、マルマが応えた。


場所は都市城壁の東側。目的は蜂蜜の採取である。

ミツバチの後を追いかけて、分蜂前の巣を見つけるのだ。


「秋の方が良いんだけど、今時期も採れるからね」

「頑張りましょう」

「とは言っても、今日は巣を見つけるだけ。私たちじゃ、獲るのは無理だから」

「そうなんですね…」

「あ、いた」


カミツレの花に止まっている一匹のミツバチを見つけると、アビリはその場に腰を下ろした。


「結構いますね…」


マルマが遠目から花弁を眺めると、十輪に一匹くらいだろうか。

白い花に黄色いミツバチが、細かい足運びで忙しなく動き回っている。


「飛んでった。追うよ」


ふらふらと風に泳ぎながら、ミツバチが東へ向かって飛んで行く。

二人は時折り小走りになって、新緑の上を追い掛けた。


ミツバチが好んで巣を作るのは、日当たりの良い場所でありながら、風雨を凌げるところ。

木々の茂みの裏側だったり、大木の裂け目やうろである。

身近なところでは、城壁の割れ目に巣食うこともある。


何度か見失いながらも、次のミツバチを探すことで、二人は松林の手前まで辿り着いた。


「見つけた」


アビリが黒髪のポニーテールを揺らして見上げると、もみの木の割れ目を行き来するミツバチたちを認めた。


「先ずは一つ目。覚えといてね」

「あ、はい」


同じような要領で、二人は根元の洞にもう一つの巣を見つけると、次にアビリは林の中にある幾つかの切り株を見て回った。


斧で割れ目を入れておき、分蜂先として誘うのだ。自然巣よりも、採取が楽になる。

結果、二つの分蜂を視認した――



「おう、アビリん。昨日もありがとな」

「いえいえ。余り物ですから」


林から戻った二人が都市城門の南まで足を進めると、新設した農地を確認していたウォレンから声が掛かった。


「あ、そうだ。ウォレンさん、明後日空いてますか?」

「空いてなくても、空けるよ」

「じゃあ、昼にここで。蜂蜜獲りに行きたいです」

「おう。分かった」


ウォレンが右手を軽く掲げると、アビリも右手を小さく振って微笑んだ。


「アビリん?」

「な、なによ!」

「いつのまに?」

「そんなんじゃないわよ! あの人の甥っ子たちに懐かれてるの。家の前を通った時に、お菓子をあげたのが始まりなの!」


再び足を進めると、左から揶揄いが飛んできた。焦ったアビリは早口になって頬を赤くした。


「へえ…ウォレンさん、『昨日も』って言ってましたよ? わざわざ家の前を通って帰ってるんですね」

「……」


アビリは俯いた。ぐうの音も出ない。

たまたま城を出たところでウォレンと会って、世間話をしながら帰っただけなのだ。

彼の自宅前で子供たちに囲まれて、たまたま持っていた焼き菓子を手渡した。


「また、お願いします」


大きな瞳を覗かせて、焼き菓子を両手に掴んだ姪っ子が、期待の眼差しを向けたのだ。


餌付けになっては教育上マズいと思いながらも、彼女はそれから翌日を除いて足を運んだ。

翌日の帰宅時間。彼の家を遠目に眺めると、子供たちの背中が寂しく見えたのだ。


本当に期待されていたのかは分からない。

それでも罪悪感に襲われた――


思いの総てを解決するために、アビリは小指の先ほどの焼き菓子を作って、小さな麻布に包んで渡すことにした。


「あんたこそ、どうなってんのよ!」

「え? わたし?」


藪蛇となって、アビリの反撃がやってきた。


「どうって言われても…」

「は? リャザンまで一緒に行って、なんの進展も無かったの?」

「べ、別に、私たちはそんなんじゃ…」

「ほんとに?」


黒いポニーテールが前に出て、焦った丸顔を覗き込む。


「ほんとですよ!」

「じゃあ、争奪戦は継続か…」

「え?」

「だって、あんたがラッセルさんを選んだら、当然そうなるでしょ?」

「……」


アビリが身体を起こすと、マルマの足が止まった。


「あんたがリードして、みんな退いてるからね。今がチャンスだと思うけどな」

「ちゃ、チャンスって何ですか!」

「そのままだけど?」

「……」


黒い瞳が(うそぶ)いて、マルマの頬はますます赤に染まった。


「あれ? ほんとに何も無いんだね」

「だ、だから、言ってるじゃないですか!」

「あーヤダヤダ。モテる女は辛いのね」

「も、モテてなんかいません!」


アビリが歩みを進めると、マルマの弁明が追い掛けた。


「あんた、自覚は無いの?」

「……」


ピタッと足を止めて振り向くと、そばかす交じりの先輩は後輩の瞳を覗いた。


「だって…私なんか…」

「選べない?」

「え、選ぶ?」


予期せぬ言葉に驚いて、マルマの茶色い瞳は大きくなった。


「はあ……あんたねえ…」


やってらんない。アビリは大きな溜息を吐き出した。


薄い顔の尚書の細い目は、茶褐色の髪の毛が揺れるのを追っている――


茶褐色の髪の毛は、王妃様に会えると嬉しそうに弾んでいたが、やがてライエル将軍の家へ向かう時にも軽やかとなっていた――


美将軍とは視線が合う機会が増えている。都市城壁の外側で――


「一つだけ言っとくわ。あんたはそのままでいたいんだろうけど、周りは許してくれないからね!」


右手の人差し指をマルマの眼前に翳してみる。


アビリは進展を促した――


お読みいただきありがとうございました。

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