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小さな国だった物語~  作者: よち


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114/218

【114.頭巾】

(これまで&あらすじ)

小さな国家トゥーラは、大国スモレンスクからの侵攻を辛うじて退けた。

国内に残った捕虜との間に、小さな交流が生まれる。

戦いが終わって一ヶ月。捕虜たちの元へ、帰国の知らせが齎された――

「明後日の朝。戻れることになったぞ」

「おお! やった!」

「本当ですか!?」


地平に太陽が接する頃。ブランヒルによって帰国の報が伝わると、捕虜たちに宛がわれた石造りの住居に歓喜の声が轟いた。


「俺たちも、帰れるんですか?」


片足を失くした者や、腰を撃たれて下肢に支障が残る者。

住居の奥で居場所を無くしていた者たちが、弱々しい声で尋ねた。


「安心しろ。カルーガまでは荷馬車で帰れる。そこからは、俺たちが荷車で牽いてやる」

「やった…」


戦いから一ヶ月。

短い夏はあっという間に過ぎ去って、早朝は土床の冷たさを苦痛と感じるほどになってきた。


重症者たちは住居の奥で、朝から労務に出掛ける明るい表情たちを、作り笑いで見送っていたのだ――


「最後まで、好待遇ですね…」

「そうだな…」


ダイルが高い鼻を向けて感想を述べると、ブランヒルも同意した。


「媚びを売ってるだけですよ。上手くいきすぎて、報復が怖いんでしょ? ばかばかしい」


土床で胡坐をかいたまま、座高の高いベインズが怒りのままに吐き捨てた。

置かれた境遇は、屈辱以外の何ものでもないらしい。


「間違った見解ではないな」


麻布が巻かれたベインズの左足に目をやって、ブランヒルが口を開いた。


「それでもな、お前は助けてもらったんだよ。その足は、誰に治してもらったんだ?」

「……」

「命が残っているからこそ、俺たちは戻って酒が飲める。そうだろ?」

「そうですけどね…」


兄貴分の発言に、ベインズは故郷の石畳の広場を思い起こすと、伏し目になって同意するしかなかった――




「世話になった」


荷馬車や水筒の準備、親書の作成に一日を費やした翌日、都市城壁を出て西へと進んだ辺りで、ひんやりとした朝の空気の中にブランヒルの声が発せられた。


「親書を、お願いします」

「確かに、預かった」


たすきに掛けた麻布の膨らみを、胸元に手をやって確かめて、ブランヒルがロイズの声に応えた。


トゥーラからの見送りには、国王ロイズと大将軍のグレン。加えてお付きの女中に扮したリアが参加した。


ブランヒルを捕虜ではなく、使者として扱っているのだ。


それでも帰国に際して、武具の類は一切の携行を許さなかった――


見送りの場に王妃が参加するという事情もあるが、カルーガに立ち寄った際の狼藉を懸念したのである。


「先、行ってますよ」

「おう」


傍らを、長身のベインズが見送りの一行には目もくれず、西へと足を進めた。


ブランヒルと同じ副将であり、隊を率いる身分である。

傷病者を乗せる予定の荷馬車に乗り込んだ彼は、目の前の馬尻に鞭を一発入れながらそれっと掛け声を発すると、遁走するように西へと向かった。


「……」

「無礼な男で、申し訳ありません」


ガラガラッと去っていく荷馬車の後ろ姿を見やりながら、ブランヒルが溜め息交じりに呟いた。


「それでも、あいつなりに感謝をしている筈です」

「そうは、見えませんがな…」

「はは…」


ベインズだけではない。

国へ帰れるという解放感が先に湧き、喜びだけを表した捕虜たちの足が遠ざかっていく。

命を残してもらったという前提が、彼らの中では既に希薄となっている。


蔑んだグレンの発言に、ブランヒルは恐縮するしかなかった――


「ここが、バイリーさんのやられたところか…」

「ひでえなあ…」


南の都市城門を潜り抜けたところで、荷車に乗せられた一人の傷病兵が沈痛な声を発すると、続いて姿を現した、樫木の杖を左脇に抱えたスモレンスクの兵士が、不自由になった歩みを止めて虚しそうに呟いた。


「油を撒いて、火攻めにしたんだってな…」

「アンタらも、惨い事をする…」

「……」


続いて発せられた恨みの声は、重臣とは距離を空けて見守っている、頭髪全部を麻布で覆った小さな女中の耳元へと、聞こえよがしに向けられた。


「来年、楽しみにしてろよ!」

「全員、火炙りにしてやる!」

「おい、お前ら…」

「いい加減にしなさいよ…」


背中の方から聞こえてきた悪態にブランヒルが振り向いたところで、俯いたままだった背丈の低い女中から、怒りを含んだ低い声音が発せられた。


「あん?」


再び動き出した樫木の杖が思わず止まると、負傷して治療を施してもらったはずの兵士が少女のような女中に対して腰を曲げ、見下した声を浴びせた――


「もう一度、言ってみなさいよ…」

「ひ…」


刹那。リアが手にした護身用のナイフが、男の喉元に触れていた。

乾いた地面にカランと音がして、樫木の杖が狼狽えるように転がった――


「攻めてきたのはどっち? 仕掛けてきたのはどっち?」

「……」


鋭利な切っ先が踊った距離感に、技量の高さを感じ取る。

リアの鋭い眼光が、男の怯んだ瞳に突き刺さった――


「答えなさいよ」


言葉を逸した男に向かって、ドスの効いた声が続いた。


あまりにも突然の出来事に、ロイズもグレンも動きが止まって、ブランヒルも見守る事しかできなかった――


「ワシらは、上に言われただけで…」


朝の涼しい空気に冷や汗が触れて、男の身体を震わせる。


「……」


発言を受け取ると、頭髪を麻布で覆った女中はふうと一息を吐き出して、ナイフの切っ先を膝下まで下ろした。

同時に張り詰めた緊張が、幾らかでも和らいでいく――


「関係ないって言いたいの?」

「え?」

「そんなわけ無いでしょう!?」


握ったナイフを膝の外側で小刻みに震わせて、鋭い眼光はそのままで、大きな瞳が訴えた。


「疑問に思うこともなく、傍観者となってきた。それだけで十分! 声を上げる事をしなかった! しようともしなかった! 考えもしなかった! それが結果となって返ってきただけのこと! 知った事じゃない!」

「……」

「そのくらいで、いいでしょう…」


名前を告げる事は出来ない…

それでもロイズは激昂した彼女だけに向かって、諭すように声を発した。


「お前ら、早くいけ!」

「は、はい!」


上司の助け舟に、命を伸ばした男たちが怒りに震える小さな王妃から離れた。


「お嬢さん。すまない」


愚鈍が傍らを通り過ぎたところで、伏し目になったブランヒルが短い謝罪を伝えると、続けて思うところを訴えた。


「あいつらも、勇敢に戦って仲間を失ったんだ…(こら)えてくれ」

「……」


お互いが、命を賭して戦った…

敵将の重たくなった言の葉は、ロイズやグレンの胸中には響いた。


「なに言ってんのよ」


しかしながら、リアの心には届かなかった――


彼女は頭を覆っていた頭巾を力任せに剥ぎ取ると、丸腰ではあるが、筋肉質の鍛えられた敵将に向かって叫んだ――


「人を殺しに来るのが、勇敢だって言うの!?」

「……」

「いい加減にしなさいよ!」


続いて怒号を発しながら、剥ぎ取った頭巾を思い切り地面に叩き付けた――


そして露わになった赤みの入った髪の下、大きな瞳に浮かんだ涙を隠すようにして小さな背中を翻すと、そのまま逃げるように都市城門へと駆け出した――


「……」


無念と哀しみを湛えたリアの細い背中を、ロイズは黙って見送るしかなかった――


「お嬢さんの、言う通りだな…」

「……」

「勇敢って言葉は、守る方にこそ相応しい」

「そうかもしれませんな…」


攻め込んで賞賛を浴びる事はあっても、感謝される事は守戦に遠く及ばない…


ブランヒルの呟きに、グレンが静かに同意した。


「一つだけは、約束します」


ロイズとグレン。並び立つ二人の方へと身体を向けて、ブランヒルが口を開いた。


「少なくとも、私がトゥーラ(ここ)を攻める事はありません。別動隊であっても」

「……」


感謝とケジメ。

そんなものを垣間見て、二人の頬は思わず緩んだ。


「ここに居て、俺の見識は間違いなく広がった。感謝をするよ」


普段通りの言葉となって、ブランヒルは南側に広がる畑を眺めた。


「それを、広めて欲しいものですな」

「…努力はするよ」


グレンが希望を発すると、日焼けした表情が振り向いて、期待はするなと寂しそうに語った。


「さて、そろそろ行くよ」


朝の光を背中に浴びた、ウパ川にまで辿り着きそうな短い隊列に目をやって、ブランヒルは別れの言葉を口にした。


「そうですね…親書の件、よろしくお願いします」

「ああ」


短くロイズに答えると、続いてグレンに向かって小さく会釈して、親書を携えた男は西側へと一歩を踏み出した。


歩む先。新たに設けられた壕の手前には、馬の(はみ)を左手で抑えたダイルの姿があった――


彼もまた、捕虜となって感化された一人である。


国王と将軍の視線に気が付くと、男は高い鼻を正面に向けて背筋を伸ばして、右腕を胸にやってから小さく頭を下げた――

お読みいただきありがとうございました。

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