白百合の11 求婚をお受けします
ララとヴァンドールの物語は、続編「婚活記3」へ続きます。
「ペルラ・クレサール。命を救ってくれた白百合の乙女。私の妻になってくれないだろうか」
ちょっと、待って、いきなり?
「あの、私、十七歳の成人の儀を終えたばかりで」
「そうだな」
そう、そうよ。ヴァン様もご存じだわ。どうしよう。
お断りしたいわけではない。
おろおろしている私に、立ち上がったヴァン様が手を差し出した。
「そろそろ陽が昇り始める。少し庭を散歩しないか」
「……はい」
確かに、ここには公爵様やギルバート様やお父様がいらっしゃる。
見られていると恥ずかしい。
ヴァン様の手を取ると、庭へ誘われる。
深い夜空の向こうから一筋の陽の光が差し始め、庭一面の白百合が夜露で光っている。
樹齢何百年といってよさそうな大木もあるし、木々も多いのに、白百合が咲き乱れている。
「綺麗です。クレサールは花畑ですが、こちらは美しいお庭ですね」
「私が生まれる少し前から急に白百合が咲き始めたそうだ。最初は庭師が抜いて刈り込んでいたそうだが、抜いてもまた咲くらしく、母上が自然のままでいいと仰ってからは自然のままだ」
「なんだか懐かしい気がします」
「そうだな。私もクレサールの花畑に行ったとき、懐かしい気がした」
この白百合のお庭なら、何でも話せそうな気がして、私は話したかった事を口にした。
六歳の時にあの花畑で起きた事を話した。
ヴァン様はお父様から、ある程度の事は聞いていたらしい。
でも花畑の結界の中で起きた事は、私にしか説明できない。
そしてヴァン様も、十歳の夏に別荘で起きた事を話して下さった。
「あの時、狙われたのはジュリアスだと思っていたが、私も狙われたのではないかと考えている。ララも狙われていた」
「他に、狙われた子供はいたのですか」
「魔獣もダークミストも集団を襲う。魔術師団に入ってからも調べてきたが、子供だけを一人や二人、襲ったという報告はなかった」
確かに、あの時、ガブリエルは戦って私を守ってくれた。
「それに治癒師も狙われているのですね」
「そうだ、王立治癒院の治癒師が。あなたはクレサールにいたから狙われなかった、そう見ている」
「クレサールにいたから?」
「うむ、珍しい事だが、クレサールの領地には花畑が多い。それが自然の結界になっている。そしてあなたしか入れない花畑も」
そうだったのね。言われてみればそうだわ。
そして、ずっと気になっていた事を尋ねてみる。
「ヴァン様は、黄金の風でダークミストを殲滅できます。王国中の民が知っています。なのになぜ、ダークミストが体内にあったのですか」
「……ララ、先に求婚の返事が聞きたいのだが」
あ、忘れてた。
「……うちは子爵家で、あまりにも家格差が」
「知っている。その問題は伯父上と父上が解決してくださる」
伯父上?ってどなた?
まさか国王陛下?
そうだ!思い出した。
「あの」
「なんだ」
「婚約者のアデリーヌ様は」
「案ずるな、アレの事は気にしなくて良い」
え?気にするなって。
あ、そういう事だったのね。
「では、私は側妃に?」
「何を言っているのだ、側妃を持てるのは国王陛下だけだ」
あ、そうだった。
「では、あ、愛妾?」
「ララ、私の求婚を聞いてなかったのか」
「子爵家に公爵家から求婚なんて非常識です」
「どこが非常識なんだ、求婚の意味がわかっているのか」
えっ?確か、妻って、おっしゃっていた?
「……えっと、妻?」
「そうだ、そんなに私が嫌か」
「嫌ではありません、いつもヴァン様の蒼い瞳を思い出していました」
あ、言っちゃった。どうしよう。恥ずかしい。
「そうか、私はあなたの夢を見た、女性の夢など初めてだった」
思わず顔を見上げると、見つめられている。
「無理強いはしない。だが私はララを娶りたい」
「っ……」
なんか顔があつい。
でもちゃんと言わなくちゃ。
「ジュリアス王太子殿下や他の殿方のことはよく知りません。私は、ヴァン様がいいです。でも落ちこぼれ治癒師だし、田舎貴族で、その、あの」
「……ララ、私はあなたがいい。クレサールの花畑で、あなたが居たのにぐっすり眠っていた。あんな事は初めてだった」
「……あれは」
「そして、ラファールにもガブリエルにも翼がある。あの二頭は、私達より仲がいい。背中の二つの痣を知っているのはララだけだ」
ヴァン様は、私の髪をひとふさとり髪に口付ける。
近い。
「ペルラ、大切にする」
ああ、ドキドキして倒れそう。
公爵家子息、魔術師団長、どうしてこんな引く手数多の方が。
蒼金の瞳に吸い込まれてしまいそう。
私の手を取り、指先にそっと口付ける。
もう、倒れる、絶対倒れる。
大事な事を、もう一つ思い出した。聞いておかないと。
「あの……」
「なんだ、まだ何かあるのか」
「ガブリエルも一緒でもいいですか」
「馬でも山羊でも連れてくればいい」
手を取られたまま、向き合った。
ヴァン様の銀髪に太陽が当たってキラキラしている。
「私にも、ヴァンドール様を大切にさせてください。ずっと、ずっと」
「ありがとう、ララ」
うわっ、近い、目を閉じてしまう。
額に口付けが落ちてきた。
ジュニパーベリーの香りがする。
なんだろう、この懐かしさ。前にもそう感じたけれど。
「あの、先ほどの」
「ああ、ダークミストか、アデリーヌだ」
「え?」
「アレの治癒魔法を受けると、血液中にダークミストが入ってくる」
「まさか、そんなこと」
「間違いなかった。血液を何度も調べてもらった」
「じゃあ、クレサールで治ったあとにも?」
「そうだ、花畑へ駆け込んだあの日、アデリーヌから治癒魔法を受け、薬師のヒデオンの診察を受けてから、クレサールに向かった」
「そんな、だって、なぜ」
ヴァン様は、この二年間の事を話して下さったけれど、謎は解けなかった。
アデリーヌ様は筆頭治癒師。
なのになぜダークミストを持っているの?
それよりもヴァン様は、どれだけ苦しかっただろう。
でもなぜ、ダークミストが現れ、私達が狙われるの?
もしあの時、ガブリエルやラファールがいなかったら、どうなっていたのかしら。
「ヴァン様、何があっても、お守りしますからね」
「ハハっ、頼もしい婚約者だな。私ももちろんあなたを守る。そろそろ邸に戻ろう。父上達がヤキモキしているぞ」
⌘
バルトランザ侯爵邸。
小さな黒い粒子が邸を渦のように取り巻いている。
「お父様、あんな仕打ち、酷すぎます。わたくし、ずっとヴァンドール様の治癒もしてきましたのよ。あんな田舎の子爵家ごときが」
「落ち着きなさい。相手はグラサージュ公爵家だ。あまり強くは出られない。抗議の書状も出している。このままで済ませるつもりはない」
「お父様は悔しくないのですか。あの小娘をなんとかしてくださいませ」
「今、考えている。だが、これまでの婚約期間中に彼をモノにできなかったお前にも責任はあるぞ」
「だってどうしたって、近くに置いてくれなかったのよ」
「それはお前の努力が足りなかったのだ」
「したわよ」
「深い仲になれと、あれほど言っておいたのに」
「お父様!ひどいわ。こうなったら、何としても既成事実を作りますわ」
「我がバルトランザ家を馬鹿にしおって。ただでは済まさぬ」
「お父様、私、何でもいたします。絶対にあの小娘を許しません」
「必ず、ヴァンドール殿を手に入れ、公爵家の内側から牛耳っていくのだ。そうすれば、青二才のジュリアスなど何もできまい」
「お父様、王立治癒院の秘蔵の薬がありますわよね」
「使いたいか」
「ええ、あの女、消してやるわ」
⌘
グラサージュ公爵邸の庭。
手を取られて百合の咲く小径をお邸へ戻る。
横にいるヴァン様を見上げる。
おもはゆい。
まだドキドキが止まらない。
私は、ヴァンドール様の婚約者になった。
朝日が輝き、夜空はかき消えていた。
私、この方の妻になるのね。
〜Fin… et à suivre〜
続編へ続きます
お人好し令嬢の異世界婚活記3〜白百合と蒼金の誓い
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
ララとヴァンドールは婚約しましたが、
バルトランザ家の企みも、ダークミストの謎も、まだ解けていません。
二人の物語は、続編「婚活記3」に続きます。
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