4. エピローグ
帰りの船旅。コムギ姫――と名乗る妃が甲板で風を受けている頃。
皇帝ムラカミは船内で黒装束の部下を呼び寄せてつぶやいた。
「今回のイツクシマ神殿での出来事は、多くの収穫があったな」
ムラカミは微笑しつつ言葉を続けた。
「コバヤ衆よ。コムギの生い立ちについて調べよ」
ムラカミが言うと、黒装束の男たちは音もなく船から消えていた。
コバヤ衆。
それはムラカミ帝国の諜報部隊。
帝国の誇る高速艇を巧みに操り、先の大戦では魔王オダノブの船にも忍び込んだと言われる凄腕たち。
今、彼らに新たな任務が下されたのだった。
「まったく……。うどんの国のタヌキたちが何かを企んでいるようだ」
ムラカミはため息をついて立ち上がる。
政略結婚で城にやってきたコムギ姫は明らかにサヌキの王族と違う風体をしていた。
サヌキの式典に出席して王族の顔は見ているが、あのような姫がいたならば間違いなく目に留まった。
しかしムラカミの記憶にあの娘はいない。
それだけではない。
ムラカミを前にすると多くの女はその相貌に言葉を失うが、あの娘は違った。
ウニホーレンという至高の宮廷料理を出されてなお、皇帝に向かって大見得を切った。
そして昨日、三柱の女神たちを前にして『この世をば我が世とぞ思う』などという詩を詠んでみせたのだ。
並みの胆力ではない。
そのような姫がサヌキにいたならば帝国まで名前が届いていてもおかしくはない。
だが、そんな噂は耳にしない。
「ただの偽物ならば、切り伏せておしまいだっただろうが……」
しかし昨日、女神はあの娘を「高貴な血が流れている」と言ったのだ。
見え見えの偽物で、その体には高貴な血が流れている。
あのコムギと名乗る娘は、いったい何者か?
「……ふふっ」
ムラカミの口元がわずかに緩む。
政略も謀略もさておき、あの娘は単純に面白い。
揚げもみじをナイフとフォークで切り分ける。女神相手に不遜な詩を詠みあげる。
やることなすこと、ちぐはぐだ。
あの度胸で生きている娘が次に何をしでかすのか?
それを見届けるのは、存外悪くない気分だと気づいた。
ムラカミは立ち上がると甲板へと続く扉を開けた。
潮風が吹き込んでくる。
その先に海風を受けて髪を揺らす娘の後ろ姿があった。
その娘は昨晩、悶々として眠れなかった。
そんな思考のまとまらぬところに元凶である皇帝に声をかけられて、彼女は跳び上がった。
そしてひどく動揺した娘は皇帝に向かってまたしても余計なことを口走る。
甲板で繰り広げられる大騒ぎを受けて、セトウチの海鳥たちが一斉に飛び立つのであった。
第2章 完




