2. 嫌いなのかな?
港で船から降りるとおぼつかない足取りで皇帝の横に立つ。
さきほどまでにこやかに私と話していたヨシカワは顔を引き締めて無言になった。
その姿はまるで冷酷な海賊の水夫そのものだった。
――だからなんで皇帝の前では無言になるのかな?嫌いなのかな?
ヨシカワの険しい顔と皇帝の強面が場の空気を重くしていく。
否応なく高まっていく緊張感。
ヨシカワには早く優しい船員に戻ってほしい。
そして地面を踏みしめるとすぐさまこの島の奇妙なところに気付く。
やたらと鹿がそのへんを歩いているのだ。
「鹿だらけの島ですね。触れそうな位置に鹿がいるし簡単に狩れそう。食うに困らなさそうですね」
私が言うとヨシカワはさらに顔を険しくし、皇帝も難しい顔になる。
そして皇帝がその顔のまま私に答えた。
「この島で鹿を狩るようなことを言わない方がいい」
「なぜですか?」
「鹿はこの島の神のものだからだ」
皇帝は語る。
この島の神は無類の鹿好き。この島に鹿を呼び寄せる神力を使っているらしい。
過酷な海の旅にもかかわらず鹿は泳いでこの島に渡ってくる。
結果として、神殿を人間が建てる前から鹿であふれていたのだという。
「警戒心の薄い鹿が歩いているものだから、うちの船乗りが連れて帰って捌こうとしたことがあるんだがな……」
大好きな鹿を連れ去ろうとする人間に神様は怒りに怒った。
海は荒れに荒れ、海賊衆は船を3隻も失う大損害を食らったのだ。
え?――ていうか。
「この島の神様は現世に現れるのですか?」
「ああ。今から行く神殿でもお会いすることになる」
神々が現世に降臨される話は聞いたことがあるが見たことはない。
……ただでさえこの強面不便皇帝の横にいるだけで緊張感が高まるのに。そこに超常的な神への謁見とは。
ヨシカワも黙ってないでしゃべりなさいよ!余計緊張するでしょうが!
私が生唾を飲み込んでヨシカワを恨めしそうに睨んでいると、皇帝がこちらをちらりと見やりながら口を開く。
「しかし食うに困らなさそうだなんて、まるで庶民のようなことを言うのだな」
――しまった。徐々に帝国での生活にも慣れてきていたから気持ちが緩んでいた!
「サヌキはうどん子しか生えないやせた土地。高貴な者こそ民の目線に立たねばならないと父上に教わりました!」
言い訳をしながら額からぶわっと冷や汗が溢れる。
気を引き締めるのよツユ!
正体がバレたら殺されかねない状況に変わりはないのだから!
私は全身全霊で姫を演じるべく、からくり人形のようにカチコチになりながら歩きだした。
◇
皇帝一行と歩くことしばし。
この島は人の往来が意外と多く、露店や商店が軒を連ねていた。
島の中心部では屋台まで出て賑わっている。
そんな喧騒を横目に我々がたどり着いたのはムラカミ御用達の料亭だった。
「予定より早く来やがって!」
「ここのメシは美味いから、つい楽しみで急いで来てしまってな」
気安く話す大将と皇帝。気の置けない仲らしい。
着座した我々に「これでも食って待ってろい!」と大将は串に刺さった揚げ物を出してきた。
「揚げもみじか」
皇帝は珍しく強面を綻ばせる。
――揚げもみじ。実は露店で売られているのを見てこの食べ物が気になっていたのだ。
もみじ型のお饅頭に衣をつけて揚げたものらしい。
サクサクの衣が葉脈のような凹凸を生んでいて、紅葉が金色の衣をまとったかのようだ。
ぶわっと唾液が口にあふれてきて、思わず生唾を飲み込もうとしたとき。
こちらを無表情で見ているヨシカワが目に映った。
――まずい。これは罠だ!
私を油断させ、この串にかぶりついた瞬間に「下賤の民め!」と切り捨てるつもりか!
ヨシカワの緊張した目を見なければ思わずかぶりつくところだった!
姫の演技、姫の演技……!
「まあこんな串から直接食べるだなんて下品の極みです!」
私は揚げもみじを串から引き抜くと受け皿に置き、ナイフとフォークで切り分けて食べる。
外の衣はサクッと軽く、中の饅頭からアツアツのあんがふわりと広がる。
あんの甘さが際立ち、冷たいままの饅頭とはまるで別の食べ物だ。
――ああ、これを串のまま頬張ったならどんなにか幸せだったろう……!
私は恍惚としつつも表情に出さないように揚げもみじを食べる。
そして隣に座る皇帝を見ると、なんとも怪訝な顔をしていた。
「これは串のまま頬張った方が美味いだろうに」
そこにやってきた大将も変人を見る目で見てくる。
「変わっているなお嬢ちゃん」
えぇ……。
そういう反応?
よくよく考えれば皇帝などと呼ばれているが、同時に海賊の首魁なのだ。
行儀が悪くとも、美味しい食べ方を好むのかもしれない。
ふと視界の端にいたヨシカワに目が行く。
ヨシカワは「やれやれ」とでも言いたげな呆れた顔で、串ごと揚げもみじを頬張っていた。
むきいいいいぃぃぃ!ヨシカワああぁぁ!!
私の中でヨシカワの好感度がガクリと下がった瞬間だった。
こちらの苦労も知らないくせに。
みんなから変な目を向けられて仏頂面で揚げもみじを食べていた、そのとき。
この世のものとは思えないほど良い香りが漂ってきた。
「嬢ちゃんもうちのあなごめしを食ったらそんな顔していられなくなるぜ」
あなごめし。それは食べ物の形をした至高の宝石であった。
ふっくらと焼き上げられたアナゴが、甘辛いタレを纏って白飯の上に横たわっている。
一口食べた瞬間、口の中でアナゴの脂とタレの甘みが溶け合い、白飯がそれを追いかけてくる。
こんなに美味しい食べ物がこの世に存在していていいの……?
至福に震えていると、気づけば目の前のあなごめしがなくなっていた。
――あれ、私のあなごめしを誰かが盗った!?
またヨシカワか?と周囲を見渡すと、皆一様に化かされたような顔をしている。
どうやら、皆食べたことを忘れるほどの美味に震えていたようだ。
そして腹が満たされていることに気づき、目の前のあなごめしは私が食べたのだと知った。
姫の演技などする余裕もなく食べきっていたらしい。
「よう、美味かったか?」
大将がにやりと笑いかけてきた。
確かに大将のあなごめしは人が抗えない魅力を持っている。
もしいつか影武者がバレて処刑されるとしても、最後の晩餐はあなごめしをお願いしようと思った。




