1. 面倒臭いところに建ってない?
「婚姻の式を挙げねばならぬ」
帝国に来て数日が経ったある日、城の一室に私を呼び出した皇帝ムラカミは至極真っ当なことを言い出した。
それはそうだ。政略結婚とはいえ正式な婚姻なのだから式を挙げるのは当然のこと。
……当然のことなのだが。
「あの、式というのはどのくらいの規模で?」
「皇帝の婚姻だ。当然セトウチ中の諸侯を招く。千人は下らんだろう」
千人。
千人も集まったらその中にコムギ姫の顔を知っている人間がいるかもしれない。
サヌキの人間であれば事情を知っているだろうが、他国にいるコムギ姫の知り合いが来たらどうか?
私の顔を見た瞬間「誰だお前」で終わりだ。
「皇帝陛下」
「ん?」
「サヌキでは『祝いの席に人を呼びすぎると福が薄まる』と申します」
混乱した私は意味不明なことを言い出す。
もちろんそんなことわざはサヌキに存在しない。
「何を言っているんだお前?サヌキの国王は以前、数百人の来賓を募って盛大に式を挙げたというぞ」
怪訝な顔をする皇帝。
あの厳冬を思わせる耄碌じじいにも春があったのね!
しかしそんなことはどうでもいい。来賓を呼ばない方向に話を進めなければ!
「私は皇帝陛下との婚姻を、天上の神が嫉妬するほどの誠意をもって誓いたいのです。そこに他人の目は要りません」
「いや天上の神が嫉妬とはどういう……」
「つまり千人の前で捧げる祈りなど、神は聞いてくださらないということです!」
皇帝はどんどん変な食べ物を食べたような顔になっていく。
ありもしないことわざを持ち出すし、自分でも何を言ってるんだと思う。
「いやむしろ人が多いほど聞いて下さるだろ」
強面不便皇帝は相変わらず怖い顔をしている。怖いがずっと見ていて少し慣れてきた。
今ここでこの強面に引いたら確実に正体がバレて切り伏せられる!
私は必死に屁理屈をこねる。
「そもそも婚姻とは2人でするものです。式に2人以外がいたら、それはもう結婚式ではなく集会です!」
「何を理屈の通らないことを……」
しかし皇帝はため息をついて、そっと譲歩してくれた。
「しかし、確かに諸侯を招くとなれば根回しに半年はかかる。来客を招く前に2人で終わらせたいということか?」
「はいまさにその通りです!」
まったくそんなことは考えていなかったが、私は乗っかることにした。
いつか来客を招くような言い方だから処刑のタイミングが伸びただけかもしれない。
だがしかし、今は首が繋がった!
でも今の流れだと、私は皇帝と結婚したくてたまらない女ということになってしまった。
……結婚する気満々の演技をしなければ。
「やったー!皇帝陛下と今すぐにでも結婚できるんですね!わーいうれしー!」
「なんだその棒読みは……」
「それで、私は何を準備すればいいんですか?」
私がそう聞くと、皇帝はなんとも疑わしげな目でこちらを見てくる。
しかし皇帝は肩をすくめると、私の疑問にちゃんと答えてくれた。
「お前が用意するのは衣装ぐらいだ。花嫁支度に入っているだろう。ただこちらで準備が必要だから3日後に執り行うことにする」
「準備ですか?」
「ああ。ちょっとした船旅になるからな」
船旅……。
まさか海賊だから婚姻も船の上で行うのだろうか?
セトウチの海は荒れることもあるので、酔い止めが必要かもしれない。
「船の上で式を挙げるのですか?」
「何を言っている。船の上で挙げるわけがあるか」
「ではどこで?」
「ムラカミ家の神事を執り行う場所があるのだ。それは――」
ムラカミが窓の外に目をやった。
その視線の先には、セトウチの広大な海が広がっていた。
「イツクシマ神殿だ」
◇
イツクシマ神殿。それは海の上にそびえ立つ荘厳な社であった。
わざわざ海の上に建てられた鳥居が遠くからでも人の目を引く。
背後の深い緑の山を従えて海から立ち上がるその鳥居は、まるで海そのものが門を開いて私たちを迎えているかのよう。
正直に言って息を呑んだ。
でもぶっちゃけ……面倒臭いところに建ってない?
波で朽ちるし建築もしにくいのに、なぜ海の上などという面倒な場所に建てたのか?
いくら海を牛耳るムラカミ帝国でも度が過ぎるというものだ。
海水でびしょびしょになりながら柱を建てた人たちを不憫に思っていると――。
「綺麗な鳥居を眺めながら、なんで海水を飲んだようにしょっぱそうな顔をしているんですか?」
後ろから誰かに声をかけられて飛び上がりそうになった。
「別にあの鳥居が面倒臭いところに立ってるだなんて全く思っていませんよ!?」
あまりの驚きから私はありのまま白状していた。
しまった、驚きすぎた!
振り返ると船で出迎えてくれたあの船員さんが呆れた顔をしていた。
「皇帝陛下に聞かれると殴られそうなことを言いますね」
……確かに白状しすぎたのは認めるが、後ろから声をかけてきた船員さんも悪くない?
ここはイツクシマ神殿に向かう船の上。
2人だけで祈りを捧げたいとは言ったが、まさか皇帝や妃が船を自ら漕ぐわけにはいかない。
十人程度の船員が帆を張る船に揺られ、荘厳な鳥居に向かって進んでいる最中だったのだ。
この船員さんは私のお付きとして配置されたのか、城の中でも何かとお世話をしてくれる。
「そういえばお名前はなんて言うんですか?」
今さら名前を聞くのだから礼儀知らずにもほどがある。
でも城の中では身分がバレるのを必死に警戒しなければならないのだ。
誰か仕方がないと言ってほしい。
「ヨシカワです。……そういえばなぜあんな場所にわざわざ建てたのかという話でしたね」
そう、鳥居がなぜ海の上に建っているのか?
ヨシカワは少し考え込むような顔をして、難しそうに答えた。
「実際に社に行ってみればたぶんわかります」
……なんだろう。気になるじゃないの。
「それより小腹が空きませんか?一度港につけるので、そこで何か腹に入れましょう」
そう言ってヨシカワはあからさまに話題をそらした。
しかしその時の私は本当に小腹が空いていたので、追及するのをすっかり忘れていたのだ。




